2010年4月8日(木)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、13:35~鑑賞。
作品データ :
原題 Liar Game The Final Stage
製作年 2009年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 133分
甲斐谷忍原作の人気コミックをTVドラマ化し、人気を集めた『LIAR GAME』の劇場版・謎解きドラマ。いきなり騙し合いゲームに巻き込まれてしまう平凡な大学生と、彼女に手を貸す天才詐欺師の必死の攻防をスリルたっぷりに見せる。松山博昭の映画初監督作。主演はTVドラマ同様、戸田恵梨香&松田翔太。
ストーリー :
物語は一通の手紙から始まった。 それは女子大生・神崎直(戸田恵梨香)のもとに届けられたライアーゲームへの招待状。
相手を騙し、ゲームに勝てば賞金を獲得、敗れれば多額の負債を負うという欲望にまみれたトーナメントへの案内だった。
いやがおうにもそのゲームに巻き込まれ、窮地に陥った直(なお)は、その頭脳で巨大マルチをも潰したという詐欺師の秋山深一(松田翔太)に助けを求める。秋山の天才的頭脳と直の正直さも時に武器になり、二人はこの謎に満ち溢れたトーナメントを勝ち進んでいく。すべてを明らかにして、このゲームに終止符を打つために…。
決勝戦は準決勝までを勝ち上がってきた11名によって争われる。
ゲームの名前は “エデンの園ゲーム”。
優勝賞金は“50億円”。
ゲームのテーマは“信じあう心”。
プレイヤーは1人ずつ投票室に入りゴールド、シルバー、真実の赤の3つのリンゴのうち1つに自分の焼き印を押して投票する。全員が真実の赤に投票した場合は、全員が1億円を獲得。しかし、1人でもゴールドかシルバーに投票した場合は、赤に投票した者はマイナス1億円、ゴールドかシルバーに投票した者は全員1億円を獲得し、それが1人だけなら2億円を獲得。赤に投票した者が1人だけの場合は、特別ペナルティとしてマイナス10億円で名前も公表される。赤に投票した者がいないときは、ゴールドとシルバーの多数決となり多数派が1億円を獲得し少数派はマイナス1億円、ただし全員がゴールドかシルバーの一方だけなら全員がマイナス1億円。マイナス5億円となったら、誰かが肩代わりしてくれない限り退場。セミファイナルまでの獲得賞金からスタートして、この投票を13回繰り返し最後に最も賞金が多い者が優勝し賞金50億円を獲得するというルール。投票室には1人しか入れず、投票した者は次の投票まで投票室に入れない、1時間以内に投票室に入らない者はペナルティでマイナス1億円、2つ以上のリンゴを投票した場合は最初の投票のみが有効となる。獲得賞金はA~Kの匿名表示で電光掲示される。
このルールを聞いた直は、全員が13回とも赤に投票すれば一人13億円を手にし全員が勝ち続けられると提案するが、それではセミファイナルまでで1位の者以外は優勝のチャンスがなく、プレイヤーたちの騙し合いが繰り広げられる…。
ファイナリスト(決勝進出者)の中には、最強の刺客 “プレイヤーX” が姿を潜めていた…。
百戦錬磨のプレイヤーたちが他人を信じ、赤を揃えることなど出来るのか?
プレイヤーXの正体は? 最後に勝利し、50億円を手にする者は? ライアーゲーム開催の真の目的とは?
はたして、直と秋山は全ての謎を解き明かし、勝ち残ることが出来るのか? そして、二人の関係は?
ついに、すべてが明かされる―。
▼予告編
▼ Full movie
2010年4月7日(水)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)(本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、18:10~鑑賞。
作品データ :
原題 The Princess and the Frog
製作年 2009年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 97分
ディズニーが伝統の手描きアニメーションの手法を復活させて贈るロマンティック・ファンタジー・ミュージカル。1920年代のニューオーリンズを舞台に、呪いでカエルにされた王子と出会ったヒロインが繰り広げる大冒険の行方を、おとぎ話の古典をモチーフにしつつ、現代的なエッセンスを盛り込みユーモラスに描き出す。また、ディズニー・アニメ史上初めてヒロインがアフリカ系という設定となったことも話題に。監督は『リトル・マーメイド』『アラジン』のジョン・マスカー&ロン・クレメンツ。ヒロインの声を担当するのは、ミュージカル映画『ドリームガールズ』(2006年)でメンバーの一人を演じたアニカ・ノニ・ローズ。
ストーリー :
アメリカ・ニューオーリンズでウェイトレスをしているティアナ(声:アニカ・ノニ・ローズ)は、死んだ父との夢だった自分のレストランを持つことを目指して懸命に働いている。ある日、幼なじみの富豪の娘シャーロット(ジェニファー・コーディ)の家で、仮装舞踏会が開かれる。ティアナは得意料理のベニエを振舞うよう頼まれる。そのパーティーには、マルドニア王国の王子ナヴィーン(ブルーノ・カンポス)が参加することになっていた。ナヴィーンは甘やかされて育ち、仕事もせずに遊び呆けていたので親に勘当され、一文無しだった。彼は音楽で溢れるニューオリンズを訪れ、富豪の娘と結婚することを望んでいた。しかし、魔術師のドクター・ファシリエ(キース・デイヴィッド)の策略により呪いをかけられ、カエルに姿を変えられてしまう。パーティー会場でプリンセスに仮装したティアナの前に、1匹のカエルが現われる。そのカエルは、自分は呪いによって姿を変えられたナヴィーン王子であり、その呪いはプリンセスのキスによって解けると告げる。ティアナはレストランの夢を叶えるという条件で、勇気を振り絞ってそのカエルにキスをする。しかし、ナヴィーンが元の姿に戻らないばかりか、ティアナまでカエルの姿になってしまう。こうして、人間の姿に戻るため、ナヴィーンと共に魔術師を捜す大冒険の旅に出るハメになるティアナだったが…。
▼ Trailer
▼予告編(日本語吹き替え版)
作品データ :
原題 The Princess and the Frog
製作年 2009年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 97分
ディズニーが伝統の手描きアニメーションの手法を復活させて贈るロマンティック・ファンタジー・ミュージカル。1920年代のニューオーリンズを舞台に、呪いでカエルにされた王子と出会ったヒロインが繰り広げる大冒険の行方を、おとぎ話の古典をモチーフにしつつ、現代的なエッセンスを盛り込みユーモラスに描き出す。また、ディズニー・アニメ史上初めてヒロインがアフリカ系という設定となったことも話題に。監督は『リトル・マーメイド』『アラジン』のジョン・マスカー&ロン・クレメンツ。ヒロインの声を担当するのは、ミュージカル映画『ドリームガールズ』(2006年)でメンバーの一人を演じたアニカ・ノニ・ローズ。
ストーリー :
アメリカ・ニューオーリンズでウェイトレスをしているティアナ(声:アニカ・ノニ・ローズ)は、死んだ父との夢だった自分のレストランを持つことを目指して懸命に働いている。ある日、幼なじみの富豪の娘シャーロット(ジェニファー・コーディ)の家で、仮装舞踏会が開かれる。ティアナは得意料理のベニエを振舞うよう頼まれる。そのパーティーには、マルドニア王国の王子ナヴィーン(ブルーノ・カンポス)が参加することになっていた。ナヴィーンは甘やかされて育ち、仕事もせずに遊び呆けていたので親に勘当され、一文無しだった。彼は音楽で溢れるニューオリンズを訪れ、富豪の娘と結婚することを望んでいた。しかし、魔術師のドクター・ファシリエ(キース・デイヴィッド)の策略により呪いをかけられ、カエルに姿を変えられてしまう。パーティー会場でプリンセスに仮装したティアナの前に、1匹のカエルが現われる。そのカエルは、自分は呪いによって姿を変えられたナヴィーン王子であり、その呪いはプリンセスのキスによって解けると告げる。ティアナはレストランの夢を叶えるという条件で、勇気を振り絞ってそのカエルにキスをする。しかし、ナヴィーンが元の姿に戻らないばかりか、ティアナまでカエルの姿になってしまう。こうして、人間の姿に戻るため、ナヴィーンと共に魔術師を捜す大冒険の旅に出るハメになるティアナだったが…。
▼ Trailer
▼予告編(日本語吹き替え版)
2010年4月5日(月)21:00~、レンタルDVD映画を自宅で鑑賞。
日本で封切り公開の2008年10月25日、東京・渋谷の映画館で初見。
作品データ :
原題 Every Little Step
製作年 2008年
製作国 アメリカ
配給 松竹 ショウゲート
上映時間 93分


本作はミュージカル『コーラスライン』(A Chorus Line)のリバイバル版の舞台裏に迫ったドキュメンタリー映画(監督:ジェームズ・D・スターン/アダム・デル・デオ)。
『コーラスライン』はマイケル・ベネット(Michael Bennett、1943~87)の原案・演出・振付、マーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch、1944~2012)のMUSIC、エドワード・クレバン(Edward Kleban、1939~87)のLYRICS による名作ミュージカル。ブロードウェイの舞台に立つことを夢見て、コーラスラインのオーディションに参加するダンサーたちのひたむきさ~ショービジネスの世界で舞台にすべてをかける若者たちの姿、そして彼らが抱える複雑な家庭環境、思春期の戸惑い、性の悩み、希望や不安、苦悩~を赤裸々に描き出す。「コーラスライン」とは、稽古で舞台上に引かれるラインのことで、コーラス、つまり役名のないキャストたちが、ダンス等でこれより前に出ないようにと引かれる。メインキャストとコーラスを隔てる象徴ともなっている。
1975年4月15日にオフの名門パブリック・シアター(Public Theatre)で開幕。同年7月25日にオンのシューバート劇場(Shubert Theatre)へ移り、90年4月28日の千秋楽まで6137公演(観客動員数664万人)という、当時としては最長のロングラン公演記録をたて、76年のトニー賞では最優秀ミュージカル賞をはじめ9部門を獲得。ブロードウェイでは『CATS』に抜かれるまで、最長のロングラン記録を持っていた。
2006年10月5日からブロードウェイのジェラルド・ショーンフェルド劇場(Gerald Schoenfeld Theatre)で16年ぶりにリバイバルされ、2008年8月17日に759公演でクローズした。
1985年にはリチャード・アッテンボロー監督、マイケル・ダグラス主演で映画化され、日本では劇団四季によって1979年9月24日に初演を迎え、以来現在にいたるまで同劇団の歴史的に重要なレパートリーとして断続的に上演されてきている(2015年9月25日の、東京・自由劇場での公演にて、通算上演回数2000回を達成)。
本作はそんなブロードウェイ・ミュージカルの最高峰『コーラスライン』の2006年の再演に向けて行なわれた8か月間にわたる長く過酷なオーディションの模様を軸に描いたメイキング・ドキュメンタリー。ブロードウェイ史上、初めてオーディション会場に入り込んだカメラが、応募者数3000人の中からわずか19名へと絞り込まれていく選考過程に密着し、一流ダンサーたちが自らの夢に向かって熱き闘いを繰り広げる中で生まれたドラマティックな人間模様を見つめていく。
ストーリー :
ニューヨークの街角に、アメリカ各地、果ては国外から集まったダンサーたちによる長い長い列ができている。彼らの誰もが、16年ぶりの再演が決まった伝説的なミュージカル『コーラスライン』の舞台に立つことを夢見ていた。19枚の夢へのチケットを目指して集まったその数、3000人。演出家のボブ・エイヴィアンが務める第一次審査では、次々と何人ものダンサーが落とされていく。4か月後、第二次審査が始まる。オリジナル版『コーラスライン』は、ダンサーたちの打ち明け話を元に書かれた脚本を、打ち明けた本人たちが演じていた。再演版でのコニー役の振付担当はオリジナル版コニー役のバイヨーク・リー。候補者の一人に日本人のユカ・タカラ(高良結香)がいたが、コニー本人であるバイヨークが推したのはユカの親友だった。ボブ・エイヴィアンがオーディションの際にこだわったのは、役柄のキャラクター作り。中でもヴァル役は多くのダンサーが思う“タフな娘”ではなく、可愛い女であるというのがボブの解釈だった。役柄のヴァル同様に豊胸手術までしたニッキ・スネルソンのダンスは完璧だったが、ボブは彼女とヴァルに共通点を見出せない。結局、ヴァル役はニッキの他に二人が選考に残る。一方、クリスティン役候補のクリッシー・ホワイトヘッドにはスタッフたちが一目惚れ。ゲイのポール役には何人もの応募者がいたが、そのいずれにも審査員は満足しない。そのとき現われたのがジェイソン・タム。彼が語った、ショーのために女装した姿を両親に見られたときの話は全員に感動を呼ぶ。オーディションで最も熾烈な争いとなったのが、オリジナル版でドナ・マッケニーがトニー賞を受賞したキャシー役。ソロのダンスシーンに高度な技術が要求されるこの役を巡って、多くの舞台で実績を積んだダンサーたちが火花を散らす。8か月後。ついに最終選考が始まった。運命なのかプレッシャーか、予想外のハプニングが次々とダンサーたちを襲う。果たして、夢のチケットを手にするのは誰か?筋書きのない真実のストーリー~ドラマ性・エンターテイメント性~が、圧倒的な迫力で観る者の胸を打つ!
本作が映し出すのは、コーラスラインのオーディションに世界各地から集まってきた人々。彼らは口々に、この作品がいかに自分にとって特別かを語る。「これこそ、わたしの物語だ」と。何しろ、それはミュージカルのオーディションそのものを舞台化したミュージカルなのだ。
映画では、オーディション風景の合間に絶妙なタイミングでオリジナル版『コーラスライン』の貴重な映像が挿入され、伝説のミュージカルの誕生のきっかけも紹介される。
観ていて驚かされるのは、華やかなスポットライトに隠された、ブロードウェイの厳しさ。ここでは作り手も演者も、芸に対する情熱が半端じゃない。8か月も続くオーディションは、闘いそのもの。ライバルとの闘いより壮絶なのは、ほかならぬ自分との闘いなのだ。
有名人も素人も同列の場で、人生の光と影が交錯する。実力があっても勝ち残れるとは限らない。自信と不安。希望を持てば持つほど、頑張れば頑張るほど、傷つく可能性も高くなる。葛藤の中で傷だらけになりながら、それでも自分の存在すべてをかけて挑むパフォーマーたち。その強さを支えているのは、心の底から演じたいと願う心であり、自分の夢を信じる力そのものなのだ。
≪Yuka Takara(高良結香) as Connie Wong≫
Connie Wong :“A Chorus Line” Revival Original Cast Member /a petite Chinese-American who seems ageless

