少し前に、とある先生のお話を聞く機会がありました。
そのお話の中での1シーン。
「胸の前で両手の指を組んで重ねてみてください」
「右の親指が上に来ている方?左の親指が上に来ている方?」
私は右が上に来た。
「では反対の指を上にしてみてください」
やってみるとなんとも収まらなくて気持ちが悪い。
「はい、これを “違和感” と言います」
「“変な感じ”と思いましたか? 先ずはこの
「変」を「変」と感じることが大事です」
「感じなければそれで終わってしまいます」
「感じることを心がける、これがまず一番最初」
「世の中には“変だな”“おかしいな”と思うことがたくさんあると思いませんか?それに気づく感性を持ちましょう」
「その次に、その“違和感”の原因はなんだろうと思うこと。
不思議だと思ったら調べてみる」
「日本人の多くは、“変だな”と思っても、ここでやめてしまうのです」
「何かを感じたら、その先を自分で確かめることが進歩の第一歩となります」
「調べたら、そのことを丸呑みせず自分で考えてみる」
「そして、考えても考えてもやっぱり“変だ” “おかしい”という気持ちが収まらなかったら、今度は自分で外に向かって発信してみましょう」
「そこから世界は広がります。誰かとやりとりするうちに、自分にも相手にも発見があり、世界が変わっていくかもしれません」
2020年7月18日土曜日
誰もが驚愕し、悲しみのどん底へと突き落とされたニュースが日本だけでなく世界へと駆け巡った。
しばらくは呆然、思考停止。心身が固まって動かない。
何日経ったか何十日経ったか思い出せないくらい、時間の感覚がなくなってしまった日々の中で、だんだんだんだん生まれてきた、強烈な“違和感”。
「だって2日前にいつものキラキラした笑顔でTV出てたじゃん!」「何も変わったところはなかったのに!」
「おかしい、絶対にそんなことする人じゃない!」
誰もがそう思ったのではないでしょうか。
あの日を鮮明に認識できるようになった頃から、私の心の中は、この「違和感」しかないのです!
