コラム

 

「この苦しい状態から一刻も早く抜け出したい」「家族や自分の人生をどうにかして立て直したい」——。

 

そう強く願い、切実な思いで本やセミナー、心理療法を試している人ほど、なぜか改善に至らず、次から次へと新しい手法を渡り歩く「セラピージプシー」に陥ってしまうことがあります。

 

実は、自分の問題にどこまでも真剣に向き合おうとする人ほど、この罠にはまりやすい構造が存在します。

 

今回は、私自身が人生のどん底と言えるような精神状態の中で数々の手法を試して膨大な遠回りをした末に、なぜ「ザ・ワーク」へたどり着くことができたのか、その体験談をお話しします。

 

 

 

  なぜ、真剣な人ほど「セラピージプシー」になるのか

 

心が限界に近いときほど、人は「今の状況や自分をなんとか変えなければ」と切実になります。

 

しかし、不安や苦痛が強いとき、脳のリソースは脅威への対処で占有され、「心理的盲点(スコトーマ)」が生じやすくなります(1-2参照)。視野が極端に狭くなった状態では、どれほど優れたノウハウを学んでも、新しい考え方や視点を受け入れる脳の余白がありません。

 

その結果、「学んでも効果が出ない ➔ 自分には合わないのかもしれない ➔ 別の新しい手法を探す」というジプシーのループにはまり込んでしまうのです。

 

  私が歩んだ「ジプシーの歴史」と模索のプロセス

 

かつての私も、まさにこのジプシー状態そのものでした。

 

当時の私は、家庭崩壊の危機や単身赴任先での強烈な孤独感の中にいました。激しい反芻(はんすう)思考や睡眠障害に悩まされ、休日に一人で激しく泣き叫んでしまうような、いわゆる「うつ状態」に陥っていたのです。

 

「この苦しさから一刻も早く抜け出したい」という一心で、藁にもすがる思いで数々の手法に手を伸ばしていきました。

 

1. 「癒やし」や「夢」を求めた初期(自己啓発・引き寄せ)

最初に試したのは、メディア等でよく目にする心理カウンセリングのワークショップや、アファメーション、宝地図、引き寄せの法則、ホ・オポノポノといった手法でした。

 

一時的に気分が明るくなる感覚はあっても持続しなかったり、ネガティブ思考が強すぎた当時の自分には「ワクワクする感情」そのものが理解できず、改善には繋がりませんでした。

 

2. 学術的アプローチと独学での挫折(CBT・心理療法)

「もっと根拠のある方法が必要だ」と考え、認知行動療法(コラム法)による「認知の歪みの矯正(考え方の書き換え)」に独学で挑戦しました。

 

しかし、一人で実践しようとしても、健全な考えや別の視点が全く思い浮かびませんでした。

これは、ぐるぐる思考で強化された思考感覚ネットワークによる「心理的盲点(スコトーマ)」の影響だったのだと思います。(1-2参照)。

さらに、「無理に考えを変えよう」と必死になる姿勢そのものが、自分を追い詰めて苦しめる結果となっていました(1-6参照)。

 

※当時は専門カウンセラーによるカウンセリングが高額に感じられたことや、「クリニックは薬を処方してくれる場所」という思い込みがあったため独学を選んでいました。

 

さらにはスキーマ療法や交流分析、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)などにも挑戦しましたが、複雑な手順を使いこなせなかったり、セラピー全体の思想が理解できずに立ち止まってしまい、効果を得ることができませんでした。

 

3. 知識探求と「身体・感覚」へのアプローチ

その後、私は図書館で上限いっぱいまで本を借り込み、心理学、仏教、脳科学、身体心理学(ソマティクス)などの専門書を月10冊前後のペースで読み込みました。

 

その中で、ヨガニードラやマインドフルネス瞑想に出会い、「頭の思考で解決しようとするのではなく、身体感覚を感じ切る」というアプローチ(1-3参照)に手応えを感じ始めました。

しかし、瞑想系のアプローチは「自分のセルフケアが上達しているのかどうかが分かりづらい」という難点がありました。

 

  転機:「現実と戦わない」思想と「ザ・ワーク」との出会い

 

大きな転機となったのは、精神科医・水島広子氏の著書や原始仏教の教えを通じて知った、「感情や考えを変えようとしない」「現実と戦わない」という捉え方でした。

 

それまでの私は、「自分の中の不満や恐怖=消し去るべき悪」と捉え、頭の中で絶えず戦い続けていました。しかし、「自分や考えを変えようとコントロールしようとすること自体が、脳のアラートを刺激して苦しみを悪化させる」という考え方(1-6参照)を知りました。

 

そんな時に出会ったのが、「現実と戦わない」ことを教える「ザ・ワーク」でした。当時はまだ理論的背景まで理解できていませんでしたが、とにかくワークの指示通りに素直に取り組んでみました。

 

すると、「自分を変えようとすることが自分を追い詰めている」「現実に対する不満の考えが、自分自身を苦しめている」ということを自然と理解でき、それらの考えを自然と手放していくことができました。

 

そうして「変えようとせず手放す」意味が実感として分かってきた2週間目には、明らかに心が軽くなる変化を感じ、約2ヶ月後にはうつ状態からほぼ抜け出すことができたのです。

 

妻や仕事に対する強い不満や、「自分や子供たちが不幸になる」という激しい恐怖も、いつの間にか自然と消え去っていました。

 

当時はまだ本連載で解説してきた「思考感覚ネットワーク(1-2)」のメカニズムまでは知る由もありませんでしたが、長年私の中で固着していた強力なネットワークが、まさにこの時に解体されたのだと感じています。

 

  いま苦しんでいるあなたへ伝えたいこと

 

もし、真剣に色々なセルフケアを試しているにもかかわらず改善が見られない場合は、一度そのアプローチ自体を見直してみることをお勧めします。うまくいかない原因は、あなたのメンタルの弱さではなく、「自分や考えを変えようとする行為そのもの(1-6)」が脳の防衛本能(アラート機能)を刺激している可能性があるからです。

 

専門機関の活用という選択肢

なお、現在あまりにも苦しみが強く日常に支障が出ている場合は、無理に一人で解決しようとせず、専門家を頼るのも大切な選択肢です。

 

都道府県や政令指定都市の公的機関(精神保健福祉センターや保健所など)では、比較的利用しやすい形で専門心理士のカウンセリングを受けられる場合があります。優れたカウンセラーほど「クライアントを無理に変えようとしない」姿勢(来談者中心療法など)を大切にしています。

 

セルフケアで行うなら「変えようとしない」アプローチを

もし「通う時間が取れない」「一人で安全に取り組みたい」という場合は、本連載でお伝えする「変えようとしない心理学」を試してみてください。

 

第1部で整理した「心がとらわれる4つのメカニズム(1-1)」と「基本方針(1-7)」をベースに、第2部では「ザ・ワーク」の基本ステップを学び、第3部ではAIアシストと身体感覚のアプローチを掛け合わせた「ザ・ワーク × AI」の具体的なセルフケア手法へと進んでいきます。

 

「自分や現実を変えようと戦う」状態から抜け出し、心が根本から楽になるメカニズムを、ぜひ一緒に学んでいきましょう。