アダルトチルドレンの人は、甘えることに抵抗を感じている人が多いようです。
甘えられないので、一人で抱え込んでしまったり、「お前の義務だ!」「お前の責任だ!」と要求のカタチでしか表現できなかったりして、人間関係をギクシャクさせてしまいます。
このような人は、「甘え方が下手」のもありますが、その前に「甘えることに心理的な抵抗」が邪魔しているから、それを除く必要があるように思います。
人に「手を貸し欲しい」と言えない人がいます。
「困ったら言ってね。手を貸すから」と言ってもらっても、頼むことができなかったり、頼むことを嫌がる人です。
私の元妻も実家から「困ったら行ってね。手を貸しに行くから」と言ってもらっているのに、「助けて」と言えない人でした。
そして、困ると矛先が私に向いてきます。「それでも、父親か?!」「それでも、夫か?!」と。
年中子供を連れて遊びに行っていますから、関係が特別悪いわけではありません。
甘えるのがイヤなのです。
PTAなどで役について、人に仕事を割り振るのは上手でしたから、
人に何かを依頼するスキルはあります。
でも、「甘えられない」「助けて」と言えません。
「自分が困っている」ということを、曝け出せないのです。
「甘える」「他人の手を借りる」というのは、「私は困っている」「私には処理ができない」ということを伝えることになります。
人は誰しも一人では解決できないことが時々おきるもので、多くの人は「お互い様」と思っています。
ですから、困っていることをさらけ出すことには、大きな抵抗を感じません。
むしろ、この「お互い様」の姿勢で、ダメな自分をさらけ出し、それを受け入れることで、互いの信頼関係が深まり、イーブンな深い絆が作られていきます。
甘えることに抵抗のある人は、「困っている人は受け入れらない」「ダメな自分じゃ受け入れてもらえない」と感じているために、人と深い信頼関係を作ることができずに、主従のような支配する人とされる人ののような関係にしてしまいます。
「ダメな自分じゃ受け入れてもらえない」というのは、子供のころに植え付けられてしまった、感じ方のクセです。
その困った感じ癖は2つに分けられるかもしれません。
- 完璧じゃなきゃダメ
- ダメな人は受け入れてもらえない
「ダメな自分じゃ受け入れられない」と感じる人は、子供のころに以下のような体験が多かったと思います。
- 小さなミスを指摘されてきた
(例:100点を取らないと叱られた) - 自分のしたいことを認められなった
(例:好きな友達と「付き合うな」と止められた) - 自分の苦手なことをバカにされてきた
(例:いつも駆けっこがビリで、恥ずかしい子) - 条件付きでしか、愛されなかった
(例:良い成績取った時しか、喜んでもらえなかった) - 自分の要求に耳を貸してもらえなかった
(例:何かを欲しがると、叱られた)
これは、親との関係を想定して書いてみましたが、その他でも仲良くなりたかった人たちから、このような扱いをうけても同様の感覚を持ってしまうかもしれません。
「自分の要求に耳を貸してもらえなかった」というのは、「して欲しかったことを、してもらえなかった」というのは少し違います。
誰もでも欲しい物をすべて叶えてもらったわけではないですが、健全な親であれば、「それが欲しくなっちゃったんだ。でも、買ってあげられないよ」というところを、「何言ってるんだ!買うわけないだろ!」というように、子供の欲求を否定するような態度をとられた経験をさします。
また、赤ん坊の時に泣いても答えられないことが多かった人も、「欲求に耳を貸してもらえなかった」という感覚が残ります。
子供時代の自分を振り返って、ダメな自分を受け入れられるようになることを考えてみましょう。甘えられるようになるはずです。
上で説明したような場面を思い出してみましょう。
その場面を思い出したら、その時に自分が何を考えていたか?何を感じていたか?思い出してみましょう。
- 自分は何がダメだったのでしょう?
- それに対して、どう感じたでしょう?
- 相手がいたら、その相手にどう感じているでしょう?
おそらく、イヤな感じがしたり、苦しい感じがすると思います。
それをしっかり感じていると、弱まってきます。
