「映画」再訪―時間の王国を生きる -4ページ目

「映画」再訪―時間の王国を生きる

私は映画を見終わったあと、“時間”の王国に生きる自分を発見する。時は容赦なく、すべての人間を順繰りに運び去る地上の王である。私はかつて見た映画を見直し・感じ直し・出会い直しながら、誰も逃れることのできない時間というものの持つ諸相を引き寄せてみたい。

2010年5月19日(水)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分) (cf. 本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、15:10~鑑賞。

作品データ
原題 Up in the Air
製作年 2009年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント ピクチャーズ ジャパン
上映時間 109分


「マイレージ、マイライフ」

『JUNO/ジュノ』『サンキュー・スモーキング』のジェイソン・ライトマン監督がウォルター・カーンの同名小説を基に、現代人を取り巻く様々な問題をスマートに描き出すハートフル・ヒューマン・ドラマ。“リストラ宣告人”として全米を飛び回り、煩わしい人間関係を回避して身軽で気ままな人生を送ってきた主人公が、二人の女性との出会いをきっかけに、それまでの生き方や人とのつながりについて見つめ直していく姿を、シニカルな中にも優しい眼差しを込めて綴る。主演は『フィクサー』のジョージ・クルーニー、共演に『ディパーテッド』のヴェラ・ファーミガ、『トワイライト~初恋~』のアナ・ケンドリック。

ストーリー
企業のリストラ対象者に解雇を通告する“リストラ宣告人”の仕事で年間322日間も出張しているライアン・ビンガム(ジョージ・クルーニー)。自らの講演でも謳っている“バックパックに入らない人生の荷物はいっさい背負わない”をモットーに人間関係も仕事もあっさりと淡泊にこなし、結婚願望も持たず家族とも距離を置いたまま、ただ航空会社のマイレージを1000万マイル貯めることが目下の人生目標となっていた。今日も無駄のない動きで空港のゲートを通り抜け、ホテルでは行列を尻目に会員優先デスクでチェックイン。今のところ自分の生き方に疑問を挟む余地は見当たらなかった。だが、そんな彼も二人の女性と出会ったことで、人生の転機が訪れる。一人は、彼と同様に出張で各地を飛び回っているキャリアウーマンのアレックス・ゴーラン(ヴェラ・ファーミガ)。同じ価値観を持つ彼女とはすぐに意気投合し、互いに割り切った関係を楽しむことに(ベッドを共にする)。もう一人は、将来を有望視され入社してきた典型的現代っ子の新人ナタリー・キーナー(アナ・ケンドリック)。彼女はいずれは現地出張を廃止してネット上で解雇宣告を行なう、というライアンの立場を脅かす合理化案を提案。ライアンはそれに反対し、ナタリーと衝突する。そこで上司のクレイグ・グレゴリー(ジェイソン・ベイトマン)は、ライアンにナタリーの教育係を命じ、彼女に実際に解雇宣告を経験してもらうために二人で出張させる。ライアンはナタリーとともに出張を続けながら、アレックスとの時間を作ることを計画。一方のナタリーは、人を“切る”ことで初めて目にした様々な人生に衝撃を受け、さらに自らの仕事を皮肉るかのように、恋人からメールだけで別れを告げられたことに心を乱されていた。ライアン、ナタリー、アレックスが初めて顔を合わせた時、ナタリーはアレックスに対して“気軽な関係”としか言えないライアンを非難する。しかし、実はライアンも人生で初めて、空っぽのバックパックに何か入れたいと思い始めていた。これまで蔑(ないがし)ろにしていた人との“つながり”の大切さに気付かされていくのだった…。

▼予告編



私感
空港を根城に全米各地へ飛び回り、淡々と職務~未曾有の不況下に各社へ乗り込みリストラを告げる専門職~をこなし、マイルを貯めることに唯一生きる価値を見出す主人公ライアンのクールを通り越しどこか可笑しくも麻痺した日常!
たとえ首切りを言い渡そうとも、人生最悪の瞬間を迎える心情への想像力をあえて封印する。恋愛さえも合理的に済ませ、自己のスタイルに陶酔して他人と深く交わらない!
自らと同じ匂いを放つ存在と出逢ったとき、初めて心は揺らぎ、己の身にも事業仕分けの手が及ぶとき、自我のシールドは綻んで、なりふり構わず孤独から抜け出そうともがく心の漂流が始まる…。
家族や恋人との良好な関係は、孤独に陥らない安心をくれるが、時として足枷となり人生の自由を奪う。逆に、孤独は自由気ままに人生を謳歌できるが、その代償として突然or定期的に襲ってくる寂しさに耐え抜かなければならない。人間にとってどちらが幸せなのか?

本作のラストシーンで、ライアンに扮したジョージ・クルーニー(George Clooney、1961~)は、空港の路線掲示板の前に佇んでいる。何とも満ち足りているようでもあり、それでいて、どこか切ない空虚感が漂う絶妙な顔をしている…。このクルーニーの味のある演技に、思わず惹きつけられた私ではあった―。
本作は、繋がっているようでいて実は希薄な関係性に満ちた今日的状況下、人生の重さを真に量るものとは何かを立ち入って考えさせる何ともタイムリーな佳作だ。
2010年5月15日(土)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分) (cf. 本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、21:10~鑑賞。

作品データ
原題 Frozen River
製作年 2008年
製作国 アメリカ
配給 アステア
上映時間 97分

 「フローズン・リバー」
2008年のサンダンス映画祭でグランプリに輝くなど、数々の映画祭で評判となった感動ヒューマン・ドラマ。本作で長編監督デビューを果たしたコートニー・ハント(Courtney Hunt、1964~)が、自ら手掛けた短編版を劇場長編へと昇華した渾身の意欲作。現代アメリカが直面する社会問題を背景に、ふとしたことから出会った、人種も境遇も異なる2人のシングルマザーが、それぞれに抱えた苦境を乗り越えるため密入国を手助けする違法な仕事に手を染めていくさまを、リアルな中にもエモーショナルな情感を織り込み描き出す。主演は本作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたメリッサ・レオ(Melissa Leo、1960~)。

