【忠岡 / 道之町地車見学…】 | 久吾の地車日記

久吾の地車日記

泉州熊取に生まれ、幼い頃から久吾の地車を見て育った一だんじり好きの日常を綴ったブログである…
日常の一コマからだんじりに纏わる事など、マイペースで綴っていきたいと思います…☆


いつもご覧頂き有難うございます。


さて今回は、以前よりAmebaブログでもコメントなどで交流させて頂いている道之町のKやんさんよりお誘い頂き昨年新調されました見学させて頂きました。



では早速私なりに忠岡・道之町について調べてみましたのでご紹介します。

まず地元忠岡では通称【 土倉(どぐら) 】とも言うそうです。
由来は分かりませんが、戦国時代~江戸時代には和泉国泉郷の一村・道村だったようです。
江戸時代の初期には忠岡の村々は、すべて幕府の直轄領となりましたが、その後の変遷を経て、天明6年(1786年)以降、幕末に至るまで、一橋領、小泉藩領、淀藩領として領主支配が固定され、明治以後、明治初期の変遷を経た後、明治22年4月1日には、町村制施行により、忠岡村と高月村、北出村、馬瀬村が合併して忠岡村となり、さらに昭和14年10月1日、町制施行し、現在に至っており町村合併の激しい国において、明治22年(1889年)の町村制施行以来、100年有余にわたって、町域に変更なく現在に至っている極めて珍しく、忠岡町の特徴の一つだそうです。


 
そして忠岡と言えばやりまわしの難所 通称【 イズシゲ 】

難所故にだんじりDVD(事故物)では度々登場する【 イズシゲ 】

一昨年、先代地車の昇魂式で初めて見たやりまわしに強烈な印象を今でも鮮明に覚えてます驚き顔パカッ


そんな道之町の新調地車ですが、入魂式には見に行けず、その後催された見学会にも情報頂いたり、お誘い頂いておりました都合が合わず行けずじまい・・・

そして今回漸く拝見することが出来ました。


天気も良く過ごしやすい気候だったのですが、照りつける日差しに阻まれ一眼カメラビギナーズの私は結構苦戦させられました

(笑)



網無しの好条件の元、夢中で撮る事、180枚超え…デジタル一眼レフカメラ汗



そんな未熟者が撮影したお粗末な写真ではございますが、個人的にお気に入りのモノを抜粋して掲載したいと思います。


長い前置きはこのへんで…

では、渾身の長編レポを御覧下さい



先ずは姿見から

屋根周りの組み方は違えども、どこか先代に似た雰囲気を感じます。








▲▼三手先七段の組物   【 松・竹・梅・龍・獅子・雲・波・牡丹・ヒジキ(若葉)・コブシ鼻 】 






▼近年、後屋根妻板に○に梅鉢梅鉢[町紋]を入れる町も増えてきましたね電球






▼同じく雛壇にも 【 千鳥に波 】の彫り物





▼番号持ち【 怪童金太郎と鯉 】    幟台【 鍾馗の鬼退治 】 

▲豪快で存在感があり目を惹く幟台ですかお







後屋根周りは招き猫七福神片福面と一緒の縁起物聖水


▼摺出し鼻  左外面【毘沙門天】 左内面【布袋様】 


▲摺出し鼻 右内面【福禄寿】 右外面【寿老人】



▼竹の節 左【大黒天】  右【恵比寿】






▼後屋根懸魚には 【 宝船 】    ちゃんと撮れずすいません… しかし、寶の山がしっかり彫られてます。





主屋根枡合は源平物語で統一されています。

▼正面枡合 【 静御前ノ舞 】




▼主屋根左平桝合 【 鞍馬山 牛若丸修行の場 】      ▼上段 【 新田義貞 稲村ケ崎刀剣の場 】




▼主屋根右平桝合 【 衣川義経、白龍昇天 】


▲武蔵坊弁慶もえぇ雰囲気です。




後屋根枡合は神話モノです。


▼正面 【 天の岩戸天照大神 】  右 【 素盞鳴尊八岐大蛇退治 】  

▲左 【神功皇后応神天皇平産す 】  幟受け下 【鶴と亀 】





▼見送り正面連子には地元忠岡の町名に由来する図柄、 【 楯並橋ノ合戦 / 忠行奮戦 】




▲忠岡町の町名に由来する源平合戦伝説が残されているようです。
*紀州街道、忠岡~泉大津[大津川]に架かる橋

寿永2年(1183年)7月11日、平氏の武将、平忠度の息子忠行が木曽義仲の家臣、今川兼滋と大津川のたもとで戦い、自ら南岸に楯を並べて向かい討つ忠行でしたが、源氏軍に敗れて討死。それを悲しんだ地元の人々が忠行の遺体を丘に埋葬し、忠行の丘という名前をつけ、そしてそれが次第に訛り、「忠岡」となったようです。




▼見送り 【 難波戦記 】




▼見送り中央 【 大阪城炎上 / 木村長門守重成 】







▼見送り右脇障子 【 炎上大阪城出陣 】


▼摺出受 【 樫井川合戦 / 塙 団右衛門 】









▼見送り右平大脇 【 道明寺合戦 / 伊達正宗 山田外記 】 



▼見送り左平大脇 【 天王寺表の合戦 / 真田大助 家康を追う 】

▲家康公えぇ顔してます!








さていよいよ腰周りの紹介に移ります。








先ずは小連子、【 信長記 】で統一されてます。


▼正面 【 桶狭間合戦 】







▼腰周り小連子 正面 【 木下 上島槍の長短争う 】




▼右平小連子 【信長 相撲上覧 】

平の二面は珍しい図柄だったので食い入る様に見つめてしまいました。




大連子は源平合戦で統一です。


▼正面 【 壇ノ浦合戦 知盛 】




▼左平 【 宇治橋合戦 】    橋や武者も細かく彫られてます。





そしてお待ちかねの土呂幕です!!


▼正面 【 関ヶ原に後藤又兵衛基次奮戦 】


▲現在、放映中の大河ドラマ 『 軍師官兵衛 』でも登場してますが、これからの活躍が楽しみです。





▼右平【 小牧の役 猛将忠勝清正相打つ 】









そして自身一番気に入った目玉はこの秀吉公です。


▼左平土呂幕 【佐久間盛政 秀吉 気迫に威圧さる 】

▲奥板に秀吉公が居る事が多いですが、全面的にクローズアップされた秀吉公めちゃくちゃ良かったですヨッシャー


一見の価値ありですっ!!







長編レポ、最後の写真はこちらッデジタル一眼レフカメラキラキラ


▲そぅ氏子神社である忠岡神社鳥居  主屋根後枡合に彫られてます。

他町の地車の後枡合をこの角度から拝見でき、尚且つ写真が撮れる事は滅多に有る事ではないので御好意にホント感謝です。







では長編レポレポートはここまで…


如何でしたでしょうか~すまいる 




この度、地車見学会でお世話になりました関係者の皆様有難うございました。


道之町“ Kやんさん”お声掛け頂きありがとうございました。


また、今後ともどぅぞ宜しくお願い致しますにこpeace



またお会い出来る機会を楽しみにしてます。















某有名ブロガーの方々、マニアの方々もお越しになられていましたので詳しくはそちらを参考にして下さい(笑)