“Yuka Takara is adorable as the vertically challenged Connie, who compensates for her lack of height with a supersized ebuillence.” ― Elysa Gardner, USA TODAY
YUKA TAKARA was born and raised in Okinawa, Japan. At the age of 5, after being invited to a friend's dance recital, Yuka was "bit by the bug" and began her formal training in classical ballet. Yuka continued to dance and teach ballet in her native Okinawa until she left for college, to Virginia, where she studied as a dance major.
In 1998, Yuka moved to New York City to pursue a career in dance, which led her to the world of theatre. Her big break came in the summer of 2000 when she was cast in the pre-Broadway workshop for the revival of "Flower Drum Song." That fall she was cast in the Radio City Christmas Spectacular and the following year would make her Broadway debut as an original cast member in "Mamma Mia!" the hit musical featuring the music of ABBA. In 2002, Yuka left "Mamma Mia!" to join the Broadway cast of "Flower Drum Song" where she understudied Lea Salonga in the lead role of Mei-Li, a role Yuka would take on for the First National Tour to rave reviews. In 2004 Yuka was cast in the Broadway revival of Stephen Sondheim's "Pacific Overtures" directed by celebrated Japanese director Amon Miyamoto. In 2006, she starred as Connie Wong as an original cast member in the current Broadway revival of "A Chorus Line." She was most recently seen on the Broadway stage as Alexi Darling in the Tony winning musical RENT.(出典:BIOGRAPHY―The Official Yuka Takara Website)
▼予告編
★ cf. ブロードウェイの鬼才マイケル・ベネットは、Musical“A Chorus Line”が生まれたきっかけについて、こう話している。
≪この作品が生まれるきっかけというのは、信じてもらえないかもしれませんが、ウォーターゲイト事件にあります。あのときの公聴会をテレビで見ていて感じたものから、この作品は生まれました。つまり、あのころアメリカ中を支配していた虚無と無気力への反発です。ちょうど、私は自分の人生に正直でありたいと思っていた時期で、舞台の上で人々が自分の気持ちを正直にさらけ出している姿を見せたいと思っていました。と同時に、われわれダンサーについてのショーをやりたいという考えがありましたので、二十二人のダンサーを集めて、何時間にもわたり、いままで自分たちがやってきたこと、そして求めていることなどを話しあいました。なぜ、どういうきっかけでこの仕事をはじめたのかをできるだけ正直に話して欲しいとダンサー達に頼みました。こうして集まりを二度おこない、テープレコーダーに録音しておきました。/ダンサーというのは、非常にオープンな性格を持った人種です。自分の強味、弱点をよく知っていて、自分自身を隠すことには慣れていません。これは、子供のころからダンスを習いはじめ、一生の大半を鏡の前の練習で過ごすからだと思います。鏡は嘘をつきませんから。/二度の集まりで収録したテープを、何ヶ月もの間、何度も何度も繰り返して聞いているうちに、「オーディション」の構想が浮かびました。/この作品で、ある部分は私自身の経験をもとにしていますから、その点では自伝的な作品といえるでしょう。たとえば、親は私を三歳のときにダンススク-ルに連れて行ってくれました。踊ることで、自分は特別の人間になったと感じたものでした。≫(出典: <マイケル・ベネットが語る>|『コーラスライン』作品紹介|劇団四季)
■ 私感 :
私は“A Chorus Line”のMusical/Original(Jul 25, 1975~Apr 28, 1990)については残念ながら、未見に終わった。
しかし、そのMusical/Revival(Oct 5, 2006~Aug 17, 2008)については、2007年の7~8月にNew York のGerald Schoenfeld Theatreで、4度にわたって観劇し、忘我の一時を過ごした。
また、“A Chorus Line”のFilm(映画版)については、日本で封切り公開された1985年12月14日当日?に2度、東京・新宿の映画館で鑑賞。
そして、劇団四季による舞台版『コーラスライン』(“A Chorus Line”の日本版)については、3度、1993年1月に青山劇場で、2006年10月に四季劇場[秋]で、2013年9月に自由劇場で観劇した。
これら各作品を最大限に享受するたびに、私は次のことを、今更のように身に染みて痛感する[cf.本ブログ〈2017年01月13日(金)〉記事「映画『屋根の上のバイオリン弾き』」]。
まず同じミュージカル作品とはいえ、一般に舞台版がダンスや歌がことさら際立つのに対して、映画版がよりストーリー性の高いドラマを構成している点だ。
次に、本場ミュージカルが日本版ミュージカルより、歴史的・文化的な背景が根本的に異なるがゆえに、すべて(「キャスト+スタッフ」力全体)の点で優れている点だ。
個々の役者の「歌唱+踊り+演技」力ひとつに絞っても、ブロードウェイ版が劇団四季版よりもレベルが高く、比較を絶した格の違いを見せていることははっきりしている。
しかし、ここで私としては、“日本版”ミュージカルの問題点⇒欠点をあれこれ論(あげつら)うつもりはない。
今はただ、作品それぞれの単体としての表現方法を十分に尊重し、個別的な価値表現の違いを生かした一定の言い知れぬ魅力を積極的に享受するよう努めたい。
現に劇団四季が日本なりのミュージカルを作り、“和”の要素や日本情緒などを取り入れ、いろいろな人に見てもらおうと、何とか創意工夫をこらしていることも確かなのだ…。
{参照①} Broadwayリバイバル版 “A Chorus Line” full show(2006年) :
{参照②} 映画版 “A Chorus Line”(1985年) :
<作品データ> 男女各4名、計8名のコーラスを決めるための熾烈なオーディションに臨む17人のオーディショニーの姿を描くミュージカル映画。監督は『ガンジー』(1982年)~インド独立の父であるマハトマ・ガンディーの生涯を描く~で第55回アカデミー賞監督賞を受賞したリチャード・アッテンボロー(Richard Attenborough、1923~2014)。アーノルド・シュルマンによる映画脚本は、ジェームズ・カークウッドとニコラス・ダンテによる1975年初演のオリジナル版“A Chorus Line”の台本に基づく。The songs were composed by Marvin Hamlisch(作曲) and Edward Kleban(作詞). 出演はマイケル・ダグラス、アリソン・リードなど。上映時間113分。
<Plot> A group of dancers congregate on the stage of a Broadway theatre to audition for a new musical production directed by Zach (Michael Douglas). After the initial eliminations, sixteen hopefuls remain. Arriving late is former lead dancer Cassie (Alyson Reed) who once had a tempestuous romantic relationship with Zach but left him to take a job in Hollywood. Now she hasn't worked in over a year, and is desperate enough for work to even just be part of the chorus line. Whether he's willing to let professionalism overcome his personal feelings about their past remains to be seen.
As the film unfolds, the backstory of each of the dancers is revealed. Some are funny, some ironic, some heartbreaking. No matter what their background, however, they all have one thing in common: a passion for dance.
[出典:「A Chorus Line (film)」『Wikipedia』2017年2月7日閲覧]
<ストーリー> ブロードウェイの売れっ子ディレクター・コレオグラファーのザック(マイケル・ダグラス)は、近くオープンする新しいショーのため男女4人ずつのコーラス(その他大勢組=無名の脇役)を選ぼうと、オーディションを行なうことにした。膨大な数の若者がこれに応募し、とりあえず16人が残った。ザックはその16人にさまざまな質問を浴びせ、素顔を浮き彫りにしていく。イタリア系のマイク(チャールズ・マクゴアン)は、12人兄弟の末っ子、4歳の頃からダンスの虜になった。中産階級出身のボビー(マット・ウエスト)は、父と折り合わず生まれ故郷を棄てた。もうすぐ20歳に手が届くシーラ(ヴィッキー・フレデリック)は、母の夢をかなえるべくダンサーになったが未だ芽が出ない。ルックスにコンプレックスを持つビビ(ミシェル・ジョンストン)、両親とうまくいかず幻想世界に逃避するマギー(パム・クリンガー)、カップルでオーディションを受けたアル(トニー・フィールズ)とクリスティン(ニコール・フォッシー)、思春期の悩みを打ち明けるマーク(マイケル・ブレヴィンス)、「チビだ、チビだ」とバカにされる中国系のコニー(ジャン・ガン・ボイド)、演劇学校で才能なしと決めつけられたプエルトリコ人のダイアナ(ヤミール・ボージェス)、妻と2人の子供を抱えウエイターのアルバイトに精を出すドン(ブレイン・サヴェージ)、両親が喧嘩ばかりしていたジュディ(ジャネット・ジョーンズ)、高校の頃ホモだと自覚したグレッグ(シャスティン・ロス)、スポーツ・ヒーローだったが実社会では無能だったリチー(グレッグ・バージ)、整形美人のヴァル(オードリー・ランダース)…。そんなオーディション会場にキャシー(アリソン・リード)がかけつけてきた。かつて彼女はザックと恋人同士だったが、女優を夢見てハリウッドヘ行ったが夢破れて古巣に戻ってきたのだ。そんなキャシーにザックが厳しく言い放つ。一度でも主役を張った人間がコーラスに耐えられるはずがない、と。しかし、彼女は自分にはダンスしかないとザックに懇願する。最後は、女性的な容姿のためにいつも女役しか振り当てられないと悩むポール(キャメロン・イングリッシュ)だ。そのポールがルーティンを踊るうち、足の筋を切ってしまった。やがて、すべてのオーディションは終わり、発表の時がきた。ヴァル、マイク、リチー、ビビ、ダイアナ、マーク、ボビー、そしてキャシーが残った。彼ら8人は、明日から本番に向けて、さらに厳しい稽古に入ることになった―。
<Trailer>
<Opening Sequence>
<劇中曲“One”/Finale>
『コーラスライン』といえば、真っ先に思い浮かべるのがこの曲“One”。余りにも有名な「One!」という歌詞から始まるフィナーレでのテーマ曲である。
“One”をシルクハットと金色の燕尾服で踊るラストシーンで、まず合格したオーディショニー8人だけが踊り、続いて不合格だったオーディショニー9人が参加。彼らが舞台奥の鏡に近づくと、(カメラマジックかミラーマジックか)彼らのリフレクションが別のダンサーたちになってステージに現われ、最後は大勢(100人規模)のダンサーがステージで“One”を歌って踊る…。
{参照③} 劇団四季版『コーラスライン』 :
<プロモーションVTR>(2013年8月13日、YouTubeにアップロード→同年9月1日~9月23日、自由劇場で上演)
<ナンバー集>(2013年9月9日、YouTubeにアップロード)
【ジャズコンビネーション→アット・ザ・バレエ(At the Ballet)→モンタージュ(Montage)→ザ・ミュージック・アンド・ザ・ミラー(The Music and the Mirror)→愛した日々に悔いはない(What I Did for Love)→ワン(フィナーレ)】
日本で封切り公開の2008年10月25日、東京・渋谷の映画館で初見。
作品データ :
原題 Every Little Step
製作年 2008年
製作国 アメリカ
配給 松竹 ショウゲート
上映時間 93分


本作はミュージカル『コーラスライン』(A Chorus Line)のリバイバル版の舞台裏に迫ったドキュメンタリー映画(監督:ジェームズ・D・スターン/アダム・デル・デオ)。
『コーラスライン』はマイケル・ベネット(Michael Bennett、1943~87)の原案・演出・振付、マーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch、1944~2012)のMUSIC、エドワード・クレバン(Edward Kleban、1939~87)のLYRICS による名作ミュージカル。ブロードウェイの舞台に立つことを夢見て、コーラスラインのオーディションに参加するダンサーたちのひたむきさ~ショービジネスの世界で舞台にすべてをかける若者たちの姿、そして彼らが抱える複雑な家庭環境、思春期の戸惑い、性の悩み、希望や不安、苦悩~を赤裸々に描き出す。「コーラスライン」とは、稽古で舞台上に引かれるラインのことで、コーラス、つまり役名のないキャストたちが、ダンス等でこれより前に出ないようにと引かれる。メインキャストとコーラスを隔てる象徴ともなっている。
1975年4月15日にオフの名門パブリック・シアター(Public Theatre)で開幕。同年7月25日にオンのシューバート劇場(Shubert Theatre)へ移り、90年4月28日の千秋楽まで6137公演(観客動員数664万人)という、当時としては最長のロングラン公演記録をたて、76年のトニー賞では最優秀ミュージカル賞をはじめ9部門を獲得。ブロードウェイでは『CATS』に抜かれるまで、最長のロングラン記録を持っていた。
2006年10月5日からブロードウェイのジェラルド・ショーンフェルド劇場(Gerald Schoenfeld Theatre)で16年ぶりにリバイバルされ、2008年8月17日に759公演でクローズした。
1985年にはリチャード・アッテンボロー監督、マイケル・ダグラス主演で映画化され、日本では劇団四季によって1979年9月24日に初演を迎え、以来現在にいたるまで同劇団の歴史的に重要なレパートリーとして断続的に上演されてきている(2015年9月25日の、東京・自由劇場での公演にて、通算上演回数2000回を達成)。
本作はそんなブロードウェイ・ミュージカルの最高峰『コーラスライン』の2006年の再演に向けて行なわれた8か月間にわたる長く過酷なオーディションの模様を軸に描いたメイキング・ドキュメンタリー。ブロードウェイ史上、初めてオーディション会場に入り込んだカメラが、応募者数3000人の中からわずか19名へと絞り込まれていく選考過程に密着し、一流ダンサーたちが自らの夢に向かって熱き闘いを繰り広げる中で生まれたドラマティックな人間模様を見つめていく。
ストーリー :
ニューヨークの街角に、アメリカ各地、果ては国外から集まったダンサーたちによる長い長い列ができている。彼らの誰もが、16年ぶりの再演が決まった伝説的なミュージカル『コーラスライン』の舞台に立つことを夢見ていた。19枚の夢へのチケットを目指して集まったその数、3000人。演出家のボブ・エイヴィアンが務める第一次審査では、次々と何人ものダンサーが落とされていく。4か月後、第二次審査が始まる。オリジナル版『コーラスライン』は、ダンサーたちの打ち明け話を元に書かれた脚本を、打ち明けた本人たちが演じていた。再演版でのコニー役の振付担当はオリジナル版コニー役のバイヨーク・リー。候補者の一人に日本人のユカ・タカラ(高良結香)がいたが、コニー本人であるバイヨークが推したのはユカの親友だった。ボブ・エイヴィアンがオーディションの際にこだわったのは、役柄のキャラクター作り。中でもヴァル役は多くのダンサーが思う“タフな娘”ではなく、可愛い女であるというのがボブの解釈だった。役柄のヴァル同様に豊胸手術までしたニッキ・スネルソンのダンスは完璧だったが、ボブは彼女とヴァルに共通点を見出せない。結局、ヴァル役はニッキの他に二人が選考に残る。一方、クリスティン役候補のクリッシー・ホワイトヘッドにはスタッフたちが一目惚れ。ゲイのポール役には何人もの応募者がいたが、そのいずれにも審査員は満足しない。そのとき現われたのがジェイソン・タム。彼が語った、ショーのために女装した姿を両親に見られたときの話は全員に感動を呼ぶ。オーディションで最も熾烈な争いとなったのが、オリジナル版でドナ・マッケニーがトニー賞を受賞したキャシー役。ソロのダンスシーンに高度な技術が要求されるこの役を巡って、多くの舞台で実績を積んだダンサーたちが火花を散らす。8か月後。ついに最終選考が始まった。運命なのかプレッシャーか、予想外のハプニングが次々とダンサーたちを襲う。果たして、夢のチケットを手にするのは誰か?筋書きのない真実のストーリー~ドラマ性・エンターテイメント性~が、圧倒的な迫力で観る者の胸を打つ!
本作が映し出すのは、コーラスラインのオーディションに世界各地から集まってきた人々。彼らは口々に、この作品がいかに自分にとって特別かを語る。「これこそ、わたしの物語だ」と。何しろ、それはミュージカルのオーディションそのものを舞台化したミュージカルなのだ。映画では、オーディション風景の合間に絶妙なタイミングでオリジナル版『コーラスライン』の貴重な映像が挿入され、伝説のミュージカルの誕生のきっかけも紹介される。
観ていて驚かされるのは、華やかなスポットライトに隠された、ブロードウェイの厳しさ。ここでは作り手も演者も、芸に対する情熱が半端じゃない。8か月も続くオーディションは、闘いそのもの。ライバルとの闘いより壮絶なのは、ほかならぬ自分との闘いなのだ。
有名人も素人も同列の場で、人生の光と影が交錯する。実力があっても勝ち残れるとは限らない。自信と不安。希望を持てば持つほど、頑張れば頑張るほど、傷つく可能性も高くなる。葛藤の中で傷だらけになりながら、それでも自分の存在すべてをかけて挑むパフォーマーたち。その強さを支えているのは、心の底から演じたいと願う心であり、自分の夢を信じる力そのものなのだ。
≪Yuka Takara(高良結香) as Connie Wong≫Connie Wong :“A Chorus Line” Revival Original Cast Member /a petite Chinese-American who seems ageless

