「こんなに頑張っているのに、誰も認めてくれない。」
仕事と家庭の両立のお話を伺っていると、
こんな思いを抱えていらっしゃる方がいます。
仕事も、家事も、育児もやって、
自分の時間もほとんどないのに、毎日頑張っている。
それなのに、
こんなに頑張っているのに認めてもらえない。
それが空しくて、悔しくて、情けないのです。
なんだか頑張っている意味が分からなくなってしまいました。
そのような思いがいつも心のどこかにありながらも、
毎日を過ごしていらっしゃるのですよね。
重いし、辛い。
だからこそ、軽くなって、快適に過ごせないものか?と思いますよね。
だからこそ、その部分に目を向けて、
少し考えを深めてみましょうか。
何のために頑張っているのですか?
誰のために頑張っているのですか?
誰に認められたいと思っているのですか?
そもそも、「頑張る」という言葉、
どんな意味なのでしょう?
一応、辞書を引いてみました。
【頑張る】
1. 困難にめげないで我慢してやり抜く。
2. 自分の考え、意思をどこまでも通そうとする。
3. ある場所を占めて動かないでいる。
提供元:「デジタル大辞泉」
んーーーー。
なんだかな、ちょっと、違うな、と感じますが、
違うと感じるのはあくまで今の私の感覚。
以前の私は、【頑張る】ということを
明らかに1の意味として解釈し、その通り実行していました。
困難にめげない
で
我慢してやり抜く
これをずーっとずっと、
それはもう長い時間をかけてやり抜いてきました。
一度脱け出したとしても、
気付くとまたそこに戻っていることもよくありました。
そして今も、気付くとそうなっていることがあります。
自分の考え方や物事の捉え方の「癖」ですが、
長年そうして過ごしてきたものですから、
長い時間をかけて修正していくことが必要ですね。
油断は禁物です。
さて、私は我慢してやり抜いてきた先に、
辛さしかありませんでした。
我慢してやり抜いてきた先には、
辛くて苦しくて、
自分の中心がぽっかりと空いたような空虚感がありました。
自分には価値がない
そんな思いでした。
私はなでしこ銘柄に選ばれるような、
大企業に勤めていました。
福利厚生もばっちり整っていましたし、
職場環境も申し分ありませんでした。
今考えれば、こんなに恵まれた環境はないというほど
全てにおいてパーフェックトに近い条件が整っていながら、
私はいつも、いつも心のどこかがくすぶっていたのです。
こんなに頑張っているのに、って。
さて、何ために頑張っているのか?というお話に戻します。
頑張っているのに空虚感があるとするなら、
その理由の一つとして、
自分以外の何かや誰かのために頑張っている
ということがあるかもしれません。
自分以外のことに対して頑張っている限り、
心のどこかがくすぶり続けます。
なぜでしょう?
相手のために頑張っているということは、
相手に見返りを期待しているということだからです。
これだけ頑張っているのだから、
態度や評価という形で示してほしい。
そんな期待があるからこそ、
望む形での評価が得られないともぬけの殻のようになってしまう。
むなしい、悲しい、情けない。。。
自分は必要とされていないのではないか?
という、嫌悪のスパイラルに巻き込まれていってしまうのです。
でも本当に、評価されていないのでしょうか?
そもそも、評価というものをどのような形と定義していますか?
もしかしたら、自分の評価基準を、
「ある一つの形」に限定してはいないでしょうか?
〇という形だけを評価と決めてしまった瞬間、
それ以外の形は評価ではなくなってしまいます。
〇のみ。
そう、自分で決めていませんか?
〇しかないと決めて、
〇を得ることに必死になって頑張る。
そうやって頑張り続けることに、
もうそろそろ疲れたのではありませんか?
〇でなくても
△でも□でも☆でも、
もしくは何の形もなくても、
何の反応がなくても、
何もなくても自分がご機嫌でいられたら、
それがすべて幸せだと思いませんか?
評価は、自分自身でするものです。
何のために頑張っているのか?って、
自分の幸せ以外の何物でもないですよね。
自分が幸せに生きていきたいから、
幸せになるために頑張っているのですよね?
自分の幸せのために、頑張っていますか?
自分が幸せになるために、自分のベストを尽くしていますか?
頑張った結果を評価するのは、
他の誰でもなく自分で在るべきです。
自分が一番よく分かっているはずです。
自分のために、ベストを尽くしているか。
なぜなら、自分の人生ですから。
そんな私も、とにかく自分の周りにいる人すべてに
評価されたいと思って頑張ってきました。
全ての人にすごいって言われたくて、
我慢をしてやり抜いてきました。
自分のやりたいことから目を背け、
自分が語りたいことを表現しないようにし、
自分の想いよりも、
世間での常識を優先してきました。
その方法なら成功するということを、
自分の想いを犠牲にしてやりましたが、
全くもぬけの殻になってしまい、余計に分からなくなりました。
自分が何をしたいのか。
どうしたいのか。
今は自分を中心として選択し、
大切にしたいものを大切にする生活にシフトしましたが、
ただ自分の想いに素直に選んでいたらよいのだと、
今は素直にそう思います。
頑張るとするなら、
自分の想いに嘘をつかないことに、です。
誰かに認めてもらうことより、
自分で自分を認められることに意識を向けることのほうが、
はるかに早いし、はるかに楽です。
自分の想いを中心に動くことを頑張っているうちに、
頑張るということ ≠ 我慢してやり抜くこと
に変化していくでしょう。
自分の想いに素直になることは、
我慢の対極にあるものですからね。
どんどんと楽しい感覚が増えていくことでしょう!
両立コンサルタント
白鳥未緒
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