今日の画像は、スイスアルプストレッキンのスナップ『ミューレンからユングフラウ氷河の遠望』、北大路欣也主演の『藤沢周平原作・三屋清左衛門残日録』、徳島県の岩島・大辰巳島の『前人未踏の辺境クライミングルートを登る麻莉亜』。そして、

先月高知行きの途中のSAで見つけた『ハーレー・ダビットソン』です。世のバイク好きを虜にする、まさに世界の名車ではあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■たとえば、無理にも召し上がらないと風邪がなおりませんと里江に言われれば、清左衛門は食欲がなくても言われたとおりに出された物をたべた。それだから厄介な風邪もなおったのだということもわかっている。わかってはいるが、相手が死んだ妻だったら、喰いたくもないものを喰えるかと箸を投げ出したかも知れない。病気の間に清左衛門の頭にうかんだのは、そういうささやかなわがまま願望のようなものだったのである。

 

里江はよくやってくれたが、所詮は息子の嫁である。妻に言うようなわがままを里江にいえるわけでもない。そういうあたまえのことに、病気になってはじめて気づいたというようなものだった。しかしそのことは、ふだんも息子夫婦と折り合いをつけて暮らすためには、案外におのれも気づかぬところで遠慮をしているのかも知れぬと、清左衛門を考えこませるきっかけにもなった。

 

清左衛門は手厚く扱われていた。そのことに感謝こそすれ、文句を言うのは筋違いというものである。だが、その手厚い庇護が、連れ合いを失った孤独な老人の姿をくっきりとうかび上がらせるのも事実だった。その老境のさびしさは、足もとを気遣いながら紙漉町の道場にたどりつくまで、清左衛門につきまとった。病は気も弱らせるものかも知れなかった。

 

道場に入ると、めずらしく平松与五郎がいて後輩を指導していた。清左衛門が道場主の中根弥三郎と挨拶を済ませるのを見ていたらしいそぶりで寄って来ると、平松は挨拶をしてから清左衛門を道場の隅に誘った。

 

『この間の集まりには、おいでになりませんでしたな』

平松はやや声を落として言った。数日前にあったはずの番頭中野峯記宅の会合を指していることは明らかである。平松も今は遠藤派の会合に出席していた。

 

『それが・・・』

清左衛門も声をひそめた。すぐそばで少年たちがおめき叫んで竹刀を打ち合っているので、誰に聞かれる恐れもないのだが、やはり極秘の話になると声音はおのずから人の耳をはばかるようになる。

 

『風邪をひいての。案内はもらっていたが、出席はかなわなんだ』

『お風邪ですか』

平松は少し顔を反らせて、検分するように清左衛門の顔を見た。

 

■■<『石』に魅せられて⑤ 『「スパイ」「模造品」・・・米から標的に』>1980年代の初め、40代だった橋本浩一(81)は米国に赴任した。現地で自動車を買うと、車体からオイルが漏れ出た。ス―パーの駐車場では、そこかしこでオイルが水たまりのようになっていた。車屋にいうと『オイルが漏れたなら、足せばいいじゃないか』と開き直られた。

 

『半導体には向いていない国柄だ』。橋本はそう思ったと振り返る。66年にNECに入社し、半導体一筋で開発や営業に携わった。NECは1つの自動車に、同じ半導体回路を3つ載せたという。安全第一で、壊れても車が動くようにしていたのだ。日米の考え方には、かくも大きな隔たりがあた。NECの品質管理を学ぼうと、米大手企業が工場に視察に訪れることもあったという。

 

85年には半導体シェアで世界の頂点に上りつめたNEC。しかし、この時、米国は反転攻勢に動き出していた。後に『日米半導体戦争』とまで言われ、日本半導体の衰退を決定づけた出来事が起きる。

 

半導体は軍事技術にも使われるため、米国として主導権を渡すわけにはいかない。産業界だけでなく政府や大学も巻き込んで、『日本はシリコンバレーのスパイだ』『米企業の日本進出が阻まれる』などの大々的な日本バッシングが繰り広げられた。NECの半導体も標的にされた。米インテルの模造品だと訴えられ、最終的にはNECが勝訴したものの、誰も買わなくなったという。

 

そして86年、日米半導体協定の締結がとどめを刺した。日本市場で海外製品のシェアを増やし、米政府が決めた価格以上で販売することを強制された。橋本は振り返る。『アメリカに徹底的にやられた。完敗だった』。

 

96年7月、日立製作所で半導体部門のトップを務めた牧本次生(86)は、カナダ・バンクーバーに向かっていた。協定がもたらした不平等状態が10年も続いた。牧本はこの協定を終わらすため、民間企業の代表として米国と交渉に臨んだ。

 

ホテルから1週間、一歩も外に出なかった。交渉相手は米国民間企業を代表する人物。互いに譲らず、主張は平行線をたどった。協定を終わらせる、日本側はその1点に尽きた。牧本らは交渉で、こう繰り返した。『ミッション コンプリ―テッド』。まさに、目的は次果たされていた。

 

■■<小5女子、『学校は私服がいいのでは』>私は学校に来ていくのは、私服がいいと思います。そう考える理由は、まず、私服の方が体温調整がしやすいからです。制服だと決められた服しか着られません。

 

寒いので、もっとあつ着したいのにとか、季節にちょうどいい服がないなどということになりがちで、体調をくずすこともあると思います。児童の健康のためにも、私服の方がいいと思います。

 

制服の方が見ただけで、どこの学校の児童か分かるからいいのではないかと考える人もいると思います。

 

でも、どこの学校か分かってしまうと、危険なこともあると考えます。また、制服には名札が付いているので、見ただけで、名前などの個人情報が漏れてしまうかもしれません、。

 

私服であれば、どこの学校の児童か分かりにくいので、いいのではないでしょうか。(中国新聞投書 広島市女子11)

 

◆これも一理あるなあ。だけんど、社会一般からみたら、どこの学校の生徒であるか、分かったほうが安全面では有効だと思うし、わるいいたずらなどの抑止力になるとも思うがねえ。むつかしい問題でもあるなあ。小学生はまだ、自己責任が自己完結できる年齢ではないからなあ。しっかし、私服になると家庭環境を反映して、富める者と貧しい者との格差を表面化して差別行動に繋がるのではないかなあ。これが一番の制服の理由だと思うねえ。

 

■■<米ウクライナ安保協定、合意近付く 米国務長官『10年間支援する』> キーウを訪問中のブリンケン米国務長官は14日夜、キーウ工科大で教職員や学生に向けて講演した。安全保障をめぐる二国間協定について『我々の10年間の協定のもとで、米国は防衛や安全保障を支援する』と語り、両国間の合意に近づいていることを示唆した。

 

ロシアの全面侵攻を受けるウクライナは、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するまでの間、各国との二国間協定を通じて自国の安全保障を強化したい意向を示してきた。すでに英国やドイツ、フランスなど計9カ国と協定を締結。ゼレンスキー大統領が今月1日、米国とも交渉し、公式文書の発表を準備していることを明らかにしていた。

 

◆ブラボー。それでこそ、大アメリカだ。口先だけでなく、実力行使も素晴らしい。ロシアの旅客機もそろそろ飛べなくなるからなあ。ガンバレ、ウクライナ!