祖父に投げつけられたお年玉。 | セミクイの一生

セミクイの一生

運命の分かれ道にいる、どん底の2020年。この先どうなるか?約半世紀に渡る人生記録。タイランドから発信。※2020年11月から日本帰国中

 

※40年近く前の出来事です。

 

私が、父方の祖父を

大嫌いになったお話。

 

先日も書きましたが

祖父は職人気質の怖い人でした。

 

私が4・5歳の頃に

祖母が亡くなった後は

叔父夫婦と同居。

 

怖い印象があった反面

当時大流行していた

 

『なめんなよ』

 

の写真集を私に

送ってくれたりという

優しい面もありました。

 

 

 

 

懐かしい!!

この写真集、

まだ赤ちゃんだった

弟にビリビリに破られ

大泣きした記憶笑い泣き

 

大事に取っておけば良かった。

 

なめ猫って可愛かった

けど、無理やり真っ直ぐ

立たせて長時間撮影するから

 

ストレスで子猫たちは

すぐ死んだって噂あったけど

 

都市伝説??

でも写真見るとやっぱり

かなり無理させてますよね。

 

当時、子猫物語の

チャトランも実は

何匹も撮影で死んでる

って話あったなぁ。

 

 

 

話がそれましたが

 

私が4・5年生頃?

お正月に祖父の家に

家族で行きました。

 

車で3時間程の距離。

 

父には腹違いの兄が

いて(祖父の前妻の子)

 

お兄さんには二人の

娘と、再婚相手の

連れ子の男子がいました。

 

娘の1人は私と

同じ学年。

もう1人の姉は

1つ年上。

 

小さい頃は何回か

一緒に遊んだみたいだけど

 

あまり記憶にないし

数年ぶりの再会で

 

陰キャラな私、

人見知り全開!!

 

弟はまだ赤ちゃん

だったので無条件に

皆と楽しく遊んでいました。

 

なるべく同年代の

子供の側に居たくなくて

 

別の部屋で一人

絵を描いて時間を潰す

暗いやつえー

 

その夜、父と母が

叔父のオススメの

銭湯に行くと言いました。

 

所在無かった私は、慌てて

 

『一緒に連れて行って!!』

 

と、言いましたが

弟まで

 

『僕も行くゥゥー!!』

 

と言い出し、

面倒くさくなった母が

 

『待ってなさい!!💢』

 

とキレて置いてけぼりショボーン

 

居間では祖父と

盛り上がっている子供達。

 

居場所がない!!!ガーン

 

私は仕方なく

留守番をしていた

おばさんのお皿洗い

を手伝いました。

 

父の弟である叔父は

とても優しく

奥さんも美人で明るくて

 

小さい頃から私の

大好きな人です。

 

二人でトークしながら

お皿を洗っていると

突然祖父の罵声が!!

 

 

 

『呼んでるのが聞こえねぇのか!?ムキー

 

 

 

お皿を洗う流水音

などで居間からの

声は聞こえて無くて

 

何度か呼んだであろう

祖父が激昂して

怒鳴ってきました。

 

びっくりして

駆けつけると祖父は

 

 

 

『さっきから何回も

呼んでるのに!!

お年玉要らねぇのか!?』

 

 

 

と言って、

私にお年玉袋を

投げつけたのです。

 

 

『・・・ありがとう・・・。』

 

 

そう言うのが精一杯で

私はお年玉袋を拾うと

 

別の部屋でずっと

泣いていました。

 

従姉妹達は

キョトーンキョロキョロ





関わりを避けてたのに

そんな無様な姿を

公開処刑された恥ずかしさ。

 

お金を投げつけられた

屈辱。

 

子供ながらに

怒り・やるせなさ・恥ずかしさ・悲しさ・惨めさ

 

色んな感情が爆発して

震える夜でした。

 

その時のことは

親に言わなかったし

 

祖父もその後は

普通だったので

無かった出来事となっています。

 

その後、

中学1年か2年の頃

祖父は癌で他界しましたが

 

たったあれだけの

1回の出来事で

祖父が大嫌いになってしまいました。

 

きっと小さい頃から

可愛がってくれていたんだろうから

 

そこは申し訳ないと

思いつつ。

 

まぁ、結局

父もそんな祖父に

そっくりなんですよね(苦笑)

 

 

 

お年玉おしまいプンプン

 

 

 

 

下矢印フォローといいねで元気出るぅ!!

フォローしてね!

 

 

 

 

下矢印ブログ村ランキングに登録中です。クリックおねがいしますラブラブ

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村