今日も気付いてしまいました…
私のあるあるパターン。


試しに記事に書いてみました。

 
名付けて、「ひとり芝居劇場」!!!
(いいネーミング!)


今日の演目は、「自己嫌悪」。

ではお楽しみください!






97歳の祖母が、明日退院します。
(ちょっとしたケガで一週間ほど入院中)


入院した翌日にお見舞いに行ったっきり、
入院していることすらすっかり忘れるほど
安心して過ごしていたこの一週間。


しかし、退院日が決まった連絡を
母からもらった時から、

「もう一回くらい行っとかなくちゃ」

という思いが湧いてきていました。


昨夜、母に連絡して今日行けそうだから、
一緒に行こうと伝え、

今朝も連絡して話した後、

猛烈に行くのが面倒くさくなり、
今日じゃなくてもいいんじゃないか?など、
いろんな言い訳が頭の中を駆け巡り、

結局行くのをやめたと連絡し、

その後自己嫌悪に陥っていたという、
ひとり劇場です。





今回のひとり劇場を振り返ってみると、

まず一番初めの段階、

「「もう一回くらい行っとかなくちゃ」
 という思いが湧いてきた。」

というところからして、
純粋性に欠けていることに気付きました。


行っとかなくちゃ ☞ 行かなければならない


のように、
半ば義務のように受け取っていたんですよね。


純粋におばあちゃんに会いたい、
顔見せたい、様子を見たい、
という理由ならば、

こんなに面倒くさいことにせずに、
お見舞いに行っていたはず。



そしてさらにその裏にあった私の思いは、

「母を喜ばせたい」

でした。



母は電話でいつもの通り、
「無理しなくていいからねー」と言ったけれど、

一緒に来てくれたら嬉しい

という気持ちは手にとるように分かる。


だから私は、
その母の思いに応えてあげたかったんだ。


だからこそその後、

結局面倒くさくなって
「今日は行かない」と伝えるんだけれど、

母をがっかりさせてしまったような気がして、

その後自己嫌悪に陥っていました。



ふと、
このパターン何度も繰り返していることを
思い出して、

もういい加減にしたいので、
この記事に書いて成仏させたいと思っています。

(成仏してくれるといいなー)





自己嫌悪、といっても、

そもそも誰にも期待されていないことを、
自分で勝手にねつ造して、

(一緒に行ってと言われたわけでもないのに、
 自ら言い出した)


そのねつ造した、
自分で勝手に創り出したどこにも存在しない期待に

応えられなかった

という妄想を、
また自分の中でねつ造して、

そんな自分に勝手に自己嫌悪しているって…



あぁぁぁぁぁ…

どんだけ…

どんだけ…


私って…


暇なんだろう…



恥ずかしいっす。

めちゃめちゃ、恥ずかしいっす。



こんなに子供じみたことを、
いまだにまだまだ繰り返しているとはね。



でも、
自分の中にいまだに強く、

強く強く、

「母を喜ばせてあげたい」

「母の期待に応えたい」

という思いがあることに気付きました。


そしてきっと、
昨日の記事の、


それが出来なければひとりぼっちになってしまう


という、
そんな恐怖につながっているんだろうな。


そんなことないのにね。

ひとりぼっちになんてならないのにね。


だって
自分が自分の味方でいさえすれば、

絶対にひとりぼっちにはならないんだから。


ここをこれからじっくりと感じて、
目を逸らさずに、

なかったことにせずに、

無視することなく、

愛を注いで、

もう大丈夫って感じられるまで、

見守ってあげたいし、
そうすることにチャレンジしてみたい。



そうやってしばらく見守っていこうと思います。