第37回記者を囲む会が開催されました | 世日クラブじょーほー局

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<講師略歴>

はやかわ としゆき

神奈川県出身。上智大学外国語学部卒。世界日報社入社後、社会部記者、政治部記者、那覇支局長を務め、2005年から12年間のワシントン特派員を経て、今年4月より編集委員。共著に「揺らぐ『結婚』同性婚の衝撃と日本の未来」(世界日報社)など。

 

<講演要旨>

 昨年11月の米大統領選でドナルド・トランプが勝利した。当時、私はアメリカにいたため、日本メディアがどう報じたのか正確には理解していないが、選挙結果にヒステリックな反応もあったのではないか。だが、アメリカ人は気が狂ったわけでも、投げやりになったわけでもない。ヒラリーよりもトランプがベターだと有権者が判断した結果だ。トランプがなぜ大統領に選ばれたのか、その背景を理解するには、オバマの8年間とは何だったのか、そして対抗馬だったヒラリー・クリントンがどのような人物だったかを知る必要がある。

 

1.  トランプ大統領誕生の意義

 トランプ大統領誕生の意義を一言で言い表すなら、それはオバマからヒラリーへの「リベラル革命」の継承を阻止したことだ。オバマは8年間の任期中に、医療保険制度改革(オバマケア)を筆頭に、数々のリベラルな政策を推し進めた。これらのリベラル政策の実績を、オバマは1980年代の「レーガン革命」に匹敵すると自画自賛していた。レーガン革命が米社会に深く根付いた理由は、レーガンが2期8年務めた後、ブッシュシニアが当選し、共和党政権が3期12年継続することで、レーガンの功績が守られたことにある。

 

 これと同じように、オバマは自身のリベラル革命を米社会に深く根付かせ、永続化させるためには、何としても民主党政権が継続することが不可欠だった。オバマとヒラリーは犬猿の仲だったが、大統領選でオバマはヒラリーを全面的に支援した。共和党に政権が移れば、自らの業績が覆される可能性が高いため、オバマにとってリベラル革命の継承者が何としても必要だったのだ。

 

 民主党内では、オバマは左派、ヒラリーはどちらかといえば、中道派に分類されることが多い。しかし、二人の政治思想の源流には、決定的な共通点がある。それは二人が共に若い頃、米国を社会主義化していく理論を体系化したサウル・アリンスキーという人物の思想に傾倒していたことだ。

 

 アリンスキーが従来の極左理論家と大きく異なっていたのは、性急な暴力革命を非現実的だとして否定し、地域住民を巻き込んで、徐々に、段階的に、そして密かに米国を社会主義化していく「草の根戦略」を体系化したことだ。

 

 アリンスキーが自身の理論を体系化したのが著書「過激派のルール(ルールズ・フォー・ラディカルズ)」だった。この本はアリンスキーが死去する前年の1971年に出版された。既に40年以上が経過しているが、今なおアメリカの左翼活動家の間で幅広く読まれている。

 

 本の著者は、妻や家族、友人、あるいは出版社の担当者らに献辞を書くのが一般的だ。ところが、アリンスキーは「過激派のルール」で極めて意外な存在に献辞を書いている。キリスト教でサタンと認識されている堕天使ルシファーに同書を捧げるというのだ。アリンスキーは献辞で、ルシファーを「エスタブリッシュメント(聖書では神やその他の天使を指す)に反逆して、効果的に自らの王国を勝ち取った最初の過激派だ」と称賛している。

 

 オバマは1985年から3年間、コミュニティー・オーガナイザーという仕事に従事している。コミュニティー・オーガナイザーというと、地域住民のために奉仕するボランティアのような漠然とした印象を受ける。だが、実際は、低所得者や労働者、黒人や中南米系などのマイノリティーを社会主義運動にオルグしていく左翼の職業活動家だ。アリンスキーが「草の根革命戦略」の実働部隊として位置付けたのがコミュニティー・オーガナイザーだった。

 

 オバマがコミュニティー・オーガナイザーになった時、アリンスキーは既に他界していたが、シカゴにはアリンスキーが築いた強力な左翼活動家のネットワークがあった。オバマはアリンスキーの弟子たちからその理論を学び、吸収し、実践し、さらにそれを政治に応用して政治家としてのキャリアを積み上げていった。

 

 

