十四三のハンコ絵語り
  • 01Nov
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      ハンコはつづくよどこまでも

      先日、東京都北区十条の十條湯さんに行った。あの湊兄弟の弟、研雄さんが最近「店長」になられたとのことで、初訪問。東京では何軒かの大改装が目立った今年だが、ここは大きくは手を加えていない。研雄さんは改装もいろいろと考えていたが、実際に働いて常連さんと接したりするうち、もうひと思案が必要だと感じたらしい。ここは本格的なカウンターキッチンの喫茶コーナーをもともと備え、訪問時はちょうどハロウィンの電飾が可愛く点灯していた。サウナも(天然)水風呂も備えている。改装も良いが、お金を掛けずに出来ることとか、あえて変えないで魅力を出していくというのも一つのやり方ではないかな、と感じた。今のままでもまた来たい銭湯だと思った。気が付けば11月。何もしないまま今年が終わりに近づいているような気がする。失われた一年にしないためにも、この二カ月を充実させたい。銭湯ハンコだが、最近はもうハンコよりもTシャツやタオル、その他を頼まれることが多かったのだが、それでも今年だけで考えても、北海道、東京、愛知、鹿児島、沖縄の銭湯ハンコを少ないながらも納めているので、全国縦断ツアーと言っても良いのではないか。更にこのところ、珍しく毎日ハンコデザインを考えている。某都道府県の組合様から全軒のハンコを発注いただいたのだ。30軒以上はあるので大変だが楽しい。おもつらい。つくづく美術系の学校へ行ってデザインやCGの勉強をしておけばよかった。何しろ未だにイラストレーター(入稿の定番ソフト)が使えない。紙に手描きの下描きをPCに取り込んで、マウスで絵を描いている。ペンタブレットという便利なものがあるのは知っているが、長年マウスで絵を描いてきたので今更どうにもならない。肝心の絵柄で勝負すればいい、という声もあるが、それが心もとない。出来そうにないときにはまれに断ることもある。それは似顔絵だ。ある苦い経験から慎重になっているのだ。まだ会社員だった数年前、銭湯のご主人や女将さんの似顔絵を勝手に消しゴムに彫って、勝手にプレゼントするというサプライズを繰り返していた。いつも周りには絶賛されるし、ご本人には喜ばれるので調子に乗っていた。某銭湯の女将さんに渡した時だった。顔が曇った。前もって周囲に確認したときにはいつものように絶賛されたのだが、ご本人的には相当気に入らなかったようだ。それ以来そこの銭湯には行きにくくなり、自発的な出入り禁止となってしまった。似ていればいいかというと、そうでもないのが似顔絵だということを身をもって知ったのだ。だから、プロの似顔絵師さんはすごいなあと感心する。似顔絵は一切やらない訳ではなく、3cm角のハンコの中に小さく載せるのが効果的だと思うときにはあえて入れてみる。あえて似せることにこだわらない。今年頼まれた札幌の奥の湯さんには、やっぱり奥さんでしょう、ということで入れた。沖縄の中乃湯さんは、日本銭湯文化協会理事の町田忍さんを通して依頼されたのだが、女将さんを入れることは私から提案させてもらった。それこそがあの中乃湯だと思ったから。10/30から大阪市の湯処あべの橋さんで「ちいさな銭湯展in大阪」が始まった。これまでにデザインした銭湯ハンコのデザイン200余軒を全部貼り付けた。似ていない似顔絵入りハンコもまだまだ増殖しそうだ。

  • 01Oct
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      ハンコ廃止か継続か

      急に涼しくなってきて、ちょっと油断して薄着のまま寝てたりすると、朝方クシャミが止まらなくなる。元来平熱が高いので37度くらいを平気で行ったり来たりするので、コロナではないのかと平熱の低い妻がビクビクしている。新型コロナに関連する給付金について調べ続けた夏であった。そしてあきらめる夏であった。収入が下がったのは確かだが、基準となる昨年の収入がそもそも低いので要件を満たさない。超低空飛行をずっと続けている私はもう補償関係には期待しない。生きていければそれでいい。しあわせはいつもじぶんのこころがきめる みつを。政治的なことは書かないと決めていたが、こんな時にまさかの首相交代で、まあ思うところはあるけれど、某大臣が提示した「ハンコ使用廃止」というワードに過剰に反応してしまう。一応銭湯ハンコ作家と名乗っているので、簡単には聞き流せないのだ。もちろん、行政の手続きにハンコはやめようということだろうが、それでなくても今年は銭湯のスタンプラリー的なイベントが随分と中止になった。いやその前から東京都浴場組合の銭湯お遍路にしても、アプリ版が浸透しつつある。ハンコ作成の仕事は減り、そろそろ銭湯ハンコ作家という肩書は変えたほうがいいのかな・・と思っていた時にまとまったハンコの仕事をいただいた。デジタル主流になりつつある世の中だが、アナログの魅力こそ捨てがたいことに気付ける人は幸いだ。銭湯ハンコ作家はまだもう少しだけ続くことになりそうだ。さて久しぶりにちょこっとだけ電車に乗って馴染みの銭湯に行ってみた。若旦那曰く、売り上げは全然だけど補償してもらえる程でもなく、とのこと。お風呂屋さんや地区や組合によって事情は違うだろうが、ほとんどのお風呂屋さんは楽ではない状況だろうと察する。お疲れ様です。そんな状況下の9月7日に全面リニューアルオープンした銭湯がある。東京都江戸川区平井の吉野湯さんだ。私の住む足立区千住からは荒川の河川敷を自転車でスーっと30分程南下すると到着する。設計はお馴染み、今井健太郎さん。新しい銭湯に付き物の券売機を探してたら、うちは昔ながらのアナログだからと女将さん。浴室は白を基調とした明るい設計だ。今井さんお得意のモザイクタイル画は無く、中島絵師による富士山ペンキ絵を残したのは、アナログを愛する店主の意向だろうか。そして驚くべきは庭で、ちょうど満開の百日紅《さるすべり》の他にもたくさんの樹木が植えられ、岩石の配された築山《つきやま》からは絶えず滝が流れ、金魚の遊ぶ池に注いでいる。庭の見えるベンチに置かれた「吉野湯使用樹木」という一覧には20種ほどのラインナップが写真入りで書かれており、ライティングも施された夜の庭も見に来てね、と気さくな女将さん。来ますとも!10月以降は、3月に東京で開催した「ちいさな銭湯展」を大阪、名古屋、京都で巡回することが決まった。超絶タイル画技法のこだんみほさんが走り回って進めてくださった。銭湯ミニチュアのさよりさんと銭湯ハンコの私と三人のアナログな世界を堪能していただきたい。Go To アナログ銭湯キャンペーンを打ちだしていきたい秋なのだ。

  • 01Sep
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      アイデアと感謝と

      酷暑もピークを越えたのかもと思わせる8月22日、東京都墨田区の黄金湯さんが、半年の工期を経てリニューアルオープンした。朝10時に開店とのことで、11時に自転車で訪問。オープンには行列ができるだろうし、一時間遅らせるだけで落ち着いて入浴できるだろうという読みはズバリ的中、ゆったりと眺めたり浸かったり、ご主人の新保ご夫妻とも話すことが出来た。おしゃれな入口にはクラフトビールが飲めるカフェバーが設えており、DJブースまで備わっているのだ・・。新しく増設されたサウナ&外気水風呂コーナー、浴槽の多さ、湯温のバラエティ。背景画はペンキ絵ではなく、「きょうの猫村さん」でお馴染みの漫画家「ほしよりこ」さんが描かれた可愛い「富士絵巻図」。生まれ変わったお店の詳しいことは、おそらく本紙の記事として掲載されるだろうからこれくらいにさせていただくが、一言で言うと「これがあの黄金湯!?」という変貌ぶりにとにかく驚かされた。2018年のこと、黄金湯の経営を隣湯の大黒湯さんが受け継がれた、という話を小耳にはさみ、早速黄金湯に行ってみたら大黒湯のご主人・新保さんがフロントに座っておられて、聞いてみると一人で開店から最後まで座られているとのこと。それは大変でしょう、という問い掛けに、「いやあ、大黒湯に3時間座っているよりも楽ですよ(笑)」。それくらい大黒湯は押しも押されもしない大人気銭湯なのだ。忙しい中、それでもあえて隣湯を引き継いだのは、ただこの銭湯を失くしたくない一心だったのだろうと、言葉の端々に感じた。その大人気の大黒湯でさえ、新保さんが本格的に引き継がれたのは2012年のことで、大人気銭湯になったのはその後のことだ。すべては新保さんご夫妻によるアイデアと改革による。2014年にはロビーを改装して展示ができるようにするので、こけら落としでハンコ展を、と言っていただいたこともあった。思えば私がまだ会社員で、悶々としながら消しゴムを彫っていた頃のことで、その翌年に独立するとすぐにお遍路ハンコを発注していただくという、お世話になりっぱなしご夫妻なのだ。今回、クラウドファンディングで1,000人以上の支持者から想定を大幅に上回る支援をいただいたそうだが、これも覗いてみたら30種類以上のリターンが用意され、見ているだけで楽しい。下駄箱の木札に名前を刻めるとか、本当の一番風呂に入れるとか、クラフトビール10杯券が4,500円や入浴&サウナ10回券が7,000円なんて赤字だろうし、単なる寄付金を募るのではないところがアイデアなんだろう。5月にTV「サンドのお風呂いただきます」(NHK)で、大黒湯さんにサンドイッチマンのお二人と藤森慎吾さんが訪れ、お店の歴史からご夫妻の心の機微にまで踏み込まれた興味深い番組が放送された。私も知らないことが多かったし、ご主人の決意や奥様の涙に、本当にお風呂屋さんは大変な仕事だなと改めて思った。それでも大黒湯と黄金湯を素晴らしい銭湯にしてくださって感謝に堪えない。そして、いつも私を暖かく迎えてくれる奥様が「ありがとう」をたくさん言ってもらえるように祈りたい。

