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地方の政治と選挙を考えるミニ講座

勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。 (村山聖/将棋棋士)

今回は私事から入ります。

もう半年近く前の話ですが、私はある人と絶交しました。

相手の方は、親子ほども年の違う大先輩で、立場もあり、

私からすれば、また客観的に誰から見ても敬うべき相手でした。

時々飯を食ったり酒を飲んだり、公私ともに親しくしていたのですが…。



絶交に至った理由の詳細は省きますが、

「超訳・ニーチェの言葉」という去年あたりによく売れた本の中に、

私の心情を代弁してくれるくだりがありましたので、引用します。



『土足で入る人とはつきあわない』

「親しくなれば相手の私事に立ち入ってもかまわないと考えているような種類の人間とは、

決してつきあわないことだ。そういう人は、家族のようなつきあいと称しながら、

結局は相手を自分の支配下と影響下に置きたがっているだけなのだ。 ~以下略。」



この本のなかにはさらに、私が絶交した相手の事情についても、

よく言い表した言葉ありましたので、これも引用します。



『政治家には気をつけろ』

「~中略~ 政治家は、有能そうに見える人々、世間で名が広まった有識者や有名人を

好んで自分の周りに置きたがる。

そして何がしかの仕事を手伝わせるのだが、それは政治をしやすくするためではない。

自分の空っぽをカムフラージュさせるためなのだ。 ~以下略。」



この人とのつきあいは10年近く続きました。

しかし、土足で入ってこられることが日常となったことがきっかけになり、

中身のない、空っぽなその人の素性を見てしまいました。

私は有識者でも有名人でもありませんが、

この人にとって都合のいい人間だったのでしょう。

「空っぽ」と知れてしまえば、そんな人物に支配されるのは御免ですからね。

故に絶交するしかなくなったというわけです。



ニーチェに限らず、この世に出回っている人生訓や成功の秘訣には、

人との付き合いを律するものがたくさんあります。

人といかに付き合うかは、その人の人生を決定づける大きな要因ですよね。



ところが選挙に出るとなると、「来るもの拒まず」が原則です。

人づきあいを成功させる術など、選挙の現場では通用しません。

相手の素性がどうであれ、にこやかに近寄ってくる相手には、

心を開いて出迎えなければなりません。

選挙事務所の扉をくぐる人間は、とりあえず中に入れるしかありません。



大きな選挙のきちっとした事務所では、

お呼びではない招かれざる客への対応ができるベテランなり、強面がいるものですが、

小さな選挙の若い新人の候補の事務所では、

活動の最前線にこそ人を配置するものの、事務所番などは置けない場合もあると思います。

しかし、そういう事務所の脆弱さを、

土足で入る人や、気を付けるべき政治家は少し離れた場所から見ています。

そしてある日、大いなる支持者のふりをして、事務所に訪れます。

この時世ですからよしんば金品を要求することはなくても、

彼らは選挙事務所を遊び場にし、選挙という娯楽を楽しむために、

中へ中へと入ってきたがります。



私がつきあいを絶った相手も、中へ中へと入ってきたがりました。

あきらめられない男女の情のようにあらゆる方便を使って、繰り返し接近を試み、

私のことを都合よく使おうとしました。



こんな時は、迷惑な相手を排することを企てるのも重要ですが、

そもそもなんでこんなのに取り憑かれたのかを検証してみるべきです。



私の経験から言わせていただくと、

招かれざる客は、「勝てそう」という空気が漂い始めた頃に来ます。

つまり慢心がこういう客を呼ぶのではないかと思うのです。

実際、政治活動や選挙運動が軌道に乗って一息つき、周囲の状況を振り返って、

「さて、誰が落ちるだろうか」「怪文書でも撒いてやろうか」と、

自分の選挙そっちのけで、余計なところに気が移ったとほぼ同時期に客は現れます。



「勝てそう…」

このいかにも峠を越えたような、甘い安堵の雰囲気は、

貴方が活動を始めたときから待ち望んでいたものであり、

その実感を得ると心が浮足立つのはわかります。

しかし、この気分の高揚こそが選挙事務所の死角です。

実際「勝てそう」という空気の出所はどこなのでしょう。

誰が発したかもわからない情報に右往左往するというのは、

その事務所とスタッフと候補者が未熟だからに他なりません。



そして未熟な選挙事務所が出入りを認めてしまった招かれざる客のせいで、

たとえその選挙に勝っても、勝利の喜びは半減します。

貴方が当選した後も、空っぽの招かれざる客はあなたのそばを離れずに、

いつも土足で上がってきては、貴方を利用しようとします。



私事の場合も、「私は頼りにされている」なんて自惚れていましたが、

相手が急に土足で入りこんで来るようになったときにようやく、

「利用されているだけ」ということに気が付きました。



もう大丈夫と言う自惚れ、まだまだ努力が足りないのにもう十分という錯覚…。

その自信の根拠はどこから…? 「勝てそう」という評判の源はどこに…?