ストーリー
カナダとの国境に面するニューヨーク州最北部の町。ここにはモホーク族の保留地(reservation)がある。2人の息子を育てながら、1ドルショップで働く白人女性レイ・エディ(メリッサ・レオ)は、新居(トレーラーハウス)を買うための金をギャンブル依存症の夫に持ち逃げされる。夫を探しに行ったレイは、ビンゴ会場(カジノの一種)の駐車場で、モホーク族の女が夫の車を運転しているのを見つける。女はライラ・リトルウルフ(ミスティ・アッパム)と名乗り、車を盗んだのではなく拾ったと主張する。彼女は事故で夫を失い、義母に奪われた子供を取り戻したいと願っていた。そして、まとまった金を手に入れるため、凍った川(フローズン・リバー)~セントローレンス川~を車で渡り、アジアの不法移民を1人当たり1200ドルでカナダからアメリカに密入国させる闇の仕事に手を出していた。どうしても車が必要な彼女は、儲けの山分けを条件にレイを共犯パートナーに引き入れる。成功に味をしめた2人は、クリスマス・イブの夜、再びペアを組む。今回の移民がパキスタンから来た夫婦だと知ったレイは、預かった鞄の中身を爆弾だと思い、道端に捨てる。だが、引き渡し場所に着いた2人は、バックの中身が夫婦の赤ん坊だと知らされる。慌てて引き返し鞄を取り戻すが、赤ん坊は息をしていなかった。しかし、引き渡し場所へ着くまでに、車内の暖房とライラの体のぬくもりで赤ん坊は息を吹き返す。赤ん坊の神秘的な生命力に触れたライラは、自分勝手な生き方を反省し、まともな職に就こうとする。一方、子供たちのためにあと1回分の稼ぎで新居を購入できるレイは、ライラを説得し、最後の国境越えをする。ところが、その夜、報酬金を巡る発砲騒ぎに巻き込まれ、カナダ、アメリカ両方の警察から追われてしまう。氷が解けかかった川で立ち往生した2人は、車を脱出して保留地内に逃げ込む(「保留地」は基本的に半自治組織であるため、連邦法の適用は受けるが州法の適用は受けない)。警察も介入しない“自治区” の人間に匿ってもらうレイとライラだったが、「レイかライラのどちらかを引き渡せ」と圧力をかける警察から隠れきることはできなかった。モホーク族の部族議会は会議を開き、1人を警察に引き渡し、事態を丸く収めるという結論に達する。レイとライラは、どちらが警察に行くか、究極の選択を迫られる。まずは、ライラが自己犠牲の姿勢を示し、自分が出頭すると決断する。レイはほっと一安心し、一人で暗い森を抜けて保留地から脱出しようとしたが、結局途中で引き返してライラのもとへと戻る。「私なら前科もないし、せいぜい3、4ヶ月で出てこれる。」レイは白人である自分の方が罪が軽くなると話し、自分が出所するまで息子たちの面倒を見るようライラに託す。レイの代わりに新居を購入したライラは、彼女の帰りを待ちながら、自分の息子、そしてレイの息子たちと暮らすのだった―。

▼予告編



メモ『フローズン・リバー』が映す貧困というサスペンス”(『ニューズウィーク日本版』2010年2月5日 'The Suspense of Everyday Life'
) :
 ≪貧しい2人の女性の過酷な人生を描いた『フローズン・リバー』(日本公開中)は、08年のサンダンス映画祭でグランプリを受賞。審査委員長のクエンティン・タランティーノをうならせた。初の長編作品で栄誉を獲得したコートニー・ハント監督は、アカデミー賞脚本賞にもノミネート。遅咲きながら、実力派女性監督として注目されるハントに話を聞いた
――タランティーノが作品を気に入ると思った?
 いいえ。気に入るどころか、相手にされないと思っていた。激しいバイオレンスはないし、クエンティンが感情移入するような登場人物も出てこない。彼には意味がない映画だと考えていた。
 例えば主人公のレイが拳銃を撃つ場面では、狙いがはずれて大声を上げる。(ドラマの)『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』ではあり得ないシーンでしょう。でも銃を撃った時に必ず弾が当たるなんてほうが馬鹿げてる。
 2年前にサンダンス映画祭に出品したときは、映画が売れてくれればいいと、それだけを考えていた。賞なんて期待していなかった。そりゃあもちろん、席で発表を待っていたときはもしかして私が取るのかしら、なんて思ったけれど(笑)。何よりうれしかったのは、作品を見た人たちが「いい映画だった」と声を掛けてくれたこと。私にとっては賞と同じくらい価値がある。
 実はクエンティンも幼い頃、トレーラーハウスの親戚の家で暮らしたことがあるんですって。貧しい人にとっては、日常生活そのものがサスペンスなの。必死にサバイバルしなければいけない。それがクエンティンの心に響いたのだと思う。トレーラーハウスに住んでいるというだけで偏見を持たれてしまう。それを覆したかった。

――女性監督ならではの視点は意識した?
 ええ。映画全編を通じて女性の視点で描いたつもりよ。でも「女性の映画」という言葉は大嫌い。否定的なニュアンスがあるから。「女性を描いた映画」は、男性とは違う視点で物語を語ることができると思う。だからといって、男性が見ちゃいけない訳ではない。クエンティンがいい例よ。彼はこう言ったわ。僕には母がいて、僕は子供だった。だから共感できるって。
 私は男性たちが映画に何を求めているか分かってる。それに語るべきストーリーもある。だから、その2つを合体させた。サスペンスと女性の話が相容れないというのは誤りだと思う。
 これまで男性が主人公の映画が何を描いてきたかよく考えてほしい。地球を救って、地球を救って、地球を救って(笑)。それも悪くないが、他に語るベきストーリーはある。『フローズン・リバー』はすべての人のための映画よ。

――コロンビア大学で映画を学んでいた頃、女性が主人公の映画にはアドベンチャーが欠けていると言われて発奮したとか。
 とんでもない偏見よね。私の母はシングルマザーで、法科大学院に行こうと懸命に頑張っていた。おカネがなかったから、光熱費を払うのも精一杯。毎日が冒険だった。おカネをこちらからこちらへ回して、電気を止められたり、家を追い出されたりするのを阻止しなければならなかった。母は自分の目標をかなえることができたけれど、道のりは決して平坦じゃなかった。母の人生が冒険じゃないと考えるとしたら、大変な侮辱よ。よし、アクションが見たいならそれができる女性を探そう。そう思った。

――先住民社会の描写について監修は受けたのか。彼らの暗部を描いたことで批判はあったか。
 コンサルタントがいた訳ではなく、自分でリサーチをした。モホーク族の友人を作って、正直にどんな映画を撮るかを話した。彼らの文化を理解するのに6、7年掛かったわ。居留地に住む一部の人たちは密入国ビジネスが存在することすら認めようとしなかった。だから、私が存在しない出来事を映画にしようとしていることに納得できなかったみたい。
 でもその他の多くの人たちは歓迎してくれた。密入国を助ける人とそうでない人の両方を描いて、彼らに光を当てたから。それにモホーク族の俳優が13人も出演してくれた。彼らは最高だった。

