昔、キンクスのパイ時代の全アルバムが順番に再発されていって、狂喜したことがありました。1982年ぐらいのことです。会社の帰りに梅田の紀伊国屋のLPを置いていた(CDが出回る1年前!)売り場で、2ndの『Kinda Kinks』を見つけた時の驚きは、それまでデペッシュ・モードとかエコ・バニとかにうつつを抜かしていた時だけに、衝撃でございました。なんせ、レンタルレコード屋へ行って尋ねてみても店員は「?」な顔をしてるようなそういう時代です。今やCMでもぼこぼこ使われたり、たいていのポップス好きならほぼ誰でも知ってますけど、当時はキンクスは空白域の時代でもありました。再発が出回るきっかけは、前年の初の来日ツアーだったと思います。4大英国バンドと言われながら、その実力の割に不当に地味な扱いを受けていただけに、このパイ時代の再発はワシのリスナー人生を360度変えた(元の位置やんけ)、やのうて、180度変えてしまった、まさに今となっては罪の深い名物バンドとなってしまったのでした。

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THE KINKS / Kinda Kinks / 1965 Pye NPL18112

 その『Kinda Kinks』に入っていたのが「Dancing In The Street」。本アルバムでは「Tired of Waiting For You」とともにお気に入りの1曲となっておったのでした。後年、デヴィッド・ボウイとかもカヴァーしてたような気がしますけど、キンクスのヴァージョンがワシは好きですね。で、この名曲がマーサ&ザ・ヴァンデラスの曲だってことも、当時はそれほど興味を持って探ったりはしませんでした。当時はモータウン系は、大して興味がなかったのです。それが最近になって、妙に気になり出し、i-Tunesに放り込んでよく聴いている音楽といえば、60年代のソウル/モータウンと60年代女性シンガーであることが今のワシの傾向です。この手の音楽を聴けば聴くほど、70年代の長髪ロックが妙にダサく感じるようになるくらい、今は浸かりきっております。マーサ&ザ・ヴァンデラス、シュプリームズ、クッキーズ、、、黒人ガールズポップからのし上がって来たようなイメージが強いんやけど、こうして捉えると1962年前後のアメリカン・ポップはもっともっと聴き倒さないといけない宝の山のように思える今日この頃ですな。。。

 ちっともレビューになってまへんけど(今回はあんまりそのつもりもない)。個別のアルバムについてのコメントやバイアグラ等(!?)は、ワシなんぞのを見るより、他のブログでも見たほうが親切に紹介されてると思います。


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MARTHA & THE VANDELLAS / Dance Party
1965 Tamla Motown TML 11013

 セ・リーグが揺れております。セ・リーグの選手会長の我が阪神タイガースの新井貴浩は、じつに腰がよく座ったもので、セ・リーグのじいさん達に立ちふさがって、微動だにしません。じつに立派でございます。ただ、プレイにおいてはもうちっと無責任にチャランポランに、テキトーにチャンスでも打席に立って欲しいとこですけど、そういう性分とはちゃうんやろね。まあ、新井選手については措くとして、今のセ・リーグは見てて見苦しいです。レンホーがまともに見えさせているようでは、やっぱりアカンでしょう。ヘタこいたらセ・リーグがバカ民主に追い風を送ってしまうことになる。読売グループの総帥が何いらんことしとんねんと、さすがに呆れるやら、こいつらの考えてることは化石レベルですね。「開幕をいつの日取りにするかまで政府に指図されたくない」と巨人の滝鼻オーナー。それやったらもうちょっと4月半ばまでのばさんかいよ。どうみたって、無茶苦茶ですよ巨人一派の連中は。計画停電という出かかった小便を途中で止めるようなこともまかり通ってる中で、ナイトゲームは出来ない、延長戦も出来ない、プロ野球ぐらいやはり平日の野球ぐらいはナイターで見たいというのが、多くのファンの方々の希望と思います。特にデイゲームは阪神は弱いしね。だからといって、今の原発が不完全な状況で、無茶して3月中に開幕なんてのはやっぱり狂ってます。
 
