霞を食べて死ににいく. -4ページ目

霞を食べて死ににいく.

全ての存在にまつはる(調和)ことができるように、

身魂を磨いていきたいと思います。

自分以外の存在のために命ある限り、

力を尽くしていこうと思います。

久しぶりの更新になります。

ちょっと思った事を書いていきます。

“大難を小難に”

このフレーズは日月神事示を読んでいるとよく目にします。

あくまで、私の見解ですが、

現象として、天災や人災というカタチで顕れますが

個人で体験する段階で大難か小難に変わるのではないかと思います。

地震が起きて、助かる人、死ぬ人、

身魂に応じて、変わるのではないかと思います。


ここで注意したいのは、

いつ、起こるか? というのは重要ではないという事です。

備えあれば、憂いなし、と考えて、いつ起こるんだ?

って知りたくなります。

出来る事なら、災害が起こる所から離れたい、と考えてしまうものです。

しかし、この考え方は、たぶん、良いものではないと思います。



何があろうと、助かる人は助かると思います。
また、何があろうと死ぬ人は死にます。

上記の考えに囚われると、

ひたすら、答えを探そうとしまいます。
そして、そういう人ほど全く答えに辿り着けません。
答えを求めれば、答えを求めている状態しか与えられません。

本来、身魂磨きをするべき時に、方法、答えを探す。
本末転倒です。

もし、日本全国に同時に災害が起これば、
日本にいたら、避けようがありません。

抗いようもない流れに抗うのは無駄です。


身魂磨きを具体的にどうすれば良いか、分からないという人が
けっこういるみたいですが、

まず、“身”をきれいにして下さい。

魂をきれいにするために、身をきれいにして下さい。

相関性はものすごくあります。

水の巻に詳しく書いてあります。
出来る範囲でやっていって下さい。


更新が滞っていますが、

これから、もっと滞ります。

死ぬまでにあと2回ぐらいはひふみ神示を読みたいので。

ひふみ神示に沿ったSSも書いてみたいなって思ってます。
単純にそういう読み物があったら、自分が読みたかったんですが、
なかったので、仕方なく……なんですがね(笑)。


あくまで感覚の話、なんですが、

“全ての物に寄り添う”という考え方が現在の自分を作っています。
調和(まつは)る前の段階ですかね??

もっと、自分と対話しなきゃいけないなって思ってます。

“自分”と書きましたが、自分とも言い切れない存在ですが……
言葉にすると難しいので、書きませんが……


死ぬための準備。

物理的な、この世的な準備はほとんど終わってるんですが、

精神的な、あの世的な、準備がもっと必要ですね。