そんな話に耳を傾けるのは、砂漠で見る幻の泉のようなものです。



さあ、あと数日です。

「勝てそう」を超えて、「勝った」と言えるまで緊張を保ち、

それまで絶対に、死角を見せないでください。


井上和子さんという方がおります。

ご自身では「選挙コーディネーター」と称しておられますが、

この世界では実績もあり、著書も多数あり、人望も信用もある方です。

私などは足元にも及ばない、この世界の大先輩です。



その井上さんが昨年の3月、TBSのマツコ知らない世界という深夜番組に出演されました。

選挙の裏話を披露するという主旨で、なかなか面白い番組に仕上がっておりました。

この番組の中で井上さん、「ある種の人たちからの依頼が増えている」と切り出しました。

「えっ、ある種の人たちって、主婦とか~?…」マツコ・デラックスさんが問いかけると、

井上さんが「失業者」と赤字で書かれたパネルを出す。

そんなシーンがありました。



これ、実は私もまったく同感です。

依頼者は決して自分で自分を失業者だとは言いませんが、

よく話を聞いてみると、会社役員と名乗っても業務実態がなかったり、

職歴はあっても、「今」は何やっているんだろうかという謎を醸し出す方が、

これまでにも多数いらっしゃいました。



マツコさんは当然、「え~!、それって酷くない!」と反応するわけですが、

私の場合は、こういう人たちの人生再起にかける想いに感化されてしまうクチで、

むしろ、選挙に出るべく動機がはっきりしていますので、

選挙には弱いだろうとわかっていても、断りきれないお客さんです。



このように失業者が選挙に出るということが増えているのは、

「問題ある」社会現象なのかもしれませんが、

私に言わせれば、もっと不可解な人種からの相談が最近増えており、

依頼をお断りするケースがここ何件か出ております。



その不可解な人種とは…。

政治家になる、あるいは選挙に出るという脈絡がまったくない人たちからの相談です。

言い換えると、それまで政治とは全く無縁な職業・生活の人たちが

急に政治家へと舵を切るような、

さらに言えば、突然の思い付きとしか取りようがない、「転職希望」です。



一つ例を出しますと、30代前半の会社員Aさん、独身。

Aさんはエンジニアです。北陸の出身で埼玉県のB市のアパートに住んでいる。

職場は都心、通勤に要する時間は片道一時間で、朝7時台の電車で上り、

帰りは21時から23時くらいという会社人間。



このAさんが、B市の市議選に出たいというわけです。

Aさんの生活は会社とアパートの往復以外何もない。

町内会にも入っていないし、近所付き合いもない。

休前日には会社の仲間と酒を飲み、休日はじっとしていることが多い。

B市には一人も知り合いがいないという有様です。

しかも選挙まではあと3か月。



「選挙になったとして、誰か手伝ってくれる人はいますか?」と聞くと、

「そういう伝手もなく、ボランティアの集め方もわからないから相談に来た。」

と、言うわけです。友達も近くにはいない。

「会社はどうするんですか、辞めるんですか?」と聞くと、

「どうすればいいですかねぇ。」と返って来る。



ふつう、政治家になりたいと思えば、

地縁を得るために地域活動に精を出したり、サークルに入ったり、

政治塾に通って勉強したり、他人の選挙を手伝ったり、

いわゆる目的に到達するための、助走期間があって然りだと思います。

「そういう経験はありますか?」と聞くと、これも何もない。

「議員になって何がやりたい?」と聞いても、ビジョンが話せない。

単にバッジが欲しいという権力欲的な意識も希薄で、

本当になんでこんな人が選挙に出ようとしているのか理解できませんでした。