 ベトナム反戦運動が盛んだった1960年代、当時の左翼活動家は髪や髭を伸ばし、汚い言葉を使っていたが、アリンスキーは民衆を遠ざけるだけだとして軽蔑した。本性は革命家であっても、革命家と見られないよう身だしなみを整え、民衆の味方を装うことを説いた。インターネット上では、アフロヘアでたばこを吸う若い頃のオバマの写真を見ることができる。オバマが現在のようにスーツを見事に着こなし、洗練された人物へと変身したのは、アリンスキーの教えに戦略的価値を見いだしたと考えられる。

 

 アリンスキーは著書「過激派のルール」で、米社会の中心であるミドルクラス(中間層)の価値観と生活様式を打倒することが、最終目標だと説いた。だが、中間層を敵視するそぶりを見せてはならない、むしろ彼らが直面する困難や悩みに同情を施すことによって、ミドルクラスを過激化できると主張した。

 

 オバマは大統領選の最中から任期中の8年間、自らを「ミドルクラス大統領」と言い続けた。オバマは2004年の民主党大会で「保守のアメリカもない、リベラルなアメリカもない、アメリカがあるのみだ」と訴えた。そんなオバマを多くのアメリカの有権者は、超党派政治、国民融和を目指す指導者と捉えた。だが、過去8年間のオバマの実績を見れば、彼が超リベラルの政治家だったことは疑いようがない。アリンスキーの教えに従い、超リベラルの本性を覆い隠し、中間層の支持を集めて大統領の座に上り詰めたのがオバマだった。

 

 これに対し、ヒラリー・クリントンはアリンスキーから直接指導を受けた。ヒラリーはシカゴ郊外の保守的な家庭に育ち、元々は共和党支持者だった。しかし、高校時代に通っていたキリスト教会のユースパスター(青年担当牧師)の影響で、次第に左翼傾斜していく。大学4年の時にヒラリーは卒論を書くが、そのテーマに選んだのがアリンスキーの活動だった。卒論を書くために、ヒラリーはアリンスキーに2回インタビューしている。また、アリンスキーを講演に呼ぶなど、直接アリンスキーと交流を深めていった。

 

 そんなヒラリーに対し、アリンスキーは左翼活動家としての才能を見出したのか、大学を卒業したら、私の下で働かないかと誘っている。しかし、ヒラリーはエール大学ロースクールに進学することを決め、アリンスキーからの誘いを断った。その後、ヒラリーはビル・クリントンという男性と出会い、大統領夫人となり、上院議員となり、大統領の座を目指していくことになる。

 

 ヒラリーは上院議員時代の2003年に、「リビング・ヒストリー」という自叙伝を出版する。この本の中で、ヒラリーは自分とアリンスキーの間には意見の相違があったとして、いかにもロースクール進学時点でアリンスキーと決別したかのように書いている。しかし、数年前、アメリカの保守系ニュースサイトが、ロースクール時代のヒラリーがアリンスキー宛てに送った手紙を発掘し、報じている。それによると、ヒラリーはアリンスキーの著書「過激派のルール」がいつ出版されるのか待ち遠しくてたまらないと書いている。このことから、ヒラリーはロースクール進学後もアリンスキーの思想に傾倒していたことがうかがえる。

 

 ヒラリーは民主党内では中道派に属し、過激な左翼思想は放棄したようにみられることが多い。だが、ヒラリーもオバマと同様、アリンスキーの教えに従ってリベラルな本性を覆い隠し、現実的に段階的に目標を実現していくことを目指した。

 

 昨年の大統領選で、もしヒラリーが当選していたら、アメリカ最高権力者のバトンは、アリンスキーの弟子から弟子へと引き継がれていたことになる。

 

 昨年の大統領選でオバマとヒラリーの左翼思想が主要争点になったわけではない。ほとんどのアメリカの有権者は、アリンスキーのことも知らなければ、オバマ、ヒラリーがその思想に傾倒していたことも知らない。だが、アメリカは本来、中道右派の国だ。アメリカを急激に左傾化、世俗化させたオバマとその路線を引き継ごうとしていたヒラリーに対し、アメリカの草の根有権者は、本能的に危機感を抱き、それがトランプ支持につながった。

 

 アメリカのキリスト教徒の中でも特に保守的なのが福音派(エバンジェリカル)だ。アメリカ人の4人に1人が福音派と言われているが、福音派の実に81%がトランプ氏に投票した。トランプは2度の離婚歴があり、猥褻発言で批判を浴び、宗教とは最も遠い人物に見える。にもかかわらず、敬虔なキリスト教徒である福音派がなぜトランプを支持したのか。それはトランプを積極的に支持したというより、ヒラリーに対する危機感、警戒感がトランプ支持で福音派を結束させたといえる。

