◆【第一章】地味な家庭が嫌で仕方なかった子ども時代(そして人生で一番のモテ期) | 【わたしを愛する生き方】心と魂をつむぐ土肥倫子のブログ

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神戸・兵庫区のサロンミント。開幸セラピスト。霊視セッション、魂ヒーリングであなたらしい生き方へ導きます。スピリチュアルとエステ、整体を融合させたヒーリングエステも人気。

どひみちこの

波瀾万丈な人生ストーリー

ぶっちゃけまーーーす!!

 

 

 

1980年代、

タイトルにある通り

ごくごく普通の地味な家庭で

生まれ育った私。

 

 

(どれかわかるかな?笑)

 

 

父親は

超絶フツーのサラリーマンで、

 

 

趣味もなければ

仕事終わりに飲み歩くなんてことも

一切なく、

 

 

定時になったら真っ直ぐ

家に帰ってくるような人でした。

 

 

 

 

そして

母親もまた

ごくフツーの専業主婦だったし、

 

 

2歳上の兄は

地味なイジメられっ子タイプ。

 

 

4つ下の弟は・・・

あんまり記憶がない。

(弟、ごめん。笑)

 

 

 

 

そんな平凡な家族の中で

育ったわりに

私は学校でも目立つタイプで。

 

 

勉強も運動もできたし、

正直めっちゃモテてた。(笑)

(小学生が1番のモテ期だった!)

 

 

 

何でも器用にできるからか、

部活もだいたいキャプテンになるし、

 

 

先生に推されて

生徒会の副会長もやっていました。

 

 

 

 

思い返せば、

5歳の時から親の留守中は1人で

弟(当時1歳)の面倒を見てたし、

 

 

両親にとっては

“何をやらせても

ちゃんとやってくれるお姉ちゃん”

だったと思います。

 

 

 

 

 

でも私は、

真面目で地味な家族が

ずっと嫌だった。

 

 

大人になった今は

親のありがたみも十分わかるけど、

 

 

当時は

何の面白みもない家族が嫌で

 

 

私はこの地味な家族とは違う!

とずっと思いながら、

 

 

周りの期待に応えて

勉強も運動も頑張っていました。

 

 

(ハンドボール部のキャプテンだった)

 

 

本当は中学を卒業後 

パティシエの専門学校に

行きたかったんだけど、

 

 

真面目な親が

それを許してくれるわけもなく。

 

 

高校を卒業してから

専門学校に行くように言われ

 

 

私は校区内でも

2番目に偏差値の高い高校に入学。

 

 

 

 

それなりに

楽しい青春時代を過ごしていた

高校2年生のある日、

 

 

友達の紹介で

彼氏ができたんですが・・・

 

 

 

これが失敗だった😂

 

 

 

この彼に出会ったことで

私の人生は

大きく狂い始めた

です・・・!!😱


 

 

第二章に続く…!



 次回、「平凡な人生よ、さようなら。

 高校を中退し、10代で母になります。」


 


 

 

どひみちこ