  • 01Aug
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      隠棲時代

      3月に開催した「ちいさな銭湯展」の最終日の夜、マスク姿の若いお二人が来て下さった。7/19に復活オープンした東京都品川区小山の東京浴場の店長・相良さんと、スタッフのあみさんだ。その時はGWあたりにオープンする予定と話されていたが、その後の緊急事態宣言を受け、この時期まで先送りになってしまったようだ。オープンの模様はTVやネットのニュースで取り上げられ、早速行かれた方の書き込みも目にしたので、雰囲気は伝わってきた。朝5時というとんでもない開店時間から来客が列をなし、お湯の温度管理がうまくいかなかったりシャワーが出なくなったりというトラブルはありつつ、なんとかここまで大事なく運営出来ているようで嬉しい。朝5時から8時まで営業した後、また昼2時から深夜2時まで営業って、驚くばかりだ。漫画本を7000冊もセッティングしたり、クラフトビールや生ビールの提供、オーガニックタオルを貸し出したりと、付加価値も充実しているらしい。相良さんは、「慣れないサービス盛り込み過ぎて、あたふたしてるのもあるし、やっぱりまずは風呂屋としての基本を合格点にした上で、背伸びせず、一歩ずつ(原文のまま)」とSNSでつぶやいておられる。地に足がついた素晴らしい22才だ。と、ここまでは伝聞ばかりで申し訳ないが、まだ行けてないのだ。徒歩もしくは自転車圏内という自らの掟を守っているため、品川区のここはもう少し先になるだろう。すこし前に、東京都北区(ギリ自転車圏内)の殿上湯さんへ行った。私が銭湯を離れている間(隠棲中)に、フロント脇の物置スペースを素敵なカウンターキッチンに改築されていて、その日は出張カフェがオープン。「淹れたて珈琲牛乳」を堪能した。裏にある殿上湯さん経営のアパートに案内していただいたが、ここに棲めば毎日銭湯三昧、畳の部屋は静かで居心地が良い。すべてを捨ててここで暮らすのも悪くないな、と本気で考えた。この銭湯は設備的には普通の銭湯だが水質はよく、お客さんが絶えない。たまに開かれるイベント湯は盛況だ。殿上湯さんの魅力はいろいろあるが、なにより若旦那と若奥様の企画センスと、おもてなしの波動に吸い寄せられるのだろう。隠棲中と言っても家風呂には入っていたので、入浴剤を試したり、ラジオを聴いたり、それなりの楽しみ方はしていた。牛乳石鹸の「お湯物語 贅沢泡とろ」は本当にびっくりするくらいあわあわとろとろして、湯上りはお肌ぷるぷるになるので、これは銭湯にも取り入れられたら面白い。コスパ以外に循環とか清掃に支障があるのかもしれないが。それから、前回すこしだけ触れたご近所の文化サロン・仲町の家のコンシェルジュT氏に影響されて、ウクレレを購入した。ウクレレといえば、名古屋の平田温泉さんはずいぶん前からご自身も浴室で演奏会などをされていたし、都湯(滋賀)の番頭ユーチューバー・原さんも相当の名手だ。銭湯とウクレレはなんとなく親和性が高いように思える。すこしでも彼らに近づけるよう練習を始めたが、狭い我が家では騒音となり家人に気を遣う。それでも楽しい。いつか銭湯で弾ける日が来るだろうか。隠棲中にデザインを練っていたキャッチ湯三湯とのコラボTシャツが、7月から一般販売となった。受注販売のため、やや高くなってしまったがおおむね好評だ。これを着た人に銭湯でバッタリ会ってみたい。蝉が鳴き始めた。今年はどんな夏になるのだろう。

  • 01Jul
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      あたらしい生活の中で

      本当は行っても良かったのかもしれない。でも行かないと自分で決めたことだから。3カ月半の銭湯無し生活に終止符。それでも当分は徒歩および自転車で行ける銭湯へ、空いている時間を見計らって行くことに決めた。自転車を使うと案外たくさんの銭湯に行ける地域に住んでいてよかった。梅雨のこの時期は厳しいけれど。ああ、やっぱり銭湯はいいなあ、広くて深い浴槽、ジェット、電気、水風呂。蕩けるというのはこのことだ。あの店の憧れの若女将も、この店の懐っこい若旦那も、寡黙なご主人も、優しい女将さんも、玄関先のわんこもにゃんこも以前と変わりない。ただ、どこへ行ってもフロントにビニールの透明カーテンが下がっている。スーパーやコンビニもそうだけど、お金などのやり取りのために手元部分は開いているが、ここが一番飛沫が付きそうな気がする。・・いやそれは言わないことにしよう。新型ウイルスの対処については何が正しいとか違うとか、言わないと決めたのだった。やっと再開した図書館、手の消毒の他に入館時に日時と名前と連絡先を書かなくてはならない。何かあったときに追跡をされるのかな。銭湯の他にしょっちゅう出入りしていた場所がある。「仲町の家」という戦前に建てられた古民家で、地域の文化サロンとして開放されている。イベントのない日はお弁当を食べたり仕事をしたり、たまにはギターを弾いても怒られない。コンシェルジュと呼ばれるスタッフを始め、何より老若男女、職業も関係なく集まった人たちとの会話が面白い。刺激になるし、デザインや文章を考える上でとても参考になる。そんな大事な場所も2月末からクローズ、最近やっと再開したものの、入れるのは縁側と庭だけ。マスクをして密にならないようにディスタンスを確保しなければならない。だが話が出来ないわけではなくやっぱり楽しい。いろいろと制限があるが、制限された状況の中で楽しめばいいだけだ。制限のない自由なんてそもそもあり得ないのだ。久しぶりに行った銭湯で、バッジとマグネットの追加依頼をいただいた。また、本紙5月1日版のこの欄でご紹介したキャッチ湯三店のロゴデザインが好評だそうで、ロゴを配したTシャツを一般に販売展開をすることとなった。受注生産で割高になってしまうが、それでも気に入ってくれた方に購入していただけたら嬉しい。「ちいさな銭湯展」の名古屋、大阪展開も実現できるように準備を進めている。4月以降に予定していたことがひとまずキャンセルになり、ほとんどが先送りとなっている。ここに書きたくてしょうがない情報があと二つあるのだが、情報解禁はまだ随分先のことになりそうだ。ヒントは、一つは健康器具、もう一つは海外。とても楽しみ。都道府県をまたいでの移動がOKとなった。もう少し落ち着いたら、遠くのあの銭湯やあの人に会いに行くと決めた。今のような時世が今年いっぱいか、来年までか、あるいはもっと何年も続くのかはわからないが、これまでの常識や価値観とは異なる「あたらしい生活」が始まっていることは確実だ。それを受け入れると決めた。今日、東京都知事選の期日前投票に行ってきた。足立区の銭湯暖簾が選挙仕様に変わった。結果はどうあれ、あたらしい生活の中でこれまで以上に喜びを感じながら生きたい。そんな、いろいろなことを決めたこの季節。

