湯マニアの中には、これまでに入浴した軒数をことさら前面に出してマウントを取りたがる人がいるようだが、軒数にはあまり意味がないと思っている。が、いつ何処へ行ったのかくらいはメモっておいたほうがよかろう、ということで日付と場所と店名と簡単な特徴をExcelに入れている。一行に一軒入れているので、おのずから軒数がわかることになる。今日現在、東京だけで584軒、ということはほとんど行ってしまったのかというとそうでもない。行ったけど今は営業をやめてしまわれたところも少なくない。未踏の東京銭湯はまだかなりあるのだ。

転車で行ける範囲ならほとんど行ったと思っていたが、ある地域がぽっかりと未踏地帯になっていた。それは駒込から王子にかけて、住所で言えば東京都北区の南部と豊島区の東部だ。なぜこの辺りを後回しにしてきたかというと、理由がある。私の住む足立区から自転車で攻めようとすると、JRの東北本線、京浜東北線、東北・上越新幹線が並んでさえぎるように走り、その狭間に尾久車両センターという車両基地が約30万平方メートル広がって、そこを横切る道が非常に限られているのと、JR線に沿って土地が急に高く山脈のように連なっていて、自転車にはキツい。城の周りのお堀のようなイメージを勝手に持っていたため、二の足を踏んでいたのだ。

つまでもそんなことを言っていてもしょうがないので、年末年始の暇な時間を使って、一気にチャレンジすることに決めた。一日一湯というルールは課した。
具体的には(以下敬称略)松の湯(北42)、鶴の湯(北35)、飛鳥山温泉(北33)、大黒湯(北39)、えびす湯(豊島33)、香取湯(豊島34)などである。毎日のようにこの地域に通うことになったのだが、分かってきたことがあった。この地域の地下水の水質はとても柔らかい。よく、薪沸しとガス沸しでは、薪のほうが断然あたたまる、ということが言われてるし、そう思っていたのだが、正直都市伝説ではないかと最近は思う。完全否定はできないが、その二種の浴槽を並べて入り比べるということが不可能なので、この説は眉唾ものだ。だが、水質については明らかに肌あたりが違う。温泉と水道水が顕著な例だ。
成分的なものは私にはわからないが、上述の地域の地下水はとても柔らかいと感じた。10月に閉業されてしまった殿上湯さんもこの地域だったが、同じように感じた。近隣の北区岩淵には、最近まで酒造りをしていた小山酒造さんが存在することを知って合点が行く。水が良いのは当然だろう。

びす湯(豊島33)さんに伺ったのはちょうどゆず湯の日だった。フロントには人の良さそうな親父さん。見馴れない顔の私を見て、この辺りの人間かを訊いてきた。いえ、違いますけど、なにか・・?どうやら区内限定でタオルがもらえたようだ。天草五橋の見事なモザイクタイル画、ゆず湯はもちろん、とてもいいお湯だったので帰りがけに褒めまくり、足立区から自転車で来たことをアピール。すると親父さん、ちょっと待って、とゆっポくんタオルをくれたよ。催促したみたいで申し訳ない!内心催促したんだけど。また遊びに来て、と親父さん。はい必ず。冬至のやわらかい日差しと空気のなか、身も心もあたたかくペダルを漕いだ。