猿も木から落ちるのだから気にしないで落ちればいい | いつまでも半導体エンジニアと思うなよ

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レコーディング・ダイエットならぬレコーディング・レベルアップ日記。または「時間資本主義時代」を生き抜くエンジニア・研究者のためのブログ。

昨日紹介した「極大と極小への冒険」という本の中に一部、間違いといいますか、足りない部分を見つけました。


---(引用ここから)---

音は片方の耳にもう片方より600マイクロ秒早く到達するから、私たちは目をつぶっていてもそれがどこから聞こえたのか分かり、そちらを向く事ができる(耳からの信号が脳に届くのに1ミリ秒くらいかかるかもしれないから、私たちがこれをどうやって成し遂げているのかは、じつは謎だ)。

---(引用ここまで)---


という段落の「じつは謎だ」の部分です。

つまり、すでにおおまかには解明されていますので、簡単に解説してみます。


まず、「片方の耳にもう片方より600マイクロ秒早く到達する」という部分はおそらく右耳と左耳の間つまり頭の大きさを20cmとしたときに、片方の耳から反対側の耳まで音が到達するのにかかる時間(0.2m÷秒速340m = 588マイクロ秒)と思われます。

次に、「耳からの信号が脳に届くのに1ミリ秒くらいかかるかもしれない」の部分ですが、「進化しすぎた脳(池谷裕二)」によれば人間の脳の中のシナプスとシナプスが情報のやりとりを一回するだけでおよそ1ミリ秒かかり、それを何回も繰り返して脳が情報処理を完了、つまり、「あ、あっちから音が聞こえた」と思うのには早くてもおよそ100ミリ秒(0.1秒)、複雑な処理であれば500ミリ秒かかるそうです。

さらに、人間が「目」で物を見た場合に感じ取れる差は大体20ミリ秒(20000マイクロ秒)程度までで、それ以下の差は人間の目には「同時」にしか見えないそうです。

以上の結果から、人間の脳の構造的に、音が「600マイクロ秒早く到達」してもその差は感じ取れないはずで、「私たちがこれをどうやって成し遂げているのかは、じつは謎だ」となるのですが、最も単純なモデルによれば、「600マイクロ秒」の差を脳の情報処理によって聞き分けるのではなく、左右の耳から入ってきた信号が脳の中のどこでぶつかるかを感じることによって、音源の位置を感じているそうです。

シナプスとシナプスの情報のやりとり一回で1ミリ秒かかるために「600マイクロ秒」の差を直接感じることはできませんが、左右の耳から入ってきた信号がぶつかる位置の差なら感じることができるわけです。

実際にはさらに音の強弱や高低の情報も利用することにより3次元空間のどこに音源があるのかを特定しているようです。

(名大医学研究科とか京大医学研究科 の研究を参照)
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/saibouseiri/introduction.html
http://www.nbiol.med.kyoto-u.ac.jp/research.html


ちなみに、これらの情報の一部は、「極大と極小への冒険」の原著が出版された2012年より少なくとも6年前には公開されています。


さて、ようやく本題に入りますが、

著者のDavid Blatnerは研究をメインで行う科学者ではないものの、サイエンスライターとして多くの著作を出しており、一般大衆向けの科学書の専門家と言っても良いと思われます。
(さらには翻訳を担当した方も科学系図書を主に扱っているようなので、専門家といっていいでしょう。)

そういう専門家でも、すでに解明されたこと(完全に、ではなくとも大部分は解明された内容)を「私たちがこれをどうやって成し遂げているのかは、じつは謎だ」と書いてしまうというのはまさに「弘法も筆の誤り」であり「猿も木から落ちる」現象と言えます。


しかし、ここで説明した著者の「間違い」や「説明不足」は「極大と極小への冒険」という本の面白さをなんら損なうものではありません。

たかだか一部の誤りを怖れて何かを成し遂げるのを躊躇するよりも、「行動」してしまった方が良い、というお手本にすらなっています。


ということで無理矢理まとめますが、失敗を怖れず、良いモノを作るため、良い仕事をするため邁進して行きたいところです。


今日はこのくらいで。
いつもお読み頂きありがとうございます。