今日の画像は、スイスアルプストレッキンのスナップ『ミューレンからラウターブルネンへの道で出会った花たち』、北大路欣也主演の『藤沢周平原作・三屋清左衛門残日録』、徳島県の岩島・大辰巳島の『前人未踏の辺境クライミングルートを登る麻莉亜』。そして、岡山県の旧山陽道の宿場町『白壁の町矢掛町のたたずまいⅤ』です。昔の岡山西部の山陽道は、内陸部を走っていたんですねえ。そう言えば、広島を走る西国海道も、宮島口あたりでは西の山間部を迂回するような道になっています。街道も時代とともに変わるのですねえ。面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■――ふむ。

まだ喧嘩のケリがついていないというつもりかの、と清左衛門が思った時、少年たちが急に動いて歩き出した。話がまとまったというふうに見えたが、不穏な空気は消えるどころか、かえって強まったようにも思えた。

 

清左衛門は踵を返して彼らを追った。といっても、少年たちがまとっていた不穏な空気なるものを、それほど心配したわけではなかった。どうやら道場から持ち越した喧嘩にケリをつける気になったらしいという見当は容易についたが、清左衛門にも身におぼえがあって、立会人がいる喧嘩は生死にかかわる危険なことにはならないのがわかっていた。少年といても、野添や戸川のように14、5という年齢になれば、そのぐらいの分別はおのずからそなわって来る。

 

清左衛門に少年たちの後を追う気を起こさせたのは、懸念ではなくて、一種のなつかしい気分だったと言える。少年たちの行動に、清左衛門はひさしぶりに何十年前の自分の姿を見ていた。

 

しかし路地に入ると、少年たちの姿はもう見えなくなっていた。そして道は急に細くなって人の家の庭先を通り抜けたり、迷路のように枝分かれしたりして清左衛門をまぼつかせたが、さほど迷うこともなく清左衛門は軒の低い家々の間を通り抜けて町の外に出た。

 

すると、すぐにさっきの少年たちの姿が目に入って来た。そこは夏草が生い茂る荒れ地だった。少年たちは思いのほか遠く、多分そこが町の子供たちの遊び場なのだろうが、禿山の頂きのように草がなく、剥き出しの赤土がてらてらと光場所にいた。

 

少年たちがいるあたりは、まだ落ち切らない夏の日に照らされ、清左衛門は足もとから原っぱに、長くのびる家の影の中にいる。むせるような草いきれが、清左衛門の顔をつつんだ。

 

少年たちの声は聞こえなかった。そして突然に野添と戸川が殴り合いをはじめた。

 

■■<夜ふけのなわとび『高知愛プラスⅠ「校友会」』>ひと頃、私の『高知愛』はかなりのものであった。15年前、エンジン01のオープンカレッジで行った時のことである。歓迎パーティーで、まず行われたのは、カツオの燻イブリり焼きショーであった。出来立てのカツオのタタキが、これでもか、これでもかと供される。

 

それまでカツオのタタキを特別おいしい、と思ったことなど一度もなかった。スーパーで買ったものを食べていたからだ。が、その夜のタタキは衝撃的であった。カツオだけではない。屋内のパーティー会場へ行くと、いろいろな屋台が出ていた。寿司、お饅頭、鶏肉、おそばなど、高知各地の名物を持ってきてくれたのだ。

 

高知民は人をもてなすことを自分の喜びとしている。お酒が大好きで、陽気で親切。日本で唯一のラテン民族ではないかと思っている。その後、高知県観光特使になった私は、何度も何度も高知に出かけた。友人にも高知ファンになってもらおうと、ガイドを買って出たのだ。

 

コースにはもちろん座敷遊びを入れた。当時地元は芸者さんを復活させ、伝統の遊びを残そうと頑張っていたのである。負けた人が盃を空にするゲームは本当に楽しく、お女将がおしぼりの人形を、割り箸を使って踊らせる余興は、見事としか言いようがなかった。大好きな大好きな土地である。

 

しかしこの数年間はあまりの忙しさのため、足が遠のいていた。あの頃の知事さんや市長さんが代わられたことも大きい。

 

