私がシェアしている女性性のワークがあります。


AFP(Art of Feminine Presence)


認定ティーチャーになって1年半ほどが経ちました。



「女性性」という言葉。


私の感覚では、ここ1,2年でだいぶ、
この言葉が使われるようになってきましたね。


私自身、AFPに出会う前は、
聞いてもあまり心地いい感じがしませんでした。


ゾワゾワするような、
嫌悪感のような感じかな?


なんでわざわざそんな表現するの?
みたいな。



皆さんはいかがですか?



そんな私が、
3年ほど前に初めてAFPを体験してから、
今までずっと飽きずに続けているのはなんでだろう?



その理由は、

「楽しくて心地いいから」


もう、その一言に尽きます。



ちょっと長くなりますが、
私がAFPを好きな理由を書いてみますね。




AFP創始者のレイチェル・ジェインと@ハワイ島




何よりも心地いいと感じるのは、

一切の強制や強要がないこと。


こうであるべき、も、

こうするといい、も、

そうではない、もなく、


ただあるのは、

そうなんだね、という受容。




今までいろいろな場に出て、
いろいろな方と出会って、

ノウハウやセオリーや、
理論や在り方やり方など、

たーーーくさん聞いてきました。



もちろんそれはそれぞれ素晴らしいし、
有効なことだとは思うんだけれども、

何かちょっと引っかかるものが、
いつもあったんです。



目には見えないし
言葉でも言わないんだけれど
(ドストレートに言うこともあるけどw)


何かどこかに

目指す”べき”姿があって、

そこに到達することがよしとされていて、


それ以外の姿や、プロセスが、
あまり大切に扱われていない気がして。



そこに到達できない自分はダメだ


って、

なんだかいつも急かされているような、
評価されているような、

もっと変われ、変わらなくちゃって、

全然安心できなかったんです。



自分以外の誰かと比較することでしか、
私という人を見れなかった私が、

そういう環境の中にいると
どんどん疲弊していってしまうから、

自分からドロップアウトする、
ということを繰り返してきました。



だけど、AFPというワークは、

ただただ、
自分が感じていることを、
そのまま感じて、
そのまま自分で受け取っていく。

そんな優しいもの。


そう感じているんだね。

そんな風に思っているんだね。

昨日はそうだったけど、
今日はこうなんだね。


そうやって、
今この瞬間に自分が感じていることを、

全部全部、受け取っていく。


一瞬にして変化する自分の感覚を、
「軸がない私って駄目だ」って思っていたけれど、

瞬間瞬間ごとに感じる別の感覚を、


感性が豊かだ


という美しさとして
受け取ることができるようになったのも、

AFPのワークを通じて、

自分で自分をOKにしていく力が、
育まれているからかなぁと思います。


AFPの変化は優しいのです。

だから時間もかかる。

ゆっくりと、やさしく、気付かない間に、
すごく遠くまで来ている自分に気付く。

でも着実に歩んでいるから、
後に戻ることも、もうないと思う。
(戻り方がわからないw)



〇日で激変!!!

みたいな、一気に変化していくやり方も
あるとは思うのだけれども、

揺り戻しも大きくて、私には刺激が強すぎて…。



自分に優しいやり方、
自分に合ったやり方があると思うから、

そういう意味で、
私にはAFPがとてもぴったりだったのです。


まだまだ好きな理由があるのですが、
長くなっちゃったので別記事でまた書きますね!




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