日常生活は相変わらず苛立ちの連続で、それでも逃げずに必死にこなした。
それだけの価値が僕の腹の中にはあって、それだけの気力を沸かせる愛があったから。
折れそうになる度に壱青に話を聞いてもらっていた気がする。
折れそうになる度に自分の中の命を想った。
だから僕は、頑張れた。
2008年2月。寒さも厳しさを増して、春はまだ遠かった。
吐く息は白く濁っていた。
奇しくもその日は雪だった。
そんな雪の中、壱青が会いにきてくれた。
友達のTと、当時のTの彼女と、四人で過ごした。
付き合ってから初めて会った。
来月、僕は出産を控えていたので、そんな出歩いたりとかは出来なかったけど
一緒に居られるだけで幸せだと実感出来た。
愛されていることも。
それだけで本当に世界が違って見えた。
壱青のことを本当に尊敬していた。
ひとことで言うなら「すごい人」だった。
そんな「すごい人」に愛されているなんて最強じゃね?って思ったよね←
僕は強くなりたいと思ったし、強くなれる気もした。
絶対負けない。
そんな風に思えば思うほど、僕は自分が小さいイキモノだなと思った。
愛されている実感はある。愛してると胸を張れる。
それを伝える術が言葉しかないような気がして、僕の下手な日本語では伝わらない気がして。
言葉を飾らずに思ったことを素直に伝えるようにした。
僕が愛されていると実感しているように、壱青にもたくさん感じてほしかった。
「超愛してる!」常にそんな気持ちだった←
出産の日は近づいていた。
凹むような現実は相変わらずだったけど、それでもちゃんと「頑張る!」って思えたのは
壱青を傍に感じていたからで、それがすごく強みになっていたからだ。
2008年3月7日。予定通り、僕は子どもを産んだ。
怠惰で無気力な僕が、人生で一番頑張った1日です←
産まれてきてくれた子どもは本当に可愛い。マジ天使。
無事出産の報告をした。
僕はきっと世界で一番幸せだ。
「全部、愛されている」
産んだばかりで育児に対する苦痛はなかった。
それよりもどうにもならない旦那に大しての苛立ちの方がずっとあった。
何度も旦那と話し合いをしたし、思ったことを思っているだけじゃ改善されないし
ストレスを軽減したいから口にする。
それでも直らないことは多々あった。
取り敢えず旦那と居るのが苦痛だった。
子どもがどれだけ癒しでも、苦痛の方が大きくて、それでも「頑張らなくちゃ」と自分を叱咤して
夜中にひとりで泣くこともたくさんあった。
そんな僕を察して壱青が連絡をくれた。
髪を撫でられたように思えて、僕は安堵して思い切り泣いた。
ひたすらにがむしゃらに頑張ってたからね、壊れそうになってたんだ。
だけど諭された。
壱青は本当に僕の中の苦しみを解くのが上手いひとだよ。
僕の救い方をよく知ってる。
離れている距離を、無効にしてくれるほどに。