――『フローズン・リバー』が公開されたことで密入国ビジネスの実態に変化はあったと思う
 いいえ。影響を与えるほど多くの映画館で上映されたわけではないし、オプラ・ウィンフリーのトーク番組で紹介されたわけでもない。主演のメリッサ・レオはアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたし、私もオリジナル脚本賞にノミネートされた。でも、内在するテーマにメディアが注目するほどではなかった。映画に何か力があるとすれば、それは個人の内面に働きかけるものだと思う。一人一人の内なる体験を変えるものね。

――あなた自身に影響を与えた映画は?
 たくさんある。特に好きなのはマーティン・スコセッシの『アリスの恋』やテレンス・マリックの『地獄の逃避行』、ウォルター・サリスの『セントラル・ステーション』。それからルクレシア・マルテルの『聖なる少女』。マルテルの映画は私の作品に直接関係があるわけではないけれど、その大胆な語り口は私に刺激と勇気を与えてくれる。

――『フローズン・リバー』では貧しい白人や先住民の暮らしなど、社会の知られざる一面を描いた。日本で映画を撮影するとしたら、何をテーマに選ぶ?
 日本では裁判員制度が始まったばかりなのでしょう? すごく興味ある。表面上は犯罪のないように見える。夜の11時に道路を歩いても安全なんて、他の国ではあり得ない。その裏の顔を捉えてみたい。≫

私感
見応えのある傑作だ!片時もスクリーンから目が離せない胸を打つ力作である。
貧困、人種差別、不法移民、密入国ビジネス…といった「自由の国」アメリカの“影”の部分が、社会の底辺で苦しむ白人と先住民の2人の女性の過酷な人生を通して、生き生きしたリアリティーを持って描き出される。
私は観終わってしばらく、かつて長期滞在したアメリカ、とりわけニューヨークでの光と影が織りなす光景をとりとめもなく思い浮かべたものだった…。
2010年5月15日(土)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分) (cf.本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、19:00~鑑賞。

作品データ
原題 Cassandra's Dream
製作年 2007年
製作国 イギリス
配給 アルバトロス・フィルム
上映時間 108分


名匠ウディ・アレンが『マッチポイント』『タロットカード殺人事件』に続いて撮り上げたロンドン三部作の最後を飾る犯罪ドラマ。破滅への道を転がり落ちていく兄弟の切なさとこっけいさを、ウディ・アレンならではの語り口で描く。主人公の兄弟を演じるのは、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」のユアン・マクレガーと『アレキサンダー』のコリン・ファレル。

ストーリー
ロンドン南部に暮らすブレイン家の長男イアン(ユアン・マクレガー)は、父親が営むレストランで働きながら、バラ色の未来を思い描いていた。カリフォルニアのホテル事業に投資し、そのリターンを元手にビジネスマンとして新たな人生を踏み出す。それが労働者階級の日常に満足できないイアンの夢だった。
イアンほど切れ者ではない弟テリー(コリン・ファレル)の夢は、ささやかで現実的なものだった。自動車修理工場に務める彼は、酒とギャンブルをこよなく愛し、さしたる不満もない気楽な日々を送っている。いずれ優しい恋人ケイト(サリー・ホーキンス)との庭付きマイホームさえ手に入れられれば、何もほかに望むものはなかった。
内に秘めた夢も性格も対照的なのに、お互いに持ちつ持たれつの良好な関係を保っているイアンとテリーは、格安の6000ポンドで売りに出されていた小型クルーザーをローンで共同購入する。テリーがドッグレースで大穴を当てた犬の名にちなんで“カサンドラズ・ドリーム号”と名付けたその船は、前の所有者が死亡して売りに出された処分品だったが、兄弟はそんな不吉なことに気も留めず、快適な初航海を満喫するのだった。
まもなく“カサンドラズ・ドリーム号”が幸運をもたらしてくれたかのように、イアンは運命的な出会いを経験する。車の故障で立ち往生していたアンジェラ(ヘイリー・アトウェル)という若い女優を助け、そのお礼として彼女が出演中の舞台に招待された。
アンジェラは上昇志向が強く、常に周りには男の影がちらついていたが、聡明で美しい彼女はきらきらと眩しい存在だった。やがてテリーの修理工場から借りた高級車でリッチな雰囲気を演出し、港町ブライトンに繰り出したイアンは、モデルの仕事を終えたアンジェラとホテルで結ばれ、自らの人生がぐんぐん輝き始めたことを実感する。
ところが、思わぬ落とし穴が待っていた。テリーがマイホームの資金ほしさに危険なポーカー勝負に手を出し、ヤミ金相手に9万ポンドもの借金をこしらえてしまった。
そのとき、奇跡のように救世主がロンドンに舞い降りる。カリフォルニアや中国で美容関係の事業を行なっている伯父のハワード(トム・ウィルキンソン)が、家族と会うためにやってきた。
一族きっての成功者であるハワードならば、きっとテリーの借金もイアンのホテル投資話の軍資金もやすやすと肩代わりしてくれるだろうと、兄弟は期待する。ところが、ハワードは「実は君たちに相談がある」と意外な交換条件を切り出し、すっかり大船に乗った気分の兄弟に冷や水を浴びせた。
「マーティン・バーンズ(フィル・デイヴィス)という男を処分するんだ」
ホテルのレストランで標的であるバーンズの顔を確認した兄弟は、手製のピストルを胸元に忍ばせ、いよいよ殺人を実行しようとする。
はたして計画は成し遂げられるのか。そして、イアンとテリーは人生の輝きを取り戻せるのか。運命の女神のみぞ知る彼らの行く手には、予想だにしなかった結末が待ち受けていた…。

