中学に入って初めての授業は国語だったと思う。ヘレンケラーの話が教科書に書いてあった。
自分は目も見えるし、耳も聞こえる。この当たり前のことがどんなにありがたいことかよく分かった。
ヘレンケラーに恥ずかしくないようにちゃんと勉強しようと思い、中間テスト=中学初のテストはがんばった☆
結果はよく覚えていないが、確か5教科のうち国語以外は100点だったと思う。やはりヘレンケラーの問題は全部できないよな、と当時妙に納得していた。
私は学校のテストを受ける際には、いつも出題する先生のことを思って勉強していた。そうすることで試験勉強におもしろみをもたせることができた。
あと数字を覚えるのが結構得意だったので、例えば音楽の♪でドを1、レを2のように置き換えて覚えたりしていた(笑)。
家では祖父があまり勉強するのを好ましく思ってはいないようだった。「1日2時間以上勉強するのは毒だ!」などと祖父からよく言われたのを覚えている。
だからと言って勉強しなくてもいいということではなかった。祖父は、「たとえ短時間の勉強でもそれを毎日やり続けることが大切だぞ。いかなるときでもやれるようになれれば本物の実力者になっているはずだ。」と私に言ったことがあった。
私はそれを小さいときから守ってきていた。そりゃ風邪をひいて熱が出たりしたときは勉強しなかったが。
季節はいつの間にか過ぎ去り、3学期になっていた。中1最後のテストは実力テスト=対外模試であった。
1日で5教科全てを受験するので結構疲れるだろうな、いやだなぁと思って、その日は学校に出かけた。前日に祖父は私の気持ちを察してか、「試験受けるのいやなら学校休んでもいいぞ!?」と言ってくれた。
試験が始まった。まずは、国語のテストであった。テスト問題の字が緑色なのには驚いた。ちょちょいといつもの具合に問題を解いてのんびり見直しをしたりしていた。
なんか実力テストの割には時間があまるなぁと思っていた。ひょいと隣のやつを見てみたとき「あれっ」と思った。なんと裏にも問題があることが分かったのである。
私はあわてた。それまでテスト用紙はいつも表にしか問題がなかったので、まさか裏に問題があるなどとは夢にも思っていなかったのだ。
しかし、現実、こうして裏に問題があったので、急いで解くしかなかった。試験時間はもう残り5分ちょっとだった。私は見事に実力テストにやられてしまった。
やられた、と思ったが、いやいや気をとり直してあと4教科点を取りにいくぞ~と心の中でつぶやいた。
もうひっかかりはしなかった。平常心を取り戻した私は残り4教科のテストはすんなりとすますことができた。
家に帰って夕食のときに祖父母に、「テストに見事にやられてしまった。やはり相手=テストの形式を知ることが大切だと思いしらされた。」と話した。
すると祖父に、「いい勉強になったみたいだな。学校休まんでよかったな(笑)。」と言われた。祖母はただほほえんでいた。
その後実力テストの結果=成績表をもらった。教室で担任の先生が生徒一人一人に前で渡していった。
前話(第14話)の演劇部の子とは中1のとき同じクラスだった。私とその子は同点1位になっていた。その子は成績表をもらうと私のとこにすかさず来て、「あんた何点やった!?」と私に聞いてきた。学内トップになれたことがよほど嬉しかったに違いない。
私は中学に入って初めてテストで人に並ばれた。学校=校内のテストしか受けたことのない私と、塾で実力=対外テストを受けたことのある彼女(中1のときからずっと進学塾に通っていた。)との差がうんだ結果だと思った。
残り全て満点で何とか切り抜けたつもりでいたが、やはりそう甘くはなかったようである。
あと1点とれていればと最初は思ったが、とれなかったことで彼女は初の校内1位を獲得できたのだから、メデタシメデタシと思い直した。
相手=テストの形式を知ることは、今の世の中では情報をいかにうまくキャッチできるか、ということを意味しているのではないだろうか。
そのコツであるが、私なりに分かったことは、
①毎日わずかでもいいが必ず継続して努力すること。
②ときには思わぬ失敗にみまわれてみること。
③そして何よりも大切なことは、その情報を一人締めすることなく仲間と分かち合うことのできる豊かな心を持ち合わせているか、ということ。
であった。
21世紀、高度情報化社会に向かっていく今を愛する人々と心豊かに生きていきたい♪
<対応年代:10代>