最近は、どこに行っても「仙台といえば牛タン」といわれます。

たしかに、日本国内で消費される牛タンの3割を仙台だけで消費して

いますから間違いではありません。


でも、以前は牛タンはマイナーな食べ物でした。

いつごろから有名になったかを考えてみると、1990年代半ば頃からだと

思います。

おそらく「伊達の牛タン」さんが創業されてからでしょう。

それまでは、お土産で牛タンを見ることはなかったし、牛タン屋さんは

街でもそれほど見ませんでした


「伊達の牛タン」の社長さんは「阿部の笹かまぼこ」の社長の弟さんで、

会社では専務をされ営業を担当されていました。

そこから独立し、御自身で創業されました。


「阿部の笹かまぼこ」さんは古くからある有名な会社で、デパートでも

ずっと前から販売されています。

その繋がりで「伊達の牛タン」は最初からお土産・ご贈答用として

有名デパートや駅でおいてもらうことができました

これは大変なことです。

商売をされている方はわかると思いますが、新しい会社だと、なかなか

大手デパートやJR東日本のような大きな会社とは取引してもらえません。

それが、そもそも取引が先にあって会社ができ、商品ができたので、

最初からデパートにおいてもらうことができました。


そのおかげで、あっという間に有名になり、会社の業績は右肩上がり

牛タンの販売量も右肩上がり

「伊達の牛タン」に続き、「べご政宗」「陣中」「喜助」「利久」など、

他社が多く参入し、さらにマーケットが拡大しました。

もちろん牛タンがおいしかったからこそ、これだけ有名になったわけです。


とはいうものの、仙台の牛タンは、仙台牛ではありません。

もともとはアメリカ産。

ちなみに、狂牛病以降はニュージーランドやオーストラリア産の牛タン

使われています。


アメリカの牛は穀物飼料で育てられているので肉は柔らかかったのですが、

オーストラリアやニュージーランドでは牧草を食べさせて育てているので、

かたい肉になります。

そこで、仕入れた牛タンを柔らかくなるように加工し、食べやすいサイズに

カットしてパッケージング、販売します。

最近の大手の牛タンやさんは、すべてこの方法で対応しており、そこに

企業のノウハウがあります。


昔は、ちいさなお店が自分のところで下ごしらえをして出していました。

これはこれでよかったのですが、どうしても品質にばらつきがでて、

あるスライスは柔らかくておいしいのに別なスライスは硬い、といった

ことがおきます。

さらに、牛タンは根元に比べて先端が細いので、上手にカットしても、

使えない部位が出たり、スライスの大きさが違ったりします。

それに対し、セントラルキッチン方式だとかたさや大きさにばらつき少なく

なります。


それを思うと「利久」さんや「伊達の牛タン」さんなどの大手のお店

いつ頼んでも同じレベルのものが食べられる安心感があります。

個人のお店でもおいしいところはありますが、どうしてもばらつきがある

可能性はあります


メニューが多いお店は余った部位を上手に使い、シチューや佃煮などを

出していますが、定食しかないお店ではロスが多くなりコストが上昇します

こういう細かい工夫をして経営を安定させ、それぞれのお店は

おいしい牛タンを提供しています。


地元の人は、あちこち食べ歩きながら自分にあったお店を見つけることが

できますが、観光などでいらっしゃった方には難しいと思います。

そのためガイドブックを頼りにお店を選ぶわけですが、なかなかこれが

あてになりません。

それが、このメルマガを始めるきっかけになっています。

なかには良心的なガイドブックもありますので、将来、紹介します。

太郎のお奨めの牛タン屋さんの紹介は、もう少しお待ちください。






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今回、ご紹介するのは、NREのお弁当「やわらか牛タン弁当」です。


仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当1

ご存知の通り、最近は「仙台の名物といえば牛タン」となっています。

牛タン弁当はいくつもありますが、そのなかから、今回はNREの

「やわらか牛タン弁当」をご紹介します。

この駅弁の特色は、暖め機能があり熱々でご飯と牛タンが食べられること、

とろろがついていることです。


仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当6 仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当10