▼予告編



メモ cf. “ウディ・アレンの映画と女 「夢と犯罪」今月 日本公開(朝日新聞DEGITAL 2010年3月13日 http://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY201003130157.html) 
 《74歳にして年1本のペースで映画を作り続けるウディ・アレン監督。「ウディ・アレンの夢と犯罪」が日本で20日に公開されるのを前に、インタビューをした。映画作り45年のこだわりから、愛も憎もある女優たちの人物評まで、役柄とまるで同じ早口でよどみなく語り続けた。
批判何のその こだわり45年
 スクリーンでは小心で不器用な役どころばかりだが、映画人としてはかなり頑固である。
 こだわりのひとつは、作品冒頭の徹底した飾りのなさ。幕開けは、黒地に白い字で出演者や制作スタッフの名前を並べるだけである。使うのはウインドサーと呼ばれる字体。当初の試行期を除いてずっとこのスタイルを貫いた。
 「最近の米映画はどれも、オープニングが仰々しくて凝りすぎ。主役が怒って泣いて、音楽が鳴り響いて、オープニングを見終わったところで、もう観客が思わず拍手をしてしまうような映画は疲れる。僕のはシンプル。文字と静かな音楽だけだから」
 二つ目は、大物だろうと新人だろうと同じ出演料しか払わないことだ。「主演者には全米映画俳優組合が定める最低料金しか払わない。いつかジュリア・ロバーツが出てくれた時も、映画初出演の男優と同じギャラで通した。当時もう彼女は大女優だったけどね」。冒頭の出演者紹介はアルファベット順だ。
 こだわりの三つ目は、ハリウッドに背を向けて映画を作るその姿勢だ。アカデミー監督賞、作品賞、脚本賞に輝いたのに、授賞式には出席しない。「アカデミー賞は作品のほんとうの良しあしを反映していない。その年一番の秀作はまず受賞しない。受賞するのは一般受けするカス映画ばかりだ」とにべもない。
 例外は、9・11テロの直後の2002年授賞式。「あれはニューヨークを元気づけるために仕方なく。僕はアカデミー賞の価値を信じていないから、会員になる気もない」
 とかく米映画界の本流のように思われがちだが、米国内に限れば、近年は驚くほど厳しい評価をされている。夫婦同然だったミア・ファローと90年代に繰り広げた泥仕合の後遺症だろう。ファローの養女だった韓国出身のスン・イとアレン監督の性的関係が暴露され、イメージが地に落ちた。「映画作家としての全盛期が過ぎた」「もう完全に主流から取り残された」などと切り捨てる評論家もいる。
 近年の米国での不振は自身も否定しない。「去年公開された『ホワットエバー・ワークス』なんか米国の興行成績は悲惨だったよ。僕の映画は大都市では上映されるけど、西部や南部では上映すらしてもらえないんだ。これがフランスやイタリア、スペインでは評判がいいんだ
 映画制作の拠点も米国から欧州に移った。「ウディ・アレンの夢と犯罪」もロンドンで収録した作品だ。
 「小津映画や黒澤映画はいっぱい見たけど、実は僕は日本に行ったことがないんだ。妻スン・イは韓国生まれで、スン・イは日韓中を訪れたいんだ。でも僕には遠すぎる」(ニューヨーク=山中季広)》
2010年5月15日(土)吉祥寺オデヲン座(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、16:10~鑑賞。

※東亜興行が1954(昭和29)年9月、東京都武蔵野市の吉祥寺地区に吉祥寺オデヲン座を新築・開館。78年10月に、同地を吉祥寺東亜会館に建替え、会館内に吉祥寺松竹オデヲン(地下1階)、吉祥寺スカラ座(3階)、吉祥寺セントラル(5階)、吉祥寺アカデミー(2階)の4館を開館、パチンコ店吉祥寺ゲームセンターを開業。1981年前後、吉祥寺松竹オデヲンを吉祥寺松竹、吉祥寺アカデミーを吉祥寺アカデミー東宝と改称。1990年前後、吉祥寺松竹を吉祥寺オデヲン座と改称。2012年1月21日、同会館内の全4つの映画館を吉祥寺オデヲンと統一・改称。同年8月31日、同会館内の地下の映画館を廃止、全3スクリーンとなる。

作品データ
原題 Green Zone
(「グリーン・ゾーン」とは、かつて連合国暫定当局があったバグダード市内10km²にわたる安全地帯のこと。イラク暫定政権下の正式名称は「インターナショナル・ゾーン」だが、「グリーン・ゾーン」の呼び名が一般的。)
製作年 2010年
製作国 アメリカ フランス イギリス スペイン
配給 東宝東和
上映時間 114分


『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』の監督・主演コンビ、ポール・グリーングラス&マット・デイモンが、イラクの戦場を舞台に描く社会派サスペンス・アクション。イラク中心部のアメリカ軍駐留地域“グリーン・ゾーン”を舞台に、“大量破壊兵器”の所在を探る極秘任務に就いた男の決死の捜査(真実を追求する戦い)を、極限のテンションと臨場感でスリリングに綴る。共演には『リトル・ミス・サンシャイン』のグレッグ・キニア、『ハリー・ポッター』シリーズのブレンダン・グリーソンらが顔を揃える。

ストーリー
2003年、英米連合軍によって陥落したイラクの首都バグダードに、アメリカ軍駐留地域、通称“グリーン・ゾーン”があった。ロイ・ミラー上級准尉(マット・デイモン)は、イラク政府が隠した「大量破壊兵器(Weapons of mass destruction、略称WMD)」を発見するという任務に就いていた。ミラーはMET隊(移動捜索班)を率いて戦闘を繰り広げるが、WMDは見つけられない。これが3度目の失敗となったミラーは、情報の正確性に疑問を感じ、作戦会議の席で、情報源の説明を要求する。しかし上官は、情報は精査されていると一蹴する。ミラーは任務の遂行中、英語が堪能でフレディ(ハリド・アブダラ)と名乗るイラク人男性と接触する。フレディは政府の要人たちが近くの民家に集まっているのを見たとミラーに告げる。ミラーはその民家で激しい銃撃戦の末、フセイン政権の最高幹部アル・ラウィ将軍(イガル・ノール)の側近であるサイード(サイード・ファラジ)という男を拘束する。ミラーはサイードの尋問を行なうが、特殊部隊の隊長ブリッグス少佐(ジェイソン・アイザックス)が力尽くでサイードを連れ去る。ミラーの元には、サイードから押収した1冊の手帳が残される。国防総省の動きに不信感を募らせるミラーは、CIAのエージェント、ブラウン(ブレンダン・グリーソン)と会う。国防総省のパウンドストーン(グレッグ・キニア)と敵対するブラウンは、ミラーと同様、WMDの謎を探っていた。ミラーはウォールストリート・ジャーナル紙の女性記者ローリー・デイン(エイミー・ライアン)が過去に書いた記事から、“マゼラン”と呼ばれるイラク政府高官がWMDの情報源であると確信する。パウンドストーンはサイードの手帳にアル・ラウィの隠れ家のリストが載っていることを知り、その機密を入手しようとする。ミラーは米軍基地に収容されたサイードに接触する。サイードは尋問のため瀕死の状態に陥っていたが、「ヨルダン」という言葉を呟く。パウンドストーンはブリッグスの部隊を操り、ミラーとブラウンの行動を執拗に妨害する。アル・ラウィとの接触の機会を得たミラーは、隠された真実を追って、命懸けの行動に出る…。