  • 01Jun
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      だんだんよくなる法華の太鼓

      首都圏(東京・埼玉・千葉・神奈川)と北海道の緊急事態宣言が解除された。これで全国的に緊急事態ではなくなったということか。銭湯に行かずに二か月が過ぎた。但し未だ収束ということではないから、近所の銭湯へ空いてる時間を見計らって行くくらいなら良いのだろうか。憧れの若女将は笑顔を見せてくれるのだろうか・・。この二か月間、オンライン会議やインスタライブ、その他ライブ配信を行う人たちも多くて、しかもすぐに皆普通に対応できてしまうすごい時代だ。「銭湯ナイトオンライン」というイベントにも参加させてもらったが、発表を聞いたり資料も見られるし、必要ならば発言もできる訳だし、これで十分だと思った。物販や酒類、食事の提供などは出来ないから、経済は回らないが・・。だがやっぱりオンラインでは厳しいものはたくさんある。銭湯や飲み会はもちろん、音楽ライブや観劇やスポーツ観戦などの文化は生でないと伝わりにくい。温度、匂い、振動、風、視野、ざわめきなど、五感を通して同時に入ってくればこその人間らしい文化的な営みだと言えよう。また、好きな人たちと画面でなく顔を突き合わせられることの喜びは代えがたい。この緊急事態宣言下で生まれたり聞いたりした言葉・・クラスター、ソーシャル(フィジカル)ディスタンス、テレワーク、自粛警察、コロナ疲れ、などなど。悶々とした日々の中でいら立つ人たちの話も見聞きしたが、悪いことばかりでもなかった。家の掃除や断捨離は進んだ。たまっていた仕事もかなり片付けることができた。気になっていたちょっと敷居の高いレストランの料理をテイクアウトで味わったり、格段に増えた家族との時間をストレスなく過ごすという術を身につけた。玄関に宅配さん向けの感謝の言葉を貼ってみた。週一回のZOOMミーティングに誘ってもらい、その都度背景を暖簾にしたり、浴室にしたりと、気分を変えてみた。マスク不足ならばと、可愛い手ぬぐいなどで立体マスクを上手に作られる方がいかに多かったか。私も個人的に複数の方から手作りマスクをいただき、楽しく使い分けている。今だからこその感謝や気遣いの心を感じることも多かった。日曜日の夕方にサザエさんを観ていると憂鬱になる、というサザエさん症候群に近い人も相当数いるのではなかろうか。満員電車、着ていく服やメイクのこと、長い会議、苦手な上司のことなど思い出して、またあの日々に戻るのが辛いという人たちも多いのでは?と思ったら、twitterでは「#出勤再開うつ」というハッシュタグがトレンドになっていた。やっぱりか。在宅勤務で問題のなかった人はこれを機に通勤を減らすようにしたり、社内会議や形だけの捺印はほとんど無くしてもいいと思うのだが、働き方改革ってこういうことではないのだろうか。銭湯をはじめ、客商売をされている方、収入が無くなった方、医療関係の方、役所関係の方、郵便・宅配の方、スーパーやドラッグストアなど働きづめの方、これからゆっくりかもしれないが、時世が良くなることを願うし、そう信じている。次回からは銭湯の楽しい話を書けますように。ところで今日アベノマスクが届いた。

  • 01May
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      エンジェルズへ愛をこめて

      会えない時間が 愛育てるのさ 目をつぶればキミがいる・・ヨロシク哀愁と、ヒロミゴーは言った。もう一か月以上銭湯に行ってないので、恋しくて仕方がない。目をつぶればあの湯、この湯が浮かんでくる。#オンライン銭湯、というハッシュタグで流れてくる動画を見て癒される多くの人を羨ましく思う。残念ながら私は癒されない。それは人それぞれだから仕方がない。公衆浴場の営業自体は自粛要請されていないのに、控えめに営業しなければならないという。我々も銭湯を応援したいのに、家に風呂がある私はおいそれとは行けないというジレンマ。こんな日常が来るとは思ってもみなかったが仕方がない。仕方がないながらにも今自分に何か出来ることはないだろうか。それは家に居ることだ、と言われそうだが、家に居ながらにして応援できることと言えば、オンラインでのグッズ購入支援と、現状および事態が収束した後のことも考えてのデザイン支援だろうか。なにしろ時間はたっぷりとある。そんな考えから、頼まれてもいないのにお世話になっているお風呂屋さんのロゴを考えるという、大きなお世話作戦を遂行した。興味はあったものの敷居が高そうで飛び込めなかった分野である。ロゴ作りとかタイポグラフィなどはまったく素人なので、文字として読めることを優先して試行錯誤してみたら、これがとても楽しくてハマっている。今回は「キャッチ湯エンジェルズ」と呼ばれ(呼ばせ?)ている素敵な女将さんトリオの三湯をセレクトした。名古屋の平田温泉さんは、ずいぶん前に手彫りをしたものを改めて作り直し、尖った部分が全くないというやわらかいロゴにしてみた。これを新しいお遍路ハンコの中に取り入れ、シールにしてプレゼント。京都のむらさき湯さんは、ほとんどが平仮名なので、統一感を出すために同じ円をいくつか描いたところから加工した。ついでに「湯」も円で表現できないかと苦心した。このロゴをTシャツにしてサプライズで送ったところ、「むらさきの文字がこんなに楽しいなんて考えたこともありませんでした!!元気モリモリです」と嬉しいお言葉。大阪の湯処あべの橋さんは、画数の多い漢字と平仮名の混合で難しそう。最初に黒い正方形を文字数分用意し、黒部分を削りながらなるべく残すような加工をした。すべてを直線にしてバランスを取り、読める字にするのが一苦労だったが、なんとか。これもTシャツにしてサプライズ攻撃。余談だが、としぞーさんから見て、この三湯の女将さんのイメージは?とご本人たちに訊かれたので、「(順に)きびきび、きゃぴきゃぴ、ぐいぐい」と答えたらそのままキャッチフレーズとして採用された。考えたら長いお付き合いで、お世話になりっぱなしの三湯、この騒動が収束したあかつきには、まず最初にご挨拶回りに伺おう。今回のロゴはもし気に入ってもらえたなら、いずれはグッズなどで各湯の売り上げに繋げられないかと考えている。普通に銭湯に行ったり、買い物したり、旅行したり、仲間と飲んだり、ということがいかに幸せで尊いことだったか。相変わらず毎日のように状況がコロコロ変わり、給付や補償の問題もどうなるのか、GW明けの緊急事態宣言が延長され、いつ解除されるのかもわからないが、今は普通の日々をただ待ちわびるばかりである。

  • 01Apr
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      二つの展示を終えて

      埼玉県川越市唯一の銭湯、旭湯さんが廃業された。毎日廃材を切り、燃やし、番台に座ることを一人でこなされていた店主の中島さんには頭が下がる。背景のタイルにリアルな魚が描かれた小さな郷愁銭湯だった。新型ウイルスからの自粛ムードだが、地元の店やアーティスト、建築家他の有志が主導した『ありがとう旭湯』という感謝祭の一環で、銭湯ハンコの展示をすることになった。場所は旭湯から徒歩圏内の「ちゃぶだい」という名のゲストハウスの庭の倉庫を改装した「お庭のギャラリー」。小さな部屋だが、ハンコ作品を掲示してみると、なかなか見映えが良い。ここで一週間ほどの展示、ただし在廊はしない上にゲストハウスの中ということで、限られた人数が静かに見るだけで、心配はほとんどない。しかし、感謝祭の目玉とも言える銭湯での講演、対談は中止となった。これが終わってすぐの、3/20からの「ちいさな銭湯展~ハンコと、タイルと、ミニチュアと~」の開催についてやきもきとしていたが、3/14の総理会見での「緊急事態宣言する状態ではない」という言を受け、関係者各位と相談の上、開催することとなった。今回は残念ながら(来廊は)やめておく、という連絡をくださった方もおられるが、たくさんの方が満遍なく来られ、充実した6日間を過ごすことが出来た。しかし、こんな小さな展示会の開催ですら判断が揺さぶられるというのに、錯綜する情報のなか、毎日多くの方が利用される銭湯のご主人の心の葛藤はいかばかりか、計り知れない。未知のことはひとまず置いておいて、ちいさな銭湯展の結果としては、来廊者数は予想をすこし下回った。とはいえ、じっくりと見て、グッズを購入され、隣のみどり湯さんに入浴されるという方がとても多かった。そしてお風呂屋さん関係も何組か見に来られるというのがこの展示会の特色かもしれない。私の展示は、いわゆるお遍路用に作った東京、鹿児島、関西、その他、200軒超のハンコをすべて並べた。これらを見ながらの思い出話や、ここへ行ってみたい、と言ってくれる方がいらして、まさに私の望み通り。こだんみほさんは、廃業された銭湯の下駄箱の鍵付き板に緻密なタイル絵を貼られたものを10種。濃いマニアとの情報交換や質問攻めに遭った。おおたさよりさんは、脱衣場シリーズで、番台、ロッカー、マッサージ機、おかまドライヤー、体重計、冷蔵庫、ドレッサーなどがほぼ10分の1サイズで可愛く置かれた。彼女は小さなお子さんが居られるということで在廊こそなかったが、多くの人が作品に感心し、虜《とりこ》となっていた。まだわからないが、この三人展を別の場所に持っていけないか、を画策中。もちろん世の中の情勢を見極めたうえで安心して開催できることが前提だ。ほんの数日で状況が大きく変わるので、この新聞が発行される頃には、このコラムはまったく的外れな時宜を得ないものとなっているかもしれない。その頃には光明が見出されていることを願うばかり。いつもと同じように近所の桜が満開になった。いつもと同じように、つつましやかに暮らしたいものだ。

