今日の画像は、スイスアルプストレッキンのスナップ『アイガーグレッチャーに向かう登山電車、ヴェンゲンの駅』、北大路欣也主演の『藤沢周平原作・三屋清左衛門残日録』、奥穂高から難関ジャンダルムを超え西穂高にトライする麻莉亜』。そして、ハンガリー・ブタペスト『王宮丘のスナップⅡ』です。丘から眺めるドナウ、それに掛かる鎖橋など、王宮の風景に対峙してまっこと見事ではあります。

 

ヴェンゲンの駅』は標高1,274m。ラウターブルネンの北壁を500mほど登り切ったところにある。ここからの景観も素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               <ドナウの漣>

 

 

 

 

 

 

■■深酔いをしたのは、やはり佐伯の話が尋常なものではなかったせいであろう。石見守の毒殺が事実なら、藩の内紛はこの先どこまで縺れるか、見当もつかぬという気がした。しかし酔っているので、深刻な考えはちらと頭をかすめただけで通りすぎて行った。清左衛門の考えは、また当面の用件に戻った。

 

納谷甚之助が中根道場に乗り込んで来るのは、明後日である。中根がもし起きていれば、その日の何時頃に来たらいいかをたしかめて行こう、もうひとつ・・・。

 

――立会い人か・・・。

はたしてこのおれでいいのかどうか。これももう一度念を押してみよう。おれよりはむしろ、佐伯との話に出た成瀬喜兵衛の方が適任ではないか。

 

清左衛門は立ちどまった。そこは中根道場の前だった。しかし母屋も道場も闇に沈んで、ひと筋の灯影も見当たらなかった。

――やはり、寝たか。

 

うなずいて、清左衛門は歩き出そうとした。その時、清左衛門は何か異様な気配に身体をつつまれるのを感じた。そして気配はみるみる重く濃くなって、清左衛門をその場に縛りつけるようである。強い警戒心に襲われて、清左衛門は提灯の灯を吹き消した。

 

すると、すさまじい気合の声がひびいて来た。声がしたのは、暗い道場の奥である。金縛りにあったように、道に佇立したまま清左衛門はその声を聞いたが、気合はひと声だけであった。

 

しばらくして道場の中に、ぽっと灯がともるのを感じた。足音をしのんで、いそぎ足に道場の塀下から離れた。

 

■■<TSMCとは何者かⅩ 『政治力で変わるサプライチェーン』>台湾企業は従来、中国に積極的に進出していた。しかし、台湾国家発展委員会は『米中対立の深まりとコロナ禍以降、台湾のサプライチェーンは中国から撤退する方向にある』と話す。台湾当局も回帰を支援している。

 

 

当局系シンクタンク『DSET』で経済安全保障が専門の張智程は『経済合理性で決まっていたサプライチェーンが、政治的な力で変えられる。これからは、そういう世界になる』と見通す。微細化の限界と政治情勢によって『TSMCが30年後も今の地位を保っているかは疑問だ』。

 

その潮流の変化に日本も無縁ではない。TSMCは今年2月、熊本県に工場を開所した。大口顧客のソニーグループが隣接して工場を構えるなど、TSMC自身はビジネス上の利点の大きさを理由に挙げる。

 

しかし、台湾当局のある人物は、個人的な考えだと念押しした上で、こう問うた。『台湾は日本に宝(TSMC)を出した。日本は見返りに何を差し出すのか』。

 

台湾には『護国神山』という言葉あがる。もともとは台湾を自然災害から守る3千m級の山脈を指す。それがいつしか、TSMCを表す代名詞となった。TSMCの工場が台湾にあること自体が、台湾有事の抑止力になると考えられている。はじめはインターネット上で冗談めいて使われ、一般に広まった。今、冗談だと捉える人は台湾にはいない。

 