アップ ロイ・ミラーが米経済紙ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)の女性記者ローリー・デインに詰め寄るシーン
ミラー「君の記事を読んだ。WMDの存在を裏付ける情報源は『マゼラン』と呼ばれているそうだな」
デイン「情報源については何も話せない」
ミラー「マゼランがなぜ真実を話していると分かる?」
デイン「信頼できる仲介者を使ったからよ」
ミラー「WMDが隠されているとされる場所に行ったことがあるのか?」
デイン「・・・」
ミラー「おれは行った。そこには何もなかった。マゼランの情報はすべてガセ情報だ!仲介者は誰だ?」
デイン「情報源は明かせない」
ミラー「いいかげんにしろ!そもそもWMDが開戦理由なんだぞ。君は優秀な記者なのに、『WMDは存在する』なんて嘘を書いてきた。なぜなのか説明してもらおう」
デイン「いいわ。ある日、ワシントンの政府高官から電話をもらい、『WMDの存在を裏付ける情報がある』と言われた。会いに行ったら、マゼランから直接聞き出した話をまとめた報告書をくれた」
ミラー「その報告書が正しいかどうか、ウラを取ったのか?」
デイン「何を言っているの?彼は政府高官で、マゼランと接触できる立場にあるのよ!」

▼予告編



▼ハリウッドが描くイラク戦争の“真実”―ポール・グリーングラス監督とマット・デイモンにインタビュー

2010年4月26日(月)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、18:30~鑑賞。

作品データ
原題 똥파리 
(原題の「トンパリ」とは「クソバエ」を意味する罵倒語である。社会のクソバエであるチンピラヤクザが主人公ということ。)
英題 Breathless
製作年 2008年
製作国 韓国
配給 ビターズ・エンド
上映時間 130分


韓国インディー映画界で俳優として活躍してきたヤン・イクチュンの長編初監督にして世界各地の映画祭(ex.第10回東京フィルメックスで史上初めて最優秀作品賞と観客賞をダブル受賞)でセンセーションを巻き起こした話題作。韓国の若者の父親世代との葛藤を背景に、愛を知らずに社会の底辺で生きるヤクザな男と心に傷を抱えた勝気な女子高生が繰り広げる魂と魂のぶつかり合いが、剥き出しの暴力描写とリアルな感情表現で、赤裸々かつ緊張感いっぱいに綴られる。主演はヤン・イクチュン自身と若手注目株のキム・コッピ。

ストーリー
手加減のない仕事振りで恐れられている取立て屋のサンフン(ヤン・イクチュン)。借金回収だけではなく、ストライキの妨害や屋台の強制撤去などでも容赦のない男だったが、甥のヒョンイン(キム・ヒス)をかわいがる一面も持っていた。ある日、サンフンは偶然、女子高生のヨニ(キム・コッピ)と出会う。殴り合いから始まった出会いだったが、二人はお互いに通じるものを感じる。彼らはそれぞれ、親との関係に問題を抱えていた。幼い頃、暴力的な父に母と妹を殺された過去を持つサンフン。刑務所から出所した父のもとを訪れると、一言もなく殴りつける。一方のヨニは、かつてのベトナム出征兵で精神を病み、働けない父を抱えていた。父の代わりに働いていた母は、屋台の強制撤去に遭い、その最中に死亡。弟のヨンジェ(イ・ファン)は、高校にも行かず、荒れた生活を送っていた。粗野なサンフンと、それに臆することなく彼をからかうヨニ。相反する二人を似た境遇が結び付ける。しばらくして、ヨンジェがサンフンのもとで仕事をすることになる。だが、ヨニの弟だと知らないサンフンは、おどおどしたヨンジェを “腰抜け”と罵倒する。やがて彼は、腹違いの姉がヒョンインと父を何度も会わせていた事実を知り、苛立ちを募らせる。仕事振りはより激しくなり、ヨンジェへの態度も一層厳しくなる。それにより、ヨンジェの家庭内暴力がエスカレート。泣き叫ぶヨニと、包丁を握り締める父親…。一方、憎しみを募らせたサンフンだったが、自殺を図った父を発見、病院に担ぎ込む。自分の輸血で父が一命を取り留めると、サンフンはヨニを呼び出し、二人は川岸で言葉もなく一緒に涙を流すのだった。ヒョンインの言葉で、父親を殴る自分の姿が、自分が嫌った父と同じであることに気付くサンフン。自分を変えようと、取り立て屋から足を洗うことを決意する。そして最後の仕事にはヨンジェが同行。これを最後に、サンフンは新しい人生を歩むはずだったが…。

▼予告編

2010年4月25日(日)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、20:45~鑑賞。

作品データ
原題 Alice in Wonderland
製作年 2010年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー 
上映時間 108分


『チャーリーとチョコレート工場』『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』のティム・バートン監督が、ルイス・キャロルの名作『不思議の国のアリス』(1865年)と『鏡の国のアリス』(1871年)を基に、19歳に成長したアリスの新たな冒険を、最新の3D映像技術で鮮やかに描き出す冒険ファンタジー。ヒロイン、アリス役には新星ミア・ワシコウスカ、共演にジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーター、アン・ハサウェイ。

