父母の出会い〜国際結婚〜 | セミクイの一生

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運命の分かれ道にいる、どん底の2020年。この先どうなるか?約半世紀に渡る人生記録。タイランドから発信。※2020年11月から日本帰国中

まだ国際結婚が珍しかった、50年以上前のお話。

※母から聞いた話で、かなり脚色ありだと思います。だって父から聞いた出会いと、ところどころ違ったもんニヤニヤ

 

幼少期から丁稚奉公に出され、奉公先で酷い扱いを受け苦労していた母(母のおしんストーリーは後ほど)。お年ごろになると家出をして友達に支えられながらバイト生活をしていたそうです。

 

当時、アジアの大イベント的な万博が日本で開催され、母はその万博のタイランドのブースのコンパニオンとして、友達と日本に初訪問しました。くどいようですが、母は本当に美しかったのですよ。

 

そして、父は当時まだ19歳。

 

田舎から上京して、バンドのメンバーとして活動していましたギターイェアー

 

その万博の会場にバンドとして参加していたのか、はたまた東京のライブハウスなどで演奏してた時なのか(母が万博の仕事終わって東京観光〜♪なんてしてた時とか)・・・この辺、ちょっと曖昧で申し訳ないのですが、とにかく母が父を初めて見たのはステージの上だったそうです。

 

母のほうが4つほど年上なんですが、ステージ上の父を見て一目で『かんわぃぃ〜〜〜ラブ』となったそうで恋の矢

 

なんと、父の顔に向けて手鏡の反射光を当ててアピールしたそうなんです。

 

 

 

演奏後、父はカンカンになり母を呼び出し・・・

 

 

 

 

 

 

 

結婚しました(爆)。

 

 

・・・って話飛びすぎですけどね笑い泣き

恋愛関係に発展しなきゃ、ただの妨害者として警察沙汰になってたのでは?!

 

まー、それはそれはすったもんだの末の結婚だったと思います。父が実家に母との交際を報告すると『外人との結婚なんか許さん!!!そんな勝手なことするなら出ていけぇーーーー!!!』と怒鳴られ、『あ、じゃぁそうします。』と出て行き、私が三歳くらいになるまで実家に帰ることはなかったそうです。

 

母も、ビザの期限がありますからタイに帰国し、父とはしばらく長距離恋愛だったそうです。当時の国際電話代がサラリーマンの給料1ヶ月分飛ぶくらいの額だったらしく、白目剥いたそうです。現代はLINEなどでいくらでも無料通話できるという、ありがたさよ。

 

結婚しない限り、一緒に居ることは出来ないという環境にあって二人は結婚したそうな。結婚から数年後、私が産まれたのでした。

 

 

 

 

 

ラブ今では寿司が大好物の母、日本に行った当初は苦手で食べられなかったそうです。はー、寿司食べたい!!!(´;ω;`)

 
 

 

 

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