学生時代のぶらり一人旅の中から今回は綴ることにしたい。
とある年の秋になりかけのころだったと思う。もう行った先は覚えていないが、関西のどこかに出かけた。
山道のようなところを歩いていた。右手に川が流れていて、その川辺に降りることのできるところがあったので、休憩も兼ねて降りてみることにした。
川辺に降りると大きな岩が横たわっていた。その岩を見て、「あらっ。」と思った。岩に字が掘ってあったからだ。
なんと与謝野晶子の詩が刻まれていたのだ。見渡すとその周りにさらにいくつかの岩があって、同じように詩が刻まれていた。
私は文学には無縁であったので、その詩の内容を深く読み取ることはできなかったが、感動した♪
そんな気持ちで上の道に戻ってさらに奥に進んでいくと、なにやら古い家のようなところに出た。
そこのお爺さんが、「お兄さん、よかったらちょっと休憩していかんかね!?」と話しかけてきた。
私は、「はぁ、どうも。ではお言葉に甘えて、そうさせてもらいます。」と答えて、その家の中に入った。
家といっても玄関先が駄菓子屋のようになっている作りであった。そこにいろんなものがゴチャゴチャ置いてあった。
お茶を飲ませてもらって、一息ついたころ、そのお爺さんが私に、「これ何と思いますか!?」と尋ねてきた。
見ると[ロウソクたて]のように思えたので、「灯り用に利用していたものでしょうか。」と答えた。
するとそのお爺さんは、「そやな、これは自転車のライト用に使っていたもんでな、風が吹いてロウソクにあたっても消えんようになっとるんやで。」と言った。
それを聞いた私は、「へぇ、そうなんですか。すごいですね。」と言いながら、改めてそのものを眺めた。
お爺さんはさらに、「これはな、実は、かの有名な松下幸之助はんの作ったもんなんやで。」と言った。
二叉ソケットの開発の話は子供のときに聞いたことがあったが、こんなものを作っていたとは知らなかった。
ナショナルは私の好きなメーカーであった。その創始者である松下幸之助は偉大な人であると思っていた。
その「家」をあとに私は帰路についた。今回のぶらり旅は私に新たな思いを起こしてくれるものとなった。
それは、日常のなにげない小さなこと=不便さに目を向け創意工夫を施すことの中に大きな飛躍につながる何かがきっと潜んでいるに違いないということである。
だが、恵まれた今の環境の中でできる創意工夫とは一体何なのか!?私は、帰りの電車の中でずっと考えていた。頭の中でグルグルといろんなことを考えているうちにいつの間にか京都駅に電車は着いていた。
家に帰ってからも考えた。そしておぼろげながらある考えに布団の中で至った。自分が今関心のあることに対して常に意識を持ち続けることができればそこから何かを見いだせるのではないか。そしてその積み重ねがあった後に創意工夫というものがきっと生まれてくると。
後日、松下幸之助の著作を読んでその考えが間違いではなかったと思った。たとえ一流の人間にはなれなくても、一流の人間を目指すことは誰にでもできるのだと☆
<対応年代:20代>