 

2.トランプの政権運営の4つの特徴

 

①  力の信奉

・トランプは力を持った存在、強い存在に尊敬する傾向があり、アメリカの力の象徴である軍人を積極的に登用。国防長官に起用したジェームズ・マティスは元海兵隊大将。国土安全保障長官のジョン・ケリーも同じく元海兵隊大将。国家安全保障担当大統領補佐官のH・R・マクマスターは現役の陸軍中将。

 

・米軍再建の方針。オバマ政権下で国防費が大幅に削減され、米軍の戦力が戦後最低レベルまで低下した。予算の関係上、簡単にはいかないが、それでもトランプは圧倒的な軍事力を取り戻すという方向性を明確にしている。

 

・外交よりハードパワーを重視。トランプ政権は予算案で国防予算を大幅に増やす一方、外交を司る国務省の予算は大幅に削減。外交というソフトパワーより、軍事力というハードパワーを重視。

 

②  社会問題は基本的に保守路線

・その最たる例は、空席だった連邦最高裁判事に保守派を起用したこと。米国では最高裁判事に誰を選ぶかは国論を二分する重大な問題。なぜそれほど注目されるのかといえば、最高裁がそれだけ米社会に大きな影響力を持っているから。最高裁判事は終身制で、自ら辞めるか死去するまでその座に留まることができる。よって、最高裁判事が一旦就任すれば、その価値観やイデオロギーは30~40年という長期に渡って、アメリカ社会に影響を及ぼすことになる。

 

 2015年に同性婚が全米で合法化された。それは国民の代表である議会が法律を作って合法化されたわけではない。国民投票によって認められたわけでもない。9人の連邦最高裁判事の過半数である5人の判事の賛成で、同性婚が合法化された。

 

 米国も日本と同様、立法・行政・司法の三権分立の社会であり、法律を作るのは本来、立法府の仕事だ。だが、アメリカのリベラルな裁判官たちは、法律に書いていないことまで勝手に解釈し、自らの価値観・イデオロギーを判決に盛り込み、それを米国民に押し付ける傾向が強く、保守派は裁判所がまるで立法府のごとく振舞っていることに不満を募らせていた。トランプはそんな保守派の期待に応え、法律を本来の意味通り解釈するオリジナリストとして知られるニール・ゴーサッチ氏を最高裁判事に起用した。

 

 これにより、連邦最高裁は再び、保守派5人、リベラル派4人の構図に戻った。現在の連邦最高裁には、78歳以上の判事が3人いる。この中から引退や他界するなどして空席ができた場合、連邦最高裁の保守化が進むさらに可能性がある。

 

・アメリカ社会のもう一つの重要な社会問題である人工妊娠中絶問題でも、トランプは反対姿勢を明確にしている。

 

 

③  経済・通商・国境管理はナショナリズムが基本

 戦後、世界はグローバル化が進み、ヒト・モノ・カネの自由な往来が拡大した。その中で、アメリカ企業がコストの安い国々に生産拠点をシフトする状況が生まれた。これに対し、トランプはまず優先すべきはアメリカ人労働者の利益だというナショナリズムに基づき、TPPから離脱した。また、トランプはアメリカ国民の安全を最優先すべきとの観点から、不法移民やテロリストの流入を防ぐために、メキシコ国境沿いへの壁建設を目指し、イスラム圏からの入国制限措置を講じた。

 

④  対決を恐れず、むしろ政権運営の原動力に

 かつて小泉純一郎首相は、郵政民営化に反対する自民党議員を抵抗勢力と呼び、対決構図を作りあげて民営化を進めた。小池百合子東京都知事も都議会自民党との対決構図の中で都政運営を進めようとしている。トランプも同じように、メディアやワシントンのエリート層、左翼勢力と対決することでコアな支持層を固め、再選を目指している。ただ、トランプが異例なのは、メディアと対決構図をつくっている点だ。日本で首相がメディアと全面対決する状況になったら、政権を維持するのは難しい。

 

 昨年の大統領選を間近で見て、アメリカの民主主義の奥深さを実感した。それは米メディアのほとんどが反トランプだったにもかかわらず、有権者の半数がトランプに投票したという現実だ。メディアの報道に左右されず、自分で判断するといういい意味での個人主義を発揮したといえる。日本ではとても想像できない。

 

3.トランプへの期待と不安

 

