京都での一人暮らしにもだんだん慣れたきた頃のことだった。とある集まりで私は一人の先輩と出会った。この出会いこそ私の大学生活に最も大きな影響を与えるものとなるのだが、当初は単なる先輩・後輩のものと思っていた。
高校まで数学は得意中の得意だった。中3の夏に高1の内容まで勉強して冬休みにはテレビのNHK高校通信講座(微・積)をみたりしていた。その後高1の半ばで高校の数学の内容は一通りやり終えた。
しかし、私にはどうも数学というものがみえていなかった気がする。ひろがりを感じることができなかったからだ。
集まりの後、偶然その先輩に会った。その時どいういきさつであったかは覚えていないが、先輩の下宿先に行くことになった。
先輩のところでいろんな話を聞いた。大半が学問的なことだったが、自分にはとても新鮮で興味深く思えた。
いくつか質問をされた。自分の分かる範囲で素直な気持ちで正直に答えていった。学部生の私にとって既に院生の先輩はレベル的に段違いに思えていたからだ。
先輩は私に言われた。「きみ物理やってみらんね。向いてるちゃうん!?」と。
私は、「そうですかね。」と答えた。
先輩は、「俺より多分できるようになると思うわ。だから明日から一緒にやろや、物理☆」とさらに言われた。
これがきっかけで、私は物理をやるようになっていったのである。最初は、高校の教科書の精読からであった。①どの部分があいまいであるのかを指摘すること。②そしてその部分を的確に示すこと。
この二つを徹底的にやらされた。厳しかったが実に熱心に指導してくれた。明け方まで先輩のところで過ごすこともしばしばであった。
そんなありがたい先輩ではあったが、唯一困ったのは先輩がヘビースモーカーだったことである。煙草を吸わない私にとっては、先輩の所から戻った時頭のてっぺんからつま先まで煙草のにおいだらけになってることは悩みのたねであった。
先輩は光学(応用物理学)が専門であった。「自分は企業に入るしかないが、きみは基礎をしっかりやりや。」とよく先輩は私に言われていた。*基礎とは理論物理学のことである。
先輩はその言葉通り、修士を終え、とある企業の研究室にいかれた。私は先輩の言葉を信じて物理をやり続けていた。物理はいつの間にか物理学になっていた。
物理学をやるには数学がどうしても必要である。今思えば何故に先輩が私の方が物理をやるのに向いていると言ったのかが分かるような気がする。それは私の方が数学ができると先輩は思ったからなのだろう。
数学をやっていたことは無駄にはならなかった。一見無駄に思えることがその後役に立つことも多々あるのではないだろか。
学問することの素晴らしさを身をもって示し、とことん指導してくれた先輩に今も感謝しています。
先輩はその後主任研究員となり世界で初となるものの開発に成功されました。
<対応年代:10代~20代>