陸奥国分寺薬師堂の東隣に白山神社があります。「現社殿は、二代藩主忠宗公により寛永17年(1640)年に再建された素木の一間社流造(いっけんしゃながれづくり)柿葺(こけらぶ)き屋根を持つ江戸時代初期の神社建設の秀作」と説明があります。

 「流造(ながれづくり)」とは、全国に広く普及している本殿の様式で、入口側正面の屋根を前面に延ばし入口を覆う向拝(こうはい)とする造りをいいます。正面の横幅が一間(柱が二本)の場合を一間社流造といい、京都府宇治市にあるの宇治上(うじがみ)神社の内殿が一間社流造で、現存する最古(11世紀後半)の神社本殿建設とされています。

 また、正面の横幅が三間(柱が四本で柱と柱の間が三つ)の場合を三間社(さんげんしゃ)流造といい京都府京都市の賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(上賀茂神社)の本殿と権殿(ごんでん)が代表例とされています。

 白山神社本殿も380年以上の歴史があります。