アンニョンハセヨ ラビです
今日の今頃は私は韓国人の彼氏の実家にいるころです。
彼氏の実家では多分ブログのアップが難しいと思ったのですが、いつもブログを楽しみにして下さる方がいるので、今日は未来の予約記事にこの記事を書いておきました。
寝る前に読んで下さる方がいたら嬉しいです^^
今日は一つ紹介したいお話があります。
私のメンターをご存知の方のブログからお借りしました^^
お礼を込めてリンクを貼らせていただきます。なおさんのなおのブログ
です。
なおさんありがとうございます^^
このお話はなおさんがぜひ子育て中の方に読んでいただきたいとブログに載せていらしたのですが、子育て中の方も、そして自分にちょっと自信がない方にも心に響くお話だと思います。
一見ネガティブに見えることにも必ずポジティブな面が隠れています。
それを探してあげるのも親が子供にできることだと思います^^
そして私たちが自分にしてあげれることですね。
ぜひゆっくり読んで下さいね。
『ひび割れ壺』
インドのある水汲み人足は二つの壺を持っていました。
天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ、
首の後ろで天秤棒を左右にかけて、彼は水を運びます。
その壺のひとつにはひびが入っています。
もう一つの完璧な壺が、小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに、
ひび割れ壺は人足が水をいっぱいに入れてくれても、
ご主人様の家に着く頃には半分になっているのです。
完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。
なぜなら、彼がつくられたその本来の目的をいつも達成することができたから。
ひび割れ壺はいつも自分を恥じていました。
なぜなら、彼がつくられたその本来の目的を、彼は半分しか達成することができなかったから。
二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、
ある日、川のほとりで水汲み人足に話しかけました。
「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている」
「なぜそんなふうに思うの?」
水汲み人足はたずねました。
「何を恥じているの?」
「この二年間、私はこのひびのせいで、
あなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。
水が漏れてしまうから、あなたがどなんに努力をしても、
その努力が報われることがない。
私はそれがつらいんだ」
壺は言いました。
水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いているきれいな花を見てごらん」
天秤棒にぶらさげられて丘を登っていくとき、
ひび割れ壺はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気づきました。
花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、
ご主人様の家に着くころには、また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、
水汲み人足に謝りました。
すると彼は言ったのです。
「道端の花に気づいたかい?
花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?
僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。
そして君は毎日、僕たちが小川から帰る途中水をまいてくれた。
この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。
君があるがままの君じゃなかったら、
ご主人様はこの美しさで家を飾ることはできなかったんだよ」
この物語(作者不明)を翻訳された菅原さんは子供の心のコーチングをされている方だそうで、本も出ているそうです。
菅原さんは本の最後をこう締めくくっているそうです。
私たちはみな、ユニークなひび割れを持っています。
私たち一人一人が、ひび割れ壺なのです。
親の仕事は、子供のひびを責めることではありません。
自分のひびを責めることでもありません。
子供のひびの為に花の種をまくこと、それこそが親の仕事です。
子供たちはどんな花を咲かせてくれるでしょう。
そして、私たち親はどんな花を咲かせるでしょう。
素敵なお話ですね。
とても素敵だったので、お借りしました^^
(作者不詳 菅原裕子訳)

