祇園女御(ぎおんのにょうご)~白河法皇の愛人 | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ

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祇園女御(ぎおんのにょうご)の謎

 白河法皇が、祇園に邸宅を造り、そこに愛人を住まわせたので、いつしか、祇園女御と呼ばれるようになったようだ。生年没、本名、素性などは不明なので、身分の低い出身であったことは間違いない。

 その読み方もいくつかあり、「ぎおんにょご」、「ぎおんにょうご」、「ぎおんのにょご」、「ぎおんのにょうご」などがある。

 ただし、白河法皇の寵愛を受け、祇園女御の願いで1105年、祇園社の南東に阿弥陀堂が建設された。立派な阿弥陀像が安置されるとも供養に院の殿上人のすべてが参列したり、白河法皇の重臣の従者が、祇園女御の使用人にケガをさせると、重臣の従者に対して重い罰を課すなど、祇園女御は妃や中宮にも劣らない権勢を振るったようである。

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