故宮から持ち去ったもの



日中戦争(1937年~1945年)前から国民党政府は、北京紫禁城・故宮の文化財の国外流失に危機感を感じ、すでに1931年には文物を大陸の方々へ移送させた。



日中戦争が激しくなると、戦禍から文物を守るため、海路も使い、さらに奥地に移送。



日中戦争終了後、国共内戦に大敗を喫した国民党政府軍は、台湾へ逃げ渡ってくる際、1948年~1949年にかけ、船で3回に分けて文物30万あまりを台湾に運んだ。



しかも、価値が高いものを優先順位に台湾へ運ばれた。 だから世界の故宮ファンは、それを知っているので、彼らは北京ではなく、台北の故宮へ多く訪れるのである。




ちょっと脱稿するが、この記事を執筆中、ふと思い出したことがある。東日本大震災では、台湾から多大なる支援をしていただいたが、



当時総統の馬英九は、復興支援の一助となればと被災地で故宮文物の展覧会を開くことを言明していたのだが、いつの間にか反故されてしまった。



わたくし、被災地仙台人として大変期待していただけに、拍子抜けを食らった感があり、至極残念でならない。





さて、本題に戻り、紫禁城から持ち出されたのは文物だけではなかった・・・



彼らは金塊をも持ち去ったのだ。その重量なんと85トン!歴代皇帝の宝を根こそぎ持っていったわけだ。



台湾へ運んだ金塊を今の価値に換算すると約3千億円強と見ているが、当時の物価水準からいうと、これよりさらに上回る価値だろう。



日本統治から接収した財産と相まって、国民党が世界一の金持ち政党と言われる所以である。



潤沢な資金を背景に、国府軍を立て直し、文字通り軍資金に充てられ、大陸反攻を目指すも、米国に反対され、蒋介石は、二度と故郷の土を踏むことはなかった。



もっとも台湾国防という視点に立てば、中共軍から一度も台湾本土へ攻撃を受けることはなかったので、それについては、この軍資金が大いに役立ったのは確かだろう。



故宮から持ち出した金塊、そして日本統治から接収した財産は、今でも国ではなく、国民党所有の財産だ。



この点について民進党が問題視し突いているのが、実際の所有額を表に出さず、もちろん国に返上する気もない。





歴史好きのわたくしにとって、徳川埋蔵金や山下財宝には、ついロマンを感じるが、これらは半ば都市伝説化とし、未だ所在不明。

(本音では実在を願っているが)



片や、故宮の金塊財宝は真実である。その真実は、国民党の厚い闇に阻まれ、これ以上追うことはできない。