2016年11月21日(月)ポレポレ東中野(東京都中野区東中野4-4-1 ポレポレ坐ビル地下、JR東中野駅西口北側出口より徒歩1分)で、21:00~鑑賞。
作品データ :
製作年 2010年
製作国 日本
配給 東海テレビ放送
上映時間 98分
1970年代末から80年代初めに訓練生の死亡や行方不明事件を起こした戸塚ヨットスクールの軌跡と現在を追ったドキュメンタリー。傷害致死罪などで裁かれ服役した後も、問題を抱えた子供たちと向き合い続ける戸塚宏校長と同スクールの今に迫りながら、引きこもりやニート、教育現場の荒廃など現代社会が抱える闇を浮き彫りにする。
制作したのは、戸塚ヨットスクールを取材エリアに持つ東海テレビ放送。監督は光市母子殺害事件を弁護団の側から照射した『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』などで高い評価を得ている東海テレビディレクターの齊藤潤一。2010年5月に東海地方3県(愛知・岐阜・三重)向けに『平成ジレンマ〜戸塚ヨットスクールと若者漂流〜』のタイトルで放送、その後も再放送や地方局での放送を望む声が相次いだことから、未公開シーンを加え、劇場用映画として製作された。
ストーリー :
非行や不登校の子供たちを厳しい訓練と合宿生活で再教育する戸塚ヨットスクールは、1980年と82年に訓練生が死亡する事件が起き、戸塚宏校長と全スタッフが逮捕された。最高裁は彼らに実刑を下した。この事件をきっかけに、教育界から体罰が排除されるようになる。2002年3月、戸塚校長は傷害致死罪で6年の刑に服す。出所後、戸塚校長は年間70件に及ぶ講演を行ない、子育てに悩む親や教師に体罰の是非を訴えている。三河湾を臨む愛知県美浜町にある、戸塚ヨットスクールの現在の訓練生は10人。以前のような体罰は封印した。
夏、小学6年生・丘晃君が短期入校生としてやってくる。終了の日、ここにずっといるよう言われたらどうするか尋ねられた彼は、拒否すると答え、スクールを後にした。21歳の訓練生・恵介さんは就職のため、自動車学校に通っている。入校から約1年が過ぎ、就職が見つかればスクールを出る。最年長29歳の哲也さんは、2年前スクールを卒業して就職したが長続きせず、再入校させられた。秋、恵介さんは自動車免許の試験に合格する。哲也さんは、校長が知り合いに頼んで、沖縄の農家に就職する。そして丘晃君が正式に入校してきた。別の日、17歳の一恵さんが両親に連れられてやってきた。彼女は家に引きこもり、リストカットを繰り返していた。自傷癖のある生徒は受け入れていないが、校長が特別に許可したのだ。しかし3日後、彼女は屋上から飛び降り、この世を去る。恵介さんが脱走を繰り返すようになり、名古屋の弁護士から彼を保護したと連絡が入る。弁護士はスクールから逃げた訓練生たちを支援し、訴える準備をしているという。一方、沖縄の哲也さんは、2ヶ月で姿を消していた。春、新しい訓練生として、40歳の引きこもりがやってくる―。
★ 戸塚宏と「戸塚ヨットスクール事件」
戸塚宏は昭和15(1940)年生まれ。名古屋大学工学部に入学後、ヨット部に入部、主将を務める。卒業後、国際ヨットレースに参加。
昭和50('75)年、沖縄海洋博記念のサンフランシスコー沖縄間の一人乗りヨットレースで堀江謙一らを抑え、41日間という驚異的な記録で優勝。その名を世界に知らしめる。
翌年、オリンピックで通用するような一流のヨットマンを育てようと「戸塚ヨットスクール」を開校。週末になるとスクールには、ヨットを学びたい小中学生がやってきた。その中の一人に不登校の小学生がいて、短期間の訓練を終えた後、学校に通えるようになった。その評判はマスコミの報道で広がり、全国各地から非行や不登校などの情緒障害児が集まった。体罰をともなうスパルタ訓練。全盛期には100人を超える訓練生が在籍した。
開校して4年目、日本中を騒がせた「戸塚ヨットスクール事件」が起きた。
・昭和54('79)年2月、中学生の見学祐次(13歳)が訓練中に死亡(戸塚側は「低体温症によるもので体罰との因果関係は無い」と主張。病死として不起訴扱いにされた)。
・昭和55('80)年11月、大学浪人生だった吉川幸嗣(21歳)が訓練中に死亡(傷害致死罪)。
・昭和57('82)年8月、高校生の水谷真(15歳)と杉浦秀一(15歳)が奄美大島の夏季合宿から帰る途中、訓練から逃れるため、フェリー船から海に飛び込み、行方不明となった(監禁致死罪)。
・昭和57年12月、中学生の小川真人(13歳)が訓練中に死亡(傷害致死罪)。
警察は行き過ぎた体罰が原因だと、戸塚校長と12人のコーチ全員を傷害致死や監禁致死などの疑いで、昭和58('83)年5、6月に逮捕。「体罰は教育だ」と主張する戸塚校長を、マスコミは叩いた。
※ちなみに、1982年9月に子供の非行が家庭を崩壊させる様を描いた穂積隆信著『積み木くずし~親と子の二百日戦争~』(桐原書店)が出版され、ベストセラーとなり→同作が東宝により翌年2~3月にテレビドラマ化、同年11月に映画化(脚本:新藤 兼人、監督:斎藤光正)された。
裁判はヨットスクールの訓練は「教育」か、それとも「暴力」かが焦点となった。
一審の名古屋地裁。検察側は「スクールは暴力的方針による営利目的の企業体で、常軌を逸した過酷な体罰は教育、治療ではない」として戸塚被告に懲役10年、起訴されたコーチ9人に懲役6年から1年6ヶ月を求刑した。
これに対して、弁護側は「体罰などは、情緒障害児の教育・治療が目的で、親の懲戒権の委託に基づく正当な行為だ」と反論し、無罪を主張した。
判決は平成4('92)年7月27日、戸塚校長に懲役3年。コーチ9人に懲役2年6ヶ月~10ヶ月。いずれも執行猶予がついた。名古屋地裁は「体罰は違法だが、情緒障害児の治療という目的は評価できる」と判決理由を述べ、訓練の正当性は認めた。
しかし、二審の名古屋高裁は平成9('97)年3月12日、「訓練は人権を無視していて、教育でも治療でもない」と断罪。戸塚校長に懲役6年、コーチ3人に懲役3年6ヶ月~2年6ヶ月の実刑判決を言い渡した。そして、平成14('02)年2月25日、最高裁が被告側の上告を棄却し、刑が確定した。
この間、事件で死亡した4人の遺族との民事訴訟で、和解が成立。合わせて約1億円の賠償金が支払われた。
平成18('06)年4月29日、戸塚校長が出所。すぐに、ヨットスクールに復帰した。
現在、訓練生は10名前後。かつては、10代半ばから後半の「不良」が多かったが、今は「ひきこもり」や「ニート」が多く大半は20代と高年齢化している。
事件後、激しい体罰は封印され、そこにはかつての緊張感はない。
▼予告編