“Yuka Takara is adorable as the vertically challenged Connie, who compensates for her lack of height with a supersized ebuillence.” ― Elysa Gardner, USA TODAY
YUKA TAKARA was born and raised in Okinawa, Japan. At the age of 5, after being invited to a friend's dance recital, Yuka was "bit by the bug" and began her formal training in classical ballet. Yuka continued to dance and teach ballet in her native Okinawa until she left for college, to Virginia, where she studied as a dance major.
In 1998, Yuka moved to New York City to pursue a career in dance, which led her to the world of theatre. Her big break came in the summer of 2000 when she was cast in the pre-Broadway workshop for the revival of "Flower Drum Song." That fall she was cast in the Radio City Christmas Spectacular and the following year would make her Broadway debut as an original cast member in "Mamma Mia!" the hit musical featuring the music of ABBA. In 2002, Yuka left "Mamma Mia!" to join the Broadway cast of "Flower Drum Song" where she understudied Lea Salonga in the lead role of Mei-Li, a role Yuka would take on for the First National Tour to rave reviews. In 2004 Yuka was cast in the Broadway revival of Stephen Sondheim's "Pacific Overtures" directed by celebrated Japanese director Amon Miyamoto. In 2006, she starred as Connie Wong as an original cast member in the current Broadway revival of "A Chorus Line." She was most recently seen on the Broadway stage as Alexi Darling in the Tony winning musical RENT.(出典:BIOGRAPHY―The Official Yuka Takara Website)
▼予告編
★ cf. ブロードウェイの鬼才マイケル・ベネットは、Musical“A Chorus Line”が生まれたきっかけについて、こう話している。
≪この作品が生まれるきっかけというのは、信じてもらえないかもしれませんが、ウォーターゲイト事件にあります。あのときの公聴会をテレビで見ていて感じたものから、この作品は生まれました。つまり、あのころアメリカ中を支配していた虚無と無気力への反発です。ちょうど、私は自分の人生に正直でありたいと思っていた時期で、舞台の上で人々が自分の気持ちを正直にさらけ出している姿を見せたいと思っていました。と同時に、われわれダンサーについてのショーをやりたいという考えがありましたので、二十二人のダンサーを集めて、何時間にもわたり、いままで自分たちがやってきたこと、そして求めていることなどを話しあいました。なぜ、どういうきっかけでこの仕事をはじめたのかをできるだけ正直に話して欲しいとダンサー達に頼みました。こうして集まりを二度おこない、テープレコーダーに録音しておきました。/ダンサーというのは、非常にオープンな性格を持った人種です。自分の強味、弱点をよく知っていて、自分自身を隠すことには慣れていません。これは、子供のころからダンスを習いはじめ、一生の大半を鏡の前の練習で過ごすからだと思います。鏡は嘘をつきませんから。/二度の集まりで収録したテープを、何ヶ月もの間、何度も何度も繰り返して聞いているうちに、「オーディション」の構想が浮かびました。/この作品で、ある部分は私自身の経験をもとにしていますから、その点では自伝的な作品といえるでしょう。たとえば、親は私を三歳のときにダンススク-ルに連れて行ってくれました。踊ることで、自分は特別の人間になったと感じたものでした。≫(出典: <マイケル・ベネットが語る>|『コーラスライン』作品紹介|劇団四季)
■ 私感 :
私は“A Chorus Line”のMusical/Original(Jul 25, 1975~Apr 28, 1990)については残念ながら、未見に終わった。
しかし、そのMusical/Revival(Oct 5, 2006~Aug 17, 2008)については、2007年の7~8月にNew York のGerald Schoenfeld Theatreで、4度にわたって観劇し、忘我の一時を過ごした。
また、“A Chorus Line”のFilm(映画版)については、日本で封切り公開された1985年12月14日当日?に2度、東京・新宿の映画館で鑑賞。
そして、劇団四季による舞台版『コーラスライン』(“A Chorus Line”の日本版)については、3度、1993年1月に青山劇場で、2006年10月に四季劇場[秋]で、2013年9月に自由劇場で観劇した。
これら各作品を最大限に享受するたびに、私は次のことを、今更のように身に染みて痛感する[cf.本ブログ〈2017年01月13日(金)〉記事「映画『屋根の上のバイオリン弾き』」]。
まず同じミュージカル作品とはいえ、一般に舞台版がダンスや歌がことさら際立つのに対して、映画版がよりストーリー性の高いドラマを構成している点だ。
次に、本場ミュージカルが日本版ミュージカルより、歴史的・文化的な背景が根本的に異なるがゆえに、すべて(「キャスト+スタッフ」力全体)の点で優れている点だ。
個々の役者の「歌唱+踊り+演技」力ひとつに絞っても、ブロードウェイ版が劇団四季版よりもレベルが高く、比較を絶した格の違いを見せていることははっきりしている。
しかし、ここで私としては、“日本版”ミュージカルの問題点⇒欠点をあれこれ論(あげつら)うつもりはない。
今はただ、作品それぞれの単体としての表現方法を十分に尊重し、個別的な価値表現の違いを生かした一定の言い知れぬ魅力を積極的に享受するよう努めたい。
現に劇団四季が日本なりのミュージカルを作り、“和”の要素や日本情緒などを取り入れ、いろいろな人に見てもらおうと、何とか創意工夫をこらしていることも確かなのだ…。
{参照①} Broadwayリバイバル版 “A Chorus Line” full show(2006年) :
{参照②} 映画版 “A Chorus Line”(1985年) : <作品データ> 男女各4名、計8名のコーラスを決めるための熾烈なオーディションに臨む17人のオーディショニーの姿を描くミュージカル映画。監督は『ガンジー』(1982年)~インド独立の父であるマハトマ・ガンディーの生涯を描く~で第55回アカデミー賞監督賞を受賞したリチャード・アッテンボロー(Richard Attenborough、1923~2014)。アーノルド・シュルマンによる映画脚本は、ジェームズ・カークウッドとニコラス・ダンテによる1975年初演のオリジナル版“A Chorus Line”の台本に基づく。The songs were composed by Marvin Hamlisch(作曲) and Edward Kleban(作詞). 出演はマイケル・ダグラス、アリソン・リードなど。上映時間113分。
<Plot> A group of dancers congregate on the stage of a Broadway theatre to audition for a new musical production directed by Zach (Michael Douglas). After the initial eliminations, sixteen hopefuls remain. Arriving late is former lead dancer Cassie (Alyson Reed) who once had a tempestuous romantic relationship with Zach but left him to take a job in Hollywood. Now she hasn't worked in over a year, and is desperate enough for work to even just be part of the chorus line. Whether he's willing to let professionalism overcome his personal feelings about their past remains to be seen.
As the film unfolds, the backstory of each of the dancers is revealed. Some are funny, some ironic, some heartbreaking. No matter what their background, however, they all have one thing in common: a passion for dance.
[出典:「A Chorus Line (film)」『Wikipedia』2017年2月7日閲覧]
<ストーリー> ブロードウェイの売れっ子ディレクター・コレオグラファーのザック(マイケル・ダグラス)は、近くオープンする新しいショーのため男女4人ずつのコーラス(その他大勢組=無名の脇役)を選ぼうと、オーディションを行なうことにした。膨大な数の若者がこれに応募し、とりあえず16人が残った。ザックはその16人にさまざまな質問を浴びせ、素顔を浮き彫りにしていく。イタリア系のマイク(チャールズ・マクゴアン)は、12人兄弟の末っ子、4歳の頃からダンスの虜になった。中産階級出身のボビー(マット・ウエスト)は、父と折り合わず生まれ故郷を棄てた。もうすぐ20歳に手が届くシーラ(ヴィッキー・フレデリック)は、母の夢をかなえるべくダンサーになったが未だ芽が出ない。ルックスにコンプレックスを持つビビ(ミシェル・ジョンストン)、両親とうまくいかず幻想世界に逃避するマギー(パム・クリンガー)、カップルでオーディションを受けたアル(トニー・フィールズ)とクリスティン(ニコール・フォッシー)、思春期の悩みを打ち明けるマーク(マイケル・ブレヴィンス)、「チビだ、チビだ」とバカにされる中国系のコニー(ジャン・ガン・ボイド)、演劇学校で才能なしと決めつけられたプエルトリコ人のダイアナ(ヤミール・ボージェス)、妻と2人の子供を抱えウエイターのアルバイトに精を出すドン(ブレイン・サヴェージ)、両親が喧嘩ばかりしていたジュディ(ジャネット・ジョーンズ)、高校の頃ホモだと自覚したグレッグ(シャスティン・ロス)、スポーツ・ヒーローだったが実社会では無能だったリチー(グレッグ・バージ)、整形美人のヴァル(オードリー・ランダース)…。そんなオーディション会場にキャシー(アリソン・リード)がかけつけてきた。かつて彼女はザックと恋人同士だったが、女優を夢見てハリウッドヘ行ったが夢破れて古巣に戻ってきたのだ。そんなキャシーにザックが厳しく言い放つ。一度でも主役を張った人間がコーラスに耐えられるはずがない、と。しかし、彼女は自分にはダンスしかないとザックに懇願する。最後は、女性的な容姿のためにいつも女役しか振り当てられないと悩むポール(キャメロン・イングリッシュ)だ。そのポールがルーティンを踊るうち、足の筋を切ってしまった。やがて、すべてのオーディションは終わり、発表の時がきた。ヴァル、マイク、リチー、ビビ、ダイアナ、マーク、ボビー、そしてキャシーが残った。彼ら8人は、明日から本番に向けて、さらに厳しい稽古に入ることになった―。
<Trailer>
<Opening Sequence>
<劇中曲“One”/Finale>
『コーラスライン』といえば、真っ先に思い浮かべるのがこの曲“One”。余りにも有名な「One!」という歌詞から始まるフィナーレでのテーマ曲である。
“One”をシルクハットと金色の燕尾服で踊るラストシーンで、まず合格したオーディショニー8人だけが踊り、続いて不合格だったオーディショニー9人が参加。彼らが舞台奥の鏡に近づくと、(カメラマジックかミラーマジックか)彼らのリフレクションが別のダンサーたちになってステージに現われ、最後は大勢(100人規模)のダンサーがステージで“One”を歌って踊る…。
{参照③} 劇団四季版『コーラスライン』 :<プロモーションVTR>(2013年8月13日、YouTubeにアップロード→同年9月1日~9月23日、自由劇場で上演)
<ナンバー集>(2013年9月9日、YouTubeにアップロード)
【ジャズコンビネーション→アット・ザ・バレエ(At the Ballet)→モンタージュ(Montage)→ザ・ミュージック・アンド・ザ・ミラー(The Music and the Mirror)→愛した日々に悔いはない(What I Did for Love)→ワン(フィナーレ)】
2010年4月4日(日)20:00~、レンタルDVD映画を自宅で鑑賞。
1971年12月4日、日本で封切り公開時に初見→このブログ執筆時の2017年1月までに、鑑賞回数は少なく数えても20回は下らない。
作品データ :
原題 Fiddler on the Roof
【原題では、コンサート楽器としての呼称「バイオリン(violin)」ではなく、民族音楽などで使われる場合の呼称「フィドル(fiddle)」が用いられている。同じ楽器でも、「バイオリン」が高価な印象をもたらすのに対し、「フィドル」はごく貧しいユダヤ人にも馴染み深い、身近な生活楽器の印象が強いと言える。】
製作年 1971年
製作国 アメリカ
配給 ユナイト
上映時間 182分

1964年初演のブロードウェイ・ミュージカル(64年9月22日~72年7月2日の7年9ヵ月、3242回のロングラン公演)の映画化[主役・テヴィエ(Tevye)を演じたのは、アメリカの俳優ゼロ・モステル(Zero Mostel、1915~77)]。19世紀末のウクライナ地方の寒村に暮らすユダヤ人一家を通して、時代の激動に流され変遷していく世界を描く。政情不安の嵐の中でも、娘たちは恋をし、各自が新しい人生に踏み出す。家長は貧しくも誇り高く、妻を愛し、娘たちを愛し、家を守る。
監督は『夜の大捜査線』(1967年)のノーマン・ジュイソン。イディッシュ文学の巨匠ショーレム・アレイヘムのベスト・セラー小説[短編『牛乳屋テヴィエ(Tevye der milkhiger)』1894年]をジョセフ・スタインが脚色。撮影は『オリバー!』のオズワルド・モリス、美術はマイケル・ストリンジャー、音楽監督はジョン・ウィリアムズ、作曲はジェリー・ボック、作詞はシェルダン・ハーニック、管弦楽編曲はアレクサンダー・カレッジ、音楽編集はリチャード・カラス、バイオリン演奏はアイザック・スターン、振付はジェローム・ロビンス。主演はイスラエルの舞台とロンドン王立劇場でテヴィエ役を演じた、イスラエル・テルアビブ出身のトポル(Topol、1935~)。第44回(1971年)アカデミー賞で、撮影賞、音楽賞、音響賞の3部門を受賞。
ストーリー :
アナテフカ(Anatevka)村の牛乳屋テヴィエ(トポル)は、「Tradition(伝統)」を重んじる敬虔なユダヤ教徒で、妻のゴールデ(ノーマ・クレイン)と5人の娘とつましくも温かい家庭を築いている。村のユダヤ人たちは聖書とラビの教えに従って戒律を守り、ロシア人ともうまく付き合っていた。
屋根の上で男(Tutte Lemkow)がバイオリンを弾いている。それを見たテヴィエは、「気でも狂ったのかと思うかもしれんが、この小さな村、アナテフカじゃあ、誰もが皆、“屋根の上のヴァイオリン弾き”のようなもんだ。首の骨を折らずに、なんとか楽しいささやかな旋律を奏でようっていうんだからな」と言う。
ある日、仲人女のイェンテ婆さん(モリー・ピコン)がテヴィエの長女ツァイテル(ロザリンド・ハリス)に縁談を持ってくる。相手は肉屋のラザール(ポール・マン)で、金持ちだがテヴィエよりも年上。しかし、これで貧しい生活から抜け出せると喜んだテヴィエは、ラザールに承諾を与えてしまう。
酒場で娘の婚約を祝って浮かれるテヴィエに、古いつき合いのロシア人の巡査部長が「近いうちにユダヤ人に対する弾圧が行なわれる」と警告する。巡査部長は政府からの命令なので従うしかないと言う。
ツァイテルには幼なじみで仕立屋のモーテル(レナード・フレイ)という恋人がいたが、貧乏で気が弱くテヴィエにツァイテルとの結婚を申し込む勇気がない。テヴィエがツァイテルにラザールとの婚約を伝えると、ツァイテルはどうしてもラザールとは結婚できないと泣き出し、そこへモーテルが駆けつけてツァイテルとの結婚の許可を求める。
しきたりでは結婚相手の決定権を持つのは家長である父親で、本人たちの気持ちなど通常は考慮されないものの、娘の幸せを願うテヴィエはついに折れて2人の結婚を許す。
村にキエフの大学を出た急進派の青年パーチック(マイケル・グレイザー)がやって来る。保守的な他のユダヤ人は爪弾きにするが、テヴィエはパーチックを気に入って娘たちの教師に雇い、勝ち気な次女のホーデル(ミシェル・マーシュ)はパーチックと恋に落ちる。
読書家の三女ハーバ(ニーバ・スモール)は、ロシア人の青年たちに絡まれているところをロシア人青年のフョードカ(レイモンド・ラブロック)に助けられ、フョードカの知的で誠実な人柄に惹かれていく。
ツァイテルとモーテルの結婚式が執り行なわれ、村のユダヤ人は全員集まってお祝いする。テヴィエとゴールデは美しく成長した娘の晴れ姿に胸を熱くし、妹たちは自分たちの将来の姿を夢見ている。
厳かな誓いの後、賑やかな祝宴とダンスが始まった。そこへロシアの警官隊がやって来て会場を荒らして滅茶苦茶にする。指揮をしていた巡査部長は、「命令なんだ。わかるだろ」と言って去って行った。
夫婦となったツァイテルとモーテルは、貧しいながらも幸せに暮らしている。パーチックとホーデルは2人だけで結婚を決めてテヴィエの怒りを買うが、結局テヴィエは娘の幸せのために渋々ながらも2人の結婚を認める。
しかし、革命軍に入ったパーチックは、キエフで政府軍に逮捕されシベリアに流刑になる。ホーデルはパーチックを支え一緒に暮らすためにシベリアへ旅立って行く。汽車に乗って遠ざかる娘の姿を見送るテヴィエは神に祈った。
ユダヤ人に対する弾圧は日に日に強くなって行く。三女のハーバとフョードカは密かに愛し合っていたが、異教徒であるロシア人との結婚はユダヤ教徒には到底許されないこと。
ハーバは家を捨て、ロシア正教会でフョードカと結婚してしまう。嘆くゴールデに、テヴィエは「ハーバは死んだものと思え」と言う。たとえ愛する娘のためでも、信仰だけは譲れなかったのだ。
ついにロシア政府は、ユダヤ人に3日以内に村から出て行くよう退去命令を出す。ユダヤ人たちは僅かな荷物を持って生まれ育った村を追われ、世界中に散って行く。
テヴィエの一家がニューヨークへ旅立つ準備をしていると、ハーバとフョードカが別れを言いに来る。2人はこの村を嫌い、クラクフへ移るのだ。テヴィエは去って行く2人に「神のご加護あれ」と声をかけた。
家財道具を積み込みんだ荷車を曳くテヴィエ一家の後を、屋根の上のバイオリン弾きがもの悲しい曲を奏でながらついて行く―。
本作のテーマ①:ユダヤ式伝統を守るテヴィエ家が直面する娘の結婚相手の“選択”の問題
長女ツァイテルは、仲人が押し付けようとした「金持ちだが卑しい職業とみなされていた肉屋の年老いた男」より、自分が好きな貧しい若い男と結婚する。次女ホーデルは、村で一番身分が高い聖職者の息子に憧れるが、結局自分の家庭教師で意志強固な青年に心惹かれ、彼が革命運動の罪でシベリアに流刑になると彼を追って、シベリアへ発つ。三女ハーバは、ユダヤ人ならぬロシア人の男と駆け落ちして、「ギリシャ正教」の教会で式を挙げてしまう。長女次女の行動はそれなりの理由をつけて許したテヴィエも、三女の結婚だけは許すことができなかった―。
本作のテーマ②:帝政ロシア末期におけるユダヤ人への迫害の問題
ユダヤ人への迫害はロシア語で「ポグロム」といわれる。
[註:ポグロム(погром パグローム)とは、ロシア語で「破滅・破壊」を意味する言葉。特定の意味が派生する場合には、加害者の如何を問わず、ユダヤ人に対し行なわれる集団的迫害行為(殺戮・略奪・破壊・差別)を言う。]
これは誰が行なったと特定されるものでなく、その時その時で不満を持った人々が一揆や反乱を起こした際にユダヤ人が巻き添えで襲撃されたこともあるし、1881年にアレクサンドル2世が暗殺されると、ロシアで反ユダヤ主義のポグロムが起こったりもした。映画史上の偉大な古典『戦艦ポチョムキン』(セルゲイ・エイゼンシュテイン監督、1925年)でも当時の根強い反ユダヤ人主義が見てとれる。このポグロムは、帝政ロシア政府が社会的な不満の解決をユダヤ人排斥主義に誘導したので助長されることになり、1903年から1906年にかけて激化し、ユダヤ人の海外逃亡が続いた。
この時、ロシアを出国したユダヤ人の半数は、アメリカを目指した。その結果、「移民割り当て法」によって一般ユダヤ人のアメリカ入国が難しくなる1920年代初めまでの約40年間に、東欧・ロシアから渡米したユダヤ系移民は250万人を超えた。
本作の原作者ショーレム・アレイヘム(Sholem Aleichem、1859~1916)は、1905年にアメリカに亡命。映画監督のスティーブン・スピルバーグ(1946~)の一族もウクライナのユダヤ人であったが、第一次世界大戦が始まる前にアメリカに移住している。
『牛乳屋テヴィエ』→『屋根の上のバイオリン弾き』 :