一方では自治会やPTAや商工会や法人会、同窓会や消防団や氏子会等、

普段から地域のために何かをやり、長い時間をかけて

コツコツと下準備をしている人もいるわけです。



私が選挙で大事だと思うことは「ストーリー」があることです。

政治を志したストーリー、立候補に至ったストーリー、つまり自己の正当化。

そして、選ばれるストーリー、負けないためのストーリー、つまり実績の積み重ねと戦略。

これらはすべて、意図的に生み・創り出すものです。



ここでようやく今回のタイトル「トラオがゆく」ですが、

これは現在、巷をにぎわせている医療法人「徳洲会」の公職選挙法違反容疑事件の

主人公・徳田毅代議士の実父、虎雄元衆院議員の立志伝を漫画にしたものです。


地方選挙を制するためのミニ講座-トラオがゆく




ふつう、この手の書物は眉唾物と覚悟して読むべきものであると思いますが、

仮に内容の半分が脚色であっても、大げさであっても、

徳田虎雄という人物の目指している方向というものは、知ることができます。

つまりこの人物がなぜ代議士を目指し、なぜ、国政に必要な人間なのかということが、

読めば誰にでもわかります。

もちろん、信じる・信じない、支持する・しないは別にしてですが…。



市区町村議会選でまさか、立志伝を刷る必要があるわけではありませんが、

都道府県会・首長以上の選挙では、小冊子程度の立志伝・自伝を使うことはありますし、

これが効果を産んで選挙に勝ったという例もあります。

国政ともなれば、かなり有効な広報物になるでしょう。

「トラオがゆく」も徳田虎雄氏の往時を築く、有効な武器であったと思います。



しかし市区町村議会議員選挙の場合でも、

以前にこのブログでリーフレットの作り方を解説したように、

一に名前と写真、二にプロフィール、そして次に大切なのは「あいさつ文」です。

つまり、立候補の動機・決意・目指す方向を示すことが、

「交通インフラを充実させます」などという、政策を掲げるよりも重要なのです。



私がリーフレットの企画デザインを請けた場合も、

A413の紙面に書くあいさつ文こそが最も重要と心得て、注力します。

依頼者がなぜ政治を志し、なぜ議会に必要なのか、そしてどっちに向いているのか…。

それらを明確にし、選挙に出ることの正当性をA413に込めるわけです。



「トラオがゆく」では、徳田虎雄氏が医師を目指した動機。

全国に病院を建てる理由。そして、目標到達のため選挙に出た動機と理由が、

実にわかりやすく描けています。



冷静にこの本を読めば、自己賛辞のくだらない際物なのかもしれませんが、

選挙にこれから出ようという人にとっては、

立候補する動機や自身の必要性を訴えるためにストーリーを作ることが、

いかに重要であるかということと、

その方便が具体的に解る、

良き参考書になるかと思います。

前回の参院選からインターネットによる選挙運動が、解禁になりました。

選挙運動の幅が増えるということで、商機到来と大騒ぎしていたのは、

ネット関連の企画やコンサルタントを看板にしている会社です。



弊社にもこれまでに多くの会社が、

「ネット選挙システム」みたいな企画を提案するために接近してきましたが、

どれも高額な商品で、国政選挙には向くかもしれないが… というものばかりでした。

地方選挙の現場で、誹謗中傷対策なんかに数十万円もかける余裕はありませんし、

必要もありません。



私の仕事は候補者を当選させることですが、

力の配分を指導することも重要な任務です。

無駄なことにお金を使わせないよう、また無駄なことに体力を奪われないよう、

陣営を引っ張って行かなくてはなりませんので、

選挙の現場を知らない人間が企画した商品などを、

