青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
(金子みすゞ「わたしと小鳥とすずと」より)
私たちの体を構成している
すべての物質は、
星が光り輝く過程でつくられ、
その星が
超新星爆発というかたちで、
終焉を迎え、
宇宙空間に飛び散った、
その「かけら」です。
つまり私たちは、
「星のかけら」なのですが、
その「かけら」からつくられた
「かたち」にも、
宇宙の性質が
投影されているという
ことなのです。
これは
比喩というわけではなく、
私たちが今いる太陽系は
ビッグバンから数えて
第3世代で、
AIさんに説明してもらうと
恒星の世代(種族)としての「第3世代」
種族III(第1世代):
宇宙初期に誕生した、水素とヘリウムのみで構成される、重い元素をほとんど含まない原始的な星。
種族II(第2世代):
種族IIIの星が超新星爆発を起こし、その際に生成された炭素や酸素などの重い元素(金属元素)を取り込んで誕生した星。
種族I(第3世代):
さらにその種族IIの星が進化・爆発し、より多くの重い元素を含むガスや塵が集まってできた星。私たちの太陽はこれに属し、地球や生命の材料となる元素が豊富に存在します。
だそうだ。
要するに私たちの身体は
地球単体では
生成できないものでできている、
らしい。
「らしい」程度にしか
理解できていない
心と身体は
密接に関係している。
意志の力で身体に対して
実力行使に出ることはできるが
(自殺もできるが)
あれ?
いつから自殺を自死と言うようになった?
細胞レベルでは
身体は常に生きようとしている。
ということは
あくまで「関係」であって
身体が心に
従属しているわけではないのだろう。
その逆もない。
ただ、深〜い「関係」がある。
年末からこんなことを
つらつら考えているのだが
何故かというと、
「自分の身体は自分のものなのか」
という疑問から。
そもそも「自分」とは何なのか。
「私」が死ねば
この身体は粒子に戻り、
太陽が寿命を迎えて爆発した時、
もう一度宇宙に還るのだろう。
はてさて⋯⋯
「身体は死んでも魂は永遠だ」
というが
実は逆かもしれない。
この関係性は謎だ
それでも
亡くなってしまった人には
著者の訳で
シューベルトの子守唄を。
お眠り、
愛しくかわいい子よ。
しずかに
お母さんの手が揺する。
おだやかな安らぎと
やさしい休息。
この揺り紐で
揺らしてあげよう。
お眠り、
このやさしいお墓の中で。
お母さんが
ずうっと抱きしめて
守ってあげます。
すべての望み、
すべての持ち物、
暖かい気持ちで
見守ってあげます。
お眠り、
綿毛のおふとんに
包まれて。
あなたを包んで
鳴り止まないのは
愛の響きばかり。
⋯⋯お目覚めしたら、
ごほうびに
ユリとバラをあげましょう。