『牛乳屋テヴィエ』がミュージカル化で『屋根の上のバイオリン弾き』という魅力的な題名に変わっているのは、ユダヤ人の画家マルク・シャガール(Marc Chagall)の絵に触発されたと言われている。ローマ帝政期に皇帝ネロによるユダヤ人の大虐殺があった時、逃げまどう群衆の中で、ひとり屋根の上でバイオリンを弾く男がいたという故事を描いたシャガールの絵にヒントを得、ユダヤ人の不屈の魂の象徴として、この題名が付けられたとのこと。
シャガールは1887年、ロシア帝国領であったベラルーシ(ウクライナの北隣)に生まれた。彼は1922年にフランスに移るが、1941年にはナチスの迫害を避けてアメリカに移住。第二次世界大戦後フランスに戻り、その地でフランス人として暮らし、1985年に生涯を終える。
『牛乳屋テヴィエ』が『屋根の上のバイオリン弾き』と変わったとき、この原作により歴史的・社会的な要素が加えられた。
▼ Trailer
▼ 劇中歌“Tradition”→「屋根の上のバイオリン弾き」の独奏→オープニングクレジット :
市場、肉屋、鍛冶屋、仕立屋、宿屋などが雑然と立ち並ぶ貧村アナテフカ→屋根の上にはバイオリ弾きが、危なげなバランスを保って楽しい曲を弾いている。このバイオリン弾きが象徴するように~屋根の上で、いつ転落するかも知れない不安定な状況下でも、どこまでも軽やかに戯(おど)けて見せるバイオリン弾きの折れない心!~、村もテヴィエも過酷な現実から「Tradition=伝統」を守って必死に生きている!
本作の序盤で“Tradition”が歌われ→名手アイザック・スターン(Isaac Stern、1920~2001)によるバイオリン独奏曲が奏でられ(哀愁を帯びた芳醇な音色!)→オープニングクレジットが流れる。
▼ 劇中歌“Sunrise, Sunset” :
長女ツァイテルと仕立屋モーテルとの結婚式で歌われる“サンライズ・サンセット=陽は昇り、陽は沈む”は、このミュージカルを代表するナンバー。父親テヴィエと母親ゴールデの、娘を送り出す親の寂しい心情と、姉の結婚式を見守る若い二人、次女ホーデルと恋人パーチックの結婚への憧れと希望が対比されている。それが「陽は昇り、陽は沈む」⇒年月と共に世代が移り変わることの喜びと悲しみをひとしお深く聴く者に伝えている。
“SUNRISE, SUNSET”歌詞 :
(Tevye)
Is this the little girl I carried?
Is this the little boy at play?
(Golde)
I don’t remember growing older
When did they?
(Tevye)
When did she get to be a beauty?
When did he grow to be so tall?
(Golde)
Wasn’t it yesterday
When they were small?
(Men)
Sunrise, sunset
Sunrise, sunset
Swiftly flow the days
Seedlings turn overnight to sunflowers
Blossoming even as we gaze
(Women)
Sunrise, sunset
Sunrise, sunset
Swiftly fly the years
One season following another
Laden with happiness and tears
(Tevye)
What words of wisdom can I give them?
How can I help to ease their way?
(Golde)
Now they must learn from one another
Day by day
(Perchik)
They look so natural together
(Hodel)
Just like two newlyweds should be
(Perchik & Hodel)
Is there a canopy in store for me? ※
(All)
Sunrise, sunset
Sunrise, sunset
Swiftly fly the years
One season following another
Laden with happiness and tears
※canopy=天蓋は、ヘブライ語chuppāhの英語訳。フッパー=chuppāhhaはユダヤ教徒の結婚式で用いる覆いで、四角形の布、あるいはタッリート(tallīth=ユダヤ教の礼拝の時に男性が着用する、布製の肩掛け)を、四隅を棒で支えた形で作る。フッパーの下で結婚式の儀式を行なう。Is there a canopy in store for me? には、私たちはもうすぐ結婚するはずだというニュアンスが表されている。
“SUNRISE, SUNSET”訳詩 :
(テヴィエ)
これが私が抱っこしてたあの小さな娘(こ)なのか?
これが遊んでいたあの小さな男の子なのか?
(ゴールデ)
大きくなったのを覚えてないわ
あの子たちはいつの間に?
(テヴィエ)
いつの間に彼女は美しくなったんだろう?
いつの間に彼はこんなに背が高くなったんだろう?
(ゴールデ)
あれは昨日じゃなかったの?
いつのことだっただろう あの子たちが小さかったのは?
(男性コーラス)
陽は昇り 陽は沈む
陽は昇り 陽は沈む
瞬く間に流れ去る 日々は
蒔かれた種は一夜にしてヒマワリとなる
私たちが見つめるうちに花開く
(女性コーラス)
陽は昇り 陽は沈む
陽は昇り 陽は沈む
瞬く間に飛び去る 歳月は
季節からまた季節へと巡る
幸せと涙を積み重ね
(テヴィエ)
私は二人にどんな賢明な教えを垂れることができるだろうか?
どうしたら健やかに暮らす手助けができるだろうか?
(ゴールデ)
すぐに二人はお互いから学びあうことが必要なの
日々を共にして
(パーチック)
二人はとても自然に寄り添っている
(ホーデル)
本当に初々しい新婚の二人
(パーチック&ホーデル)
天蓋はわたし(ぼく)のために調(ととの)えられただろうか?
(全員)
陽は昇り 陽は沈む
陽は昇り 陽は沈む
瞬く間に飛び去る 歳月は
季節からまた季節へと巡る
幸せと涙を積み重ね
ブロードウェイの伝説的歌手ロバート・グーレ(Robert Goulet、1933~2007)が歌う“SUNRISE, SUNSET”もファンタスティック!He had a wonderful voice. I miss him so much.
▼ 劇中歌“Far From the Home I Love” :
革命家パーチックが当局に逮捕され、次女ホーデルはパーチックを追ってシベリアに旅立つ。テヴィエは見渡す限り寥々と広がる荒野にぽつんと建つ駅舎(小屋!)で、彼女を見送る。親子の別れの愁嘆場!ホーデルは“Far From the Home I Love=愛する我が家を離れて”を美しい声調で切々と歌う。
This song hits me right in the heart. 寂寥感が我が身の内に染み渡る…。This is one of my favorites in Fiddler on the Roof and tears my heart out every time I hear it.
“Far From the Home I Love”歌詞 :
How can I hope to make you understand
Why I do, what I do,
Why I must travel to a distant land
Far from the home I love?
Once I was happily content to be
As I was, where I was
Close to the people who are close to me
Here in the home I love...
Who could see that a man would come
Who would change the shapes of my dreams?
Helpless, now, I stand with him
Watching older dreams grow dim.
Oh, what a melancholy choice this is,
Wanting home, wanting him,
Closing my heart to every hope but his,
Leaving the home I love.
There where my heart has settled long ago,
I must go, I must go.
Who could imagine I'd be wand'ring so
Far from the home I love?
Yet, there with my love, I'm home.
▼ 劇中歌“Anatevka” :
政情は悪化する一方で、とうとうユダヤ人の強制退去命令が下る→“Anatevka=アナテフカ”のユダヤ人たちは次々と村を離れていった。
■ 私感 :
私がトポル(テヴィエ役)主演の本作に初めて出会ったのは、1971年12月、東京の映画館・有楽座においてだった。それは同年11月3日のアメリカ公開を経て、日本公開直後のこと(配給:ユナイテッド・アーティスツ〈ユナイト映画〉)。この映画に感銘を受けた私は、その後、72年にテアトル銀座で、76年にテアトル東京で、80年に日比谷スカラ座で、82年にニュー東宝シネマで、4度にわたって繰り返し鑑賞した。

しかし、私は残念ながら、これまで【本場】ブロードウェイで、“Fiddler on the Roof” を一度も観劇したことがない。
私の場合、1999~2000年にニューヨークに長期滞在して以降今日まで、ブロードウェイにはまって、数多くの舞台~『キャッツ』『コーラスライン』『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』『王様と私』『シカゴ』『ライオンキング』『キャバレー』『美女と野獣』『レント』『ミス・サイゴン』等々~を何度も堪能してきたものの、『屋根の上のバイオリン弾き』は~既に5度もリバイバル上演された記念すべき名作にもかかわらず~、機会に恵まれず、いまだに観ずじまい…。
①Original(Tevye:Zero Mostel)/Sep 22, 1964~Jul 2, 1972/Broadway Theatre, Imperial Theatre, Majestic Theatre
②Revival(Tevye:Zero Mostel)/Dec 28, 1976~May 21, 1977/Winter Garden Theatre
③Revival(Tevye:Herschel Bernardi)/Jul 9, 1981~Aug 23, 1981/New York State Theatre
④Revival(Tevye:Topol)/Nov 18, 1990~Jun 16, 1991/Gershwin Theatre
⑤Revival(Tevye:Alfred Molina)/Feb 26, 2004~Jan 8, 2006/Minskoff Theatre
⑥Revival(Tevye:Danny Burstein)/Dec 20, 2015~Dec 31, 2016/Broadway Theatre
ただし、私は“Fiddler on the Roof”の日本版、森繁久彌(テヴィエ役、1913~2009)主演の舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』については観劇した(※日本版〈東宝制作〉の題名表記は、『屋根の上のヴァイオリン弾き』である)。
日本版は1967年9月6日、東京・帝国劇場にて初演。テヴィエ役は1986年まで900回にわたり森繁久彌が務めた(観客動員数:約165万人、最終公演日:1986年5月31日)。その後、テヴィエ役は上條恒彦(1986年、帝国劇場で7回出演)、西田敏行(1994~2001年)、市村正親(2004~現在)と受け継がれ、2017年12月には日生劇場での上演(日本初演50周年記念公演)が予定されている。それは、日本でも多くの人から愛され続けてきたロングランミュージカルにほかならない。
かつて私は「森繁テヴィエ」を繰り返し3度観た。たしか1970年代の半ば→70年代の終わり→80年代の初めだったと思う。森繁久弥という希代の演技者~「昭和の芸能界を代表する国民的名優」~のライフワークとなった、この日本版ミュージカルは若かりし頃の私の胸に、どういう印象を彫りつけただろうか…。

↑ 森繁久彌版『屋根の上のヴァイオリン弾き』チラシ[中日劇場(所在地:名古屋市中区栄)「東宝ミュージカル特別公演(1975年5月3日~19日)」]
もともと“Fiddler on the Roof”では、舞台版にしろ映画版にしろ、主人公のテヴィエのモノローグ(独白)シーンが多用されている。このモノローグは一にテヴィエ役を演じる役者としての力量にかかってくる。当該ミュージカルの内容全体の質を高めるかどうかは、テヴィエ役の個性的なキャラクターの何たるか次第なのだ。
森繁=テヴィエの妙は、その“語り口”と、その人品骨柄が醸し出す“雰囲気”にあった。
私はじっと目をつぶると瞬時に浮かんでくる。森繁=テヴィエが両手を高らかに掲げ、指を鳴らしながら、「しきたり~、しきたり、しきたり。」と唄う様子が…(日本版ではtraditionを「仕来たり」と訳している)。
そこには日本的な“和”の生暖かい香りが漂っていた。森繁はややもすれば主役・テヴィエをひょうきんに演じがちだ。劇中で、つい、こっそり本音をむき出しにし、ことさらに観客の涙や笑いを誘う(なるほど森繁はアドリブの名人には違いないが…)。「お涙頂戴人情ばなし」、「お笑いユーモアもの」…。時に、纏綿(てんめん)たる情緒にベタに寄りかかる大衆演劇を彷彿(ほうふつ)とさせるではないか。
トポルのテヴィエは、これ以上ない、どんぴしゃりの適役だった。
イスラエルで生まれ育ったトポルは、主役のユダヤ人テヴィエを、1967年のロンドンの舞台版に続き、71年の映画版で、存在感のある迫真の演技で熱演⇒第44回アカデミー主演男優賞にノミネートされ、一躍世界的なスターになった。
彼は80年代には舞台版でアメリカツアーを行ない→90年にはブロードウェイの舞台に立ち、第45回トニー賞主演男優賞〈ミュージカル部門〉にノミネートされる。
そこでは、苦難の歴史を逃れ難く背負うテヴィエの人間としての重みを正面から受け止めたトポルが生き生きと躍動していた。変わりゆく家族や周囲に戸惑いながらも、家族への深い愛と包容力の大きな人柄を体全体で伸び伸びと表現するトポル=テヴィエではあった!


