ドネクラ ユウのブログ

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福岡を旅する福ウォーカーのブログ。
福岡の中をひたすら旅してます。
かといって旅行記とかではないです。

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今をニートとして生きる自分に

勢いを与えるためにこれを書く

親に迷惑かけて

他人にも迷惑かけて

恥ずかしいこんな自分

みんなは笑うだろうね

軽蔑するだろうね

でもこうなりたくてこうなったんじゃないんだ

言い訳にすぎないけれど

人との関係がすごく辛いんだ

誰だって辛いし辛かったことはあると

みんなは言うけれど

そんなこと言えるのって

辛さを乗り越えた人だからなんだよ

僕はいま辛いっていう中にいて

そんな風に辛いってのを過去にまだ出来ないんだ

辛いってのが現在で

そりゃたくさん辛いことはあって

過去になったものも沢山あるけれど

現在の辛いってのが乗り越えれる

自信がないから

いつまでたっても立ち尽くしてしまってる

そのまま立っていたら

疲れちゃって座ったところが

ニートと言われる場所だった

そりゃみんなは働け、迷惑かけんな

言うだろうけれど

今は休ませて

そっとしててください


『意外と冷静になれば、何でもできる』





どんなに長くいても解り合うことは無理。

少しくらい解り合うことは可能だけど。



すべてを解ろうとしても

それは不可能なことだから解ろうとしないのがいい。



でも解ろうとしないでいると

お互いうまくいくわけがない。


やはり、

少しくらいは解り合う意識が必要になってくる。



そんな風に、めんどくさいのが人間関係、恋人関係。



めんどくさいのならやめればいいってなるけれど



やめると自分を見失う。





磁石は、[S]と[S]がそろうと離れてしまう。


[M]と[S]がそろうと隣り合う。




それと同じで、似たもの同士をそろえても

反発し合って上手くいかないもので、



反発を阻止しようと

隣り合ってみると自分とはまったく似つかない人で。




結局、人と人は

同じを目指したり、隣り合いたがったり、解り合いたがったり、



しないほうがいいから

解り合おうとかしなくていいんだろうなと思う。




もう、解り合う必要なんてない。




これを自己中心的開き直りと言って

解り合う必要なんてこともない。








『終わり、始まり、同じ三文字』



何かを初めて始めるときは恐ろしい。

逃げ出したくなる。


でも、いざ始めてみると

だんだんと楽になっていく。



しかし、その楽になった瞬間

怠けてしまう瞬間でもあるから恐ろしい。



俺もバイトを覚えだして

楽になってきたと自覚した瞬間

仕事を少しずつサボってしまう時がある。


そうした時、必ずミスが起きる

そのミスが仕事の歯車をずらす。


そのずれた歯車を直す作業が

無駄な時間と無駄な作業による疲れを生む。




それなら楽にならないように

仕事を覚えればいいってわけではない。



仕事を覚えていけば

楽になっていくのは当たり前のことだから。



それならどうするか。



仕事を覚え気持ちが楽になるということは

心に余裕が生まれたということ

この余裕を持て余してるから駄目なわけで


せっかくの余裕を

更なる高みへの挑戦に活かせばいい。



余裕を持て余さず

次なる挑戦をすることによって


再び緊張感が生まれる。




緊張感を持ってるときほど

ワクワク

どきどき

を楽しめる時はない。



余裕から生まれたその「楽」を

緊張を楽しめる「楽しいという楽」に変えて行けたら



もっと仕事が楽しくなるのかなと

今日もタウンワークをめくる。







『世界中の子供たちが一度に笑ったら、空も笑うだろう、ラララ、海も笑うだろう』





ピピピピッ

ピピピピッって隣の人の目覚まし音が聞こえてきた。



8:59



このマンションにいるとたまに聴こえてくる目覚ましの音。



別にうるさくないからいいんだけど

「自分のも聴こえてるのかな」とか考えるとなんだか嫌になる。



この時間に起きてるのかなんて

詮索されることを恐れる。




恐れ多き臆病者の寝起き更新。






ピピピピッ

ピピピピッ



9:04



いい加減、起きましょう。




『自意識過剰と知覚過敏をもってます。』


今まで、人から言われて気づくことだらけ。まず自分が正しかったことがない。これが完璧と思っていても他の人からしたら違う完璧さで、もう完璧とはいえない。変なプライドから他の人に言われても自分は自分のやり方でやっていくなんて言うけれど、他のひとからしたらそんなの全然かっこ悪く見えるのだと思う。だから、他の人に合わせていろいろ行動すればいい。そうしたら個性がなくなるよなんて言う人もいるだろうけど、個性なんて押し付けるものでもないし、個性なんか自分で作るものではない気がする。だから、人をよく見て、人に合わせてあげる。自分という存在を押し付けるのではなくて、相手という存在を受け入れる。これもまたひとつの個性だと誰かは言ってくれると思う。