  • 01Mar
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      慌ただしい季節の中で

      今日、お弁当を買いに行った近所のまいばすけっと(イオングループのスーパー)の前で、銭湯大好き芸人の風呂わく三さんとバッタリ。「あ、としぞーさん、大変でしたねえ・・。」命というのは儚く呆気ないものだ。私事だが、1月の終わりに飼っていた文鳥が死に、2月の初めに横浜に住む父が他界した。葬儀が終わり、これから四十九日の法要があるが、ようやく日常に戻った感がある。いや、それよりも新型コロナウイルス騒動からの、イベント中止や自粛の流れは芸人さんにとっては死活問題だろう。「わく三さんも、足立浴場組合のお笑いイベントが中止になったり、大変でしょう。」訊いてみると、2月はほぼ全滅、その先も見通しが立たないそうだ。かく言う私だって3月20日からの「ちいさな銭湯展」が開催できるのか、非常に心配だ。芸人さん程では無いとは言え、これまでの準備のことを考えると、なんとか予定通りにいかないものかと切に願う。もちろん来ていただける皆様の健康、命は大事だ。感染が一日も早く収束しますように。ウイルスで思い出すことがある。数年前に東京のとある支部の銭湯ハンコをまとめて作成したのだが、いつも最終的な加工をお願いしている印鑑屋さんがインフルエンザで、しばらく出来ませんというところを、治ってからでいいので、ということでお願いしていたら、無理をしてくれたようで思ったより早めに郵送されてきた。製品の確認をして支部に転送したのだが、直後に私はインフルエンザにかかってしまった。製品を転送した支部長もどうやら・・というような噂を聞いた。偶然かもしれないが、インフルエンザウイルスは郵便で運ばれる説も有りうる(あくまで個人的な見解)。今年は久しぶりに銭湯ハンコをまとめて手がけた。東京の渋谷浴場組合様から11軒の製作を依頼されたのだ。実際にスタートしたのは昨年からなので、足掛け二年でようやく納品にこぎついた。各浴場からのテーマをもとにしたデザインは次の通り。①羽衣湯・・羽衣をまとった天女と浴槽④第二かねき湯・・外観と自転車と猫⑤観音湯・・人魚と看板文字⑦渋谷笹塚温泉栄湯・・玄関前の犬⑧仙石湯・・家紋暖簾と玄関と猫⑨大黒湯・・大黒様と入口ランドリー⑩八幡湯・・立山連峰と雷鳥⑬さかえ湯・・看板と暖簾と浴槽⑭改良湯・・クジラ壁画⑮廣尾湯・・風車と浴槽⑱宝来湯・・宝船とえびす様デザインは相変わらずだが、私のテイストで行かなければ意味がないというポリシーは通させてもらった。エタノール消毒とマスクで万全を期しているので、渋谷区の皆様の健康と安全を少しは守れていると思う(あくまで個人的な見解)。新型ウイルスはまだ未知のことが多すぎて、不確定な情報が錯綜しているが、良い睡眠と免疫力を上げるための入浴が良いというのは間違いないだろう。と思っていたら、名古屋の知り合い銭湯さんがSNSで、「銭湯は、コロナ対策に有効かも、湯の消毒は次亜塩素酸、湯気で、コロナは下に落ちる、サウナは100℃近い温度でコロナのたんぱく質を分解」と書かれていた。どの情報よりも信憑性がありそうだ(あくまで個人・・(以下略))。そうだ銭湯へ行こう!4/14追記:これを書いたのは2月、緊急事態宣言下の現在は銭湯へ行くのを控えている。

  • 01Feb
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      ちいさな銭湯展に向けて

      昨年、ウラアダチフェス、湯ズニーランド、湯ニバーサル銭湯じゃば~ん、手のモノ市、あだち銭湯まつり、などイベントには多く出展したのだが、そろそろギャラリー展示したいという気持ちがむくむくと湧いてきた。ただ、以前と同じようにやっても面白くないので、いろいろと模索をしていたのだが、それがやっと実現できる運びに。そう、3月に自由が丘のギャラリーゆるりで展示をすることになったのだ。みどり湯さんがオーナーである。あれ、過去にここで個展やってなかった?と思われるかもしれない。今回は個展ではなく三人展。実はずいぶん前からラブコールを送っていたお二人とのコラボがやっと実現するということで、やや興奮しながら準備を進めているところだ。ここで、お二人の紹介をしておこう。◇こだん みほさん本誌2019/12/1版の「ガンバレ!!銭湯」に登場したばかりなので、覚えていらっしゃるかもしれないが、レトロなタイルが大好きで、銭湯のみならず古い建物のタイルの絵を独自技法で再現、残しておられる。技法というのは、タイル絵の上からタイル一つ一つを樹脂でコーティングする。完成した絵は見た目も触感もタイルそのものなのだ。以前からSNSで彼女の存在は知っていて気になっていたのだが、京都にお住まいだし、なかなか会えないものと思っていたところ、一昨年、東京は吉原のカストリ書房で一週間くらい展示をされると聞いて駆け付けた。そして不躾ながら図々しいお願いをしてしまった。私の地元、千住にかつて存在し、お気に入りだった銭湯のタイル画を作ってくれないか。しかも次のハンコ展に間に合うようにと。それを快く引き受け、予想以上の作品に仕上げてくださったのだ。その作品も展示予定だし、今回展示する作品はほとんどが新たに作成中とのことで、それも楽しみ。◇おおた さよりさん銭湯にあるモノたち・・たとえば番台、おかまドライヤー、ロッカー、マッサージ機などを、手のひらに乗るサイズでミニチュア製作をされている。これがとてもセンスよくて可愛くて、一目でファンになってしまった。小夜里さんはミニチュアのみならず、デザインが秀逸で、銭湯ポスター総選挙2018で人気投票第一位になられたのが記憶に新しい。このポスターは全国の銭湯に配布されたので、ご存じの方も多いと思う。頭にタオルを乗せた幼い女の子が、浴槽のふちに両腕を重ねている、あのポスターだ。何年も前からコラボしようしようしてください、と言い続けたのだが、東京から大阪への転居、出産などが続き、実現不可能かと思われたのが、ようやくOKとなった。最近では、小さい子供連れでも銭湯に行きましょうというフリーペーパー「ぷかぷか」や、「ベビーバスチェアありますステッカー」を無料で銭湯に配布されるなどの活動をされている心やさしいママなのだ。そういう訳で、ハンコとタイル画とミニチュアという小さいものばかり集めて展示するので、「ちいさな銭湯展 ~ハンコと、タイルと、ミニチュアと~」という名称にした。お二人とも関西からわざわざ出てきていただくので心苦しいのだが、私にとっては夢のコラボ。そして銭湯ファンの皆様にとっても、新鮮で楽しい展示になること請け合いだ。今からワクワクする。3/20-25 13:00-20:00 gallery yururi

  • 01Jan
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      今年の目標?