◆TSMCを生んだ『新竹工業団地』。1980年代に開発された。私は、日経ビジネスで新竹の特集記事を読んだ覚えがある。ハイタレント技術者を世界から招くため、生活環境に万全を期したとあった。学校はもちろん、住環境もいたれりつくせり。台湾から米国留学した技術者、科学者のUターンや、北米、欧州出身者でも満足な生活がおくれる万全な対策を打ったとあった。その努力の成果の最大のものがTSMCなのだねえ。日本の官僚、政治屋達には思いもつかぬ、斬新で革新的な発想ではあるな。今や日本はTSMCに頭を下げ、何千億円もの支援金を払って、熊本にご来駕してもらっている。情けなし、日本国ではあるな。

 

■■<阪神とは真逆? 『絶対にけなさない・叱責より出場機会』、広島・新井貴浩監督の“令和型指導”> 7月14日時点で首位から4位までのゲーム差が僅か1.5と大混戦が続くセ・リーグ。開幕当初から外国人野手の不在というハンデを背負っていたはずの広島が、粘り強い戦いを続けている。

 

『首位巨人との差は0.5ゲームと、ピタリと追走しています。その背景には、新井貴浩監督(47)が打ち出した機動力野球に加え、新井監督を始め首脳陣の「絶対に選手をけなさない」という指導姿勢があります』(球団関係者)。

 

叱責ではなく、出場機会を与えてモチベーションを保つ“令和型”。選手や裏方、球団職員まで『家族』と称する新井監督。スタメンの選手のみならず、出場機会の減ったベテランに対しても、モチベーションを落とさないよう気を配っているという。

 

『その一例が、田中広輔内野手(35)です。田中は佐々岡真司前監督時代に定位置を奪われて二軍調整の日々が続き、「俺もクビが寒い……」と引退を覚悟していた。ところが新井監督就任後は再びスタメンで起用されるようになり、表情が確実に明るくなりました』(球団OB)。

 

松山竜平外野手(38)も代打の切り札として勝負どころで起用している。『松山の一打でサヨナラ勝ちを果たすと、ベンチから若手が水やドリンクをこれでもかとぶっかけに来る。その様子は年齢差関係なく、選手同士のコミュニケーションが取れている証拠です。ベンチから頭ごなしに叱責するのではなく、出場機会を与えてモチベーションを保つ新井監督の姿は“令和型指揮官”の鑑とも言える』(同前)。

 

『いまは“死んだふり”をしていれば良い』。そんな新井監督を支えるのは、阪神時代のチームメイトでもある藤井彰人ヘッドコーチ(48)を筆頭に、朝山東洋打撃コーチ(47)、菊地原毅投手コーチ(49)といった、監督と同年代の面々。ともすれば“お友達内閣”と揶揄されかねない布陣だが、『役割分担を徹底し、誰ひとり越権行為をしないことが奏功している』(同前)という。

 

『例えば、攻守の細かな作戦立案を担っているのが藤井ヘッド。そのお陰で、新井監督は選手を鼓舞するという役割に専念できています』(前出・球団関係者)。

 

昨季は一時、首位に立った時期もあったものの、最終的には阪神に11.5ゲーム差をつけられた広島。『その反省を生かして、藤井ヘッドは現在の順位にも決して浮かれず「いまは“死んだふり”をしていれば良い。残り40試合を切った8月中旬からスパートをかけよう」と新井監督に進言。全幅の信頼を寄せる名参謀の考えに、指揮官も賛同しています』(同前)。

 

阪神の“ふてほど指揮官”とは真逆のスタイルでリーグ制覇を成し遂げられるか。

 

◆19日、20日と阪神を1-0で撃破。先発投手の活躍に加え、リリーフ陣がしっかりしてきているのが今季の特徴だ。特に塹江が新規まき直しの投球をしている。もちろん、クローザーの栗林の存在も際立つ。しっかしなあ、もう少し打撃陣が頑張らんと、最終点でトップに立つには力不足と感じるが、どうだろうかなあ。

 

■■<『ハルメク』、経営破綻→女性誌首位に>経営破綻から15年、頂点に立った。ハルメクHDの月刊誌『ハルメク』の販売は45万部を超え、女性誌で首位だ。23年までの6年で3倍に増えた。その間、日本の雑誌の販売部数は4割減った。出版業の苦境が嘘のようだ。

