カウンセリングサービス代表の平準司です。
“ゲレンデの恋”というと、スキー場での恋愛と連想されるかもしれませんね。
しかし、これは一つの比喩であり、「あなたが苦手にしていることをとても上手にしている人を見ると、その人のことがとても素敵に見えてしまう」ということを意味します。
自分にはできないことをしている人を見ると、「もし、それが自分にもできたなら、どれだけ素晴らしいことになるだろう」と思いますよね。
たとえば、あなたがお金がなくて苦労しているとしたら、お金持ちの人を見ると、その人がどのような性格で、どのような容姿であったとしても、すごく素敵に見えてしまいがちですよね。
それは、もしも、お金がたくさんあったら、私の人生はもっと幸せで快適なものになるのにとあなたが思っているからです。
同じように、もしも、私の頭がもっとよかったら、こんなに劣等感に苦しむことはないだろうとあなたが思っていたとしたら、優秀な学歴の人を見ると、さぞや素晴らしい人なんだろうなと思いがちです。
でも、実際におつきあいしてみたとき、その人たちのすべてがうまくいくかというと、もちろん、そうではありません。
よくいわれることですが、“ゲレンデの恋”はゲレンデを離れた途端に“夢から覚めた”となることが少なくないのです。
ゲレンデではスキーが素晴らしく上手で、かっこよく、ハンサムに見えた彼なのに、街で会ってみたら、なぜかただのダサい男だった‥‥と感じてしまうわけです。
同じように、お金持ちの彼と結婚し、あなたもお金持ちになってしまうと、つきあっていたころにあなたが感じていた彼のあの魅力は消え去り、その代わり、会話がつまらないとか、体型がかっこよくないとか文句がいろいろと出てきたりします。
心理学的にいうと、私たちは自分にないものをもっている人に魅力を感じます。
したがって、望んでいるものがぜんぶ満たされてしまうと、“欲求から生まれる恋愛感情”は消え去ってしまいます。
ということは、あなたが彼に感じていたものは、じつは愛ではなく“ニーズ”だったかもしれないのです。
本来、愛とは、あなたのほうから「与えていく」、「愛そうとする」というものです。
だれかから「もらおう」とするのではなく、あなたこそがまわりの人に与えていくのです。
そして、そこにこそ、あなたの存在理由があるといってもいいのではないでしょうか。
たとえば、「彼は私がいないと、ほんとにダメなんだから」とあなたが感じることができていたとしたら、あなたは彼との間に平和や安定を感じていることでしょう。
そして、あなたは「私には彼に与えてあげられるものがある」と思っていらっしゃるわけで、そこには愛する喜びがあります。
親の立場でいえば、子どもはいつまでも子どもで、なんとか与えられるものを与えていこうといつも思っています。
そして、そういう存在である子どもがいることで、親はとても幸せです。
子どもからは、なにもしてもらえないとしても。
“ゲレンデの恋”がうまくいかないことが多いのは、「与えようとする恋」ではなく、「もらおうとする恋」、言葉を悪くすれば「奪おうとする恋」だからなのかもしれません。
だから、ゲレンデでは輝いていたものが、街では感じられなかったとき、あなたの恋は一気に冷めるのかもしれませんね。
そして、もし、あなたが永遠の恋を望むのだとしたら、「愛する側」にまわることが必要なのではないでしょうか。