やみくもに取り次ぐ考えはありません。



ただそれでも一社だけ、

「これからネット選挙対策を企画したいので、知恵を貸していただけませんか」と、

近寄ってきた会社があります。

統一地方選があと1年半後に迫り、相談のメールや面会希望の方が増え、

私としても、ネット対策の構築の必要性を感じ始めたことから、

この会社とのお付き合いを始めました。

現在この会社と、普段から付き合いの深い現職議員と、弊社との3者で、

地方議会議員選挙専用のネット対策を構築中ですが、

ここ1~2か月の間で、形になるのではないかと見込んでおります。



さて参院選ではまだネットの爆発的な威力は見えませんでしたが、

地方選挙の現場ではどうなのでしょうか。今回はそんな話です。



以前にメルマガ等でも書いたことですが、

「ネットがどんどん票を集めてくる」というようなことは、

まだここ数年の間では起こりえないと思います。

ただ、有権者の動きに変化は見られるようになりました。



私は参院選の前から、「無料で始められるブログくらいはやったほうがいい」と、

候補者の方々には勧めてきています。

何のためかというと、有権者の興味関心の受け皿となるからです。



例えば選挙まであと3か月となり、連絡所看板(立て看板)を立てたとします。

それを見た市民が、「あれ誰なんだろう」ということになる。

ひと昔前であれば、市民は家族や友人に「あの看板の人誰?」と聞くわけですが、

今はその場で、スマホに聞いてみるわけです。

実際、政策ビラなんかを撒くと、その日はブログへのアクセス数がグンと上がります。

つまりその候補者に興味を持った人の「もうちょっと知りたい」という欲望を叶え、

ついでに支持者になってもらおうというのが、「受け皿」の役割です。



そして、この参院選を境に受け皿の需要が格段に増したというのが、私の実感です。



参院選前の4月、人口10万人強の市議選をお手伝いしました。

1300票が安全圏の選挙で、候補者には1月からブログを始めてもらっていました。

なかなか話題つくりも文章も上手な候補者で、

ビラを撒いた後には200以上のアクセスがあり、

一定の効果を出したと、陣営の誰もが実感したと思います。

この人、新人ながら5位で当選しています。



そして参院選後です。

私は今現在、11月執行の市議選(人口5万強)と12月執行の市議選(人口7万弱)を

お手伝いしているのですが、

11月執行の選挙では、ブログへのアクセスが連日300以上を記録し、

ビラを撒いた後などは、700を超えた日もあるくらいなのです。

そして検索ワードを見てみると、もちろん候補者名がダントツなのですが、

「●●市議選・候補者一覧」とか「●●市 議員選挙」というような

ワードも多く見られます。



つまり、選挙そのものの情報をネットに求める人が増えたということです。

選挙は告示前ですから「●●市議選・候補者一覧」が出ているわけがない。

だからこの検索の主は、選挙にそれほど詳しくない人だとわかります。

そんな事象を並べていくと、

どうやらネット選挙の解禁が巷で、「選挙のことはネットに聞け」という概念を生み、

「選挙に出るくらいの人は、ネット上に最低限の情報はアップしているもの」という

新しい常識の種を蒔いたのではないかと思えるのです。



確かにまだ、ネットがどんどん票を集めてくることはありません。

しかしもし、この候補者がブログをやっていなかったら…、

看板やビラでせっかく興味関心を寄せてくれた有権者の期待を裏切り、

忘れ去られてしまうわけです。

そういう意味で、ネットで「山田たろう」と候補者名で検索してくる人の

興味関心を満足させるための何かは、不可欠なものになってきたと思います。