▼ cf. 森繁版『屋根の上のヴァイオリン弾き』“Tradition(しきたり)” :
あるウェブサイトに、≪「20 世紀が生んだ日本のマルチ・スーパー・エンターテイナー」森繁久彌の「代表作・ライフワーク」≫『屋根の上のヴァイオリン弾き』に関する興味深い「誕生秘話」が記載されている (FM大阪「おしゃべり音楽マガジン くらこれ!」【音楽交遊録】35話 http://fm-osaka.com/kurakore/?page_id=801)。
1978年9月22日、ある音楽プロデューサーが同作を上演中の梅田コマ劇場(現・梅田芸術劇場)の楽屋を訪ねて森繁(当時65歳)に、「何故このミュージカル“屋根の上のヴァイオリン弾き”がスタートしたのか」と質問する。
森繁は応じる。「10 数年前、ソニーの盛田さんて社長さんがね、(盛田昭夫…ソニー創業者の1人)あの人、非常にミュージカル通で、ニューヨークで(屋根の上のヴァイオリン弾き)を観てすぐにね“森繁が出てる!!”って、すぐに東宝の本社に電話をかけて来て、ニューヨークから… “この作品をすぐやれ!!私が推薦する”。それで菊田(一夫)さんらがすぐ観に行って。そのころ私の女房( 満壽子夫人)がニューヨークで遊んでいて、盛田さんが“奥さん!あんたのご主人が舞台に出てるんで、観なさいよ!”“何いってるんですか?? !”と言いながら、入って観ているうちに、女~房がですよ、40 何年一緒の…“あら! ホントに出てきたワ!!”って。/そんなことがキッカケで。(最初)森繁が歌って踊って、できるかな?って、色々言われたんだけど、歌ったって“枯れススキ”みたいな森繁節でもあるしと、それもあったかもしれませんが。約40 日の稽古をして(幕を)開けましたけど。(1967年)毎回、再演するたびに40 日稽古する。やってる途中(上演中)でもね、ちょっと崩れてくるとすぐ稽古する。悪い意味で慣れるから。慣性という慣れ。ナレナレシイが出てくると困る。だからすっごくチェックしますよ皆な」
また、さらなる質問「ミュージカルの魅力とは?」に対して、森繁はこう答える。
「テーマは、暗い、重い話ですよね、5人の娘を持った貧乏人の、ミルク絞りのおっさんの話だけど、その裏には祖国のないユダヤ人たちがロシアというところで肩をすぼめて、当り障りのないように、そ~っと屋根の上のヴァイオリン弾きみたいに、ハーモニーを持ちながら生きてる。それが題名になっている。暗いテーマだけど、全部面白く見せろ!と。/ニューヨークでは“トゥー・サッド”っていうんですね、あまりにも悲しすぎる。そうすると嫌がるのね皆。お客が来ないの。それで、2分か3分くらいで私が笑わすわけですよ!森繁が勝手に笑わせている… と、“あの人はアドリブがうまい”からと、思うかもしれない。そうじゃなくて全部演出ですヨ!終始笑い、とってつけた笑いでは無い」
▼ cf. Topol played Tevye on the stage of Fiddler on the Roof in 2009. Topol and the cast sing “Tradition”. :
【From Wikipedia "On January 20, 2009, Topol began a farewell tour of Fiddler on the Roof as Tevye, opening in Wilmington, Delaware, USA. He was forced to withdraw from the tour owing to a shoulder injury, and made his last appearance as Tevye in Boston, Massachusetts on November 15, 2009."】
He was 36 years old when the movie was made. He was 73~74 in this production !! (He was born on September 9, 1935.)
▼ cf. ブロードウェイ・リバイバル版 “Fiddler on the Roof”
(1) 【Alfred Molina(アルフレッド・モリーナ、1953~)as Tevye】
“Tradition”/“Bottle Dance”on The 58th Tony Awards :
(同作は第58回〈2004年〉トニー賞リバイバル作品賞〈ミュージカル部門〉及び主演男優賞〈ミュージカル部門〉にノミネートされる。)
(2) 【Danny Burstein(ダニー・バーンスタイン、1964~)as Tevye】
Show Clips :
(同作は第70回〈2016年〉トニー賞リバイバル作品賞〈ミュージカル部門〉及び主演男優賞〈ミュージカル部門〉にノミネートされる。)
舞台裏・リハーサル(Inside The Studio Recording The Broadway Cast Album) :
本場のミュージカルは、さすがにスケールが大きく、奥行きが深く、芸術的な匂いが高い!
≪参照:ブログ「普通人の映画体験」/記事「映画『手紙は憶えている』」≫
≪参照:ブログ「在りし日のニューヨークの記憶」/記事「1999年8月3日(火)~“Beauty and the Beast”~」≫
1971年12月4日、日本で封切り公開時に初見→このブログ執筆時の2017年1月までに、鑑賞回数は少なく数えても20回は下らない。
作品データ :
原題 Fiddler on the Roof
【原題では、コンサート楽器としての呼称「バイオリン(violin)」ではなく、民族音楽などで使われる場合の呼称「フィドル(fiddle)」が用いられている。同じ楽器でも、「バイオリン」が高価な印象をもたらすのに対し、「フィドル」はごく貧しいユダヤ人にも馴染み深い、身近な生活楽器の印象が強いと言える。】
製作年 1971年
製作国 アメリカ
配給 ユナイト
上映時間 182分

1964年初演のブロードウェイ・ミュージカル(64年9月22日~72年7月2日の7年9ヵ月、3242回のロングラン公演)の映画化[主役・テヴィエ(Tevye)を演じたのは、アメリカの俳優ゼロ・モステル(Zero Mostel、1915~77)]。19世紀末のウクライナ地方の寒村に暮らすユダヤ人一家を通して、時代の激動に流され変遷していく世界を描く。政情不安の嵐の中でも、娘たちは恋をし、各自が新しい人生に踏み出す。家長は貧しくも誇り高く、妻を愛し、娘たちを愛し、家を守る。
監督は『夜の大捜査線』(1967年)のノーマン・ジュイソン。イディッシュ文学の巨匠ショーレム・アレイヘムのベスト・セラー小説[短編『牛乳屋テヴィエ(Tevye der milkhiger)』1894年]をジョセフ・スタインが脚色。撮影は『オリバー!』のオズワルド・モリス、美術はマイケル・ストリンジャー、音楽監督はジョン・ウィリアムズ、作曲はジェリー・ボック、作詞はシェルダン・ハーニック、管弦楽編曲はアレクサンダー・カレッジ、音楽編集はリチャード・カラス、バイオリン演奏はアイザック・スターン、振付はジェローム・ロビンス。主演はイスラエルの舞台とロンドン王立劇場でテヴィエ役を演じた、イスラエル・テルアビブ出身のトポル(Topol、1935~)。第44回(1971年)アカデミー賞で、撮影賞、音楽賞、音響賞の3部門を受賞。
ストーリー :
アナテフカ(Anatevka)村の牛乳屋テヴィエ(トポル)は、「Tradition(伝統)」を重んじる敬虔なユダヤ教徒で、妻のゴールデ(ノーマ・クレイン)と5人の娘とつましくも温かい家庭を築いている。村のユダヤ人たちは聖書とラビの教えに従って戒律を守り、ロシア人ともうまく付き合っていた。
屋根の上で男(Tutte Lemkow)がバイオリンを弾いている。それを見たテヴィエは、「気でも狂ったのかと思うかもしれんが、この小さな村、アナテフカじゃあ、誰もが皆、“屋根の上のヴァイオリン弾き”のようなもんだ。首の骨を折らずに、なんとか楽しいささやかな旋律を奏でようっていうんだからな」と言う。
ある日、仲人女のイェンテ婆さん(モリー・ピコン)がテヴィエの長女ツァイテル(ロザリンド・ハリス)に縁談を持ってくる。相手は肉屋のラザール(ポール・マン)で、金持ちだがテヴィエよりも年上。しかし、これで貧しい生活から抜け出せると喜んだテヴィエは、ラザールに承諾を与えてしまう。
酒場で娘の婚約を祝って浮かれるテヴィエに、古いつき合いのロシア人の巡査部長が「近いうちにユダヤ人に対する弾圧が行なわれる」と警告する。巡査部長は政府からの命令なので従うしかないと言う。
ツァイテルには幼なじみで仕立屋のモーテル(レナード・フレイ)という恋人がいたが、貧乏で気が弱くテヴィエにツァイテルとの結婚を申し込む勇気がない。テヴィエがツァイテルにラザールとの婚約を伝えると、ツァイテルはどうしてもラザールとは結婚できないと泣き出し、そこへモーテルが駆けつけてツァイテルとの結婚の許可を求める。
しきたりでは結婚相手の決定権を持つのは家長である父親で、本人たちの気持ちなど通常は考慮されないものの、娘の幸せを願うテヴィエはついに折れて2人の結婚を許す。
村にキエフの大学を出た急進派の青年パーチック(マイケル・グレイザー)がやって来る。保守的な他のユダヤ人は爪弾きにするが、テヴィエはパーチックを気に入って娘たちの教師に雇い、勝ち気な次女のホーデル(ミシェル・マーシュ)はパーチックと恋に落ちる。
読書家の三女ハーバ(ニーバ・スモール)は、ロシア人の青年たちに絡まれているところをロシア人青年のフョードカ(レイモンド・ラブロック)に助けられ、フョードカの知的で誠実な人柄に惹かれていく。
ツァイテルとモーテルの結婚式が執り行なわれ、村のユダヤ人は全員集まってお祝いする。テヴィエとゴールデは美しく成長した娘の晴れ姿に胸を熱くし、妹たちは自分たちの将来の姿を夢見ている。
厳かな誓いの後、賑やかな祝宴とダンスが始まった。そこへロシアの警官隊がやって来て会場を荒らして滅茶苦茶にする。指揮をしていた巡査部長は、「命令なんだ。わかるだろ」と言って去って行った。
夫婦となったツァイテルとモーテルは、貧しいながらも幸せに暮らしている。パーチックとホーデルは2人だけで結婚を決めてテヴィエの怒りを買うが、結局テヴィエは娘の幸せのために渋々ながらも2人の結婚を認める。
しかし、革命軍に入ったパーチックは、キエフで政府軍に逮捕されシベリアに流刑になる。ホーデルはパーチックを支え一緒に暮らすためにシベリアへ旅立って行く。汽車に乗って遠ざかる娘の姿を見送るテヴィエは神に祈った。
ユダヤ人に対する弾圧は日に日に強くなって行く。三女のハーバとフョードカは密かに愛し合っていたが、異教徒であるロシア人との結婚はユダヤ教徒には到底許されないこと。
ハーバは家を捨て、ロシア正教会でフョードカと結婚してしまう。嘆くゴールデに、テヴィエは「ハーバは死んだものと思え」と言う。たとえ愛する娘のためでも、信仰だけは譲れなかったのだ。
ついにロシア政府は、ユダヤ人に3日以内に村から出て行くよう退去命令を出す。ユダヤ人たちは僅かな荷物を持って生まれ育った村を追われ、世界中に散って行く。
テヴィエの一家がニューヨークへ旅立つ準備をしていると、ハーバとフョードカが別れを言いに来る。2人はこの村を嫌い、クラクフへ移るのだ。テヴィエは去って行く2人に「神のご加護あれ」と声をかけた。
家財道具を積み込みんだ荷車を曳くテヴィエ一家の後を、屋根の上のバイオリン弾きがもの悲しい曲を奏でながらついて行く―。
本作のテーマ①:ユダヤ式伝統を守るテヴィエ家が直面する娘の結婚相手の“選択”の問題 長女ツァイテルは、仲人が押し付けようとした「金持ちだが卑しい職業とみなされていた肉屋の年老いた男」より、自分が好きな貧しい若い男と結婚する。次女ホーデルは、村で一番身分が高い聖職者の息子に憧れるが、結局自分の家庭教師で意志強固な青年に心惹かれ、彼が革命運動の罪でシベリアに流刑になると彼を追って、シベリアへ発つ。三女ハーバは、ユダヤ人ならぬロシア人の男と駆け落ちして、「ギリシャ正教」の教会で式を挙げてしまう。長女次女の行動はそれなりの理由をつけて許したテヴィエも、三女の結婚だけは許すことができなかった―。
本作のテーマ②:帝政ロシア末期におけるユダヤ人への迫害の問題 ユダヤ人への迫害はロシア語で「ポグロム」といわれる。
[註:ポグロム(погром パグローム)とは、ロシア語で「破滅・破壊」を意味する言葉。特定の意味が派生する場合には、加害者の如何を問わず、ユダヤ人に対し行なわれる集団的迫害行為(殺戮・略奪・破壊・差別)を言う。]
これは誰が行なったと特定されるものでなく、その時その時で不満を持った人々が一揆や反乱を起こした際にユダヤ人が巻き添えで襲撃されたこともあるし、1881年にアレクサンドル2世が暗殺されると、ロシアで反ユダヤ主義のポグロムが起こったりもした。映画史上の偉大な古典『戦艦ポチョムキン』(セルゲイ・エイゼンシュテイン監督、1925年)でも当時の根強い反ユダヤ人主義が見てとれる。このポグロムは、帝政ロシア政府が社会的な不満の解決をユダヤ人排斥主義に誘導したので助長されることになり、1903年から1906年にかけて激化し、ユダヤ人の海外逃亡が続いた。
この時、ロシアを出国したユダヤ人の半数は、アメリカを目指した。その結果、「移民割り当て法」によって一般ユダヤ人のアメリカ入国が難しくなる1920年代初めまでの約40年間に、東欧・ロシアから渡米したユダヤ系移民は250万人を超えた。
本作の原作者ショーレム・アレイヘム(Sholem Aleichem、1859~1916)は、1905年にアメリカに亡命。映画監督のスティーブン・スピルバーグ(1946~)の一族もウクライナのユダヤ人であったが、第一次世界大戦が始まる前にアメリカに移住している。
『牛乳屋テヴィエ』→『屋根の上のバイオリン弾き』 :