      2019年はイベントも多く、また東京のみならず関西や千葉方面での仕事も増えてきた。本業であるはずのハンコ以外で頼まれることが多く、トートバッグや団扇や暖簾のデザインまで手がけたので、そろそろ銭湯ハンコ作家という肩書を一新したほうがいいのかもしれない。それにもまして嬉しいのは、やはり多くの人との出会いだろう。銭湯だけにとどまらず、以前から興味のあった町づくりや古民家再生、新しいライフスタイルを実践されている若い人たちの話を聞くだけで、目の前が広がる。自分の知っている範囲なんて本当にたかが知れていることを痛感する。元旦と言えば今年の目標を掲げて計画を立てるのが正しい人の道なのかもしれないが、私はこの目標を立てるというのが昔から苦手だ。今年の目標くらいだったら、なんとかお茶を濁せるところだが、これが将来の夢ともなるともうお手上げだ。小学生の頃に、将来の夢、なりたい仕事を発表させられることは地獄だった。何も湧いてこないのだ。だから適当な嘘で大人たちを納得させることしかできなかった。今考えれば、男の子はプロ野球選手や医者、女の子はケーキ屋さんかお花屋さんと答える儀式のような、たわいのないイベントだったのかもしれない。それにしても大人は子供たちに「夢を持て目標を持て」と言い過ぎではないだろうか。イチローや本田圭佑は小学校の卒業文集に将来の夢を具体的に書き、ほとんどその通りに実現させている、確かに。それは素晴らしいことだ。だが、揺るぎない夢が決まっている子供は少数派だ。最近発表された子供のなりたい職業の、男子に限って言えば、プロのスポーツ選手は相変わらず根強いが、上位にはユーチューバー、ITエンジニア、ゲーム制作などが占めている。もうお気づきかと思うが、将来の夢なんて当然その時知っている範囲の中でしか考えられない。まだ世の中にどんな人たちがいて、どんな仕事をしているのかをほとんど知らない子供たちに、人生の目標をそんな狭い範囲で決めさせるのはもったいない。私が子供の頃にはユーチューバーどころか、インターネットも想像すらできなかった。そんな自分がプログラマーになり、エンジニアになり、その後銭湯ハンコほかデザインに関わる仕事をするようになるなんて夢にも思わなかった。誰もがスマホを持って歩いたり、ネット動画だけで桁外れの収入を得るものが現れるというこんな時代を、ほんの10年前ですら誰が予想できただろう。銭湯で言えば、最近若い人の中で、銭湯を経営したい、働きたい、という人が出てきた。彼らは小学校の卒業文集に「夢は銭湯経営」なんておそらく書いてないだろうし、昨今のドラマやサウナブームに触発されたのかもしれない。だが、本気でそう思ったのなら本気で頑張ってもらいたい。それを潰すような言葉を大人は吐いてはならない。10年後、いや5年後だって世の中のことは誰にも予想できないのだから、その時にやりたいことを精一杯やることが大事だ。早くに夢を決めてそれに向けて邁進する人生も素晴らしいが、夢にも思わなかった自分になっている人生のほうが何倍も楽しいと個人的には思うのだ。

  • 01Dec
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      佐渡にいがた銭湯旅

      10/5の銭湯サポーターフォーラムに、ゲストでお笑いコンビのジャックポットさんが出演された。新潟浴場組合から「にいがた銭湯大使」に任命されているそうだ。私はロビーに居たため顔は見ていないのだが、トークがロビーにも流れていて、興味深い話を聞くことができた。新潟県内には休業中も含め約20軒の銭湯があり、佐渡島にも2軒が営業中とのことだ。ちょうど佐渡へ行こうと計画をしていたところなので、タイムリーであった。その後同行する銭湯友達と都内の銭湯で作戦会議で盛り上がり、ルート作成、その場でバス予約など、旅の楽しみは行く前で半分くらい占められているのではないかと思われる。当然二軒の銭湯へ入ることが最大の目的。定休日もしっかりチェックだ。以前、地元千住のタウン誌の発行に関わっていたことがあり、その仲間の一人が現在は佐渡の古民家をリノベーションし、予約客のみの蕎麦屋をご家族で営まれている。そこの神棚のある座敷に泊めてもらえることになった。行ってみると山と畑しかない場所で、到着した夕方6時には真っ暗、気温ももう真冬のようであった。近くの山で採ってきた山菜や木の実などをふんだんに使った料理と蕎麦に地元のお酒をぐびぐび。ふとんには湯たんぽを入れてくれて、幸せな昭和の眠りをいただいた。仙道温泉 湯林荘の受付には、にいがた銭湯大使のサイン色紙がドーンと。ご主人によると、この間千葉県の大使も来たよ、とのこと。千葉県銭湯大使の後藤さん、神出鬼没だなぁ。ここは佐渡では珍しく、コーラ色のモール泉をおがくずで沸かしている。浴室はタイルが芸術的にはめ込まれ、トキの写真パネルが何枚か貼られていた。今はもう宿泊はやっていないそうだが、湯治宿として大正4年から営業されている。料金表に洗髪料0円とあえて書いてあるのは昔の名残だろうし、通常料金以外に、一日入浴600円、というのも湯治宿の名残なのだろう。それにしてもご主人一人でほぼ休みなく朝9時から夜7時まで店を開けられているのはただただ頭が下がる。釜場と昔からある源泉の湧く井戸を見せてもらった。もう一軒の星の湯はなんと臨時休業であった。両津の港町にたたずむ雰囲気のある建物。ずいぶん前から旅程は決まっていたから仕方がない。これもまた銭湯めぐりだ。史跡・佐渡金山で砂金すくい体験をしたり、吉永小百合さんのポスターで有名な宿根木地区を歩いたり、いわゆる観光もしたが、見られないと思っていた野生のトキが普通に飛んでいる場面に出くわし、びっくりしたし嬉しかった。夕方のフェリーで新潟市内へ渡り、いずみ湯、有馬湯、みどり湯、と怒涛の三軒入浴。また邪道をしてしまった。初めての新潟銭湯はどれも魅力的な熱めの銭湯で、シンプルな横長槽もあれば、関東でも関西でもない浴槽の形もある。ペンキ絵は無く、タイル絵。どこへ行っても女将さんも常連さんも優しく接してくれた。この旅最後の夕飯に、正統派新潟ラーメンと書かれたかなり年季の入ったカウンターだけの店に入った。ご高齢の男性二名で切り盛り。座るなり「ただの旅行じゃないな?」と言われた。何を見て言ったのかはわからないが、そう言われると銭湯めぐりはただの旅行のような違うような。銭湯に入るために東京からと言えば呆れられるのはわかっている。少し考えたのち、「いえ、ただの旅行です。」星の湯に入るためにまた佐渡へ来ることがあるかもしれないが、一般人から見たら、”どうかしてる”という最大の誉め言葉をいただくことになるのだろう。

  • 01Nov
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      防災と銭湯

      10/12-13に日本列島を襲った台風19号は、東日本を中心に甚大な被害をもたらした。私の住む東京都足立区千住地区は荒川と隅田川に挟まれた低い土地で、12日の朝から避難勧告の放送が再三流れていた。自宅はマンションの上層階なので、水よりも風が怖い。ベランダとバルコニーの植物やメダカを室内に移動、半分壊れていたラティスは分解した。バルコニーから銭湯の煙突が二本見える。どちらも廃材で沸かす老舗の銭湯だ。片付けながら、どうかこの二本が無事であるように祈った。夜八時半を過ぎたころから風雨が激しくなってきた。さすがに数十年に一度という規模の台風、風の音におびえながら過ぎるのを待った。思ったより早く2時間くらいでスッと風雨が弱まったのでバルコニーに出た。特に被害はなかったように見えた。だが、・・煙突は一本しか見えなかった。心配が現実となった。翌朝、確認に来られた三軒の銭湯のご主人と、残りの煙突チェックに廻ったついでに、荒川土手に上ってみた。土色の水がごうごうと流れ、野球場も公園もサッカーグラウンドも川となっていた。サッカーゴールの上部が水面から少し覗かせている。ご主人たちも、こんなのは初めて見た、と言う。数十年に一度のレベルは数年に、もしかするともう珍しくもない地球環境になってしまったのかもしれない。かねてより「銭湯の災害対応マニュアル」を作成されている「銭湯・奥の細道」の原沢氏や各地の浴場組合の尽力で、昨今いくつかの銭湯で避難訓練を行うようになった。その写真や記事を新聞やWebで見たり、ニュース動画を見る機会がある。とても良いことだ。だが、臨場感が足りなくて、せっかくの訓練も形だけのものになってしまっている気がして、もったいない。訓練なので仕方がないとはいえ、浴室で訓練中の人たちがみな着衣なのだ。裸スーツを着ろとは言わないが、やるからには臨場感が欲しい。決して冗談で言っているわけではない。銭湯入浴中の災害時に一番の足かせとなるものは「ほぼ全裸で裸足」ということだ。震度6以上の地震が発生、すぐに外へ脱出という状況だったら、まずここから考えるべきだろう。この問題を無視していては、実際にそうなったときにほとんど役に立たない。そこで、そんな状況でどうすべきか、自分なりに策を講じてみたのだが、一つの案としてお読みいただきたい。服やバスタオルはロッカーなど鍵のかかった場所にあり、出しにくい。まずはバスタオルを全員に配る。男性には一枚、女性には二枚必要だ。頭には桶を被ったとしても、片手または両手でずっと押さえなければ落ちてしまうので、個人的には優先度は低いと考える。頭が大事なのは当然だが、両手が使えたほうがずっといいからだ。それよりも裸足で外に飛び出すのは危険だ。かと言ってロッカーの鍵を開け、下駄箱の鍵を探し、なんて時間はない。そこで役に立ちそうなものはギョサンだ。今やGYOSANとして海外でも有名になった安価だが丈夫な樹脂製ビーチサンダルである。これを相当数用意しておく。バスタオルとギョサン。お風呂屋さん側で用意してもらいたいものばかりになってしまうが、毎年災害が起こるこの国、本当にお客様のことを考えたら一考してもらえないものだろうか。各種イベントや景品の予算を削っても誰も文句は言わないと思う。私は言わない。

