千貫水☆五龍姫のブログ -3ページ目

招待状

地元の小学校から学習発表会に来て下さいとのお知らせが届く。


学校とは縁が無くなって久しい、、懐かしい体育館です。



3人の子供たちはここの小学校の卒業生。


旭日に輝く五龍山音譜~ 甲立小学校の校歌に歌われている五龍山は 伝説があります、城主宍戸氏が山城には水がなく5か所に龍王を祀り祈願したら水が出た以来この山を五龍山と言い城主の妻を五龍姫と言った。


今日はその物語を中心に群読にて小学生が発表、地域でお世話をしている私は聴きに来て下さいと招待された。



子供たちの力強い発表を聴き感動してしまった。

いろんなことがあった、嫌がらせをされた時は涙は出なかったが今日は涙が出た、とても嬉しかったから。


人間は自然の中で生かされていること、、過去があり今がある今を大切に生きたら必ず良い未来がある、この子たちはこの当たり前のことを素直に受け止めているに違いない。


力強く発表する声を聴いていたら良かったなと嬉しくなりあの5年前の自分を自分でほめていた、、頑張ったねぇ~。ここまで一途に信念を持つ事が出来たのは何故だか自分でも解らないが細くて強い弾力のある糸を ググゥーと引っ張りのばしているような気持ちでがする。


ホップ ステップ ジャンプ、、あなたたちの活動はこの子供たちの学習で大きくジャンプしましたね、、そう言って下さった人がある。


そうかぁ~

ジャンプかぁ~


これからはどんな広がりを見せるか私自身楽しみにしている。

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この子らに幸あれ


千貫水☆五龍姫のブログ-111012_103822.jpg 「この下に千貫水が湧き出ている。
今は埋もれているが道行く人に気がついてもらうために石碑を建てて置く」そのような意味が彫られている石。
国道54号と歩道との防護柵が真ん前に来ていて見辛かったこの石碑は「市の史跡」


1811年(文化2年)に上甲立の三上氏がこの石碑をたてた。


「千貫水」の名が彫られているモノではこれが一番古い。



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今日はその防護柵が国土交通省の協力で取り除かれました。
石碑の裏には「この千貫の水は昔よりあると言えむぐらに隠れて人は知らない、このしるしを建て道行く人に知らせる」そんな意味が刻まれています、、、水を汲みに行かれましたら是非ご覧ください江戸時代の言葉で彫りこまれています。




今日その石碑は子供たちの手で綺麗に磨かれました。





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看板も子供たちが脚立に上がりそれはそれは綺麗にしてくれました。




車の往来の激しい道端です知らず知らずに全体が黒ずんでいたんですね。黒い汚れがいっぱい出ました。




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保存継承の会のおじさんに説明板のガラスの掃除の指導を受けています。


写真で紹介できないのですが水汲み場の蹲、、そして切り出した駐車場の竹を運んだりと子供たちは作業に活躍してくれました、ほんとに綺麗になりました。




看板や石碑は汚れが取れて明るくなったようです。

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~郷の歴史文化を守り受け継いでいこう~学び決意してくれる、、この子たちの未来に幸あれ。


文化2年に彫りこまれた石碑の言葉通り、当時の人の願い通り、いつの日か気が付いてくれました千貫水のことを、、、。


長い間、地元の人から忘れられていたこの千貫の水は保存継承会の皆さんのおかげで整備され多くの人に愛される水場となりました。


ここは、またいつの日か成人したこの子達により守られていくでしょう。


子の達が学ぶ「甲立小学校の校歌」に朝日に輝く五龍山。。と山の名前が歌われています。、、きっと朝日を受け輝く五龍山の霊を受け元気にたくましく大らかに育ってほしい、、。そんな願いが歌に込めてあるのだと思います。



守られていますとも、、。

卒業して甲立を離れる子供たちもあるでしょう、、。


大人になり遠くで暮らす人もいるでしょう、、。


でも、、でも小学生の時に学んだ故郷の事を思い出したら、、思い出したら、、心が元気になります。



どの子も喜んで進んで作業をしてくれました。

たのしかったと話してもくれました。


ありがとう。

この子たちの未来に幸あれ。



歴史探訪~中世の山城巡り

秋晴れの良い天気でした青空にコスモスの花がコスモス映えていました。

山城と平城の違いを山のふもとで聴き登ります。


当時の伝達方法は「のろし」山山を暗号ののろしが上がり家臣達に重要事項の伝達が行われたであろう、今は木々が映え見通しは悪いが当時は木も切りはらわれていただろう。

田屋城に登ります。城主は内籐氏、急な掘り切りを真下に見ながら登って行きます。

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ここ4郭の西側に土塁がありそれに添って竪堀が麓へとのびているこの上の3郭には直径90センチ深さ9メートルの井戸が400年も経った今でも石組みが綺麗に残っている。


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厳島神社の神主、佐伯氏の一族内籐氏の城、鎌倉幕府から地頭職に命じられ数代にわたり長田郷を治めたと言う。毛利元就に降伏した尼子3兄弟はこの内藤氏に預けられた。


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本丸まで上がりホッとして~木の陰で微笑む。。。。ニコニコチャーミングなお友達。


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日下津城、古川城と登り説明を受けました、こんな近い所にも深い歴史がありました、安芸高田の中世の武将毛利を支えた先祖は大変な苦労をし次の時代を迎えた。



これからも機会があれば廻ってみたいと思いました。

初めての参加ででしたがたくさんの人と知り合い和やかに登ることが出来ました。


先人の当時の生活を偲び先人供養も少しは出来たかなニコニコ