期待

①   第2のレーガンとなるか

 トランプが当選したのは本当にサプライズだった。私も全くトランプの勝利を予想していなかった。ただ、当選後に第2のサプライズがあった。トランプは2009年まで民主党支持者で、ヒラリーら民主党の有力政治家に政治献金をしていた。税制や中絶などさまざまな問題で民主党寄りのスタンスを取っていた。保守かリベラルか分からないトランプがどのような政権運営をするのか大きな疑問だった。ところが、トランプは当選後、保守的な人材を次々に政権に取り込み、強力な保守政権を築いた。これが第2のサプライズだった。

 

 そんなトランプに対し、保守派からは「第2のレーガン」になってほしいとの期待が出ている。米保守派の重鎮であるニュート・ギングリッジ元下院議長は、トランプをこのように評している。

 

 「トランプ氏は思想的、伝統的な保守派ではないが、過去100年間で最も反左翼の政治指導者となる可能性がある。1932年のフランクリン・ルーズベルト大統領から始まった84年に及ぶ左翼の支配を終わらせる好機だ」

 

 共和党内にはトランプ以上に明確な保守哲学を持った政治家はたくさんいる。だが、どんなに立派な保守政治家であっても、メディアやエリート層、左翼勢力の圧力に屈して自分のポリシーを曲げてしまう人物では左翼支配を終わらせることはできない。トランプは決して明確な保守哲学の持ち主ではないが、圧力に屈しない強さ、図太さ、突破力がある。そこに保守派は期待している。

 

②   強い米国の復活

 オバマは「弱いアメリカ」を目指した。アメリカの大統領がアメリカを弱体化させようとしたというのは理解し難いかもしれない。しかし、オバマの世界観は異なっていた。彼の考え方はこうだ。アメリカが圧倒的なパワーも持つ超大国として君臨する一極体制こそが世界を不安定化させている、従って、アメリカのパワーを低下させ、中国やロシアなどと並ぶ大国の一つへと米国の地位を引き下げることで、一極世界ではなく多極世界が現出し、世界は安定するのだと、本気でそう信じていた。

 

 では、オバマ政権の8年間で世界はどうなったか。アジアでは中国は東シナ海、南シナ海に進出し、欧州ではロシアがクリミアを併合し、ウクライナに侵攻した。中東では米軍がイラクから撤退したことでイランが台頭し、イスラム国が出現した。オバマ政権が国際問題へのコミットメントを減らし、米軍の戦力を低下させることによって生まれた力の空白を、中国、ロシア、イラン、イスラム国が埋めることで世界は不安定化しているのが実情だ。

 

 これに対して、トランプは、アメリカは常に強くなければならない、アメリカは軍事的にも経済的にもナンバーワンでなければならないという考え方の持ち主だ。すなわち、弱いアメリカを志向したオバマとは、国家観、世界観が180度異なる。

 

 また、トランプはレーガンが唱えた「力による平和」を外交・安全保障政策の柱に据えている。覇権主義的傾向を強める中国や、核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威に直面する日本にとって、強いアメリカの復活が好ましいことは間違いない。

 

 

不安

①   揺らぐ例外主義、「丘の上の町」はどこに

 トランプが掲げる「米国第一主義」は、アメリカだけが良ければいいという印象も与える。アメリカの外交政策を語る上で、需要なキーワードの一つに、「例外主義」(Exceptionalism)がある。これは、アメリカは世界でも特別な国、例外的な国であり、世界をリードしていく責任と道義があるとの考え方だ。アメリカは20世紀以降、国際秩序の維持・形成に主導的役割を果たしてきたが、その背後には例外主義の考え方があった。例外主義のルーツは、イギリスから信教の自由を求めて新大陸を渡ってきたピューリタンにさがのぼる。ピューリタンの指導者だったジョン・ウィンスロップは、大西洋を渡るアルベラ号という船の中で、「我々は丘の上の町とならなければならない。すべての人々の目は我々に注がれる」という有名な説教をした。「丘の上の町」とは新約聖書にある表現で、イエスが世の中の模範となる行いをしなさいと説く文脈の中で出てくる。ウィンスロップの言う丘の上の町とは、道徳的共同体をつくるという意味合いだが、自分たちは神から特別な使命を与えられた特別な者たちだとの考え方は、その後、アメリカは世界で自由と民主主義を擁護する責任があるとの認識へと発展していく。

 

 だが、残念ながら、トランプの口から、世界の自由、民主主義を守るという言葉を聞いたことがない。中国や北朝鮮など圧政下で苦しむ人々は、今なお世界に多く存在する。米国が自由、民主主義、人権の擁護者としての役割を放棄したら、これらの人々に一体誰が支援を手を差し伸べることができるのか。

