むかしむかし、宮城県黒川郡大和町の七ツ森は、朝日奈三郎という大男が、弓の稽古の「まと」になるものを作るため、鹿島台から土を7回運び、疲れて休んだ時にこぼれ落ちた土が固まってできたと言われています。この時、土を取ったところが品井沼になり、最後にタンガラ(背負い籠)に残った土がタンガラ森と呼ばれるようになったということです。
次に有力な新説を紹介します。550万年前から200万年前の「鮮新世」の半ばごろ、七ツ森の西側で噴火があり、火山灰が降り積もり「宮床凝灰岩」の地層が形成されました。その後固まり切らないうちに北の達古森(たっこもり)から長倉山のあたりまで、半円の形に割れ目が生じ、粘り気の多い溶岩が地面を押し上げてたくさんの山を造り、200万年という時間をかけて、安山岩質の固い部分だけが残り、今の姿になったと考えられています。
七ツ森の山の名には全て「倉」がついています。神様がいる場所という意味を持っているといわれます。(宮床宝蔵の展示より)やはり連なる山々は特別な場所だと思います。
現地を訪れると新しい学びがたくさんあります。これからも更新していきます。
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