本多忠勝~名槍が似合う豪将・徳川四天王 | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ

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 本多忠勝は、三河国額田郡蔵前(愛知県岡崎市西蔵前町)にて本多忠高の長男として1548年に生まれた。母の名は小夜(植村氏義の娘)。

 本多家は徳川家の本家に当たる安祥松平家に仕えており、三河安祥之七御普代とも称される最古参家臣が本多家である。

 生年の翌年に、今川義元・太原雪斎が織田信広を攻めた1549年の第三次安城合戦にて、父・本多忠高は活躍するも、矢に当たり討死。
 その為、叔父・本多忠真に養育されると、幼い頃から、6つ年上の松平元康(徳川家康)に仕えたとされる。

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