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ドネクラ ユウのブログ

福岡を旅する福ウォーカーのブログ。
福岡の中をひたすら旅してます。
かといって旅行記とかではないです。




『喜怒哀楽の意味、喜びと怒り、悲しみと楽しみ。人間のさまざまな感情』







ドネクラ ユウのブログ







元気があまりないのは自分のせいではない。






周りの友達とだと元気になれないのが理由。






かといって周りのせいだとは言わない。







どんなとこでも元気に振舞える人なんかいない。








ただ、振舞える人が周りによってきやすい人は元気をたくさん披露できる。








その振舞える人が少ない人は元気がないと見られがち。









だからこそ、たまに見せた笑顔に喜ばれたりもする。








その逆に無表情でいると怒ってるように見られがち。







ほんとは怒ってないのにそんなこと言われたらショック。








ひとりで悲しむ。







今の流れを簡単に整理。







たまに見せた笑顔に喜ばれ、



たまに見せた態度が怒ってると思われて、



ひとりで悲しむ。







喜、


怒、


哀。









これで終わりだと辛いから、最後に、楽、がくる。










『喜怒哀楽の意味、喜びと怒り、悲しみの先にはいつか、楽しみがあるということ』














『目標の夢、幻想の夢、同じ漢字でも意味が違うけれど同じ漢字。



同じ漢字でも努力しないと叶わない夢と



寝るだけで見ることの出来る夢、この違いは同じ漢字だとしてもまったく違うものと分かる。』











弟が自殺する夢を見た

厳密に言えば弟が自殺をした事後の夢だった。







夢とはいえ恐ろしくリアルだった。

悔しさも悲しさもリアルすぎて辛かった。




後悔なんか人に晒すものではないと思うからあまり言わないけれど。

そもそも夢の話なんて盛り上がらないとか言うしね。




こんなにも簡単に人の命は消えれるんだと思うより

残されたものはこんなにも嫌な気持ちになるんだと思った。




夢なんてすぐに忘れるからなんとも確証のない話だけど

もしかしたら何度か見ている気がする。






親がこの世からいなくなった夢を。






夢が夢である限り笑ってられるけど_

これが夢として夢が叶うように現実となる日がきたら_

なんて考えると夢のままであってほしい。






結局、夢は夢のままが一番なのかもしれない。


意味は違っても同じ漢字なのはそういうことだからと意味付ければなんとなく納得してしまう俺。





これもまた夢は夢のままであれという夢なんだけど。







『曇ってるほうが紫外線多いなんて』










「勇気あるねー」

と、言われたら勇気があるということなのか。





もし自分に勇気がなかったとして

勇気あるといわれたら勇気あることになるのだろうか。




まぁ、

その人から見たら勇気ある行動だったのだろう。




勇気なんて人の見方それぞれだしね。




それなら、なにか行動を起こせば

誰かから見たら勇気があると判断されるのかな。




なら、なにか行動を起こそう。




自分の勇気なんか自分ではわからないものなのかも。




ということで、行動をしなければ。






あっ、これを勇気を出すってことね。














『ありふれたという言葉の意味は、どこにでもある。普通であって珍しくないという意味らしい』






何もしない一日はすごく早く夕方がやってくる。

何かを一生懸命やってる一日はなかなか日が落ちないのに。

こうも簡単に日が落ちると「あっ何もない一日だったな」と気分が落ちる。


沈む夕日の意外な速さを眺めていると

いつの間にか部屋が真っ暗になっていて

電気の紐をひっぱる。


そして、明日は何をしようかと目標を探す。




やけに眩しい蛍光灯を見つめ静まり返った部屋でゆっくりと目を閉ざす。


こんな毎日の積み重ねが何かになる日はあるのかな。




明るい太陽はもういない。

夕日となって沈んだから。


誰も照らしてくれない現実とふとやってきた睡魔と戦いながら

力弱く電気の紐に手を伸ばし明かりを落とした。





ふと_小さな眩しさを感じる_

まぶたを開き窓を見た_

まんまるな月が俺を照らしてた。






『録画予約ってテレビが録画してくれるのだから本来はテレビに予約を頼むのだから「テレビ予約」と俺は言う。勝手に言っとけといいたくなる話。』




録画予約ほど頼もしい存在はいない。

親よりも頼もしいのではないかと思う。




まぁ親と録画予約を同じ天秤に乗せる俺ほど頼りないやつはいないが。

とにかく録画予約さえしとけばすごく気持ちが楽になる。



「録画してるからお風呂ゆっくり入れる」

「録画してるから遅く帰っても大丈夫」


「録画してるからまだ寝てても大丈夫」


「録画してるからそんな集中してみなくていっか」



そんな録画予約。頼りすぎもよくない。



ふと、録画したドラマなんかを見ていると途中で止まることがある。
それと同時に自分もなぜか2・3秒止まる。

そこで止まる自分に軽くイライラ。

なんの誤作動かしらないけど録画が途中で止まってる現象。

あんなに楽しみにしてたドラマが途中で録画できていないという現実。


いっそのこと録画がまったく出来ていないほうがまだ気持ちも楽だ。



そんな途中まで見せられると続きが気になって夜も眠れない。



もっと最悪なのは早く寝たいから寝るために録画したのに
朝見てみると録画されていない展開。

そのショックのあまりに夜も眠れない。
寝るために録画に頼ったはずがその録画によって眠れなくなってしまってる。
この自分のなさけなさ。

「もう俺は録画に頼らない」なんて決心しても

次の日が来れば録画予約のボタン押してしまってる自分がいて

またそんな自分にふがいなくなる。



録画予約ごときに簡単に心折られてる。


そもそも録画ができていなっから怒りがわく。

この怒りはどこにやればいいものかと部屋をウロウロ。




怒りをやるとこないとまたそこに怒りをわかせ_

なんなんだこの怒りはと_


いつの間にか録画予約の怒りを自分の怒りにぶつけている。



そんな俺を見向きもせず

せっせと録画予約は次の録画を始める。



まるで_録画予約が_

怒るお前が悪いだろ、だから怒るお前に怒れよ_



と言っているようだ。