 

読者層は50代以上の女性だ。ファッションから生き方までシニアの『お役立ち情報』のみを分かりやすく掲載する。通信販売も手掛け、読者を物販に導くことで独自の『シニア経済圏』を作った。利用者は年135万人に達する。シニア向けでは国内有数の規模だ。

 

ゲームの利用者を狙うポケモン日本ケロッグ、シニア層を開拓したい企業から連携の依頼が引きも切らない。今や売上高の9割が通販だ。雑誌と通販を好循環させ、したたかに成長を続ける。

 

どん底時代がある。09年、65億円の負債を抱えて破綻した。当時の社名はユーリーグ。社員の2割が会社を去った。投資ファンドに買収され部数は伸び悩んだ。

 

逆襲は17年、山岡朝子を編集長に招いたことに始まる。雑誌の創刊を2回、再建を6回経験したプロ経営者だ。山岡編集長は言う。読者が何に悩んでいるか。全ての誌面はここから始まる』。

 

毎号2,000枚ほどの読者調査を分析し、加齢に伴う不安への解決策を示すにはどうすべきか考え抜く。誌面づくりには通常の月刊誌の2倍、6カ月をかける。スマホの使い方ならタップの加減まで記し『指の腹でゴマを拾い上げる感じ』と表現した。

 

次の飛躍の舞台を海外に定める。シニア消費は中国だけで30年に700兆円まで拡大する。23年、商品の試験販売を始めた。日本発のシニア経済圏に世界を取り込む。

 

◆主婦と生活社からハルメクに移籍した山岡朝子は、編集者とは『創ると売るの両輪を回すこと』だと考えていた。主婦と生活社時代には、日本国内のビジネス・スクールに通いMBAを取得したりもしている。

 

山岡は、徹底的にそれまでの編集達が持っていた、文化、固定観念を打破し、『頼れるシニア雑誌』に体質を大きく改善した。また、ハルメクは、設備投資などのため株式を上場した。山岡も幾分か株主になっていて、株式上場によるまさに創業者利益を享受した。

 

このレポートは、あの『勝負の分かれ目』の著者である文藝春秋出身の『下山進』が書いた。そして、今斜陽化している新聞が立ち直るには、今持っている新聞文化を大胆に変革する必要があると主張する。

 

ハルメクの再生劇は、実はメディアの買収が可能だということから始まっている。オーナーが創業したシニア女性向けの通販と雑誌の会社を、ファンドが買収したところから、大きく変わることが出来、最終的には、自分達の会社として独立することが出来た。

 

日本の新聞社の場合、日刊新聞法という法律があって、株式の譲渡を定款によって制限出来ることから、買収が極めて難しい。

 

言論の自由を守るためと導入された規制だが、しかし、それが、ずっと同じタイプの人達がメディアを経営するということになり、変化を阻んでいると言っても過言ではない。また、新聞社の経営には社内の人材が就任し、いわば記者の成り天なのだ。外部の人材は入り込まず、内部人材だけでやりくりしている。時代の変化に送れることは必定だ。あの、毎日新聞が一旦倒産したように、いくら優れた記者でも経営能力とは別次元なものだのだ。

 

そういったところから根本的に考えることでしか、『ハルメク』の事例は、いくら話を聞いても参考にはならない、と下山は指摘し、檄を飛ばす。

 

◆まさにハルメクの成功には、新聞衰退を立て直すキーがたくさん潜んでいるが、新聞は雑誌を小ばかにして踵を返すことをしない。この10年で一番部数のマイナス率が堅かった朝日新聞でさえ、NYタイムズが成功したデジタル商法を取り入れていない。NYタイムズは、新聞紙面を小分けにして、デジタル読者を集め、経営再建に成功している。朝日新聞が、朝日新聞出資者で経営されているうちには、根本的な再建策は出てこないだろうなあ。まさに、日本のイーロン・マスクをトップに据えない限り。朝日新聞の再建は無理だろう。