さめとくじらの思考法

さめとくじらの思考法

さめとくじらが考える

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 二、三年前から値段のうそ臭さに尻込みしてたkolorのパッカリングパンツを購入。
 しかし若すぎるなあ。二、三年の間に二十五歳をまたいでしまった。なかなか履く機会は限られるというか、家で一人ファッションショーにいそしむときだけになるかもしれない。
 二、三年前に買えばよかった。まだうら若い気分でいられる日があった頃に。
 高すぎても、金なんかはたいてしまえばよかった。貯金なんか後からすればよかった。

 最近、若い人があまり服に金をかけない傾向にある気がする。貯金に回したり、他の有意義なことに費やす人が増えている気がする。
 しかし自分は、服というのはわりと金を使っていいものだと思っている。
 服というのは、人の、ある時期の、ある一瞬の印象を決める、繊細な要素のひとつだからだ。

 すばらしい瞬間には、ぜひ美しい服をまとっていたほうがいい。
 みじめな瞬間には、せめて美しい服をまとっていたほうがいい。
 これは誰だってそうだろう。
 服なんて興味ねえやっていう人でも、自分自身に興味がないということはあるまい。

 もし明日、人生のうちで最も決定的な瞬間が来るとしたら、その時ぼろきれみたいな服なんか着ていたくないでしょう。
 ずっと年を取って、在りし日の自分を思い出すだけが楽しみになったとき、その記憶の中の自分が薄汚い格好をしていたら、せっかくの思い出もちょっと台無しになってしまうんじゃないかな。