麦飯にかける、とろろと醤油です。



そもそも牛タン定食は、終戦後、食糧難の時代に登場しました。

敗戦後、仙台にもアメリカ軍がやってきて占領政策を施行しました。

そのとき米軍の仕事をする日本人が必要になり、コックさんや庭師さんなど、

いろいろな仕事で雇われました。

料理人として雇われた人の中に「太助」というお店の先代親方がいました。

当時、アメリカ人は牛の正肉の部分(ロースや腿など)だけを食べ、

内臓類(胃や腸、舌、尻尾など)は捨てていました

日本人はみんな食料難でおなかをすかせているときです。

関西では胃や腸などを「ホルモン焼」として食べるようになり、

仙台ではタンをもらって「牛タン定食」が生まれました。



みんなに元気になってもらうため牛タンを厚く切って塩焼きにし、

ここに麦飯ととろろ芋白菜の浅漬けテールスープを付けました。

さらに七味唐辛子の代わりに辛い青唐辛子の味噌漬けを添えました。

当然、麦飯はどんぶりです。

これが牛タン定食です。


牛タン定食は、そもそも「ハレの日」のご馳走ではありません

仙台の人間にとっては、「おなかが減ったとき腹いっぱい食べるのが

牛タン定食」、という感じです。

そのため、今ほど牛タンを食べていなかったんです。

たしかに牛タンを出すお店はありましたが、それほど多くなかったです。

それがだいたい20年前頃牛タンが有名になった頃に、牛タン弁当が

販売されるようになりました。

当時、暖め機能を持ったお弁当が開発されたばかりでしたので、さっそく

この牛タン弁当に取り入れられ、「伯養軒」「お弁当のこばやし」の

両社から発売されました。



今回、ご紹介するNREの「やわらか牛タン弁当」は、この暖め機能

持っています。

箱に入った容器の中で、下半分は温めるために消石灰と水が入っています。

上半分には麦飯と味噌漬け牛タンを焼いたもの、辛い青唐辛子の味噌漬け

が載っています。


仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当5

お弁当の蓋を開けて上から見たところです。

お箸、とろろ、醤油が入ってます。


➀まず、箱をあけ、お箸、とろろ、醤油を取り出します。

②箱に蓋をして、脇にある紐を引きます。

仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当2

これで水と消石灰が反応して発熱が始まり、ご飯と牛タンが温められます。

この機能のおかげで、暖かい麦飯と牛タンを食べることができます。

じつは、どれくらいの熱を出すかというと、当時の200系新幹線で、

座席前のプラスチックのテーブルが変色したり変形したりしていました。

実際、箱の上から触っても、けっこう熱いので、噴出す蒸気で

やけどしないように気をつけないといけません。


仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当4 仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当9