2年半前、前回統一選の最中、東京23区内のある街頭演説で若い女性の候補が、

「いまどきホームページも持たず、ブログも書かず、ネット上に情報を

発信できないような議員は出来そこないだ! 不要だ!」と訴えていて、

そのときは「アホか」と思って聞いていましたが、

その女性の言うことの方が、どうやら正しくなってきた感じです。



この女性が訴えていたことをもうちょっと補足するならば、

政治家が日常の業務を、ネットを使って報告することは、有権者に対しての義務である。

というわけです。



私は業務報告までせよとは思いませんが、

有権者が候補者のことを、もっと詳しく知りたがっているのに、

何もしない手はないと思います。

だから、得票目標が1000票以下の小さな選挙でも、

最低限の情報を掲載した受け皿は必要です。

ただし何日も更新していないようなブログや、動きが見えないHPではかえって逆効果。

さらにネット関連は、仕込みに時間がかかりますし、継続が重要です。



「選挙は短期間・先手必敗」が私の選挙観ですが、

ネット対策だけは早く始めるに越したことはないと思います。


今日も日本晴れ清々しい仲秋です。昨夜の満月も見事でしたね。

今回は、選挙(政治)運動を営業になぞらえた話をしようと思います。



いきなり例えですが、貴方にパン焼きの趣味があったとします。

素人芸もツボにはまり、店に並べても遜色ないものが焼けるようになった。

週末には、おすそ分けを目当てに近所の人たちが集まり、

中には、「代金払うから一週間分焼いて」という人、

さらには「お店出したらいいじゃないの」という人まで現れました。



周りからはやし立てられると、だんだん自分もその気になり、

ある日奥さんに、「プレハブでも庭においてさぁ、パン工場でも作るか。」と言うと、

奥さんにも火がついて、瞬く間に「脱サラしよう」ということになった。



プレハブと最小限の機器を設え、亀印ベーカリーを立ち上げた亀山さん夫婦。

焼けたパンを早速、近所に売り込みに行きました。



もともと味には定評がありましたので、よく売れました。

ただ生活するとなると、ご近所のお客さんだけを相手にしていたのでは足りません。

どうやって販路を拡大するか悩みましたが、

店舗を持たずに直売することが最も利益率が高く、

お客さんの元へこちらから出向けば、固定客も増えるであろうと、

亀山さんは軽貨物自動車を安く買い、行商に出ることにしました。



さて選挙でも、もっとも手間や元手がかからず、しかも固い票を獲ってくる手段は、

行商、つまり個別訪問です。

商売の基本は行商、選挙の基本は個別訪問、昔も今も変わりません。

亀山さんは実に手堅く、確実な販売手段を選んだと言えます。



しかし1000票以下で当選できる選挙なら、行商一本で行けるかもしれませんが、

1000を超える票を獲ろうとなると、人並み以上に顔が広い人でも、

あと一工夫が必要です。



行商で好感触を得た亀山さんは、もう少し商売を大きくしようと思いました。

そして、奥さんと話し合ったところ、

工場に販売スペースを設け、チラシやタウン誌で広報しようという意見と、

地域産物の直売所においてもらおうとの意見が出ました。

前者の方法では、チラシの印刷や広告の掲載料にお金がかかります。

また、販売量が日によってまちまちとなり、ロスも覚悟しなければなりません。

後者の方法では、まず直売所に手数料を取られます。

さらに、まちの老舗であるウサギパンと売り場を並べるので、

商品力に一抹の不安がありました。



ここでまた選挙と比べますが、

やはりチラシのポスティングに代表される「広報」という手段は、

「確実に●●票」と、数えられる票を産める方法ではありません。