ストーリー
19歳になり、美しい娘に成長したアリス(ミア・ワシコウスカ)は、退屈な婚約者からのプロポーズに困惑し、その場を逃げ出す。そのとき目の前に現われたのは、チョッキを着て懐中時計を持った白ウサギ(声:マイケル・シーン)。その後を追って穴に転がり落ちたアリスが辿り着いたのは、アンダーランド(地下の国)と呼ばれているあのワンダーランド(不思議の国)。ここの住人である白ウサギたちが、アリスを呼び寄せたのだ。アンダーランドは独裁者、赤の女王(ヘレナ・ボナム=カーター)が君臨する暗黒時代。“預言の書”には、救世主が現われてこの暗黒時代を終わらせるとあった。そして、そこに描かれた救世主こそアリス。だが、芋虫のアブソレム(声:アラン・リックマン)は、アリスを“偽者”と疑う。彼女は6歳の幼い頃にこの地で冒険を繰り広げたことを、すっかり忘れていたのだ。そこへ、赤の女王が放った怪物が襲いかかる。アリスが救世主だと知った赤の女王は激怒、彼女を生け捕りにするよう命令を下す。危機一髪で難を逃れたアリスは、チェシャ猫(声:スティーヴン・フライ)の案内で、帽子屋マッドハッター(ジョニー・デップ)と出会う。赤の女王に抵抗するマッドハッターは、アリスを連れてかつての統治者で、赤の女王の妹、慈悲深い白の女王(アン・ハサウェイ)のもとへと向かう。だが、途中で赤の女王の臣下ハートのジャック(クリスピン・グローヴァー)に襲撃される。アリスの身代わりで囚われるマッドハッター。アリスは危険を冒して統治者の証“ヴォーパルの剣”を赤の女王から取り戻すと、白の女王へ届ける。こうして白の女王のもとには、救世主が身に付ける鎧一式が揃った。あとは、アリスが救世主の運命を受け入れて、赤の女王が操るクリーチャーのジャバウォッキー(声:クリストファー・リー)を倒せば、平和が訪れるはずだった…。だがその頃、赤の女王の城にマッドハッターや白ウサギたちが囚われ、命の危機に瀕していた。果たして、アリスは救世主としてアンダーランドを救うことができるのか…?

▼予告編



Opening Scenes

2010年4月25日(日)吉祥寺スカラ座(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、18:35~鑑賞。

※東亜興行が1954(昭和29)年9月、東京都武蔵野市の吉祥寺地区に吉祥寺オデヲン座を新築・開館。78年10月に、同地を吉祥寺東亜会館に建替え、会館内に吉祥寺松竹オデヲン(地下1階)、吉祥寺スカラ座(3階)、吉祥寺セントラル(5階)、吉祥寺アカデミー(2階)の4館を開館、パチンコ店吉祥寺ゲームセンターを開業。1981年前後、吉祥寺松竹オデヲンを吉祥寺松竹、吉祥寺アカデミーを吉祥寺アカデミー東宝と改称。1990年前後、吉祥寺松竹を吉祥寺オデヲン座と改称。2012年1月21日、同会館内の全4つの映画館を吉祥寺オデヲンと統一・改称。同年8月31日、同会館内の地下の映画館を廃止、全3スクリーンとなる。

作品データ
原題 The Wolfman
製作年 2010年
製作国 アメリカ
配給 東宝東和
上映時間 102分


「ウルフマン」

1941年の映画『狼男』(原題:The Wolf Man、監督:ジョージ・ワグナー)のリメイク作品。満月の夜になると、凶暴な殺人鬼ウルフマン(狼男)に変身してしまう男の苦悩を描いたサスペンス・ホラー。共にオスカー俳優であるアンソニー・ホプキンスと、ベニチオ・デル・トロが呪われた宿命を背負う父子に扮するほか、『プラダを着た悪魔』のエミリー・ブラント、『マトリックス』シリーズのヒューゴ・ウィーヴィングらが共演。監督は『ジュマンジ』『ジュラシック・パーク III』のジョー・ジョンストン。また、ウルフマンの特殊メイクは、巨匠リック・ベイカーが担当(→本作で7度目のアカデミー賞メイクアップ賞を受賞)。

メモ 狼男は屋上に追われ、グリフォンの形をしたガーゴイルに跨って、満月に向かって雄叫びを上げる。この雄叫びの下に広がるのは、世紀末のビクトリア朝ロンドン。切り裂きジャックが跋扈し、エレファント・マンの見せ物小屋が人気を博す闇の都だ。
人々が科学的知識という光で世界を読み解こうとしながら、その光によって生じた濃い闇にも惹かれたこの時代、狼憑きは、村ではジプシーの呪いだと噂されるが、ロンドンでは精神的疾患と診断されて治療を施される。だが、精神と身体、人間性と獣性は、果たして分離可能なものなのか。人間と獣はどこで分かれるのか。映画はこうした問いをストレートにセリフの形で突きつけてくる。


ストーリー
1891年、英国のブラックムーア。高名な舞台俳優ローレンス・タルボット(ベニチオ・デル・トロ)は、25年ぶりに生家のタルボット城に帰ってくる。兄ベンが行方不明になったことを、兄の婚約者グエン・コンリフ(エミリー・ブラント)の手紙で知らされたのだ。だが、彼を待ち受けていたのは、母の死をきっかけに疎遠になった父ジョン・タルボット(アンソニー・ホプキンス)の冷たい出迎えと、無残に肉を削がれたベンの遺体だった。悲しみと怒りに震えるローレンスは、兄の遺留品のメダルに手掛かりがあると睨み、その品を兄に売った流浪民(ジプシー)に話を聞くためキャンプへと向かう。しかし、今宵は満月の夜。村には満月の夜に謎の殺人鬼が出没するという不吉な伝説があった。果たして、それは現実となり、流浪民のキャンプが殺人鬼に襲撃され、ローレンスも瀕死の重傷を負ってしまう。流浪民のマレーバ(ジェラルディン・チャップリン)の手当てにより何とか一命を取り留めるローレンス。しかし、彼の体にはある異変が起きていた。殺人鬼の正体が“ウルフマン”で、ウルフマンに傷つけられた彼もまた満月の夜にウルフマンに変貌する宿命を負ってしまったのだ。次の満月の夜。獰猛なウルフマンに姿を変えたローレンスは、村人たちを次々と襲撃。そんな彼を挑発し、あえて凶行に走らせるという不可解な行動をとったジョンは翌朝、ロンドンから来たアバライン警部(ヒューゴ・ウィーヴィング)にローレンスの身柄を引き渡す。ローレンスは少年時代にも入院したことのあるランペス精神病院へ入院。数々のショック療法を受けながら、最愛の母が死んだ夜の出来事を思い出す。再び繰り返される満月の夜の蛮行。変貌した姿で病院を飛び出したローレンスは、翌朝、グエンを訪ねて全てを打ち明ける。そして、忌まわしい宿命を自らの手で断ち切るために、全ての謎の出発点であるタルボット城へ向かうのだった…。

アップ 登場人物
ローレンスウルフマン
ローレンス・タルボットが満月を見て変身する狼男。黒みがかった茶色の体毛が特徴で強力な爪と牙、怪力と強力な跳躍力が武器で高い戦闘能力を持ち、大多数の銃を持った猟師やアバラインら警官隊を一度に殺戮できるほど。また、強力な再生能力を持ち銃で撃たれても、ジョンが変身したウルフマンに肩の肉を食われても一瞬で再生している。普段は二足歩行だが高速走行する際は四足歩行となる。ただし、邪悪な者を払う銀に関連した武器に弱く、銀の銃弾で絶命している。