  • 01Oct
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      想像力の欠如

      6月にこの欄で入浴マナーについて少しだけ(常連さんへ、初心者にはやさしく諭してね、という京都の玉の湯さんの掲示について)触れたのだが、最近、サウナの梅湯さん(京都市)がとられた行動が話題になっているので、紹介させていただきたい。「浴槽に入る前のかけ湯はどこまでやるべきか」という「かけ湯論争」に終止符を打つべく、梅湯を利用された方にアンケートを取り、ルールを明文化したのだ。アンケート用紙は8月上旬の4日間、利用者全員に配布した。かけ湯のレベルを、(A)浴槽の湯を使い、桶に数杯のかけ湯で流す(B)シャワー・カランの湯で手だけで体を洗い流す(C)ボディーソープ、石けんを使い、手だけで洗い流す(D)ボディーソープ、石けんを使い、タオルやあかすりでこすって洗い流すの4段階に分け、回答者自身はどれを行っているか、ほかの利用者にはどのレベルを望むかを尋ねた。629名が回答したそうだ。回答結果は、自身に関してはCとDが全体の7割、ほかの利用者には男女差があるもののやや寛容になるようで、女性はBとCとD、男性はAとBとCで全体の8割になった。この結果を受け梅湯代表の湊氏が出した結論は次の通り。「入浴前に石鹸類を利用して体を洗ってもらう。但しタオル類でこすり洗う必要性は無し」すなわち、CまたはDをしてね、ということだ。これを明示したことで、常連客からの反発は当然あったそうだが、お客様の声を聞き、梅湯として決めたことだと譲らない。その態度には拍手を送りたい。これはあくまで梅湯ルールであって、銭湯共通のものではないから地域性や規模によって多少の違いはあって当然だが、店として問題になりがちで曖昧だった対応を明確にしたことに意味がある。人気銭湯となった梅湯でこれをやったことも特筆すべきである。余談だが、京都音楽博覧会の開催された9/22には535名!の来客だったそうだ。さて私事だが、新しく建て直された二軒の銭湯で立て続けに同じ迷惑を被った「ホース付きシャワーの恐怖」について聞いてもらいたい。新しめの銭湯ではシャワーを固定式よりもホース付きにする率が高い。家庭風呂のように使えるから、ということなのだろうか。水圧もそこそこあるので、気を付けないとどの方向にも湯が飛んでいく。これを股間に下からあてる爺がいて、その股間洗浄水が少し離れた浴槽につかる私の顔にかかったのだ。勘弁。それから、浴槽の縁に腰かけているオヤジ連中というのも困る。導(動?)線の邪魔になる、不衛生、という問題のほかに、浴槽客の視線がモロにその高さだからという理由も実はある。こういった入浴マナーの問題は、すべて「想像力の欠如」から来ている。立ってお湯を勢いよく体にかければ近くの人にかかるだろうし、濡れたままの体で脱衣所に上がれば床が濡れて滑ったり靴下の人が困るだろうし、湯船で体をこすったり歯を磨いたりすれば湯が汚れるだろうし、こうしたら他人に迷惑がかかるということが想像できないのだろう。法律の前にルールがあり、その前に道徳や常識がある。人に迷惑をかけないように、とか人の嫌がることをしない、と言うことをこれまでに教わらなかったのだろうか。本当にお風呂屋さんは大変だが、こういった困った人たちに毅然と対応してもらえると嬉しい。参考文献)湊三次郎氏のnotehttps://note.mu/sanjiro3710/n/n2b0a50742867

  • 01Sep
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      みんなの銭湯

      怒涛の二日間は、来場者数一万人という信じられない結果で幕を閉じた。「湯ズニーランド」(大阪)は1,500人で感心していたのだが、それどころではなかった。「湯ニバーサル銭湯じゃばーん」(東京)は今のところ日本最大級の銭湯イベントと言ってよいだろう。東京都足立区のギャラクシティは、子どもたちが遊びながら学べる体験型複合施設。常設のクライミングウォールやアスレチック、プラネタリウムやキッチンまで備えており、普段から子供たちで溢れかえる場所。だから当然と思われるかもしれないが、施設運営者様によると二番目の記録だという。一番は何かというと、今年1月の「ジャパン・フェスタ」だそうだ。そもそも大阪の朝日温泉さんが音頭をとられた素晴らしい「湯ズニーランド」(2016,2019)を、そのまんま足立に持ってこようとしたのが「湯ニバーサル銭湯じゃばーん」。暖簾迷路や桶カーリング、ひのきdeお絵描きなどはそのままに、富士山石鹸づくり、銭湯ネイル、ジオラマ展示、銭湯グッズ販売、銭湯ペンキ絵ライブペイント、キューバ音楽ライブ、銭湯読み語りなど、広い会場をくまなく使った夢のような二日間。二日目には朝日温泉の田丸さんも来場され、お手伝いいただいた。イベント終了後の盛大な打上げの後、北千住の夜にひとり消えて行ったらしい。。。私はというと、人で溢れかえった一階ではなく三階の広い部屋で物販などを担当していたのだが、そこでも人の流れは途切れなかった。三階では物販のほかに、足立区の銭湯紹介パネル、町田忍さん所蔵のジオラマ、大阪のイラストレーター・ラッキー植松さんの「なにわ銭湯いろはカルタ」の展示がなされ、ある意味落ち着いた空間だった。また、数日前に急遽決まった銭湯ぬりえコーナーが、予想以上の盛り上がりを見せたことが嬉しかった。私とラッキー植松さんとメソポ田宮文明さんの三名で三枚ずつ、計九枚のぬりえ原画を用意したのだが、私の原画が最初に無くなり、増刷となった。やった、大人気だとニヤニヤしていたのだが、増刷に使われた用紙がエコ再生紙で、白色度が低く、くすんで見える。その途端、私の原画には子供たちが手を伸ばさなくなった。子供はシビアだなあ、やっぱりきれいな白い紙に色を塗りたいのだ。小さな可愛いコが仕上がりの絵を見せに来てくれた時は一番嬉しかった。真剣に取り組んでくださる大人の方もいらした。二日目に来た幼稚園児軍団、特に銭湯ジオラマに興味津々の男子園児たち、「おっぱいおっぱい」「どこ、おっぱい」「あ、おっぱい」ってずっと言ってる。・・まったく男ってヤツは。すでにおっぱい星人としての自我に目覚めている。人気のぬりえコーナーは二ヶ所に拡大され、その後一階にも増設された。二日間が終わって色々と考えた。何がすごいのか。一言でいえば、垣根を越えていること。足立区役所とあだち銭湯文化普及会(官と民)、大人と子ども(世代)、大阪と東京(地域)、マニアと非マニア(文化)、etc.足立区の銭湯関係者は主催者側として法被≪はっぴ≫を着て立ち、近藤やよい足立区長も会場をまわり、私が写真入りで載った新聞の切り抜きを持参されたマニアなお爺や、銭湯に行ったことないという親子連れが訪れた。銭湯に行きたくなった、という声をたくさん聞いた。最後に「湯ニバーサル銭湯じゃばーん」のスローガンを確認したい。~世界に広めよう、みんなの銭湯!~大仰と言えなくもないが、足立区で出来ることはどこでも出来るはずだと信じている。

  • 01Aug
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      「ザ・ノンフィクション」に寄せて

