12月に入って、いよいよ北陸に冬がやってきた感じがします。
どんよりとしたねずみ色の雲に覆われ、どことなく憂鬱になる毎日。
そんな気分に追いうちをかけるような出来事を新聞記事で知ったのです。
11月の末、石川県志賀町で起こった孤立死。
どんよりとしたねずみ色の雲に覆われ、どことなく憂鬱になる毎日。
そんな気分に追いうちをかけるような出来事を新聞記事で知ったのです。
11月の末、石川県志賀町で起こった孤立死。
亡くなったのは80歳の母親と54歳の長女の二人。
長女は体が不自由で一人では生活できず、介護していた母親が急死した後、長女も死亡したとのこと。
母親の死因は心臓疾患、長女は低体温症。二人とも冬用のセーターを何枚も着こんでいたそうです。
料金の支払いが困難で電気は止まっていました。
家族は三人だったのですが、もう一人の45歳の長男は…病気のため入院中だったということなのです。
なんとも…、なんともやりきれない出来事なのです。
せめて電気がきていたら、もし一人でも元気な人がいれば…。そんな風に思うのは、私だけじゃないのではないでしょうか。
WHOは健康というものを、「身体的、精神的、社会的に良好な状態」と定義しています。
ともすると私たちは、身体的なことばかりに目をむけがちです。もちろん、身体が元気であることは第一です。
けれども、本当に健康な状態でいるためには、「社会的に良好な」という部分が大きな要素なのではないでしょうか。
働く場があり、贅沢しないまでも毎日の生活を送ることができ、夢や希望をもって前向きに考えることができる。
そんな土台もやはり必要だと思います。
大げさに聞こえるかもしれないのですが、健康を考えるということは「命のこと」「人生のこと」まで考えるということだと思うのです。
長女は体が不自由で一人では生活できず、介護していた母親が急死した後、長女も死亡したとのこと。
母親の死因は心臓疾患、長女は低体温症。二人とも冬用のセーターを何枚も着こんでいたそうです。
料金の支払いが困難で電気は止まっていました。
家族は三人だったのですが、もう一人の45歳の長男は…病気のため入院中だったということなのです。
なんとも…、なんともやりきれない出来事なのです。
せめて電気がきていたら、もし一人でも元気な人がいれば…。そんな風に思うのは、私だけじゃないのではないでしょうか。
WHOは健康というものを、「身体的、精神的、社会的に良好な状態」と定義しています。
ともすると私たちは、身体的なことばかりに目をむけがちです。もちろん、身体が元気であることは第一です。
けれども、本当に健康な状態でいるためには、「社会的に良好な」という部分が大きな要素なのではないでしょうか。
働く場があり、贅沢しないまでも毎日の生活を送ることができ、夢や希望をもって前向きに考えることができる。
そんな土台もやはり必要だと思います。
大げさに聞こえるかもしれないのですが、健康を考えるということは「命のこと」「人生のこと」まで考えるということだと思うのです。