『牛乳屋テヴィエ』がミュージカル化で『屋根の上のバイオリン弾き』という魅力的な題名に変わっているのは、ユダヤ人の画家マルク・シャガール(Marc Chagall)の絵に触発されたと言われている。ローマ帝政期に皇帝ネロによるユダヤ人の大虐殺があった時、逃げまどう群衆の中で、ひとり屋根の上でバイオリンを弾く男がいたという故事を描いたシャガールの絵にヒントを得、ユダヤ人の不屈の魂の象徴として、この題名が付けられたとのこと。
シャガールは1887年、ロシア帝国領であったベラルーシ(ウクライナの北隣)に生まれた。彼は1922年にフランスに移るが、1941年にはナチスの迫害を避けてアメリカに移住。第二次世界大戦後フランスに戻り、その地でフランス人として暮らし、1985年に生涯を終える。
『牛乳屋テヴィエ』が『屋根の上のバイオリン弾き』と変わったとき、この原作により歴史的・社会的な要素が加えられた。
▼ Trailer
▼ 劇中歌“Tradition”→「屋根の上のバイオリン弾き」の独奏→オープニングクレジット :
市場、肉屋、鍛冶屋、仕立屋、宿屋などが雑然と立ち並ぶ貧村アナテフカ→屋根の上にはバイオリ弾きが、危なげなバランスを保って楽しい曲を弾いている。このバイオリン弾きが象徴するように~屋根の上で、いつ転落するかも知れない不安定な状況下でも、どこまでも軽やかに戯(おど)けて見せるバイオリン弾きの折れない心!~、村もテヴィエも過酷な現実から「Tradition=伝統」を守って必死に生きている!
本作の序盤で“Tradition”が歌われ→名手アイザック・スターン(Isaac Stern、1920~2001)によるバイオリン独奏曲が奏でられ(哀愁を帯びた芳醇な音色!)→オープニングクレジットが流れる。
▼ 劇中歌“Sunrise, Sunset” :
長女ツァイテルと仕立屋モーテルとの結婚式で歌われる“サンライズ・サンセット=陽は昇り、陽は沈む”は、このミュージカルを代表するナンバー。父親テヴィエと母親ゴールデの、娘を送り出す親の寂しい心情と、姉の結婚式を見守る若い二人、次女ホーデルと恋人パーチックの結婚への憧れと希望が対比されている。それが「陽は昇り、陽は沈む」⇒年月と共に世代が移り変わることの喜びと悲しみをひとしお深く聴く者に伝えている。
“SUNRISE, SUNSET”歌詞 :
(Tevye)
Is this the little girl I carried?
Is this the little boy at play?
(Golde)
I don’t remember growing older
When did they?
(Tevye)
When did she get to be a beauty?
When did he grow to be so tall?
(Golde)
Wasn’t it yesterday
When they were small?
(Men)
Sunrise, sunset
Sunrise, sunset
Swiftly flow the days
Seedlings turn overnight to sunflowers
Blossoming even as we gaze
(Women)
Sunrise, sunset
Sunrise, sunset
Swiftly fly the years
One season following another
Laden with happiness and tears
(Tevye)
What words of wisdom can I give them?
How can I help to ease their way?
(Golde)
Now they must learn from one another
Day by day
(Perchik)
They look so natural together
(Hodel)
Just like two newlyweds should be
(Perchik & Hodel)
Is there a canopy in store for me? ※
(All)
Sunrise, sunset
Sunrise, sunset
Swiftly fly the years
One season following another
Laden with happiness and tears
※canopy=天蓋は、ヘブライ語chuppāhの英語訳。フッパー=chuppāhhaはユダヤ教徒の結婚式で用いる覆いで、四角形の布、あるいはタッリート(tallīth=ユダヤ教の礼拝の時に男性が着用する、布製の肩掛け)を、四隅を棒で支えた形で作る。フッパーの下で結婚式の儀式を行なう。Is there a canopy in store for me? には、私たちはもうすぐ結婚するはずだというニュアンスが表されている。
“SUNRISE, SUNSET”訳詩 :
(テヴィエ)
これが私が抱っこしてたあの小さな娘(こ)なのか?
これが遊んでいたあの小さな男の子なのか?
(ゴールデ)
大きくなったのを覚えてないわ
あの子たちはいつの間に?
(テヴィエ)
いつの間に彼女は美しくなったんだろう?
いつの間に彼はこんなに背が高くなったんだろう?
(ゴールデ)
あれは昨日じゃなかったの?
いつのことだっただろう あの子たちが小さかったのは?
(男性コーラス)
陽は昇り 陽は沈む
陽は昇り 陽は沈む
瞬く間に流れ去る 日々は
蒔かれた種は一夜にしてヒマワリとなる
私たちが見つめるうちに花開く
(女性コーラス)
陽は昇り 陽は沈む
陽は昇り 陽は沈む
瞬く間に飛び去る 歳月は
季節からまた季節へと巡る
幸せと涙を積み重ね
(テヴィエ)
私は二人にどんな賢明な教えを垂れることができるだろうか?
どうしたら健やかに暮らす手助けができるだろうか?
(ゴールデ)
すぐに二人はお互いから学びあうことが必要なの
日々を共にして
(パーチック)
二人はとても自然に寄り添っている
(ホーデル)
本当に初々しい新婚の二人
(パーチック&ホーデル)
天蓋はわたし(ぼく)のために調(ととの)えられただろうか?
(全員)
陽は昇り 陽は沈む
陽は昇り 陽は沈む
瞬く間に飛び去る 歳月は
季節からまた季節へと巡る
幸せと涙を積み重ね
ブロードウェイの伝説的歌手ロバート・グーレ(Robert Goulet、1933~2007)が歌う“SUNRISE, SUNSET”もファンタスティック!He had a wonderful voice. I miss him so much.▼ 劇中歌“Far From the Home I Love” :
革命家パーチックが当局に逮捕され、次女ホーデルはパーチックを追ってシベリアに旅立つ。テヴィエは見渡す限り寥々と広がる荒野にぽつんと建つ駅舎(小屋!)で、彼女を見送る。親子の別れの愁嘆場!ホーデルは“Far From the Home I Love=愛する我が家を離れて”を美しい声調で切々と歌う。
This song hits me right in the heart. 寂寥感が我が身の内に染み渡る…。This is one of my favorites in Fiddler on the Roof and tears my heart out every time I hear it.
“Far From the Home I Love”歌詞 :
How can I hope to make you understand
Why I do, what I do,
Why I must travel to a distant land
Far from the home I love?
Once I was happily content to be
As I was, where I was
Close to the people who are close to me
Here in the home I love...
Who could see that a man would come
Who would change the shapes of my dreams?
Helpless, now, I stand with him
Watching older dreams grow dim.
Oh, what a melancholy choice this is,
Wanting home, wanting him,
Closing my heart to every hope but his,
Leaving the home I love.
There where my heart has settled long ago,
I must go, I must go.
Who could imagine I'd be wand'ring so
Far from the home I love?
Yet, there with my love, I'm home.
▼ 劇中歌“Anatevka” :
政情は悪化する一方で、とうとうユダヤ人の強制退去命令が下る→“Anatevka=アナテフカ”のユダヤ人たちは次々と村を離れていった。
■ 私感 :
私がトポル(テヴィエ役)主演の本作に初めて出会ったのは、1971年12月、東京の映画館・有楽座においてだった。それは同年11月3日のアメリカ公開を経て、日本公開直後のこと(配給:ユナイテッド・アーティスツ〈ユナイト映画〉)。この映画に感銘を受けた私は、その後、72年にテアトル銀座で、76年にテアトル東京で、80年に日比谷スカラ座で、82年にニュー東宝シネマで、4度にわたって繰り返し鑑賞した。

しかし、私は残念ながら、これまで【本場】ブロードウェイで、“Fiddler on the Roof” を一度も観劇したことがない。
私の場合、1999~2000年にニューヨークに長期滞在して以降今日まで、ブロードウェイにはまって、数多くの舞台~『キャッツ』『コーラスライン』『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』『王様と私』『シカゴ』『ライオンキング』『キャバレー』『美女と野獣』『レント』『ミス・サイゴン』等々~を何度も堪能してきたものの、『屋根の上のバイオリン弾き』は~既に5度もリバイバル上演された記念すべき名作にもかかわらず~、機会に恵まれず、いまだに観ずじまい…。
①Original(Tevye:Zero Mostel)/Sep 22, 1964~Jul 2, 1972/Broadway Theatre, Imperial Theatre, Majestic Theatre
②Revival(Tevye:Zero Mostel)/Dec 28, 1976~May 21, 1977/Winter Garden Theatre
③Revival(Tevye:Herschel Bernardi)/Jul 9, 1981~Aug 23, 1981/New York State Theatre
④Revival(Tevye:Topol)/Nov 18, 1990~Jun 16, 1991/Gershwin Theatre
⑤Revival(Tevye:Alfred Molina)/Feb 26, 2004~Jan 8, 2006/Minskoff Theatre
⑥Revival(Tevye:Danny Burstein)/Dec 20, 2015~Dec 31, 2016/Broadway Theatre
ただし、私は“Fiddler on the Roof”の日本版、森繁久彌(テヴィエ役、1913~2009)主演の舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』については観劇した(※日本版〈東宝制作〉の題名表記は、『屋根の上のヴァイオリン弾き』である)。
日本版は1967年9月6日、東京・帝国劇場にて初演。テヴィエ役は1986年まで900回にわたり森繁久彌が務めた(観客動員数:約165万人、最終公演日:1986年5月31日)。その後、テヴィエ役は上條恒彦(1986年、帝国劇場で7回出演)、西田敏行(1994~2001年)、市村正親(2004~現在)と受け継がれ、2017年12月には日生劇場での上演(日本初演50周年記念公演)が予定されている。それは、日本でも多くの人から愛され続けてきたロングランミュージカルにほかならない。
かつて私は「森繁テヴィエ」を繰り返し3度観た。たしか1970年代の半ば→70年代の終わり→80年代の初めだったと思う。森繁久弥という希代の演技者~「昭和の芸能界を代表する国民的名優」~のライフワークとなった、この日本版ミュージカルは若かりし頃の私の胸に、どういう印象を彫りつけただろうか…。

↑ 森繁久彌版『屋根の上のヴァイオリン弾き』チラシ[中日劇場(所在地:名古屋市中区栄)「東宝ミュージカル特別公演(1975年5月3日~19日)」]
もともと“Fiddler on the Roof”では、舞台版にしろ映画版にしろ、主人公のテヴィエのモノローグ(独白)シーンが多用されている。このモノローグは一にテヴィエ役を演じる役者としての力量にかかってくる。当該ミュージカルの内容全体の質を高めるかどうかは、テヴィエ役の個性的なキャラクターの何たるか次第なのだ。
森繁=テヴィエの妙は、その“語り口”と、その人品骨柄が醸し出す“雰囲気”にあった。
私はじっと目をつぶると瞬時に浮かんでくる。森繁=テヴィエが両手を高らかに掲げ、指を鳴らしながら、「しきたり~、しきたり、しきたり。」と唄う様子が…(日本版ではtraditionを「仕来たり」と訳している)。
そこには日本的な“和”の生暖かい香りが漂っていた。森繁はややもすれば主役・テヴィエをひょうきんに演じがちだ。劇中で、つい、こっそり本音をむき出しにし、ことさらに観客の涙や笑いを誘う(なるほど森繁はアドリブの名人には違いないが…)。「お涙頂戴人情ばなし」、「お笑いユーモアもの」…。時に、纏綿(てんめん)たる情緒にベタに寄りかかる大衆演劇を彷彿(ほうふつ)とさせるではないか。
トポルのテヴィエは、これ以上ない、どんぴしゃりの適役だった。
イスラエルで生まれ育ったトポルは、主役のユダヤ人テヴィエを、1967年のロンドンの舞台版に続き、71年の映画版で、存在感のある迫真の演技で熱演⇒第44回アカデミー主演男優賞にノミネートされ、一躍世界的なスターになった。
彼は80年代には舞台版でアメリカツアーを行ない→90年にはブロードウェイの舞台に立ち、第45回トニー賞主演男優賞〈ミュージカル部門〉にノミネートされる。
そこでは、苦難の歴史を逃れ難く背負うテヴィエの人間としての重みを正面から受け止めたトポルが生き生きと躍動していた。変わりゆく家族や周囲に戸惑いながらも、家族への深い愛と包容力の大きな人柄を体全体で伸び伸びと表現するトポル=テヴィエではあった!


▼ cf. 森繁版『屋根の上のヴァイオリン弾き』“Tradition(しきたり)” :
あるウェブサイトに、≪「20 世紀が生んだ日本のマルチ・スーパー・エンターテイナー」森繁久彌の「代表作・ライフワーク」≫『屋根の上のヴァイオリン弾き』に関する興味深い「誕生秘話」が記載されている (FM大阪「おしゃべり音楽マガジン くらこれ!」【音楽交遊録】35話 http://fm-osaka.com/kurakore/?page_id=801)。1978年9月22日、ある音楽プロデューサーが同作を上演中の梅田コマ劇場(現・梅田芸術劇場)の楽屋を訪ねて森繁(当時65歳)に、「何故このミュージカル“屋根の上のヴァイオリン弾き”がスタートしたのか」と質問する。
森繁は応じる。「10 数年前、ソニーの盛田さんて社長さんがね、(盛田昭夫…ソニー創業者の1人)あの人、非常にミュージカル通で、ニューヨークで(屋根の上のヴァイオリン弾き)を観てすぐにね“森繁が出てる!!”って、すぐに東宝の本社に電話をかけて来て、ニューヨークから… “この作品をすぐやれ!!私が推薦する”。それで菊田(一夫)さんらがすぐ観に行って。そのころ私の女房( 満壽子夫人)がニューヨークで遊んでいて、盛田さんが“奥さん!あんたのご主人が舞台に出てるんで、観なさいよ!”“何いってるんですか?? !”と言いながら、入って観ているうちに、女~房がですよ、40 何年一緒の…“あら! ホントに出てきたワ!!”って。/そんなことがキッカケで。(最初)森繁が歌って踊って、できるかな?って、色々言われたんだけど、歌ったって“枯れススキ”みたいな森繁節でもあるしと、それもあったかもしれませんが。約40 日の稽古をして(幕を)開けましたけど。(1967年)毎回、再演するたびに40 日稽古する。やってる途中(上演中)でもね、ちょっと崩れてくるとすぐ稽古する。悪い意味で慣れるから。慣性という慣れ。ナレナレシイが出てくると困る。だからすっごくチェックしますよ皆な」
また、さらなる質問「ミュージカルの魅力とは?」に対して、森繁はこう答える。
「テーマは、暗い、重い話ですよね、5人の娘を持った貧乏人の、ミルク絞りのおっさんの話だけど、その裏には祖国のないユダヤ人たちがロシアというところで肩をすぼめて、当り障りのないように、そ~っと屋根の上のヴァイオリン弾きみたいに、ハーモニーを持ちながら生きてる。それが題名になっている。暗いテーマだけど、全部面白く見せろ!と。/ニューヨークでは“トゥー・サッド”っていうんですね、あまりにも悲しすぎる。そうすると嫌がるのね皆。お客が来ないの。それで、2分か3分くらいで私が笑わすわけですよ!森繁が勝手に笑わせている… と、“あの人はアドリブがうまい”からと、思うかもしれない。そうじゃなくて全部演出ですヨ!終始笑い、とってつけた笑いでは無い」
▼ cf. Topol played Tevye on the stage of Fiddler on the Roof in 2009. Topol and the cast sing “Tradition”. :
【From Wikipedia "On January 20, 2009, Topol began a farewell tour of Fiddler on the Roof as Tevye, opening in Wilmington, Delaware, USA. He was forced to withdraw from the tour owing to a shoulder injury, and made his last appearance as Tevye in Boston, Massachusetts on November 15, 2009."】
He was 36 years old when the movie was made. He was 73~74 in this production !! (He was born on September 9, 1935.)
▼ cf. ブロードウェイ・リバイバル版 “Fiddler on the Roof”
(1) 【Alfred Molina(アルフレッド・モリーナ、1953~)as Tevye】
“Tradition”/“Bottle Dance”on The 58th Tony Awards :(同作は第58回〈2004年〉トニー賞リバイバル作品賞〈ミュージカル部門〉及び主演男優賞〈ミュージカル部門〉にノミネートされる。)
(2) 【Danny Burstein(ダニー・バーンスタイン、1964~)as Tevye】
Show Clips :(同作は第70回〈2016年〉トニー賞リバイバル作品賞〈ミュージカル部門〉及び主演男優賞〈ミュージカル部門〉にノミネートされる。)
舞台裏・リハーサル(Inside The Studio Recording The Broadway Cast Album) :本場のミュージカルは、さすがにスケールが大きく、奥行きが深く、芸術的な匂いが高い!
≪参照:ブログ「普通人の映画体験」/記事「映画『手紙は憶えている』」≫
≪参照:ブログ「在りし日のニューヨークの記憶」/記事「1999年8月3日(火)~“Beauty and the Beast”~」≫
2010年4月3日(土)20:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 The Fall
製作年 2006年
製作国 インド イギリス アメリカ
配給 ムービーアイ
上映時間 118分

