韓国に現れた「現代の袁世凱」 | 大放言・毒を吐くブログ アメーバ版

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※相変わらずの事大主義全開。

韓国と支那の関係がオモシロイ事になっている。尹錫悦大統領なって以降、少なくとも表面上は「親米」「北朝鮮との対決姿勢」を見せてはいる。韓国にとって最も重要な外交テーマと言える「アメリカと支那、どちらを選ぶのか?」と言う命題に対して現状では尹錫悦は「アメリカ」と言う答えを出そうとしていると見て差し支えないだろう。…尤も明確な「支那との対決姿勢」は見せていないだけにその辺り信頼が置けない部分はあるのだが。

そんな中、野党「共に民主党」代表の李在明が在韓支那大使に夕食会に招かれた。そしてその一部始終をYouTubeで実況生配信したのだと言う。「我々の代表が支那大使に招かれた」と言う点を強調する狙いがあった模様なのだが、それを見越してなのかは不明だが、支那大使は尊大に振る舞った上に

「アメリカに賭けると必ず後悔する」

と内政干渉と受け取られても仕方ないレベルの発言をし、それが韓国で大きな波紋を呼んでいる模様なのだ。これには尹錫悦でさえ非公開の場ではあるが

「支那大使の不適切な行動に国民がかなり不快感を覚えている。支那大使を袁世凱と評する人が多い」

と発言したと言うのだから大事になる予感大である。さて、どうなる事か?


※袁世凱。

現在の在韓支那大使が例えられている袁世凱は清朝末期の軍人、後の辛亥革命後に中華民国の初代トップとなった人物である。頭角を表したのは朝鮮に赴任した時の様で、早口に言うと日清戦争前の朝鮮における清の事実上の公使であり、この時点で朝鮮王をもコントロールして朝鮮の政治を牛耳っていた。それ故韓国人からすれば「韓国に介入する支那要人」をこの袁世凱に例えて批判する、と言う心理はそれなりに理解出来る…と言いたい所だが、日清戦争で日本が勝利するまでは

「朝鮮は清朝の属国」

だったのであり、不出来な属国の面倒を宗主国として見るのはある意味当たり前の事だとも言える。そういう意味ではこの支那大使の言動を袁世凱に例えて批判するのは「半分当たりで半分外れ」と言う事も出来るだろう。

※自分達が清朝の属国だった事はお忘れか?

とは言え、支那大使の言動は内政干渉と受け取られても仕方ないし、それにその場で反論する訳でもなくペコペコ、ヘラヘラしている李在明の姿は

「清朝の属国だった時代の朝鮮の姿」

の再現そのものでしかないのは明らかだ。人はそれを「事大主義」と言うのだが、李在明には自国を独立国だと言う意識は無いのだろうか?そういう「政治家としての最低限の矜持」さえ捨てて支那に媚びる事が「正しい」と考えているのだろうか?いずれにしてもコイツを大統領にしなかったのは韓国にとって正解だった事だけは確かである。

※それを韓国人は何処まで理解しているのか?

韓国での最近の世論調査では20、30代の実に9割が支那を好意的に見ていないと言う。支那が自分達の戦略上韓国を自分達の陣営に取り込みたい、と言うのはまだ理解出来るが、こういう結果を見て何も感じない、と言うのは異常でしかない。支那でも昔の名君と呼ばれた人物は覇道だけで皇帝になった訳ではなく、それなりに相手の事も考え、「徳」を示していた。そこから何も学ばない、と言うのは自分達の現在のやり方だけしか正解だと思っていないからである。この件では日本は第三者だが、こういうのを見て「支那に配慮するべき」と考える連中は何か言うことは無いのだろうか?

日本でも「現状でも支那に配慮した外交をすべき」考えたり、そう主張する人は政治家から一般人までそれなりにいる。それ自体は「個人の考え」なのでそう思う事は自由だが、この様な支那の振る舞い、そして李在明の態度を見て「明日は我が身」と思わないのであれば、この件に限らず政治を語ったり考えたりする意味はない。支那は明らかに

「周辺国は自分達の属国」

程度にしか思っていない。かつての中華主義を実践しようと言う時代錯誤も甚だしい真似をしている。歴史を振り返ると日本は支那の考える中華秩序に与しない事で発展を遂げる事が出来た。安土桃山時代には「世界最強」とも言える軍事力を保持していた程だ。これは一種の成功体験、とも言える。歴史の教訓が全て、とまでは言わないが「歴史は繰り返す」とも言う。道に迷った時に大きなヒントを与えてくれる事に間違いはない。そういう意味ではこの韓国での一件、日本にとっても他人事ではない。我々も「明日は我が身」認識して、先人が国を守る為に何をしたのかを学んでその成功例を現在の情勢にアレンジして実行しなくてはならないのである。岸田政権にそれが出来るかどうか?