映画『ジミー、野を駆ける伝説』 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2015年2月13日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町(東京都千代田区有楽町2-7-1 有楽町イトシア・イトシアプラザ4F、アクセス:JR山手線・有楽町駅中央口から徒歩1分)で、19:00~ 鑑賞。

作品データ
原題 Jimmy's Hall
製作年 2014年
製作国 イギリス=アイルランド=フランス
配給 ロングライド
上映時間 109分





イギリスの社会派ケン・ローチ監督が、1930年代のアイルランドを舞台に、庶民のために戦った無名の活動家ジミー・グラルトンの姿を描いたドラマ。出演は『めぐり逢う大地』のバリー・ウォード、『Hamlet』のシモーヌ・カービー、『恋人たちのパレード』のジム・ノートン。カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。

ストーリー
1932年、国を分断した悲劇的な内戦終結から10年を経たアイルランド。アメリカで暮らしていた元活動家のジミー・グラルトン(バリー・ウォード)が、10年ぶりに祖国の地を踏み、リートリム州の故郷に帰って来る。かつて地域のリーダーとして絶大な信頼を集めたジミーは、気心の知れた仲間たちに歓待され、昔の恋人ウーナ(シモーヌ・カービー)とも再会。彼の望みは、年老いた母親アリス(アイリーン・ヘンリー)の面倒を見ながら穏やかに生活することだった。しかし、村の若者たちの訴えに衝き動かされ、内にくすぶる情熱を再燃させたジミーは、「ホール(集会所)」の再開を決意。仲間たちも協力を申し出る。かつてジミー自身が建設したそのホールは、人々が芸術やスポーツを学びながら人生を語らい、歌とダンスに熱中したかけがえのない場所だった。やがてジミーの決断が、図らずもそれを快く思わない勢力との諍いを招いてしまう…。

監督:ケン・ローチ インタビュー
[映画パンフレット『JIMMY’S HALL ジミー、野を駆ける伝説』(編集・発行:松竹株式会社事業部、2015.1.17、税込価格720円)
──なぜジミー・グラルトンの物語を伝えようと思ったのですか?
本作は多くを同時に語る物語です。左派(The Left)は、気難しくて気分を滅入らせ、楽しさや娯楽、祝福に反対するものという考えに異議を唱えると同時に、組織化された宗教がどのようにして経済力と手を組むかということも示しています。彼らは、今でも同じことを続けているんです。宗教と国家は圧政の代理人だと言えるでしょう。今回の場合、映画の中では時間の関係上ほとんど触れていませんが、進歩主義的に逆行していると思われる、例えばエイモン・デ・ヴァレラ(今作で描かれた時代のアイルランド最高議会議長)のような人物を、民衆は自由な考えや寛容性を奨励していると思った。けれど実際のところ、教会による承認を模索し、いかに彼らを自分の味方にするかということから着手したほどなんです。

──『麦の穂をゆらす風』(06)と対をなす作品という意図があるのですか?もしそうであれば、どのような意図でしょう?
そうですね。あの作品からはちょうど10年が経っているんですが、『麦の穂をゆらす風』の中のセリフで、アングロ・アイリッシュの地主が「この国は神父がはびこる澱んだ水に成り下がる」と言うんです。そしたら驚くなかれ、それが現実のものとなりました。あの時以来、アイルランドは苦悩しています。教会はスキャンダルのせいで、今では多くの信頼を失っている。けれども私たちがあの映画を作っていた時は、人々は教会や神父の力が絶対的だとわかっていました。コミュニティの中で、誰が成功するか否かを決定することのできる力を持っているとわかっていたんです。

──この映画では、どのあたりが史実でどのあたりがフィクションなのでしょう?
この映画はジミー・グラルトンの人生とその時代から“インスパイア”されたものです。ジミー・グラルトンの人生や性格の詳細などはあまり多く知られていません。ある意味とても悲しいことです。というのも彼は文句なくすばらしい人物でしたたから。一方で私たちは、彼のプライベートを想像し、どんな選択に直面していたのかを探る自由を得たのです。私たちは、彼をただ平面的な活動家ではなくて、豊かで人間味のある人物として描きたかった。このバランスはとても難しく、常に細部にまで及びます。彼が誰か女性と付き合うことは可能か?もしそうなら、ふたりの関係とはどんなだったろう?また神父たちが単なる“カリカチュア”だと思われたくはなかった。それは史実の単なるドラマ化で陥り得る危険です。神父は激しい敵意を持っているものの、ジミーの高潔さに敬意を示している。彼には真の価値があって、だからこそ神父は無視できなかったんです。史実通りでありながら登場人物たちを肉付けすることが私たちの役割でした。

──ジミー・グラルトンの作った「ホール」の特筆すべきことは何でしょう?
ホールは自由の精神の具現化だと思います。そこは色々な考えが試され、表現する場所であり、詩や音楽、スポーツを楽しむ場所であり、人々が自分たちの才能を創造できる場所であり、そしてもちろん踊れる場所なんです。

──今回の撮影のため、スタジオを使わずに、ジミー・グラルトンの出身地であるアイルランド・リートリムに実際にホールを建てたそうですね。
本物のホールを建てるのはむしろ簡単でした。アイルランドのあの土地の風景はとても重要でした。実際にそこに暮らす人々、沼地、霧、その他諸々…。スタジオを使う誘惑は、実際の寸法ではないことです。壁を取り外せるし、実生活の中では決して撮影し得ないショットが存在することになります。実際のサイズでは制限が生じますが、観客もそれを感じると思うんです。さらにいえば、ホールでの自然光は美しいものです。リアリティは常にホールの中にあったんです。

