映画「運び屋」を観る | 世日クラブじょーほー局

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 デイリリー(1日だけ開花するユリ)に魅せられ、その農園まで経営して、一時は品評会で好成績を得るなど成功を収めた退役軍人アール・ストーン(クリント・イーストウッド)。ただ彼は仕事に熱心なあまり、家族を顧みず、妻とは離婚。娘の晴れの結婚式にも欠席し、爾来、娘とは絶縁状態。

 

 そんな彼に転機が訪れたのは、インターネットに対応できず経営が行き詰まり、ついには農園はおろか自宅まで差し押さえられて、失望のうちに孤独な老後を過ごしていた時。結婚を控えた孫娘からのパーティーの招待に珍しく顔を出したアールだったが、妻メアリーと娘アイリスに鉢合わせとなり、会場は一時修羅場に。やれやれと会場を後にしたアールに、一人のヒスパニック系の男が「町から町へと走るだけでカネになる仕事がある」と声を掛けてきた。よもやそれが麻薬カルテルの運び屋だとはアールはこの時、予想だにしなかった…。

 

 御年88歳のクリント・イーストウッド主演・監督の本作。2014年のニューヨークタイムズ紙の別冊に掲載された記事に着想を得たのだそう。最晩年を迎えた市井の老人が麻薬カルテルの運び屋に手を染めていたという事実自体はショッキングだが、ストーリーは実話ベースで、かつ主人公が主人公だけにゆったりと展開し、ハラハラドキドキはないに等しい。アールは稼いだ金を自分の新車購入や農園の買い戻しにも使ったが、娘の結婚資金や退役軍人会に寄付をしたり、これまで身勝手だった自分の人生を取り戻すようでもあった。最もそれが現れたのが、元妻(ダイアン・ウィースト)が末期のガンで危篤となったという報に接した場面だ。アールは身の危険を冒して駆け付けたのだった。

 

 人生の荒波を経てきた90歳の老人がようやく辿り着いた価値観は、「家族」だった。だが、その回復の手段が法律を犯し、悪魔に手を貸す麻薬の運び屋だったのは冗談にもならない皮肉だったが。

 

 劇中のアールのセリフで「自分には時間がない。これまで金で何でも手に入れてきたが、時間だけは買えなかった」との言葉が印象的だ。実に本作は、主演・監督を手掛けたクリント・イーストウッド本人を重ね合わせたのだということは間違いない。実の娘(アリソン・イーストウッド)を絶縁中の娘役に配していることからも明らか。これまでハリウッドで、配役としても監督としてもその存在自体もアウトローだったイーストウッド。2度の離婚と3度の結婚の末、90歳を手前にして家族の価値がほとほと身に沁みたのか。本作に奇を衒う演出は必要なかった。自分自身をストレートに表現すればよかったのだ。

 

(監督)クリント・イーストウッド

(キャスト)

クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、

マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシア、イグナシオ・セリッチオ、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