『ザ・セル』で鮮烈なビジュアル世界を築いたターセム・シン監督が、世界24ヵ国以上で4年がかりでロケを敢行して撮り上げた絢爛豪華な愛と感動の映像叙事詩。事故で下半身不随となり、自暴自棄になったスタントマンと骨折で入院中の無垢な少女の心の交流を軸に、スタントマンが少女に思いつくままに語るおとぎ話をエキゾティックかつイマジネーション溢れる映像美で描き出す。主演は『グッド・シェパード』のリー・ペイスとこれがデビューのカティンカ・ウンタルー。
ストーリー :
1915年のアメリカ、ロサンゼルス。映画のスタントマンとして働くロイ・ウォーカー(リー・ペイス)は、撮影中の事故で橋から落下し両足を骨折するという大怪我を負い、病院のベッドに横たわっていた。彼の不運はそれだけにとどまらず、恋人を映画の主演俳優に奪われたこともあり自暴自棄に陥っていた。
そんな時、ロイの前に一人の女の子が現われた。名前はアレクサンドリア(カティンカ・ウンタルー)。オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折してロイと同じ病院に入院していた。彼女はルーマニアからの移民で、清浄無垢で好奇心旺盛な5歳の少女だった。
そんなアレクサンドリアにロイは「アレキサンダー大王」のおとぎ話をする。ロイの話に夢中になる彼女に、ロイはまた次の日も来るように告げる。
自ら動くことのできないロイは、自殺するための薬を調剤室から盗んでこさせようと彼女を利用することを計画。彼女の気を引くために、思いつきの冒険物語を語り始める…。素敵なおとぎ話の続きを聞きたい彼女は、ロイの誘導に従う。
ロイの考える作り話は、悪総督オウディアス(ダニエル・カルタジローン)のために、愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた“6人の戦士”が力を合わせ総督に立ち向かう《愛と復讐の物語》だった。
①総督に弟を殺されたオッタ・ベンガ(マーカス・ウェズリー)
②妻を誘拐され死に追いやられたインド人(ジットゥ・ヴェルマ)
③爆薬のスペシャリストであるため危険分子とされたルイジ(ロビン・スミス)
④幻の蝶の死骸を送りつけられた英国の生物学者ダーウィン(レオ・ビル)と猿の相棒ウォレス
⑤弟と共に死刑を宣告された仮面の黒山賊(エミール・ホスティナ)
⑥神聖な森を総督に焼き払われた長髪の霊者(ジュリアン・ブリーチ)
この6人の勇者が総督を追って世界中を駆け巡る冒険譚を、ロイが語りアレクサンドリアが耳を澄ます…。
自殺願望のある青年ロイが幼い少女アレクサンドリアを操るための即興のおとぎ話は、いつしかロイとアレクサンドリアの共作となって現実と非現実を往還する壮大な叙事詩へと展開する。
男の絶望がお話の中で浮き彫りになっていき、それに対する女の子の純粋なやさしさが叫びとなり、おとぎ話と現実の世界がシンクロする。ロイが提示した暗い道筋に、アレクサンドリアは度々意見を挟み、軌道修正を要求する。
ロイとアレクサンドリアの二人は、このファンタスティック&リリカルな心の旅を共にしながら、互いに夢と希望を紡ぎ、生きる力を喚起させていく…。
▼予告編
作品データ :
原題 The Fall
製作年 2006年
製作国 インド イギリス アメリカ
配給 ムービーアイ
上映時間 118分

『ザ・セル』で鮮烈なビジュアル世界を築いたターセム・シン監督が、世界24ヵ国以上で4年がかりでロケを敢行して撮り上げた絢爛豪華な愛と感動の映像叙事詩。事故で下半身不随となり、自暴自棄になったスタントマンと骨折で入院中の無垢な少女の心の交流を軸に、スタントマンが少女に思いつくままに語るおとぎ話をエキゾティックかつイマジネーション溢れる映像美で描き出す。主演は『グッド・シェパード』のリー・ペイスとこれがデビューのカティンカ・ウンタルー。
ストーリー :
1915年のアメリカ、ロサンゼルス。映画のスタントマンとして働くロイ・ウォーカー(リー・ペイス)は、撮影中の事故で橋から落下し両足を骨折するという大怪我を負い、病院のベッドに横たわっていた。彼の不運はそれだけにとどまらず、恋人を映画の主演俳優に奪われたこともあり自暴自棄に陥っていた。
そんな時、ロイの前に一人の女の子が現われた。名前はアレクサンドリア(カティンカ・ウンタルー)。オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折してロイと同じ病院に入院していた。彼女はルーマニアからの移民で、清浄無垢で好奇心旺盛な5歳の少女だった。
そんなアレクサンドリアにロイは「アレキサンダー大王」のおとぎ話をする。ロイの話に夢中になる彼女に、ロイはまた次の日も来るように告げる。
自ら動くことのできないロイは、自殺するための薬を調剤室から盗んでこさせようと彼女を利用することを計画。彼女の気を引くために、思いつきの冒険物語を語り始める…。素敵なおとぎ話の続きを聞きたい彼女は、ロイの誘導に従う。
ロイの考える作り話は、悪総督オウディアス(ダニエル・カルタジローン)のために、愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた“6人の戦士”が力を合わせ総督に立ち向かう《愛と復讐の物語》だった。
①総督に弟を殺されたオッタ・ベンガ(マーカス・ウェズリー)
②妻を誘拐され死に追いやられたインド人(ジットゥ・ヴェルマ)
③爆薬のスペシャリストであるため危険分子とされたルイジ(ロビン・スミス)
④幻の蝶の死骸を送りつけられた英国の生物学者ダーウィン(レオ・ビル)と猿の相棒ウォレス
⑤弟と共に死刑を宣告された仮面の黒山賊(エミール・ホスティナ)
⑥神聖な森を総督に焼き払われた長髪の霊者(ジュリアン・ブリーチ)
この6人の勇者が総督を追って世界中を駆け巡る冒険譚を、ロイが語りアレクサンドリアが耳を澄ます…。
自殺願望のある青年ロイが幼い少女アレクサンドリアを操るための即興のおとぎ話は、いつしかロイとアレクサンドリアの共作となって現実と非現実を往還する壮大な叙事詩へと展開する。
男の絶望がお話の中で浮き彫りになっていき、それに対する女の子の純粋なやさしさが叫びとなり、おとぎ話と現実の世界がシンクロする。ロイが提示した暗い道筋に、アレクサンドリアは度々意見を挟み、軌道修正を要求する。
ロイとアレクサンドリアの二人は、このファンタスティック&リリカルな心の旅を共にしながら、互いに夢と希望を紡ぎ、生きる力を喚起させていく…。
▼予告編
2010年4月2日(金)23:30~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 House of D (House of Detentionの省略で「留置場」のこと)
製作年 2004年
製作国 アメリカ
上映時間 96分

子供の心を持ったまま大人になった男性と孤独な少年が織りなす友情を、『いまを生きる』(1989年)、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)の名優ロビン・ウィリアムズ(1951~2014)と『ターミネーター4』(2009年)でブレイクする前のアントン・イェルチン(1989~2016)共演で描いたハートウォーミングドラマ。俳優のデイヴィッド・ドゥカヴニーが監督・脚本・出演を務めた。ドゥカヴニーの監督デビュー作。日本では劇場未公開でDVDスルーとなった。
ストーリー :
1970年代初頭のニューヨーク。13歳の少年トム(アントン・イェルチン)は、夫に先立たれ、悲しみから抜け出せずにいる母親(ティア・レオーニ)と共に静かに暮らしていた。トムの楽しみは、彼が通う学校の用務員パパス(ロビン・ウィリアムズ)と共に肉屋で配達のバイトをすること。そして二人の夢は、ショーウィンドウに飾られている緑の自転車に乗ることだ。知的障害を抱え、年上ながら心が子供のままのパパスとナイーブなトムは、いつしかとても気が合う親友同士になっていた。しかし、初恋を通じてトムが、少しずつ大人の階段を昇りはじめると、大人になれないパパスとの間に少しずつ亀裂が入りはじめる。そんな時、二人が憧れていた緑の自転車が盗まれてしまい…
▼予告編
作品データ :
原題 House of D (House of Detentionの省略で「留置場」のこと)
製作年 2004年
製作国 アメリカ
上映時間 96分

子供の心を持ったまま大人になった男性と孤独な少年が織りなす友情を、『いまを生きる』(1989年)、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)の名優ロビン・ウィリアムズ(1951~2014)と『ターミネーター4』(2009年)でブレイクする前のアントン・イェルチン(1989~2016)共演で描いたハートウォーミングドラマ。俳優のデイヴィッド・ドゥカヴニーが監督・脚本・出演を務めた。ドゥカヴニーの監督デビュー作。日本では劇場未公開でDVDスルーとなった。
ストーリー :
1970年代初頭のニューヨーク。13歳の少年トム(アントン・イェルチン)は、夫に先立たれ、悲しみから抜け出せずにいる母親(ティア・レオーニ)と共に静かに暮らしていた。トムの楽しみは、彼が通う学校の用務員パパス(ロビン・ウィリアムズ)と共に肉屋で配達のバイトをすること。そして二人の夢は、ショーウィンドウに飾られている緑の自転車に乗ることだ。知的障害を抱え、年上ながら心が子供のままのパパスとナイーブなトムは、いつしかとても気が合う親友同士になっていた。しかし、初恋を通じてトムが、少しずつ大人の階段を昇りはじめると、大人になれないパパスとの間に少しずつ亀裂が入りはじめる。そんな時、二人が憧れていた緑の自転車が盗まれてしまい…
▼予告編
2010年4月2日(金)20:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 Funny Face
製作年 1957年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント
上映時間 103分


モードなパリを豊かに描いた、夢が溢れるミュージカル。オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn、1929~93)主演4作目[『ローマの休日』(1953年)→『麗しのサブリナ』(1954年)→『戦争と平和』(1956年)]。
オードリー演じる、お洒落に無頓着でちょっと野暮ったい文学少女ジョー・ストックトンが、フレッド・アステア(Fred Astaire、1899~1987)演じる有名フォトグラファー、ディック・エヴリーに見出され、パリでのモデル経験を通して華麗なる美女へと変貌を遂げるシンデレラ・ラブストーリー。
メトロ・ゴールドウィン・メイヤーの看板俳優であるアステアの熟練したダンスと、フレッシュなオードリーの珍しい肉声の歌が楽しめる[後にオードリーがヒロインを務める『マイ・フェア・レディ』(1964年)は歌の部分は吹替え]。また全盛期のMGMミュージカルを影で支えた才人ケイ・トンプソン(Kay Thompson、1909~98)が助演、『雨に唄えば』(1952年)をはじめとして長年MGMで多数のミュージカル映画を撮ってきたスタンリー・ドーネン(Stanley Donen、1924年~)が監督と、パラマウントで撮ったMGMミュージカル、ともいうべき作品である。
ストーリー :
古本屋で働くジョー(オードリー・ヘプバーン)はひょんなことからファッション雑誌のモデルになる。撮影はパリ。彼女は共感主義の哲学に夢中で、パリに行ったら共感主義の元祖フロストル教授に会えると、モデルを引き受け、雑誌の編集長マギー(ケイ・トンプソン)、カメラマンのディック(フレッド・アステア)と共に旅立つ。ディックはジョーが好きだが、共感主義の哲理を振り回すジョーはそれに気がつかない。撮影が進むうち、ジョーはフロストル教授と会うチャンスが訪れ、フロストル教授は哲学はそっちのけで別の事を教授しそうになる。あいつはただの男だとこきおろすディックにジョーは腹を立て、パリの街をあっちへいったり、こっちへいったりの追いかけあいを展開する…。
▼ Trailer
▼ (♪) “Bonjour, Paris!” in Funny Face:
(Fred Astaire, Audrey Hepburn and Kay Thompson singing in this wonderful musical called Funny Face)
▼ (♪) “On How To Be Lovely” in Funny Face:
(performed by Kay Thompson and Audrey Hepburn)
▼ (♪) “Funny Face” Song in Funny Face:
(I can't believe Fred Astaire was 57 years old in this movie!Fred Astaire and Audrey Hepburn, what a divine pair !!)
▼ (♪) FRED ASTAIRE “He Loves And She Loves” in Funny Face:
(“He Loves and She Loves” is a 1927 song composed by George Gershwin, with lyrics by Ira Gershwin[ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)とアイラ・ガーシュウィン(1896~1983)兄弟]. Starring Fred Astaire and the lovely Audrey Hepburn!)
▼ (♪) “ 'S Wonderful” in Funny Face:
(Sung and Danced by Audrey Hepburn and Fred Astaire)
▼ Audrey Hepburn's Cute Dance in Funny Face:
(本作はオードリー・ヘプバーン初のミュージカル映画だが、注目すべきは彼女のダンスシーンの多いこと。そこでは、もともとバレリーナを目指して、バレエの素養を身につけた彼女の身体能力~姿勢のよさや動きの美しさ(肘をぐっと張り、背筋をぴんと伸ばす…)!~が素直に発揮されている。それはコケティッシュでキュートな、オードリーならではの魅力にあふれたダンスにほかならない。これはフレッド・アステアの見事なタップダンスと並び、本作の見せ場の中心をなす。)
☆★ ”20世紀最高の美女”といわれるオードリー・ヘプバーン。そのエレガントな美しさは格別!
私はニューヨークに長期滞在中、たしか1999年12月某日、ハリウッドのある映画関係者から聞かされたものだった。オードリー・ヘップバーンこそperfect beauty(パーフェクト・ビューティ)である、と。
それは、今なお私の耳に残って忘れがたい率直な評言だった。
作品データ :
原題 Funny Face
製作年 1957年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント
上映時間 103分


