蝦夷のアテルイは、平安時代初期(西暦800年頃)に東北での軍事指導者だった人物。生年月日は不明。
『日本紀略』によるとアテルイを「大墓公」と呼ぶ。「大墓」(たのも)は地名である可能性が高いが、場所がどこなのかは不明。
ただし、田茂山(奥州市水沢区羽田付近)とも考えられている。
この頃の東北には蝦夷(えみし)と呼ばれた縄文文化の流れを汲む部族社会があり、族長を代表として血族を中心とした100人程からなる共同体が点在した。
狩猟民族として狩・漁・稲作などを「共同」で行い、暮らしていたよう。
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