京都で学生時代、時はバブルの真っ最中であった。
当時学生であれば国民年金の支払いは免除されていた。そんな中私は、「全○済」のいわゆる私的年金に大学院生のときに加入したのである。
きっかけは「全○済」のこくみん共済に加入したことだった。今でこそ「全○済」も名が知られているが、当時は私の周りには殆ど知る人はいなかったようだ。
自分の将来を考えてみたとき、勤め人=サラリーマンにはとてもなれそうにないと実感していたので、先々困らないために今のうちから将来に備えておく必要があると感じた私は、サラリーマンが退職後もらう厚生年金にみあうものを自分で準備すべく私的年金の積み立てを決断したのである。
もちろん国民年金についてもこの年から支払いを始めた。当時の私には支払い金額は大きな負担だったが、頑張って何とかお金を工面していた。
7.5口=年間75万円支給が当時入れる加入口数の最高だった。これの逓増型(毎年5%ずつ支給がアップしていくもの)に入っていた。支給年齢開始は65歳からにした。
65歳までなら自分の働きで何とかなるだろうと思ったのと、55歳、60歳、65歳の支給開始の中で、一番遅い方が1年間の払い込み金額が一番安かったので、7.5口の65歳支給開始で納得していた。
それから福岡に戻り9口まで加入可能となったので+1.5口加算して9口=年間90万円支給(逓増型年5%アップ)にした。
そして30歳前ギリギリで終身生命保険に加入した。これも30歳になったら保険料が上がるからと思い切って加入したのである。
私はいつの間にか「全○済」のお得意様になっていた。(車や火災の保険も全てここで加入していたからだ。)
世の中が外資系がいいとかいう雰囲気になっても私は国内の共済がいいと考え「全○済」一本で個人的なもの(法人的なものはここでは加入できません。)は契約してきた。
今はそれで良かったと思っている。流行に押し流されることなく自分できちんと考えていくことの大切さを教えてくれた亡き祖父母に改めて感謝している。
あれから20年、今ではそれ程たいした支払い金額ではなくなった私的年金。もし今から9口加入するとしたら、おそらく9口加入しない=できないだろう。
2009年、これからの20年を見据えて終身の医療と介護保険に新たに加入した。(医療はこれまで定期だった。)
「備えあれば憂いなし。」この言葉の意味を次の世代にしっかりと伝えていきたい!!
<対応年代:20代~40代>