ジョンウルフマン
ジョン・タルボットが満月を見て変身する狼男。ローレンスとの違いは白髪のジョンが変身するため、体毛が若干灰色がかっていることと長年変身している経験のため、戦闘能力がこちらのほうが上であることで、ジプシーのキャンプ襲撃時は大多数の人間を殺害している。爪と牙が武器で高い再生能力を持つ。ローレンスが変身したウルフマンと戦いその経験値と変身の慣れにより圧倒するが、ローレンスウルフマンに暖炉に蹴り込まれ全身に火が付いたことが仇となり、その隙にローレンスウルフマンの左手で鳩尾を切られ怯んだ隙に右手で首を切断され絶命した。

▼予告編

2010年4月17日(土)シネマヴェーラ渋谷(東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 4F、Bunkamura前〈松濤郵便局前〉交差点を円山町方向に約50m)で、20:00~鑑賞。

作品データ
原題 Gran Torino
(グラン・トリノはフォードの車種、フォード・トリノのうち、 1972年から76年に生産された名称である。)
製作年 2008年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 117分


『ミスティック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー』のクリント・イーストウッド監督が、自ら主演して世の風潮を嘆くガンコ親父を演じた感動の人間ドラマ。朝鮮戦争従軍経験を持つ気難しい主人公が、ひょんなことから隣人のアジア系移民一家と思いがけず交流を深めていくさまを、哀愁の中にもユーモアを織り交ぜつつ端正な筆致で綴る。イーストウッド演じる主人公と友情を育む少年タオに扮したビー・ヴァン(Bee Vang、1991~)、彼の姉役のアーニー・ハー(Ahney Her、1992~)などほとんど無名の役者を起用。

ストーリー
妻を亡くした(妻を思い出して「俺は嫌われ者だが、女房は世界で最高だった」という)ポーランド系米国人ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、二人の息子や孫とも疎遠になった頑固で偏屈な老人だった。朝鮮戦争の帰還兵である彼は、戦場で人を殺した重い記憶から逃れられず、愛犬のデイジー以外には心を開けなくなっていた。妻と交流の深かった神父ヤノヴィッチ(クリストファー・カーリー)からの懺悔の誘いも、ひたすら拒み続ける。かつてフォード社の自動車工だった彼の宝物は、ガレージで眠る72年型の愛車グラン・トリノだった。
デトロイトで独り暮らしを続ける彼の自宅の隣に引っ越してきたのは、東洋(ラオス)からやって来たモン族の一家だった。その息子タオ(ビー・ヴァン)は、従兄たちの不良グループ(ヤングマフィア)からけしかけられて、グラン・トリノを盗もうとするが、それをきっかけにウォルトと出会う。タオの姉で人懐っこいスー(アーニー・ハー)とも知り合って、孤独だったウォルトの生活にも潤いが生まれた。父親のいない気弱なタオに対して、ウォルトは男としての誇りを教えていく。祖父と孫ほど年齢の違う二人は、次第に心を通わせあっていった。
そんな中、ウォルトは突然喀血し、病院で診察を受けた結果、肺癌と宣告される。彼に残された余命は、いくばくもない…。
ウォルトが隣家と交流を深めていく一方、再び不良グループがしつこくタオに絡み続ける。タオが傷つけられたことを知ったウォルトは、中心人物の一人を殴りつけて「二度とタオに近づくな」と脅すが、逆に彼らの恨みを爆発させることになり、タオの家は銃撃され、スーは暴行を受ける。このままではタオにも一家にも明るい未来はないと知ったウォルトは、ある決心をする。
あの不良どもをぶち殺すのは簡単だ。だが、そんなやり方では、報復の連鎖が起き、もっと悲惨な結果を招くだけだ。そこに、朝鮮戦争で、まだ年端も行かない若い朝鮮兵士を殺した忌まわしい記憶も蘇える。暴力に暴力で対抗するかぎり、新たな犠牲者と罪人を生み出すばかりだ…。
ウォルトは単身で不良グループのたまり場に乗りこむ。全員に銃を向けられても、冷静で超然とした態度で佇むウォルト…。近所の人々が恐々とその様子を見ていた。「タバコが吸いたい。火をよこせ。ないのか?なら、俺は自分のライターを出す」
タバコをくわえたウォルトは、思わせぶりに懐へ手を入れ、“何か”~銃?!~を取り出す。恐怖に駆られた不良たちは、一斉に発砲する。降り注ぐ銃弾の雨で事切れるウォルト。その手に握られていたのは、銃ではなく、彼の言葉通り「ライター」~アメリカ陸軍第1騎兵師団のロゴが入った、愛用のジッポー~だった。
タオとスーが現場に急行すると、シートをかぶせられたウォルトの遺体があった。そして、不良たちが捕縄で後ろ手に緊縛されていた。現場の警官によると、多数の目撃証言もあり、丸腰の老人を射殺した彼らは全員長期刑になるだろうとのこと。

ウォルトは自らの尊い余命と引き換えにタオやスーの未来を守った。そして、愛車グラン・トリノは友人タオに譲るという遺書まで残していた。まるで新車のように輝くグラン・トリノには、ウォルトの半生が刻み込まれている。デイジーを助手席に乗せてタオがハンドルを握ったグラン・トリノは、今日も街を駆け抜けていく―。

▼予告編



Ending



Final scene



Racism at it's Best (Subtitles Included) :

2010年4月10日(土)吉祥寺オデヲン座(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、18:25~鑑賞。

※東亜興行が1954(昭和29)年9月、東京都武蔵野市の吉祥寺地区に吉祥寺オデヲン座を新築・開館。78年10月に、同地を吉祥寺東亜会館に建替え、会館内に吉祥寺松竹オデヲン(地下1階)、吉祥寺スカラ座(3階)、吉祥寺セントラル(5階)、吉祥寺アカデミー(2階)の4館を開館、パチンコ店吉祥寺ゲームセンターを開業。1981年前後、吉祥寺松竹オデヲンを吉祥寺松竹、吉祥寺アカデミーを吉祥寺アカデミー東宝と改称。1990年前後、吉祥寺松竹を吉祥寺オデヲン座と改称。2012年1月21日、同会館内の全4つの映画館を吉祥寺オデヲンと統一・改称。同年8月31日、同会館内の地下の映画館を廃止、全3スクリーンとなる。

作品データ
原題 Shutter Island
製作年 2009年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント
上映時間 138分