モードなパリを豊かに描いた、夢が溢れるミュージカル。オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn、1929~93)主演4作目[『ローマの休日』(1953年)→『麗しのサブリナ』(1954年)→『戦争と平和』(1956年)]。
オードリー演じる、お洒落に無頓着でちょっと野暮ったい文学少女ジョー・ストックトンが、フレッド・アステア(Fred Astaire、1899~1987)演じる有名フォトグラファー、ディック・エヴリーに見出され、パリでのモデル経験を通して華麗なる美女へと変貌を遂げるシンデレラ・ラブストーリー。
メトロ・ゴールドウィン・メイヤーの看板俳優であるアステアの熟練したダンスと、フレッシュなオードリーの珍しい肉声の歌が楽しめる[後にオードリーがヒロインを務める『マイ・フェア・レディ』(1964年)は歌の部分は吹替え]。また全盛期のMGMミュージカルを影で支えた才人ケイ・トンプソン(Kay Thompson、1909~98)が助演、『雨に唄えば』(1952年)をはじめとして長年MGMで多数のミュージカル映画を撮ってきたスタンリー・ドーネン(Stanley Donen、1924年~)が監督と、パラマウントで撮ったMGMミュージカル、ともいうべき作品である。
ストーリー :
古本屋で働くジョー(オードリー・ヘプバーン)はひょんなことからファッション雑誌のモデルになる。撮影はパリ。彼女は共感主義の哲学に夢中で、パリに行ったら共感主義の元祖フロストル教授に会えると、モデルを引き受け、雑誌の編集長マギー(ケイ・トンプソン)、カメラマンのディック(フレッド・アステア)と共に旅立つ。ディックはジョーが好きだが、共感主義の哲理を振り回すジョーはそれに気がつかない。撮影が進むうち、ジョーはフロストル教授と会うチャンスが訪れ、フロストル教授は哲学はそっちのけで別の事を教授しそうになる。あいつはただの男だとこきおろすディックにジョーは腹を立て、パリの街をあっちへいったり、こっちへいったりの追いかけあいを展開する…。
▼ Trailer
▼ (♪) “Bonjour, Paris!” in Funny Face:
(Fred Astaire, Audrey Hepburn and Kay Thompson singing in this wonderful musical called Funny Face)
▼ (♪) “On How To Be Lovely” in Funny Face:
(performed by Kay Thompson and Audrey Hepburn)
▼ (♪) “Funny Face” Song in Funny Face:
(I can't believe Fred Astaire was 57 years old in this movie!Fred Astaire and Audrey Hepburn, what a divine pair !!)
▼ (♪) FRED ASTAIRE “He Loves And She Loves” in Funny Face:
(“He Loves and She Loves” is a 1927 song composed by George Gershwin, with lyrics by Ira Gershwin[ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)とアイラ・ガーシュウィン(1896~1983)兄弟]. Starring Fred Astaire and the lovely Audrey Hepburn!)
▼ (♪) “ 'S Wonderful” in Funny Face:
(Sung and Danced by Audrey Hepburn and Fred Astaire)
▼ Audrey Hepburn's Cute Dance in Funny Face:
(本作はオードリー・ヘプバーン初のミュージカル映画だが、注目すべきは彼女のダンスシーンの多いこと。そこでは、もともとバレリーナを目指して、バレエの素養を身につけた彼女の身体能力~姿勢のよさや動きの美しさ(肘をぐっと張り、背筋をぴんと伸ばす…)!~が素直に発揮されている。それはコケティッシュでキュートな、オードリーならではの魅力にあふれたダンスにほかならない。これはフレッド・アステアの見事なタップダンスと並び、本作の見せ場の中心をなす。)
☆★ ”20世紀最高の美女”といわれるオードリー・ヘプバーン。そのエレガントな美しさは格別!
私はニューヨークに長期滞在中、たしか1999年12月某日、ハリウッドのある映画関係者から聞かされたものだった。オードリー・ヘップバーンこそperfect beauty(パーフェクト・ビューティ)である、と。
それは、今なお私の耳に残って忘れがたい率直な評言だった。
2010年3月31日(水)渋東シネタワー(東京都渋谷区道玄坂2-6-17、JR渋谷駅ハチ公口より徒歩1分)で、16:15~鑑賞。
※1991年7月、渋谷東宝会館(56年開館~89年閉館)の跡地に、“渋東シネタワー”(4スクリーン)が開業。2011年7月15日、渋東シネタワー(スクリーン)1・2を改装し、TOHOシネマズ渋谷のスクリーン1・2・3・4として再開業する。同年11月30日、渋東シネタワー(スクリーン)3・4を改装し、TOHOシネマズ渋谷のスクリーン5・6として再開業する。
これにより、映画館としての渋東シネタワーは消滅→建物自体は引き続き渋東シネタワーの名称が使用されている。
作品データ :
原題 Cirque du Freak:The Vampire's Assistant
製作年 2009年
製作国 アメリカ
配給 東宝東和
上映時間 109分
『アメリカン・パイ』『アバウト・ア・ボーイ』のポール・ワイツ監督が、全世界ベストセラー児童文学(ダレン・シャン著『ダレン・シャン』シリーズ)を映画化したダーク・ファンタジー。ひょんなことからハーフ・バンパイアとなりバンパイアの助手をするハメになった少年が、バンパイア同士の抗争に巻き込まれながらバンパイアとして成長していく姿を描く。主演は新星クリス・マッソグリア、共演にジョン・C・ライリー、サルマ・ハエック、ウィレム・デフォー、渡辺謙ほか。
ストーリー :
ダレン・シャン(クリス・マッソグリア)は、家族とともに郊外の町で暮らす16歳の少年。成績優秀で女の子にもモテモテ、何不自由ない生活を謳歌していた。ある日、親友のスティーブ(ジョシュ・ハッチャーソン)とともに、風変わりなサーカス一座“シルク・ド・フリーク”のショーを見に行く。ミスター・トール(渡辺謙)が団長を務めるシルク・ド・フリークは、他では目にすることが出来ないユニークなショーを披露。自在に髭を伸ばし、予知能力を持つマダム・トラスカ(サルマ・ハエック)、切断された体を再生できるコーマ・リズム(ジェーン・クラコウスキー)などなど…。中でも蜘蛛好きなダレンの興味を引いたのは、巨大毒蜘蛛マダム・オクタを操るラーデン・クレプスリー(ジョン・C・ライリー)だった。吸血鬼マニアのスティーブは、クレプスリーが吸血鬼であることに気づき、自分を吸血鬼にして欲しいと頼み込むが、すげなく却下。悪態をついて去って行く。一方、ダレンは楽屋裏で出会ったマダム・オクタを手にしたまま帰宅。翌日、マダム・オクタを学校に連れて行くと、スティーブが噛まれてしまう。昏睡状態に陥った親友を救うため、ダレンは解毒剤を求めてクレプスリーのもとを訪れる。自分が半吸血鬼のハーフ・バンパイアとなる条件で解毒剤を手に入れるダレン。これによりスティーブの命は救われるが、ハーフ・バンパイアとなったダレンは、家族と別れ、シルク・ド・フリークと行動を共にすることになる。そんなある日、人間を襲う凶暴な吸血鬼集団バンパニーズがシルク・ド・フリークを襲撃してくる。その先頭に立つのは、なんとスティーブ。クレプスリーとダレンへの憎しみを募らせた彼は、バンパニーズに加わっていたのだ。ダレンの家族を人質に取るバンパニーズ。命を救った相手から裏切られた悲しみと悔しさに駆られながら、ダレンはスティーブに立ち向かう…。
▼予告編
※1991年7月、渋谷東宝会館(56年開館~89年閉館)の跡地に、“渋東シネタワー”(4スクリーン)が開業。2011年7月15日、渋東シネタワー(スクリーン)1・2を改装し、TOHOシネマズ渋谷のスクリーン1・2・3・4として再開業する。同年11月30日、渋東シネタワー(スクリーン)3・4を改装し、TOHOシネマズ渋谷のスクリーン5・6として再開業する。
これにより、映画館としての渋東シネタワーは消滅→建物自体は引き続き渋東シネタワーの名称が使用されている。
作品データ :
原題 Cirque du Freak:The Vampire's Assistant
製作年 2009年
製作国 アメリカ
配給 東宝東和
上映時間 109分
『アメリカン・パイ』『アバウト・ア・ボーイ』のポール・ワイツ監督が、全世界ベストセラー児童文学(ダレン・シャン著『ダレン・シャン』シリーズ)を映画化したダーク・ファンタジー。ひょんなことからハーフ・バンパイアとなりバンパイアの助手をするハメになった少年が、バンパイア同士の抗争に巻き込まれながらバンパイアとして成長していく姿を描く。主演は新星クリス・マッソグリア、共演にジョン・C・ライリー、サルマ・ハエック、ウィレム・デフォー、渡辺謙ほか。
ストーリー :
ダレン・シャン(クリス・マッソグリア)は、家族とともに郊外の町で暮らす16歳の少年。成績優秀で女の子にもモテモテ、何不自由ない生活を謳歌していた。ある日、親友のスティーブ(ジョシュ・ハッチャーソン)とともに、風変わりなサーカス一座“シルク・ド・フリーク”のショーを見に行く。ミスター・トール(渡辺謙)が団長を務めるシルク・ド・フリークは、他では目にすることが出来ないユニークなショーを披露。自在に髭を伸ばし、予知能力を持つマダム・トラスカ(サルマ・ハエック)、切断された体を再生できるコーマ・リズム(ジェーン・クラコウスキー)などなど…。中でも蜘蛛好きなダレンの興味を引いたのは、巨大毒蜘蛛マダム・オクタを操るラーデン・クレプスリー(ジョン・C・ライリー)だった。吸血鬼マニアのスティーブは、クレプスリーが吸血鬼であることに気づき、自分を吸血鬼にして欲しいと頼み込むが、すげなく却下。悪態をついて去って行く。一方、ダレンは楽屋裏で出会ったマダム・オクタを手にしたまま帰宅。翌日、マダム・オクタを学校に連れて行くと、スティーブが噛まれてしまう。昏睡状態に陥った親友を救うため、ダレンは解毒剤を求めてクレプスリーのもとを訪れる。自分が半吸血鬼のハーフ・バンパイアとなる条件で解毒剤を手に入れるダレン。これによりスティーブの命は救われるが、ハーフ・バンパイアとなったダレンは、家族と別れ、シルク・ド・フリークと行動を共にすることになる。そんなある日、人間を襲う凶暴な吸血鬼集団バンパニーズがシルク・ド・フリークを襲撃してくる。その先頭に立つのは、なんとスティーブ。クレプスリーとダレンへの憎しみを募らせた彼は、バンパニーズに加わっていたのだ。ダレンの家族を人質に取るバンパニーズ。命を救った相手から裏切られた悲しみと悔しさに駆られながら、ダレンはスティーブに立ち向かう…。
▼予告編
2010年3月30日(火)20:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 YOUTH WITHOUT YOUTH
製作年 2007年
製作国 アメリカ ドイツ イタリア フランス ルーマニア
配給 CKエンタテインメント
上映時間 124分
『ゴッドファーザー』『地獄の黙示録』のフランシス・F・コッポラ監督が、『レインメーカー』以来10年ぶりにメガホンをとり、ひとりの男の世にも数奇な運命を描く幻想奇譚。原作はミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade、1907~86)の『若さなき若さ(Youth Without Youth)』。主演は『海の上のピアニスト』のティム・ロス、共演に『コントロール』のアレクサンドラ・マリア・ララ、ブルーノ・ガンツ、マット・デイモンほか。
ストーリー:
1938年、第二次世界大戦前夜のルーマニア。70歳の言語学者ドミニク(ティム・ロス)は、一生をかけた研究も未完のまま、「別の世界にあなたは生きている」と言われて別れたラウラ(アレクサンドラ・マリア・ララ)を忘れられない孤独な日々を送っていた。彼女は別の男と結婚して子をもうけ1年後に亡くなったという。ある復活祭の日、彼は突然雷に打たれ、病院に収容され、スタンチェレス教授(ブルーノ・ガンツ)の治療を受ける。復活祭に亡くなった人の魂は、天国に直行するといわれるが、奇跡的に一命をとりとめる。しかも、驚異的な頭脳と若き肉体に復活、新しい頑丈な歯まで、はえてきている。
医学の研究対象にされるドミニク。70歳とは思えない肉体のために、誰も彼のことを信じない。仮身分の35歳として病院を退院する。肉体だけでなく記憶力や、その他の能力も進化している。そして、時空を超越するもう一人の分身を持つようにもなった。
この超常的な現象に、アドルフ・ヒトラーが関心を持ち、ドミニクはゲシュタポに拉致されそうになるが、ナチの反組織のはからいで、スイスへ逃亡。名前を変え、顔にひげをはやしたりして、ナチの探索から逃げる日々。予言能力を持つことに気づき、ルーレットで生活費を稼ぐ。ナチ以外に米国、スイスの医学者からもねらわれる。ナチの医学者が拳銃でおどして、拉致しようとするも、特殊な能力で、銃口を医学者本人に向かわしめ、当の医学者を射殺してしまう。
1955年、ドミニクはラウラに生き写しのヴェロニカ(アレクサンドラ・マリア・ララ)という若い快活な女性にめぐり合う。彼女は落雷に遭い、サンスクリット語で話し、1400年前インドに住み、洞窟で瞑想していたルピニ(アレクサンドラ・マリア・ララ)だという。ローマの東洋研究所の教授が興味を持ち、一緒にインドの洞窟に向かうドミニクとヴェロニカ。しかし、崖の中腹にある洞窟に入ろうとして、ヴェロニカは落下。その落下のショックで、ルピニでなくなったヴェロニカ。ヴェロニカの前世がルプニだったという説(「輪廻」)がとなえられ、マスコミから騒がれる。ドミニクとヴェロニカは恋をするようになり、2人でマルタ島に逃げる。2人で暮らすようになると、彼女の言語は古代エジプト語から古い言語に戻って行く。おかげで人類が未踏の言語の起源に迫るドミニクの研究も、完成するかにみえたが、ヴェロニカの消耗は異常で、25歳なのに老女になってしまう。ドミニクは自分のせいだと、別れることを決意する。
1969年、ドミニクは故郷に戻る。ブカレストのホテルに宿泊して、元恋人ラウラの写真をみて涙する。鏡に映る分身と議論して、鏡を割ると、分身は死んでしまう。
カフェに行くと、友人たちが「戻ってきた。お帰り」と集まってくる。しかし、年代は1938年に戻っていて、彼は荘子の「胡蝶の夢」を語りながら、いきなり年老いて行く。気分が悪くなり、外に出ると歯が全部抜けていた。
翌朝、雪の中で凍死した老人ドミニクが発見される―。
▼ Trailer
作品データ :
原題 YOUTH WITHOUT YOUTH
製作年 2007年
製作国 アメリカ ドイツ イタリア フランス ルーマニア
配給 CKエンタテインメント
上映時間 124分
『ゴッドファーザー』『地獄の黙示録』のフランシス・F・コッポラ監督が、『レインメーカー』以来10年ぶりにメガホンをとり、ひとりの男の世にも数奇な運命を描く幻想奇譚。原作はミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade、1907~86)の『若さなき若さ(Youth Without Youth)』。主演は『海の上のピアニスト』のティム・ロス、共演に『コントロール』のアレクサンドラ・マリア・ララ、ブルーノ・ガンツ、マット・デイモンほか。
ストーリー:
1938年、第二次世界大戦前夜のルーマニア。70歳の言語学者ドミニク(ティム・ロス)は、一生をかけた研究も未完のまま、「別の世界にあなたは生きている」と言われて別れたラウラ(アレクサンドラ・マリア・ララ)を忘れられない孤独な日々を送っていた。彼女は別の男と結婚して子をもうけ1年後に亡くなったという。ある復活祭の日、彼は突然雷に打たれ、病院に収容され、スタンチェレス教授(ブルーノ・ガンツ)の治療を受ける。復活祭に亡くなった人の魂は、天国に直行するといわれるが、奇跡的に一命をとりとめる。しかも、驚異的な頭脳と若き肉体に復活、新しい頑丈な歯まで、はえてきている。
医学の研究対象にされるドミニク。70歳とは思えない肉体のために、誰も彼のことを信じない。仮身分の35歳として病院を退院する。肉体だけでなく記憶力や、その他の能力も進化している。そして、時空を超越するもう一人の分身を持つようにもなった。
この超常的な現象に、アドルフ・ヒトラーが関心を持ち、ドミニクはゲシュタポに拉致されそうになるが、ナチの反組織のはからいで、スイスへ逃亡。名前を変え、顔にひげをはやしたりして、ナチの探索から逃げる日々。予言能力を持つことに気づき、ルーレットで生活費を稼ぐ。ナチ以外に米国、スイスの医学者からもねらわれる。ナチの医学者が拳銃でおどして、拉致しようとするも、特殊な能力で、銃口を医学者本人に向かわしめ、当の医学者を射殺してしまう。
1955年、ドミニクはラウラに生き写しのヴェロニカ(アレクサンドラ・マリア・ララ)という若い快活な女性にめぐり合う。彼女は落雷に遭い、サンスクリット語で話し、1400年前インドに住み、洞窟で瞑想していたルピニ(アレクサンドラ・マリア・ララ)だという。ローマの東洋研究所の教授が興味を持ち、一緒にインドの洞窟に向かうドミニクとヴェロニカ。しかし、崖の中腹にある洞窟に入ろうとして、ヴェロニカは落下。その落下のショックで、ルピニでなくなったヴェロニカ。ヴェロニカの前世がルプニだったという説(「輪廻」)がとなえられ、マスコミから騒がれる。ドミニクとヴェロニカは恋をするようになり、2人でマルタ島に逃げる。2人で暮らすようになると、彼女の言語は古代エジプト語から古い言語に戻って行く。おかげで人類が未踏の言語の起源に迫るドミニクの研究も、完成するかにみえたが、ヴェロニカの消耗は異常で、25歳なのに老女になってしまう。ドミニクは自分のせいだと、別れることを決意する。
1969年、ドミニクは故郷に戻る。ブカレストのホテルに宿泊して、元恋人ラウラの写真をみて涙する。鏡に映る分身と議論して、鏡を割ると、分身は死んでしまう。
カフェに行くと、友人たちが「戻ってきた。お帰り」と集まってくる。しかし、年代は1938年に戻っていて、彼は荘子の「胡蝶の夢」を語りながら、いきなり年老いて行く。気分が悪くなり、外に出ると歯が全部抜けていた。
翌朝、雪の中で凍死した老人ドミニクが発見される―。
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