私の母は、要介護3です。
これは、どういう状態かというと、「寝たきり」です。
1人ではまったく何もできません。
人の手がなければ、人間としてあたりまえのこともできません。
薬が無ければ、眠ることもできません。
しかし、受けいれてくれる病院もないし、根本的に治す薬もありません。
そんな母の世話は、往診をしてくださる医師、ヘルパーさん、介護士さん、父(86歳)、と私がします。
母が外出をした最後は、去年です。
ピーターさんが母と私が大好きだった越路吹雪さんを演じた日生劇場でした。
とはいっても半分は、日生劇場の休憩させて頂けるところで寝ていました![]()
でも、私達がよく通った越路吹雪さんのリサイタルのクライマックスシーンはちゃんと観せてあげる
ことができました![]()
さあ、終わって帰ろうとしたら、日生劇場の目の前の帝国ホテルに泊まると言い出し、
私は一度家に戻って支度をして、母と二人でホテルに1泊しました。
食事は、もちろんルームサービスです。。。。。。
これが、いっぱい頑張って生きてきて、いっぱい贅沢をした母の最期の贅沢でした。
今は、大好きな小説さえも読めません。
音楽を聞くことと、新聞をざっと読む程度しかすることも、楽しむこともありません。
母は口癖の様に言います。
「私は、十分生きた。楽しいこともいっぱいした。贅沢も人一倍した。」
「だから、もういい」
「日本は遅れている。オランダだったら死の自由がある」
これを聞くたびに、家族はつらいです。
返す言葉が見つかりません。
生きることのゴールは「悟り」だと私は思っています。
母にも生きる意味はあると思います。
でも、身体の不自由さは、心の自由をも奪います。
母は言います。
私が次に本を出すなら、「死を選択する自由について」書いてと![]()
ちょっと、今日は重い話題になりましたが、誰もがいずれ直面する問題かもしれません![]()
自分の何れ訪れる死を意識する程に、頂いた命を「せいいっぱい生ききること」が大切と感じます![]()