 

②   LGBT問題と信教の自由

 アメリカでは近年、性的少数者(LGBT)の権利拡大が急速に進み、2015年には全米で同性婚が合法化された。伝統的な宗教道徳に基づき、同性愛・同性婚は誤りだと信じるキリスト教徒たちが、偏見の持ち主だとして糾弾されて、裁判で訴えられたり、罰金を科されたり、仕事を失うなどの事例が相次いでいる。

 

 例えば、ワシントン州で花屋を営むバルネロ・スタッツマンさんは数年前、同性愛者の男性から同性婚のフラワーアレンジメントの依頼を受けた。だが、敬虔なクリスチャンであるこのおばあちゃんは丁重に断り、代わりに依頼を引き受けてくれる別の花屋を3件紹介した。しかし、男性はおばあちゃんを提訴した。さらに、この件に直接関係がないワシントン州政府までもおばあちゃんを提訴した。2月に州最高裁の判決が出たが、おばあちゃんの行動は、差別を禁じた州法に違反すると判断された。最終的に、裁判に敗れれば、訴訟費用の支払いで、自宅や老後の貯金を含め全財産を失う可能性がある。

 

 また、オレゴン州でケーキ店を営んでいたクライン夫妻も、同性愛者の女性からウェディングケーキ作りの依頼を受けた。それを断ったクライン夫妻は、オレゴン州当局から巨額の罰金支払いを命じられた。このケースはまだ係争中だが、罰金額はなんと13万5000ドル(約1500万円)だった。このような事例が全米各地で相次いでいる。

 

 このため、宗教界からは信教の自由を守ってほしいとの痛切な叫びが上がっている。これに対し、トランプはキリスト教界の支持によって当選したので、信教の自由を守ることには前向きだ。ただ、その一方で、LGBTの権利拡大にも寛容だ。トランプ政権発足直後、ホワイトハウス内では信教の自由を守る大統領令が検討されたが、その草案がメディアにリークされ、猛反発を浴びて潰されてしまった。草案をリークしたのは、トランプの娘イバンカとその夫のジャレット・クシュナーと言われている。この2人は世代的に若く、LGBTの権利拡大に積極的な考え方なのかもしれない。5月にトランプは信教の自由を守る大統領令を出したが、当初の草案と比べ骨抜きとなってしまい、花屋のスタッツマンさんやクライン夫妻のような人々を救うような内容にはなっていない。

 

③  ホワイトハウス内のパワーバランス

 ホワイトハウス内には3つの勢力がある。一つはマイク・ペンス副大統領やラインス・プリーバス首席補佐官を中心とした伝統的保守派だ。彼らは保守派内の主流派で、議会や宗教界に極めて近い。

 

 二つ目がスティーブン・バノン首席戦略官・上級顧問を筆頭とする大衆迎合的保守派だ。彼らは米国第一主義に基づいた政策(メキシコ国境沿いへの壁建設、イスラム圏からの入国制限など)を強硬に推し進めている。当初、影の大統領と言われたバノン氏だが、過激な路線が批判され、最近は影響力が低下している。

 

 三つ目がトランプファミリーだ。中でも、クシュナーはトランプのスケジュールを管理していると言われている。クシュナーはどちらかというと穏健派だ。トランプは当初、中国に対して厳しい姿勢を取っていたが、最近、控え気味なのはクシュナーの影響と思われる。世界のリーダーたるアメリカの国家運営が、トランプファミリーを中心に動いている状況には不安を抱かざるを得ない。

 

4.トランプ時代を日本はどう生き抜くべきか

 

 2月に安倍首相が訪米し、トランプとゴルフをした。その光景は「日米蜜月時代」の再来を印象付けた。安倍首相はなぜトランプからそのような厚遇を引き出すことができたのか。その一番の理由は、長期安定政権を築いていることだろう。トランプ氏は強い存在、力のある存在に敬意を示す。長期安定政権を築いている首相に対し、トランプは一定の敬意を抱いているとみられる。長期安定政権は内政のみならず、外交でも好循環をもたらすという典型例だ。かつて首相がコロコロ変わっていた時代があったが、いかに国益を損ねていたかを痛感する。

 

 