 で、以下は産経電子版からの滝鼻オーナーの談:「パが先行していろいろなことを決めているようですが、そうはいかないと思います。交流戦の日程もどうなるかわからない。交流戦はもういらない、と(パが)言うならば、それはそれなりの考え方があるだろう」おまえらセントラルは誰のおかげでメシ食えとると思とんねん。プロ野球ファンがもっとも楽しみにしとんのは交流戦やろが。巨人の凋落を救ってくれとんのは、阪神とおまえパ・リーグの6球団とちゃうんけ!この物言いめっちゃムカツクやんけ。いったいホンマこいつ何様なんやろな。こういうのに腰巾着のようにくっついていくヤクルトに横浜、おまえらも何とか言えやな。全然主体性が無いのう。阪神と中日のフロントはけっこう小ズルイから、3バカ在京の取りあえず様子みとるんやろな、ようわからんけど。春場所も吹っ飛んでしもたんやから、この春はあんましジタバタせんほうがよろしいですね。
 
 そして、あんな津波にさらわれて形を成していない町並みが延々と続く様をナベツネもコミッショナーも滝鼻も歩いて回って来てみたらええでしょうね。戦後の復興期でも野球が再開されたんは、1年経った昭和21年や。南海ホークス(現ソフトバンク)の前身・近畿グレートリングが優勝し、東急セネタースの赤バット大下がプロ野球史上初となる20ホームランを打ったんもこの時ですわ。そらあ国民は希望に燃えたやろう。青バットの川上、赤バットの大下、我が大阪タイガースは物干竿の藤村富美男じゃ~!巷のラジオからはおなじみ並木路子の「リンゴの歌」が鳴っとる(いったいオマエ何歳やねん?!)。
 だからやっぱり。元気をとかどうとか言っても時間がそれなりにかかると思う。今の東北の状況は、焼け野原になった昭和20年8月と同じ状況です。2週間かそこらで野球のことなんか考えられると思うか? 想像力が無さ過ぎというか、東北太平洋岸の僻地で起きたことなんざ、屁とも思ってないんかも知れんね。ナベツネなんぞはまさにそんな感じかも知れんね、あの傲岸不遜なえらそうな態度、すぐに結論を急ぐように連立政権を裏でしかけるいい加減さ、サイテー。なんであのおっさんが津波にさらわれへんのか、悪運だけでのして来たという印象やね。読売新聞の不買運動でも誰かやらんかね。保守系の新聞は産経だけで十分やっていけます。
 どこからひっぱりだしてきたのか、マニフェストなんちゅう言葉。民主党が嘘八百並べる25年も前から、言葉だけはワシも知っとった。そらそうよ、ロキシー・ミュージックが1975年を最後に一時期活動を停止して、その4年後に復帰して発表したのが『マニフェスト』でしたから。別にその当時はロキシーの名前すら知らんかったのが正直なところなんですけどね。それで、どんな意味だろう?と。マニフェストの単語の意味などめんどくさく英和辞典で引いたこともなかったので、それが政権公約とか、そういう意味だったってことは5年ほど前に漸く知るというところでありました。以来あんまりいい意味ではなくなっているのが、実際のところで、だまし討ちとか、バラマキとか、ペテンとかそんな印象しか言葉からは受けません。そういや、ブライアン・フェリーもたいがいイカサマおやじというか、かなりハッタリじみた存在でありました。そのときに管・鳩山・小沢の民主党支持者もフェリーを知っていたら、あそこまでコロっと騙されることもなかったかも知れません…(すでにルックスでフェリーに劣ってるが)。
 それで、ロキシーのマニフェスト。出で立ち、フンイキ、歌いっぷりその他すべてひっくるめて男性器のようなフェリーおじさんのエロエロフェロモン迸りっぷりは、衰えを知らないという感じで、同性からみても、こういうカッコいいハッタリ男になってみたいと思いはするものの、鏡を見てすぐ諦めておったものです。それこそ、マニフェストもアジェンダもないといったところでございます。それ以前の話、おとといきやがれといった次元の話でした(苦、、)。
 ロキシーの場合はデビュー作品からして、いきなりイーノの面妖なシンセが浮世離れしていて、それに加えてフェリーのザーメン・ヴォイスで明後日方向向いてましたので、79年特有のトーキング・ヘッズ、デヴィッド・ボウイやその他ニューウェーヴ系の音になっていてもさほど驚くようなこともありません。しかし聴けば聴くほど『リメイン・イン・ライト』のトーキング・ヘッズやイーノの『ビフォア・アンド・アフター・サイエンス』の賑やかサイドあたりとだぶるような、エスニック・モダンな音であります。たまに引っぱり出して聴くと目が醒めてええです。『Still Falls The Rain』がええですね。

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ROXY MUSIC / Manifesto
1979 E'G EGPD 001