      長い長い梅雨が明けたら、やって来るのは夏休み。とは言っても自由業、常に夏休みみたいなものだ。もう学生ではないので宿題は無いものの、アレはまだかまだかと各所からつんつん突っつかれていて、状況はそれほど変わらない。夏休みだから読書感想文を書こうかと思うが、ロクな本を読んでいないので、今回はTV感想文ということに。7月14日に放送された『ザ・ノンフィクション「ボクは梅湯の三次郎~野望編~」』(フジテレビ系)を興味深く視聴した。三年前の放送の続編ということで、その時は、サウナの梅湯を引き継いだばかりの湊氏が、もうどうしようもないと思われた危機をなんとか脱して、光明が射してきたというところまでだったと記憶している。もう諦めようとしていた彼が、現在二軒目三軒目を手掛けようとまでしている成功物語を「野望編」という形で再度密着したのが今回の番組だ。サウナの梅湯は今や全国、海外からもファンが訪れる人気銭湯だ。湊氏はここまで来た理由について、メディアに出まくったこと、営業時間を延ばしたこと、と語るが、それはほんの一つの要因に過ぎない。本当の理由は、この番組を見た人には徐々に気付かされる。それはひとえに彼のストイックなまでの銭湯愛と執念である。更に、自分で何もかもやろうとしていたのを、人に頼る、任せることが出来るようになったことが大きい。人を使う立場の難しさもまた知った。でも、彼の周囲には人が集まる。それは彼の人間力だ。サイゾーウーマンというニュースブログで、「スタッフと花見をしているとき以外、三次郎にほぼ笑顔はなかった」と書かれていた。三年前だったらそうかもしれないが、今はそんなことは無い。ドキュメンタリーとはいえ編集をすればどのようにも見える。ネガティブな場面が多い方が番組的にはおいしいし、その後の大団円がより強調される。スタッフとシェアした一軒家でパックのごはんにふりかけの夕飯を侘し気に映していたが、妻が不在時には味道楽と瀬戸風味という二種のふりかけがご馳走である私と大差ない。2014年の3月、彼はまだ学生だったが、しずおか銭湯展というイベントを浜松の古いビルで自費開催された。その後就職され、大阪駅前の最先端ファッションビルでアパレル店員をされていた湊氏も知っている。あの頃とは比べ物にならない程貫禄がついたし、たくましくなられたとは思うが、前歯と笑顔、眼の光は今も変わらない。二軒目、都湯(大津市)の店長ハラノーマルさんとユーチューブでの掛け合いでは、楽し気な湊氏がたくさん見られる。番組の最後で彼が語る言葉がすべてである。「とにかく自分が今やるべきことは銭湯を死守していくこと。自分にしかできないと思う。他やることないな。」何のために働くか、何のために生きるかが分かっている数少ない若者、羨ましい。銭湯活動家としての湊三次郎氏をこれからも注視し応援していきたい。放送内容後にも動きがあったので書いておくと、二軒目の都湯のあとに三軒目に源湯(京都市)、四軒目に容輝湯(大津市)が決まった。そして容輝湯の店長(女将?)になる藤内ユキナさんに会いに行きたい気持ちが今第一位!

  • 01Jul
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      人とのつながりについて考えた

      イラストレーターの22℃(にじゅうにど)さんの個展が開かれているということで、大阪の湯処あべの橋さんへ向かった。フトコロが寂しいので、夜行バスで向かってその日の夜行バスで帰る、という強行スケジュールとなった。22℃さんは銭湯を中心に可愛いイラストを手掛けられ、twitterで存在は知っていたが、今回初めての個展で、同時に京都のむらさき湯さんでもロッカー内の扉に作品をサプライズ展示をしているとのこと。これは両方行かなければならない。ご本人に伝えると、早い時間の大阪ならば会えるのでぜひ、となった。京都の銭湯好きライター、林宏樹さんにも連絡をすると、午後ならOK。むらさき湯で待ち合わせとなった。おまけに滋賀県膳所≪ぜぜ≫の都湯番頭ユーチューバーのハラノーマルさんと、先の銭湯ポスター総選挙第1位の太田さよりさんにまで声をかけてくださった。いつもながらありがたい。それにしても夜行バスはやっぱり眠れない。明け方、もうすぐ大阪到着、うつらうつらしていた時に妻からのラインだ。先ほど京都の叔父が急に息を引き取った。叔父は妻の親戚なのだが、叔父一家は私にもとても良くしてくれて、なにしろ私一人で泊まりに行ってしまうこともあった。すぐに顔を出したいところだが、今はバタバタしているだろうから今日のところは東京にもどり、翌々日の告別式に改めて足を運ぶ事を妻に伝えた。初めて会う22℃さんは作品から想像できる通りのチャーミングな女性だった。人間が快適に感じる気温が22℃だということでその名前にされているそうで、そんな雰囲気を持つ方。いつかコラボで展示したいですね、という話が弾んだ。その後、京都のむらさき湯さんへ向かうのだが、湯処あべの橋の女将さんも行きたいな、となった。むらさき湯の女将さん×あべの橋の女将さん・・楽しくなりそうだ。むらさき湯さんには、林さん、ハラノーマルさん、さよりさん、湯処あべの橋さん、そして私が一堂に会した。予想通り楽しい入浴後に近くの蕎麦屋「初音屋」さんへ。ここはかつて銭湯を営まれていた方が経営されている。京都に詳しい林さんの案内は実に頼りになる。その後、京都駅から5分ほどのところに期間限定で開設されている屋台村、崇仁新町で軽く飲んでから東京行き夜行バスに乗り込んだ。眠れない。帰宅したら妻から、親戚同士で話が進み、妻側の親戚は兄弟姉妹が多いし、大変だから関東組は今回は行かないことになった、と聞いた。それはないよ。私一人でも行くよ、と言い張り、結局私と妻と二人だけで次の朝、京都に向かった。斎場を調べたらなんと、むらさき湯さんのすぐ近くだった。叔父一家には黙って来たものだから向こうはびっくりして叫んでいた。泣きながら叔母としばらく抱き合った。京都では告別式の後に初七日の法要を済ませてしまうことが多いらしい。法要後の会食まで列席しながら考えた。ここに居る人たちの誰一人として自分と血縁関係は無い。だけどここに流れるあたたかいものは何だろう。血は水よりも濃い、なんて言うけれど、そんなものよりももっともっと深いところに魂とか心のつながりがあるのだと。礼服のまま、むらさき湯さんと柳湯さんに立ち寄った。柳湯兄弟の相変わらずの過剰接待に嬉しくて笑ってしまう。二日前と同じ場所から東京行きの夜行バス。乗った途端に妻は熟睡、羨ましい。幸せだ。

  • 01Jun
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      常連さんと私

      長野県戸倉上山田温泉の中でも泉質の良いと言われる「国民温泉」に行ってきた。この名称、つげ義春氏の漫画「ヨシボーの犯罪」に出て来る温泉と同じで、氏の代表作「ねじ式」同様、実際に見た夢をベースに描かれていると何かで読んだ気がする。本当にあるんだな、と最初に思った。規模こそ小さいがきれいに改装され、源泉かけ流しの湯量も泉質も素晴らしく、湯の注ぎ口にはコップが常備され、口に含んでみると少しの硫黄の匂いのためか、ゆでたまごを食べているようで美味い。思わずおかわりだ。4リットルの焼酎ペットボトルで持って帰る人もいる。居合わせた常連さんは5名、皆高齢者だ。見ると、ほぼシャワーを出しっぱなし。ある人は最初から最後まで、つまり浴室に入ってから出るまで一度も止めなかった。東京の銭湯に慣れた自分としては気になってしょうがない。しかし考えてみたら、お湯は常にじゃぼじゃぼと湯船に注ぎ、タイルの床にはいくつかの穴から常に床をきれいに保つためのお湯が噴出している。40度以上のお湯が湧くので、釜で沸かしてお湯を作るわけでもない。このシャワー出しっぱなし爺さんを誰も注意しないのは、常連さんのマナーがなってないという理由ではなく、この温泉ではそれは問題なし、ということなのだろう。そんなことに気付き、なるほどなーと思いながら湯湧き口の近くにうっかり腰かけたら、別の爺さんに注意された。「ここはお湯が出るところだから」。やさしい言い方ではあったが、マナー違反お構いなしの無法温泉ではないことがこれではっきりとした。隣のカラン前に座った90歳くらいの爺さまにはいろいろと話しかけられ、以前は湯船は半分くらいだったし、今ある大きな窓は無かったし、という話を聞いた。東京からわざわざ来たの!?と驚かれた。ええ、こんな良い温泉が近所にあって幸せですね。上がりに八ヶ岳牛乳100円で極楽極楽。先ほどの爺さまに「昼は(名物の)蕎麦食ってくがいい」と言われてお別れ。そのすぐ後にピザを食べたのは爺さまには内緒だ。そんな折、京都の玉の湯さんがtwitterに発信された独自の貼り紙「常連様へのお願い」がものすごい反響で、5/24現在、89,981回の「いいね」、43,854回もリツイートされ、いくつかのネットニュースでも取り上げられるほどだ。内容は、若い方の中には未経験ゆえの悪意のないマナー違反をすることもあるので、やさしく諭してくださいね、というもの。確かに、初めて勇気を出して入ってきた若者がいきなり怒鳴られたら、もう二度と来ないだろう。頭ごなしに叱責するのは止めた方が良い。でも難しいんだ、マナーって。ローカルルールがいっぱいあるからね。男湯よりも女湯はもっと厳しいらしい。本当はマナー違反である場所取りが常連の常識だったりする。お風呂屋さんとしては、常連さんも初めての客も大事。お互いにやさしく歩み寄れないものだろうか。〇〇禁止、といったことを細かく掲示する事は好きではないし、たぶん皆読まないし。小さいころから銭湯に行く習慣があればいいのだろうが、現実問題、親世代でさえ銭湯を知らなくなっているのだから。以前、近所のA学園の生徒達が校内合宿で近くの銭湯に来ていた。それとなく見ていたら、「まずは洗ってからだ」と各自言いながら身体を洗い、最後は桶を片付けて帰った。おそらく学校で教わったのだろう。そうだ!銭湯の入り方を義務教育で教えるのだ。文部科学省の指針「教育の振興および生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成」とも合致する。これは名案ではないか?

