妻幼き頃の着物姿


写真は、妻が3歳時に祖母が住む苗栗縣通宵の写真館にて撮られたもの。

母親、日本名「梅(うめ)」さんが背景を和風にし、振袖をあしらうよう写真館側にリクエストしたという。


3歳にしてすでにこの時、将来日本へ嫁ぐことが運命されていたかのような佇まい。

母親梅さんもそれを見込んで娘を写真館へ連れて行ったのだろう。

当時同じく3歳のわたくしは、そんなこと知る由もなく、鼻水垂らしながらダッコちゃん人形とゴジラのソフトビニール人形に夢中になって遊んでいた頃だ。




3歳で初めて着物に袖を通した妻は、以来着物との縁は続き、日本へ渡る前から日舞を習い現在に至る。今では「仙台すずめ踊り」との二刀流だ。

★日舞団体があるのは、いかにも台湾らしいが。

日舞の優雅さと、すずめ踊りの躍動感。双方相反する舞の動きを楽しんでいる。


亡き母から受け継いだ帯。

着物自体は、母と体型が違うので譲り受けることはできず、もったいないが処分した。

亡き母の遺徳をしのび、受け継いだものはしっかりと活用してこそ母への返礼になる。妻もそう思っている。

わたくし以上にネイティブの仙台弁丸出しの母の言葉に妻は最後まで苦労していたようだが。

母は、きっと今頃天から妻の舞を見て喜んでいることだろう•••父とともに。




稽古で使い込まれた扇子。


趣味も高ずると、いつのまにかライフワークになる。

妻の場合、まさにそれが日舞であり、仙台すずめ踊りである。

彼女に打ち込めるものがあるのは、夫のわたくしにとっても実に喜ばしいことだ。

精進を重ね、今後さらに高みを目指して昇華してほしい。




今年も里帰りは無理か?

長らく続く厳しい疫情により妻は2年半余り里帰りしていない。

故郷にいる家族や親戚、友人たちに会いたいはず。

が、今年も帰れるかは定かではない。

わたくし自身も祖国日本を離れていた時期があるので、彼女の故郷への募る想いは痛いほどよくわかる。

妻は心底日本を愛し、日本に骨をうずめる強い覚悟でやってきた。

しかしながら、たまには里帰りしてゆっくりと羽を伸ばしてきていただきたい。それがわたくしの本望だ。