ですから広報は「おまじない程度」の余裕で臨むくらいであれば理想的です。

また他人の売り場を借りる、つまり直売所やスーパー等に出展するということは、

組織票をいただくということのなぞらえですが、

まずあなたの経済的な信用が必要であり、

商品に関しても味だけではなく、安全性や供給力の安定性等が求められます。

当然出店料も必要ですし、売り上げに応じて手数料も請求されます。

そして直売所を構成する一員にもなりますので、新たな付き合いと責任が生じます。

社会貢献の量・業務経験が乏しい若い新人には、あまり奨められない手段です。



そこで亀山さんは直売所への出展はまだ早いと自嘲し、

プレハブの工場に手を加えて販売スペースを作り、

「直売を開始しました」という主旨のチラシを作り、高校生の息子に撒いてもらいました。

その後も定期的にチラシは撒き続けました。

またブログやSNSを行使してファンを作ろうと考え、さっそく実行しました。



さてこのあと亀印ベーカリーはどうなったでしょうか。

手堅い商売のやり方ですので、大きな失敗はまず考えられません。

しかしここまでの話(手の施し)からは、大きな成功も想像できないと思います。

選挙に話を置き換えても、人脈から派生する票を固め、

ビラを撒いただけでは、まだ当選を確実にしたとは言えません。



ここで表題の『基本は行商・成功のカギは「●●●」』の●●●を明かしますが、

これは「口コミ」です。

亀印ベーカリーの場合は元々味の評判があり、開業前からファンがいましたが、

商売として大成するためには、食のプロに認められることが大事です。

本物の美味しいを判別できて、説明できる人に認められなければなりません。

名のあるフードライターや、パンの世界の第一人者に認められれば、

「おいしい」が単なる評判ではなく、情報となって口コミで拡がることになります。

こうなれば売る手段に困ることはありません。

直売所やデパートの方から「商品を提供してください」ということになるでしょう。



選挙の場合も、知的レベルや政治経済・行政の見識が高く、

周囲からの尊敬を集めている人に認められ、

この人たちが口コミの源になり動き始めると、支持者は勝手に増えていきます。


位の高い人に認めてもらうためには、見識や信用を磨くことも大事ですが、

まず、そういう人たちの存在を意識することが大事です。

そして、そういう人たちに向けた運動を展開しなくてはなりません。

教えられる立場になろうとも、

位の高い人たちの所へ行って話をしなくては始まりません。



マスコミを喜ばせるようなことばかり言って、

浮動票の中でも、特にテレビ信者の票をいただく選挙パフォーマンスもありますが、

そんなことはタレントだからこそできることです。

凡人は決して真似してはいけません。



実際、予想した得票を大きく上回り、当選するような人の選挙を振り返ると、

「いい人たち」が集まっていたことがよく解るものです。



前回、公選法の「守りようがない決め事」が多すぎることを問題にしましたが、

今回は「許される選挙運動の幅が狭すぎる」ことについて考えてみます。



政治家の皆さん、政治家を志す皆さん、そしてその支援者の方々…。

その人たちが政治信条を巷で訴えるために行う活動なり運動は、

政治活動と選挙運動に分かれます。

政治活動とは、選挙とは関係なく政治信条を訴え、市民の共感を得るための行為で、

思想・言論・表現の自由が認められているわが国において、何の規制もないはずです。

街宣車で軍歌を大音量で流しながら、憲法改正を訴えようが、

核廃絶を訴えたビラやポスターを市中でばらまいても、何のお咎めもありません。

(騒音や景観を汚すこと等で公序良俗に反すると非難されることはありますが…)