  • 01May
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      平成から令和へ

      このコラムも第60回だそうで、丸5年。毒にも薬にもならない駄文が、平成が終わってもまだ続くのかと、皆さま辟易≪へきえき≫されているのは承知しながらも、新聞にはこういった箸休め的な記事も必要なのかもしれない。と自分を慰める。そういう訳で令和元年である。まだ目にも口にも耳にも馴染まない。今は皆、頭にアクセントをおいて「れぃゎ」と言っているが、いずれ平坦な「れーわ」になるのは必然だ。それにしても昭和から平成に変わる時の自粛ムードとは明らかに違い、祝賀ムード一色である。一ヶ月前に新元号が発表された後、東京都豊島区の大塚記念湯さんから、5/1に配るうちわが作りたいという相談を受けた。最近は新宿区の万年湯さんのトートバッグや、幾つかの銭湯のバッジやマグネットばかりデザインしていて、もう銭湯ハンコ作家とは呼べないような状態である。大塚記念湯さんの「記念」とは、大正から昭和に変わる時、すなわち昭和天皇即位記念に由来するそうだ。今回、元号が変わるタイミングで記念うちわを配るのは、屋号通りのソツが無いサービスだと言えよう。宇宙の壁紙で知られたこの銭湯、すでに作成している宇宙柄のバッジデザインを基に、裏は「令和改元記念」の文字だけで、というご依頼。一度打合せをしましょう、とアポを取り、伺ったところ偶然別件で来ていた漫画家の「さくら いま」さんとバッタリ。さくらさんは銭湯マンガ「東京銭湯パラダイス」の作者で、次に大塚記念湯を描くための取材入浴に来られていたのだ。そこでひらめいた。うちわの裏は文字だけではつまらないので、さくらさんに描いてもらうのはどうだろうか。その場で提案すると、さくらさんは大ノリ、大塚記念湯さんも二つ返事でお願いします、ということになった。かくして三日もしないうちに両面のデザインが出来、入稿を完了。銭湯史上もっとも可愛いコラボうちわが出来たとほくそ笑んでいる。どっちが表だかわからなくなったが・・。まったく、偶然というのは不思議。いやすべて必然だったのだと言われることが多いが、必然は最初、偶然の姿をまとってやって来るらしい。ところで、前述の万年湯さんのトートバッグは、TVアニメ「サザエさん」のエンディングのイメージ(家の中に行列を作って入っていく)で、と言われて絵を描いた。行列の先頭は万年湯ということでお決まりの亀。カメ先頭で亀銭湯、とツイッターで上手いことを言ってる人がいた。「サザエさん」のエンディングみたい、と気づく人もいた。最近作っている牛乳のふたバッジは、実際のふたをそれっぽく真似しているわけで、これらをパクリと言われたらなんと答えればいいのだろう。最近妙にこの言葉に敏感になっている・・。偶然似てしまうことも無いわけではないが、それはなるべく言わないようにしよう。私がハンコに描く銭湯女子、犬も猫も顔が同じように見えるのは、自分の過去作品をパクっているから、というよりそれしか描けないから。どうか突っ込まないでいただきたい。

  • 01Apr
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      邪道?湯めぐり関西紀行

      銭湯のハシゴは基本的に邪道だと考えている。一日に一軒、じっくりと味わうのが正しい人の道だ。しかし、時には、特に遠征時には邪道も憚≪はばか≫らない。人の道を外れても入りたいという衝動を止めることはできない。大仁田厚が背中に「邪道」の革ジャンを着て、好きなんじゃー、と叫ぶのを誰が止められようか。3月の関西遠征では二日で6軒に入浴という邪道を遂行してきたよ、というお話。①軒目 サウナの梅湯京都駅から徒歩12分、高瀬川沿いの風情ある銭湯。最近、二階に上がれるようになったと言うことで、ぜひ見てみたいという衝動に駆られてやって来た。まだ寒かったので窓を開け放ってと言う訳にはいかなかったが、これからの季節、湯上りに高瀬川の涼風を浴びるのは極楽であるのは分かる。そんな梅湯二階にタトゥースタジオが入っているという意外性。②軒目 五条の旭湯梅湯から13分。ハンコを納品したばかりで、ご挨拶に。こちらの美人若奥さまは刺繍や裁縫が得意で、お店の暖簾も手づくり。この日は梅に鶯(かな?)をあしらった素敵な暖簾で、花びら一枚一枚を縫い付けられている。また、古い暖簾をアレンジしたエコバッグをいくつも製作、販売もされている。このバッグに付けるワッペンに捺≪お≫すハンコを発注いただいたという訳だ。看板に鳥が止まっている、というシンプルなデザインをとても気に入ってくださった。③軒目 湯処あべの橋天王寺駅から5分、昨年ハンコ展でもお世話になった大型銭湯。実は今回の旅の第一目的は、ここで開催中の「銭湯のタイル展(こだんみほさん)」を拝見すること。湯処あべの橋の前身である阿倍野橋温泉ほか、古い銭湯のタイルを描き、その上に一つ一つ樹脂を塗るという工程で、見事にタイルを表現されている。同時開催されているラッキー植松さんの似顔絵百人一首、せんトンお風呂カルタも面白い。この日伺うことを事前に伝えていたので、この両名に加え、銭湯マンガ「ゆとのと」の泉紗紗さんも来てくださった。皆でお好み焼き屋へ。その後大浴場のあるホテルに泊まるも、さすがに入浴する気がしない。翌日は「阪神沿線 あまから湯めぐり(あまゆめ)」に参戦した。阪神電鉄沿線にある3銭湯が、下駄箱の鍵に似せた木札を使ったスタンプラリーで、檜の木札を1000円で購入すると入浴ができる三軒を訪れた。④軒目 天然温泉 蓬莱湯尼崎センタープール前駅から3分の温泉銭湯。女将の稲里美さんとは5年来のお付き合いで、ロビーでハンコ展を開催させていただいたこともある。今回、稲さんのたっての希望により、お店のバッジを作ることになった。3月で無くなるというmeijiのフルーツ牛乳をモチーフにした。⑤軒目 第一敷島湯杭瀬駅から5分、もうすぐ築100年を迎える老舗銭湯。関西で唐破風の入口は珍しい。先の台風21号により、ボイラー室の屋根が壊れ、応急措置を施したものの、まだブルーシートで覆われている部分が多く、修理が追いついていないと聞く。改めて昨年の地震と台風が大きな災害だったことを思い知らされる。⑥軒目 千鳥温泉千鳥橋駅から5分、銭湯マニアで自転車好きの桂さんご夫妻が最近引き継がれた銭湯。ここを最後にしたのには理由があり、一週間前に女将さん三名の意向で決まったのが、【あまゆめ企画 トシゾーさんと語ろう関東の銭湯のここだけの話in千鳥温泉】というイベント。関西銭湯のハンコは数軒しか作ってないし、トシゾーの関西での知名度もあるとは思えないし、急な告知で人が集まるのだろうか・・。と思ったら、思いがけず十数名も来て下さりビックリ。しかも初対面の方が多い。女将さん三名を入れれば20名弱が千鳥温泉のロビーを埋め尽くした。ここだけの話と言っても、喋り続けるネタを持ち合わせていないので、質問形式にしてもらった。関東と関西の違い、ハンコの作り方、入浴マナー、デザインの方法など、喋っているうちにあっと言う間に1時間半が過ぎた。私からちょっとしたお土産と握手会。スター気取りか!その後参加者と、この旅最後の入浴。もう皮脂が無い。結論、楽しかったがやはり銭湯はゆったり、一日一軒が人の道だな。