ペルー旅行 4日目 クスコその2 | マチュピチュピチュのペルー旅行

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リフレッシュ休暇を取って、ペルーに旅行することを決めたけど、現地の情報が今ひとつ物足りなかったので、自分でも情報を提供してみようと始めました。ペルーに行く人の参考になるようにアップしていこうと思います。

ペルー旅行 4日目 クスコその2


午後はクスコの大聖堂とインカの遺跡を回るツアーです。午後から軽く終わると思いきや、13:0019:30までのたっぷりの観光コースでした。79日で季節が冬だったことを忘ていたせいか、夕方はかなり寒くなって来て、後半にはまだ続くのか?と思うほど。


ガイドは髭がよく似合うジョン・カビラ風の男性で、英語で解説します。ガイドにしておくにはもったいないくらい感情を込めて解説してくれます。でも、半分くらいしか理解できなかったかな〜。途中、私の写真を撮ってくれたので、最後に回って来たガイドの評価アンケートにはオール5をつけてあげました。ついでにチップも。


さて、このあとのマチュピチュが楽しすぎて記事がリアルタイムに追い付かなくなっています。クスコは単なる観光記事になりがちですが、その点、根気よくご覧ください。興味がない人にはたぶんつまらないと思います斬りぃ〜!ざんねーん!!


なお、アメブロは1記事に対して写真を15枚しか添付できないので、たくさん撮ってるけど代表的な写真のみにしておきます。


サントドミンゴ教会(太陽の神殿コリカンチャ)の入口あたり。(こっち側じゃなくて、もっと引きでいいカットが有名なのに、これしかありませんでした涙)


元々はインカ時代の太陽の神殿だったところですが、スペインの征服者達による黄金の略奪と破壊により、跡だけになっていまい、その土台を利用して教会(修道院)を建てたというものです。なので見どころの一つに、土台になっている石組みの技術が見られます。


あと湾曲になってる石組みが有名ですが、取り損ないました。


インカでは太陽信仰があり、太陽を神と崇めており、国王は太陽の息子という認識でした。技術こそ優れていても、生贄を祀る時代ですから。日本の邪馬台国の時代みたいですね。



バシリカ カテドラル(教会)

これももっといいアングルあったはずなのに。


サクワイマン遺跡

こちらも石組みが残る遺跡です。


サクワイマン遺跡(アップ)


教会や寺院を回った後は、遺跡の見学です。もう100回くらい聴いてますが、またまた石組みの話です。


インカではカミソリ一枚入らないピッタリと重なり合った石組みの建築技術が有名です。


日本と同じ火山地帯にあるペルーは地震が多く、1950年代、1970年代に起きた2度の大きな地震のあとも、石組みの遺跡は無事だったとか。現代のような技術や材料の無い時代に、このような高い技術があったことに驚きます。これらは、インカの石組み職人の緻密な計算に裏付けられた加工技術のなせる技です。


そういえば熊本城も、江戸時代からの石垣は無事で、修復された方の石垣が崩壊したと聞いたことがあります。職人の技術って凄いですね。私もサラリーマンになって営業なんかやらずに、職人になれば良かったです。今からじゃ無理かな?



クスコの街の展望


お土産の露店


リャマとかアルパカを連れた民族衣装の方々


観光地では大抵、お土産物を広げている民族衣装の方と、写真の被写体になることで収入を得ている人が居ます。被写体として商売している人は勝手に撮ってはダメなので、料金を確認してから撮影させてもらいます。地域や人によって異なりますが、この時は5人と4匹で30ソル(1ソル=33円)でした。結構高いと思いましたが、こんな写真が欲しかったので、チップを奮発したと思って交渉もせずに、何枚か撮影させてもらいました。


子どものリャマかアルパカ

リャマとアルパカの区別がつかないです。笑


かつて(25年くらい前)エジプトのギザのピラミッドを観に行った時、ラクダを連れたターバンを巻いた方々が、同じように民族衣装の被写体として商売をされていましたが、勝手に頭にターバンを巻きつけて来て強引に記念撮影をさせようとしてくるので、うんざりした想い出があります。


その点、アンデスの人は控えめで、寒い中、そんなに声もかけずにずっと佇んでいるところが、この地域のお人柄なのかと感じました。なんとなく「コンドルは飛んでいく♬」の曲が聴こえてきそうです。ただ実際、本当に曲を流してる時もあるので、空耳なのかわからなくなることも。

(実はamazonのプライム会員で、ポケットWIFI持ってて、Alexaがamazonミュージックで流してたら笑います)



タンボマチャイ遺跡


タンボマチャイ遺跡 聖なる泉


こちらも石組みを使った遺跡です。生活用水用の灌漑設備というよりは、宿泊や休憩所として使われていたようです。いわゆる沐浴の場ですね。古代においても癒しの場は必要だったのでしょうか。タンボマチャイという名前だけど、決して田んぼの用水路ではありません。(タンボ=宿泊施設、マチャイ=休憩所)



なお、この辺りに来ると、標高が3800mくらいになっていて、知らぬ間に富士山の高さを越えてました。パブロンの効き目が落ちてきたせいか、若干高山病っぽくなって来て、軽い頭痛と身体のキレが悪くなり、足元がふらつくような感じがします。走ると息苦しさも。


というわけで2回目のパブロンSゴールドWの出番です!


基本的にパブロンは風邪薬で、「頭痛薬ならバファリンじゃないないですか?」と、一緒に同行していた日本人の方からツッコまれましたが、パブロンは万能の風邪薬なので、頭痛に効く効能もあるのです。風邪引いた時も便利だし、帰ってからも使えるということで選びましたが、こういう時は、やはり効能の幅広さより局部に効く方が良かったのかもしれませんね。


そんなことより、もしもの痛風発症に備えてロキソニンを持って来てたのだから、それ飲めばどんな薬より効いたのにと、あとで気が付いたという話でした。


私の中では、ロキソニンが最強だと思っていますが、薬の中でも1類に相当し、薬剤師の居ないドラッグストアでは買えない劇薬なので、なるべく飲み過ぎないようにしています。喩えていうなら、ヒーローがやられそうになった時、ここぞという時に使う必殺技のようなものです。いきなり使ったら面白くありませんし、パブロンでダメだった時にやっと服用という方が、ドラマチックな治療と言えるでしょう。物事には順序ってものががありますから。薬の服用にもエンタテイメント性が重要だと思ってます。(真似しなくて結構です)



そのほか省略しますが、プカプカラ遺跡なども見学しています。


クスコの街 夕焼け篇


そんなこんなで陽も暮れて、クスコの街の展望が薄っすら夜景になり始めまたところで、観光記事を締めたいと思います。