私たちは、どこが撮影に最適か、アイルランドの西部一帯を見て回りました。でも、実際のところ、リートリムがベストだったんです。物語が実際に起きたあの場所で、しかも本物だというだけでなく、実に何もない田舎だったために現代テクノロジーの影響もない。本当に寂れた所なんです。多くの人が職を求めて他の土地に移っていたため、撮影するのは本当に楽でした。リートリム以外のロケ地を探す理由は何もないと思えました。

──地元の物語をあなたが語ることについて、現地ではどのような反応がありましたか?
これ以上ないくらいに歓迎してもらいました。本作には地元の若者が大勢出演したんですが、彼らの献身ぶりには目を見張るものがありました。素晴らしかったのは、彼らは皮肉屋なんかではなく、とてもオープンな心の持ち主で、寛容でいて、間違いなく献身的でした。彼らにはとても驚かされ、その楽しんでいる姿に影響を受けました。

──最後に、果たしてジミー・グラルトンとは何者だったのでしょう?
実際の彼は、熱心な活動家でした。過去長きにわたって、私は労働組合や組織員、政治にどっぷり浸かっている人々に会ってきました。政治に一度目をつけられたら最後、もう離れることはできません。10年前に祖国を追われたジミーは1932年にアイルランドへと戻ったけれど、ホールを再開することは大きな決断でした。ホーを再開すれば、連中は再びジミーの後をつけ狙うようになるでしょう。そして一旦狙われれば、故郷に留まるため政治を断念するか、昔と同様に大きな闘いと向き合わなければなりません。政府が変わったことで可能性が開けたという感触はあったものの、ジミーのような政治的感覚がある人には、デ・ヴァレラのような政治家は労働者の利益を裏切るだろうとわかっていたでしょう。ジミーは階級の対立も、この問題を避ける術のないことも理解していた。だから母親と一緒に暮らし、農地の世話をするためにこの地へと戻ったジミーにとって、再び政治に身を投じるのは苦渋の決断だったわけです。20年もの旅の生活に疲れ切っていても、他の道があったでしょうか?もし政治的な人物であれば、他の選択肢はないんです

ケン・ローチ(Ken Loach)のプロフィール:
1936年6月17日、イングランド中部・ウォリックシャー州生まれ。電気工の父と仕立屋の母を両親に持つ。高校卒業後に2年間の兵役を経て、オックスフォード大学に進学し法律を学ぶ。卒業後、劇団の演出補佐を経て、63年にBBCテレビの演出訓練生になり、翌年演出デビュー。67年に『夜空に星のあるように』で長編映画監督デビュー。2作目『ケス』(69)でカルロヴィ・ヴァリ映画祭グランプリを受賞。その後、ほとんどの作品が世界三大映画祭などで高評価を受け続けている。カンヌ国際映画祭では、『麦の穂をゆらす風』(06)でパルム・ドールを獲得し、『Black Jack』(79)、『リフ・ラフ』(91)、『大地と自由』(95)で国際批評家連盟賞を受賞、『ブラック・アジェンダ/隠された真相』(90)、『レイニング・ストーンズ』(93)、『天使の分け前』(12)で審査員賞に輝いている。

▼予告編
今に息づく自由という大樹。それはかつて“名もなき英雄”が蒔いた一粒の種―。
1932年、10年ぶりに祖国の地を踏んだ実在の人物ジミー。 多くの若者や民衆の心を掴んだ、この私利なき高潔な男は、やがて伝説となった―。



私感
美的感動が胸に残る作品だ。
緑したたるアイルランドの大地!この、少年時代の私が育った北海道(特に道東)の自然を彷彿させる風景は、まるで絵のように美しい。
そして、奪うことのできない人間の自由と尊厳のために、誇りを胸に闘うジミーの生きざま―その清廉・誠実・良識・高潔が私の心を揺さぶってやまない。

ジミーは民衆のリーダーとして、Jimmy's Hall =「人々が自主的に集い、学び、描き、歌い、踊り、語り合える自由な空間(コミュニティーホール)」を造り上げ、地域の民衆の絶大な支持を集める。
そして、「良心の自由」に生きる人生の喜びと素晴らしさを熱心に説く彼の言葉の数々は、未来への希望に満ちた熱いメッセージとして、民衆を奮い立たせ、大いに啓発する。
「我々は人生を見つめ直す必要がある。欲を捨て、誠実に働こう。ただ生存するためではなく、喜びのために生きよう…自由な人間として!」と民衆に演説するワンシーンがとりわけ印象的だ。

蛇足
たまたま coco(映画レビューサイト)の「ジミー、野を駆ける伝説に関するみんなの感想」を瞥見したところ、3人の「coco映画レビュアー」の、次のような感想が目に付いた(http://coco.to/movie/37954)。

・「さあてこれからどんな巻き返しを図ってくるのかと期待したらまさかのエンドロール。えーそんな中途半端な結末ってありかよって。事実だから仕方ないんだろうけれどジミーちゃんもっと頑張ってよ。結局自分だけかよって。」(1月25日)

・「10年前にジミーが追われた経緯を語る前半は睡魔との闘い(笑)。小さな田舎町でも時代の流れに応じて、名も無き英雄が立ち上がったという記録。こんな市井の人まで処罰したのだから、当時は人材不足だったろうに…」(1月20日)

・「アイルランドを舞台に抑圧からの解放を説いた実在の活動家を描いた映画。中盤位まで睡魔と闘っていてあまり頭に入ってこなかった。意識がはっきりした後半以降が良かっただけに少し後悔。どこかでリベンジしたい。」(1月20日)

「中途半端な結末」とか「睡魔との闘い」とか…!?
私は初めから終わりまで、109分間フルに、美しい映像を目を凝らして観つづけ、心ゆくまで眺めつづけたものだ!
にもかかわらず、人間いろいろ…、各自の内的世界はこうも違うものだろうか !!