文書図画もサイズや枚数、配布手段に規制はなく、

インターネットでも、政治活動については元来規制がありません。



ところが一転、これが選挙運動となると、細かく厳しい規制がついてまわります。



ここでは何がよくて何が悪いという説明は省きますが、

公選法で認められる選挙運動(地方議員選の場合)を突き詰めていくと、

今年からネットによる運動が加わりましたが、

ネットの他、街宣・電話・口コミだけで選挙をやれというところに落ち着きます。



公選法の根幹には、貧富の差が選挙結果に比例しないようにという意図があり、

候補者が一律、同じ土俵で、同じ条件で争うように出来ています。

また自前で設えれば、選挙事務所にとって比較的大きな出費になってしまう

街宣車にかかる費用や、公営掲示板に貼るポスターの制作費等を公費で負担することも、

陣営の経済力の差が露わにならないよう、配慮された措置の一つです。

その他、人件費の出費や看板の類の大きさや数量に上限を設けているのも、

経済力が運動量を支配することがないように、意図されているためと思われます。



しかし、ほとんど選挙戦の詳細が報道されることのない地方議員の選挙では、

告示を過ぎてからの選挙運動(街宣・電話・口コミ・ネット)だけでは、

候補者各々が支持を訴える声が、選挙区内巷の隅々まで届くとは到底思えません。

ですから事実上の選挙戦は、告示以前の政治活動期間に始めなければ間に合いません。



ここでも公選法の矛盾と時代遅れの性質が垣間見えますが、

この是非をここで議論しても始まりません。これが現行のルールです。

そして大切なことは、この制度に則って選挙という制度に勝つことです。

「文書違反くらい…」などというズルや悪知恵で争うのではなく、

少なくとも公選法で与えられた選挙運動である街宣・電話・口コミ・ネットを

誰よりも上手に使いこなすことが、粋な勝ち方ではないかと思います。



そのためには準備が大事です。

告示以前の政治活動は、選挙運動の効果を高めるための準備・段取りと心得ます。



選挙運動が始まってからの「街宣」を成功させるためには、

選挙区内での支持者・支持見込み者の分布が解っていないと、

運行計画が立てられませんし、演説の内容も絞られません。

「電話作戦」を成功させるためには、名簿が準備されていないと入口にも立てません。

「口コミ」を爆発させるためには、情報の発信主を育てておかないといけません。

中継を担当する人の存在も見えていなければなりません。

それも周囲からの信用が厚い人にカバーしてもらわないと、理想的には伝わりません。

「ネット」ではさらにうんと早くから、「つながり」を形成しておかなくては、

一般的なネットユーザーに至るまでの「支持のお願い」は届きません。

準備すべきことを上げたら切りがありませんが、まさに段取り八分ですね。



さて、これまで記した通り、

実際は告示後の選挙運動だけで、選挙を形にするのは不可能に近いです。

しかし「なるべく投票日直前にビラを届けたい、個別訪問したい」

という気持ちは、痛いほどわかります。

だからといって告示後に計画性のない動きを許すのは、陣営の弱さそのものです。

意の向くままに車に乗ったり、突然降りて個別したり、

候補者本人が昼間からネットにかじりついたり、何時間も電話をかけたり…。

こんなことでは、選挙運動のパフォーマンスは何一つ形になりません。



上位で連続当選している陣営を見ると、告示後の街宣・電話作戦・口コミが

きれいに決まっています。

落選するような陣営は、街宣車がない、スピーカーから聞こえるのはテープの音声。

電話をかけようにも名簿がない、そもそも事務所に固定電話を引いていない。

口コミを仕掛けようにも後援会長がいない、そもそも後援会がない。

と、気が付けば機動力に雲泥の差ができているものです。



「守らなければ」と思うとあれこれ厳しい公選法ですが、

公選法で謳う選挙運動を誰よりも上手に行使すれば、すなわち選挙の王道でもあります。

当選へのバイブルは公選法の中にあると言っても、言い過ぎではないかもしれません。

ですから、他のどの候補者よりも公選法を理解することが、

あるいは連戦連勝の秘策だったりするかもしれません。