つい最近のこと、校友会総会のリストを見ていた。それは全国の日大校友会の支部からの、総会に来てくれませんか、というお誘いである。卒業生126万人、日本各地の校友会のかなりの数を、学長や私、副学長や常務理事達が手分けして行くことになるが、あまりにも多すぎてとても回り切れない。そういう時は事務局のトップが行く。

 

■■<偽造マイナで『スマホ乗っ取り』>偽造マイナンバーカードを使用されて、スマホを乗っ取られた事件。これに対して、河野デジタル相は『目視できちんと見ればカードの偽造が分かる』と発言。デジタル用のカードを、アナログでチェックしろと。一体この大臣、デジタルが分かっているのだろうか。マイナンバーカードの偽造を防ぐためには、カードの信憑性をチェックする必要がある。読み取り機など、原価は数千円のはず。これを手抜きにしたマイナデジタルカード。いよいよ瞑想、じゃなかった迷走、混迷の極みだねえ。どうやら日本のマイナカードは、世界的に見て大失敗の典型になりそうだ。インドの個人カード登録、確認は、指紋と虹彩でチェックするそうだ。全国どこででも、この二重チェックでカードの間違いは一切ないそうだ。目視でカードの信憑性を確認しろとは、まさに時代錯誤の大臣発言ではあるな。情けない日本政府のデジタルレベルではある。

 

スマホを取り扱ったソフトバンクショップにも責任はある。ということは、ソフトバンク自体の責任が問われているのだ。半面ネットでの詐欺が大流行。取り締まる手立てはなく、ただただ消費者に『お気をつけください』と述べるだけ。具体的防止策への言及や行動がみれない。私もつい引っ掛かりそうになったが、全く偽物のは見られない出来のよいページではあった。お寒い日本のデジタル事情ではある。

 

■■<医学部定員『日本でも綱引き』>韓国で大学医学部の定員を増やす方針を巡って政府と研修医の対立が続いているが、日本でも医学部定員を巡る綱引きが強まりそうだ。約9,400人の定員を2027年度以降にどうするか、厚生労働省が本格検討に入るためだ。

 

もっとも議論の様相は日韓で異なる。韓国では医師不足に対応するため医師の養成を増やしたい政府に対し、研修医が『患者を集める競争が激しくなって将来の収入が減る』と反発する構図だ。

 

一方、日本では厚労省が目指す医学部定員の縮小に、病院や勤務医の団体が反対する対立軸が浮かんでくる。高齢化という共通の社会課題を抱く両国で、どうして議論のベクトルが逆になるのか。

 

高齢化で韓国より先行する日本は、医療需要の高まりに対応するために08年度から医学部定員を増員。当時28万人だった医師の総数を、足元で34万人に増やしてきた。ただし今後は人口減少の影響が色濃くなる。医師の過剰を防ぐため医学部テインを減らす必要があると判断しているのだ。

 

医学部の定員問題に関して日本の医療業界は一枚岩ではない。開業医の盈虚力が強い日本医師会・日医は定員の縮小に反対しておらず、むしろ厚労省に同調する立場をとっている。にもかかわらず、病院が定員減に反対するのは、病院の医師不足がそれだけ深刻だからだ。病院勤務をやめ、東京など大都市での開業を目指す医師が多く、特に医師が足りない地方では診療科の閉鎖を余儀なくされる病院も目立つ。

 

大都市に偏在する問題を無視して、定員問題を議論することはできない。偏在問題を巡っては財務省も4月に、診療所が過剰な地域で診療報酬の1点当たり単価を引き下げ、不足地域に誘導する是正策を提唱した。

 

実効性がある偏在対策こそが医学部問題で病院の理解を得るカギだが、それが強力な内容になれば今度は日医が反発するだろう。医学部定員を巡る日本の対立軸は、偏在是正を巡る政府と日医の綱引きに転化するかも知れない。(柳瀬和央筆)

 

◆これだけ儲けている医者は、まだ儲けたりないのかねえ。私には、まさに医者=金の亡者に見えるがなあ。困ったもんだ。