 トランプの米国第一主義は、世界に衝撃を与えたが、国家の指導者が自国の利益を最優先するのは当たり前ともいえる。トランプは国家の本音を率直に述べているといえ、これはわれわれ日本人に対し、同盟の本質を直視する機会を与えているともいえる。自民党の石破茂氏は、同盟の本質を説明する際に、19世紀に英国の首相や外務大臣を務めたパーマストン卿の「永遠の同盟国も永遠の敵もない。あるのは永遠の国益のみ」という言葉を引き合いに出すが、これこそ同盟の本質だ。

 

 今後も日本にとって、アメリカとの同盟関係は外交・安全保障政策の基軸であることは間違いない。しかし、いつまでも日本はアメリカにおんぶに抱っこでいいのか。日本も自国の利益と安全は自分で守る方向性を打ち出すべき時だ。アメリカでは米国第一主義を掲げたトランプが大統領になり、欧州ではイギリスがEU離脱を決め、その他の国々でも反EUの風潮が強まっている。国家主権や国益の重視が欧米の政治潮流といえる。

 

5.国家的課題にどう向き合うべきか

 

①   中絶問題から見た日本の人口減少

 1920年に旧ソ連が世界で初めて人工妊娠中絶を合法化して以来、中絶は世界中で爆発的に増加した。この約100年間に行われた累計中絶件数は10億を超えたといわれている。1位が中国(約3億8000万件)、2位がロシア(約2億2000万件)、3位が米国(約5700万件)、4位がウクライナ(約5200万件)、5位が日本(約3900万件)だ。日本は世界有数の中絶大国なのだ。

 

 日本では1947年に中絶が合法化されてから急激に増加し、現在までに累計で3900万件以上の中絶が行われてきた。これは現在の日本の人口の3分の1に近い数だ。もし日本の中絶件数がその半分だったら、現在の人口問題は違った様相を見せていたかもしれない。ロシアも人口減少に伴う国力低下に直面しているが、現在の人口と比べた累計中絶比率が世界一のロシアは、これまでに現人口の1.5倍の中絶が行われてきた。日本が人口減少を食い止めるには、生命尊重の価値観を取り戻すことが必要だ。

 

②   子供の貧困・経済格差問題

 日本を含め各国が直面する経済格差の問題は、解決が難しいと思われがちだ。ただ、数年前のアメリカのデータによると、母子家庭の37.1%が貧困家庭であるのに対し、結婚した両親がいる家庭では6.8%にとどまる。つまり、母子家庭が貧困に陥る割合は、父母がいる安定した家庭に比べて5~6倍も高いのだ。これは当然の結果で、母子家庭は働ける大人が母親しかいないので、世帯収入は少なくなる。これに対し、父母がいる家庭では働ける大人が2人いるので、世帯収入も当然増える。だとすれば、家庭再建、家庭強化が進み、安定した家庭が増えれば、必然的に貧困率も下がることになる。

 

 アメリカの研究によると、貧困の母子家庭で育った子供は、大人になっても貧困に陥る可能性が大幅に高い。つまり、貧困は世代を超えて引き継がれていくのだ。従って、貧困の連鎖を断ち切る最大の武器が家庭強化といえる。日本で議論されている格差是正策は、貧困家庭に対する経済支援、すなわち所得の再分配に力点が置かれ、家庭再建の視点が欠落しているのは残念なことだ。

 

③   男女の結婚率を引き下げる同性婚

 同性婚を合法化した欧米諸国では、軒並み男女の結婚率が下がっている。同性婚とは、男性と男性、女性と女性という同性愛者に結婚する権利を付与するものだが、同性婚を認めると男女の結婚率が低下する現象が起きている。これは同性婚を認めて結婚の伝統的な定義が崩れると、結婚の社会的価値が薄れ、結婚離れを助長するためだとみられている。

 

 

 男女の結婚率が下がることは、結婚しない女性が増えることを意味する。結婚しない女性が増えれば、生まれてくる子供の数が減少する。また、結婚しない女性が増えれば、婚外子や中絶も増える。米国の同性婚賛成派は、同性婚を認めても社会に何ら影響はないと主張していたが、実際は社会全体に甚大な影響を及ぼすのだ。

 

 日本でも渋谷区など同性パートナーシップ条例を制定する自治体が出ている。アメリカでも最初から同性婚を認める動きがあったわけではなく、まずは結婚に相当する地位を与えようという運動から始まった。日本もアメリカと同じ道を歩み始めていることは間違いない。

 

 日本が直面する難題は複雑で困難に見える。だが、突き詰めれば、問題の本質はシンプルだ。生命を尊重し、伝統的な家庭を大事にしなければならない、ということに行きつく。。