高温の蒸気でシールが黒くなってます。



仙台以外では、牛タンを味噌漬けにして食べるところはないでしょう。

仙台でも塩で食べることが多いですが、太郎は味噌漬けも好きです。


このお弁当は、牛タンは味噌味で、肉の持つ味わいと味噌の持つ旨みが

合わさって、さらにおいしくなっています。

仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当7


唐辛子の味噌漬けはとっても辛く、メキシコの「ハラペーニョ」クラスです。

けっして思いっきり噛み付かず、少しずつかじってくださいね。

仙台太郎の食いしん坊日記-やわらか牛タン弁当8


牛タンを二切れか三切れいただいたら、ちょっと牛タンを脇によけて

白いご飯が見えるようにしてください。

とろろと醤油を麦飯にかけ、とろろ飯にして、お店の牛タン定食の雰囲気を

味わってください。



このお弁当、本当の定食と違い量は控えめで、女性にちょうどよい量です。

男性は、野菜ジュースかビールを付けるとちょうどいい量だと思います。

お値段は1100円です。

太郎は普段の野菜不足を補うために、野菜ジュースと一緒にいただきました。






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仙台七夕まつり



仙台七夕は、毎年、8月6日から8日までの3日間、開催されます。


8月5日は前夜祭で、市内で花火大会が催されます。

打ち上げられる場所は仙台駅のほぼ真西、1kmくらいのところ、

広瀬川の河原になります。

駅から行くと、東北大学教養部のすぐ手前になり、街の真ん中です。

青年会議所の方々が中心となって、行政や市内の会社、商店街と協力し、

開催しています。

太郎は毎年、奥さんと一緒に見に行っていますが、今年は35,000発

花火が打ち上げられる予定だそうです。


6日から街じゅうに大きな七夕飾りが飾られます。

この七夕飾りは大きくて、街中のアーケード街では、上からつるしているのに

地面に届きそうなほどで、だいたい3mくらいはあります。

お店により、大小の飾りを組み合わせたり、お店の屋号やマークを

入れたりと、いろいろ工夫がされています。

飾りに手が届くのではなく、飾りの吹流しをかき分けながら歩きます。

吹流しがたくさん続くので、お子さん連れのときは、しっかり手をつないで

歩いてくださいね。

毎年、たくさんの数の迷子のお子さんがアナウンスされています。

実際、はぐれると、大人同士でもお互いが見えなくなり探すのが大変です。


毎年、全国からたくさんの方々が観光に訪れます。

お祭りの中心となる中央通りなどは、人通りが多く、一方通行になります。

駅などで「七夕交通規制マップ」などが配られていますので、参考に

されてください。


仙台の七夕飾りには、「七つ飾り」という伝統的な飾り物があります。

「短冊」「屑篭」「巾着」「折鶴」「吹流し」「紙衣」「投網」です。

それぞれにいわれがあり、深い意味がこめれられています。

仙台七夕にいらっしゃったとき、覚えていると見物の際に一味違ってきます。

簡単にご紹介しましょう。


「短冊(たんざく)」:早朝、カラトリの葉にたまった夜露を硯に集めて

墨をすり、詩歌を書いて学問や所の上達を願いました。

「屑篭(くずかご)」:七つ飾りの裁ちくずや紙くずを中に入れました。

物を粗末にしないで、清潔と倹約の心を育てました。

「巾着(きんちゃく)」:富貴を願いながら、倹約・貯蓄の心を養います。

しっかりと紐で結ばれ、無駄遣いを戒めています。

「折鶴(おりづる)」:家の長老と同じ数だけ折り、延命長寿を願いました。

折り紙を通して教わる心、人に教える心を学びました。

「吹流し(ふきながし)」:織姫の織り糸を象徴し、昔の織り糸をたらした

形を表しています。機織りや技芸の上達の願いを込めました。

「紙衣(かみごろも)」:病や災いの身代わりに捧げたという衣。昔は

母親や師匠に教えられ、裁縫の腕が上がるよう願いながら縫いました。

「投網(とあみ)」:仙台近海の豊漁を祈願しました。幸運を寄せ集める

という意味も。



この仙台七夕まつり、伊達政宗公が奨励されたといわれ、江戸時代頃から

400年以上続く、伝統的なお祭りです。

戦時中、一時、中断されましたが、戦後に復活しました。

期間中は山から切り出した10mもの竹に伝統の七つの飾りを下げた

七夕飾りが立ち並びます。

古くからのお店では、「動く七夕」といって、「からくり仕掛け」

飾りを出すところもあります。


一時期、飾りをちぎり取る人がいたりしたため、プラスチックやビニールで

作られたこともありましたが、日本のお祭りということで、昔ながらの、

伝統的な和紙で作られるようになりました。


また、以前は、期間中は夜通し飾られていたのですが、七夕飾りに放火する

たちの悪いいたずらがあったため、ここ数年は夜はしまわれてしまいます。

夏、暑いときのお祭りなので、地元の人は夕方から見物に出て、夜、

涼しくなってから見物していたのですが、残念です。


七夕は、もともと「静」のお祭りですが、最近は、パレードや踊りなど、

地元の人たちが参加する機会も作られるようになりました。

七夕まつりの期間中、定禅寺通りを中心にイベントが開かれる予定です。


今年の夏は例年以上に暑いようですが、ぜひ一度、仙台七夕に

いらっしゃってみてください。



仙台七夕まつり公式サイトです。

http://www.sendaitanabata.com/









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