『ミスティック・リバー』のデニス・ルヘイン(Dennis Lehane、1965~)原作の同名小説をマーティン・スコセッシ監督&レオナルド・ディカプリオ主演で映画化。ボストン沖の孤島に建つ犯罪者用精神病院を舞台に、ある目的を秘めこの地を訪れた連邦保安官が、次々と直面する謎や職員たちの不審な言動に振り回され、次第に混乱と恐怖に呑み込まれていくさまを、様々な仕掛けと重厚な映像表現でスリリングに描き出す。共演は『ゾディアック』のマーク・ラファロ、『砂と霧の家』のベン・キングズレー、『ブロークバック・マウンテン』のミシェル・ウィリアムズ。

ストーリー
ボストンの遥か沖合いに浮かぶ孤島“シャッターアイランド”。そこには、精神を病んだ犯罪者を収容するアッシュクリフ病院があった。1954年9月、連邦保安官のテディ・ダニエルズ(レオナルド・ディカプリオ)は、相棒のチャック・オール(マーク・ラファロ)と共にこの島を訪れる。目的は女性患者失踪事件の捜査。レイチェル・ソランド(エミリー・モーティマー)という犯罪者が前夜、鍵のかかった病室から消えてしまったのだ。行方を追う唯一の手がかりは、“4の法則”という暗号が記された意味不明な一枚の紙。病院長ジョン・コーリー(ベン・キングズレー)から事情を聞いたテディとチャックは、休暇で島を離れたドクター・シーハンが事件に関与していると推測、聞き込みを開始する。だが、テディが島を訪れた裏には、事件の捜査とは別の理由があった。テディはチャックに語る。妻ドロレス(ミシェル・ウィリアムズ)を火災で失ったテディは、ここに収容されている放火犯アンドルー・レディスに復讐しようとしていたのだ。だが、患者からはレディスどころか、レイチェルについても何の手がかりも得られない。苛立つテディに、レイチェル発見の知らせが。すぐに面会するが、彼女は錯乱状態だった。こうして事件は解決するが、ハリケーンの直撃で2人は島から出られなくなる。テディはレディスの捜索を始めるが、いつの間にかチャックの姿が見えなくなる。慌ててチャックを探す途中、テディは洞窟に潜む1人の女性を発見。彼女が本物のレイチェルではないか、と直感したテディに向かって、女性は“あなたは島から出られない”と告げる。その言葉にテディは閃く。妻の復讐に乗り込んできた自分だが、実は反対に島におびき寄せられたのではないか。それが本当なら、誰が何の目的で呼び寄せたのか?“4の法則”は一体何を意味するのか?深まっていく一方の謎。果たしてテディは目的を果たし、この島から脱出できるのか!?

▼予告編

2010年4月8日(木)22:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。

作品データ
原題 Saturday Night Fever
製作年 1977年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント/CIC
上映時間 119分


1970年代のアメリカ社会を背景に、「行き場のない青春のエネルギー」をディスコで踊ることで晴らす惰性の生活を送っていたジョン・トラボルタ(John Travolta、1954~)演ずる青年トニーが、ディスコで出会った女性ステファニーの生き方に心を開かれ、新しい生活へ目覚めて大人へ脱皮していくさまを描く。週末ごとに行くディスコが主な舞台の映画。ニューヨークの、ブルックリン橋を隔てただけの、庶民的な町であるブルックリンと、華やかな都会的な町マンハッタンとが対比して描かれており、単なる娯楽映画ではなく当時のアメリカの格差社会を風刺した映画でもある。監督は、本作が劇場映画2作目のジョン・バダム(John Badham、1939~)。
この映画は俳優ジョン・トラボルタの出世作。そのトラボルタの風貌や決めポーズ、そして映画に使われたディスコ・ミュージックが世界的に人気になり、ディスコ文化を取り巻くファッションやサブカルチャーといった世界の若者文化に大きな影響を与えた。映画のサウンドトラック「サタデー・ナイト・フィーバー」は、驚異的な売上を記録し、なかでも作中で“Billboard Hot 100” 1位6曲を含む7曲を提供したビージーズ(Bee Gees)はその人気を不動のものにした。
日本では本作の影響でディスコ・ダンスで踊り、熱狂することを指す「フィーバーする」という言葉(和製英語)が生まれた。転じてパチンコでの大当たりのシステムでも「フィーバー」という言葉が使われるようになった。

ストーリー
ニューヨークのブルックリンで生まれ育った若者トニー(ジョン・トラヴォルタ)は、住みなれたベイ・リッジの町のペンキ屋で働いていた。若いエネルギーがいっぱいのトニーは、毎日が同じことのくり返しであるこの職場にうんざりしていた。だが、トニーにも、このうっ積したエネルギーを爆発させる場所があった。ディスコテックである。踊りがずばぬけてうまいトニーは、ディスコの王者だった。毎週土曜日、1週間の仕事が終って、夕闇が迫ると、派手な花柄のシャツに脚にピッタリついたギャバジンのズボンといういでたちで、さっそうと夜の町へ飛び出した。トニーをとりまく仲間たちは「顔(フェイス)」と呼ばれ、ディスコでは幅をきかせていた。ある土曜日、いつものようにディスコに繰り出していたトニーは、新顔のステファニー(カレン・ゴーニー)という魅力的な女の子に目をとめ、その他の女の子とは違った雰囲気にひかれ、さっそく踊りに誘った。ステファニーはトニーが今まで踊ったことのないような素晴らしい踊り手だった。踊りのあと、ステファニーといろいろ語りあったトニーは、彼女がブルックリン娘でありながら、もっと広い世界に飛び出そうと努力し、勉強していることを知る。今の生活を安易に送っているトニーにとって、ステファニーの生き方は驚異だった。彼は生まれて初めて、人生のあり方を考えるようになった。トニーは牧師をやめて聖職を離れる決心をした兄(マーティン・シェイカー)にも自分の悩みを打ち明け、兄の考えを聞いた。やがて、ディスコで競技会が催されることになり、優勝チームに500ドルの賞金が与えられると発表される。500ドルあれば、ステファニーと新しい人生を求めて第一歩を踏みだすことができる。トニーはステファニーと共に競技に出場する決心をした。いよいよ当日がくる。その日は、トニーが土曜の夜の「興奮(フィーバー)」から抜け出して、目覚めた大人として新しいスタートを切る日でもあった…。

▼予告編


Trailer


John Travolta's famous dance scene (ビージーズ「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」) :
(“You Should Be Dancing” is a single by the Bee Gees.)