苦しみの正体 2 | 古都奈良でこころの癒しを 自然庵のブログ

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自然庵です。よろしくお願いいたします。

明けましておめでとうございます!

 

ええっと、今日は「苦しむために、何が必要か」を考えてみましょう(^^)

 

まあ普通に考えて、以下のような材料が要りますよね?

 

①何らかの出来事。

 

②その出来事に対するネガティヴな解釈。

 

③その解釈から発生するネガティヴな感情。

 

④その感情に対する抵抗。

 

⑤これらの解釈→感情→抵抗をループさせ続けること。

 

⑥でもってその間ずっと目の前の「今ここ」を無視し続けること。

 

 

まあ、これくらいだと思いますか?

 

 

いや、もうひとつあるんですよ?

 

それも決定的に重要なものが。

 

何だか分かります?

 

ちょっとリアルに想像してみてください。

 

例えば仕事をクビになるって出来事があったとします。

 

それが誰に起きるかで、アナタの心はずいぶん違うんじゃないですか?

 

全く見ず知らずの「他人」に起きた場合はどうですか?

 

「自分」の愛する人に起きた場合は?

 

「自分」に起きた場合は?

 

それから

 

「自分」が心底憎んでいる相手に起きた場合は?

 

ふふふ(^。^)

 

ね?

 

同じ「出来事」でも「自分」との関係具合によってずいぶん違うでしょ?

 

つまり問題は「出来事」じゃないってことですよね?

 

問題はやっぱり「自分」じゃないですか?

 

でもってココ大事なんで、真剣に考えて欲しいんですよ。

 

あなたがそんなにも大事がっている、そのせいで、同じ出来事なのにものすごーーく歪んだ解釈をもたらしてしまうその「自分」って、いったい何だと思ってるのか、ってことです。

 

「自分」とは「何か」じゃないですよ?

 

「自分」とは何だと「思っているのか」ですよ?

 

それってよく調べたこともないまま、とてつもなく重大視している、だけど実は単なる「思い込み」だったとしたら、どうします?

 

もしもそうなら、あまりにもバカみたいでしょう?

 

だけど「自分」はしかじかのモンだってのが、ただの「思い込み」である可能性は絶対ないって言い切れます?

 

どーです?

 

ね?

 

今年もよろしくお願いします! \(^o^)/